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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


千鶴のカレンダー

by 森田信之



 

 

「ただいま」

ん?帰ってきたかな?

「おかえりー…あ、おかえり楓ちゃん」

「ただいま耕一さん。ちゃんと休んでましたか?」

「うん、初音ちゃんが一歩も出してくれなかったからね(^^;)。お陰でずいぶん楽になったよ」

「…よかった(にっこり)

「うん、ごめん、心配かけて」

「いえ。…一番心配してたのは千鶴姉さんですから」

「…千鶴さん?」

初音ちゃんは今日と夕べの様子からして、相当心配してくれてるんだなというのが解る。千鶴さんはそれ以上に俺の事を…?

「夕べ耕一さんが寝たあと、千鶴姉さん何度か耕一さんの部屋に行ったんです」

そうだったのか!?しまった、なんてもったいない事を…

「氷嚢を取り替えたり、しばらくベッドの横に座ったり…やっぱり私たち、千鶴姉さんには……」

「千鶴さんには…?」

「…いいえ、何でもないです。それより初音は…?」

「あぁ、初音ちゃんなら晩飯の買い物に行ったよ。もうすぐ帰ってく…」

「ただいまぁー」

と、言ってるそばから帰ってきたか。二人分の声が重なって聞こえたから、多分初音ちゃんと一緒に梓も帰ってきたのかな。

「お、おかえり二人とも」

「あ、ちょーどよかった。耕一これ台所まで持ってって」

ひょいっ、と俺の目の前にスーパーのビニール袋を差し出した。

「だめだよぉ梓お姉ちゃん、耕一お兄ちゃんまだ病人なんだから」

「でもねぇ……はいはい、わかったからそんなにむくれないの。まったく、どーして初音といい千鶴姉といい、こんなに耕一に甘いんだろうね。ねぇ楓?」

「でも仕方ないと思うよ」

「まぁね、それもそうか。で、どう?体の具合は?」

「ん、ほとんど大丈夫。まだ少し頭痛いけど」

そりゃあ初音ちゃんに一日中看病してもらったら、大抵の病気は良くなるよ。

「でも…やっぱり私が看病するより、千鶴お姉ちゃんの方が…良くなったかもしれないね」

すこし悲しそうな顔で初音ちゃんがそういうと、梓も楓ちゃんもうなずいた。どうしたんだ?三人とも。

「もっとも、千鶴姉の手料理食べなかったらの話だけどね」

「あははっ、そうだね」

どういうことだ?なんだよ、何だよ三人ともその目は?どーしてニヤけた目で俺を見る?

「でも明日はそうなるかも…土曜日だから千鶴姉さんも休みだし」

「あっ、そうか。それじゃどうする?私たち三人で出かける?」

梓がそういうと、本当に楓ちゃんも初音ちゃんもうなずいてしまった。どーなってるんだ?この三人、何を企んでるんだ?

 

 

「あの…どうしたんですか耕一さん?」

「えっ?な、なにが?」

「さっきから私の顔ばっかり見て……」

いけね、つい凝視しちゃったか。

梓たちが晩飯前にあんな事言うもんだから、つい必要以上に千鶴さんを意識してしまう。

「まだ具合悪いですか?なんだか顔が赤くなってますけど…」

「え?い、いや、これは…」

「大変!また熱がぶり返したのねっ!」

「そうじゃなくってぇ…(T T)

「耕一さん、すぐ部屋に戻って横になってください!」

「あ、あの…」

「いーえっ!だめですっ!熱が出てる時は横になって休むのが一番いいんだから!何と言おうと休んでもらいますからねっ!」

「そ、その……」

だめだ、こういう時の千鶴さんは何も聞いてくれない。

「もうっ、どーして熱が出るまで無理するんですか?」

「い、いや…だからぁ……(T T)

「…目も潤んでるし…あの……すごくきつかったんじゃあ…?」

「あ、あのねぇ千鶴さん?」

「解りました、明日と明後日は私が看病します。三人とも明日は出かける用事ができたって言ってましたから」

やっぱり、あの三人出かけちゃうのか。ってことは当然俺と千鶴さんの二人きりになるわけだよな。それはそれで嬉しい。うん、結構どころかものすごく嬉しい。

二人きりの状況で、千鶴さんが付きっ切りの看病をしてくれるなら大人しくしてよう。でもお願いだから俺の話も聞いてくれよぉ…という俺の心理的な抵抗も空しく、あっけなくベッドの中に押し込まれてしまった。おまけに千鶴さんの監視付きだ。

「ふぅ…どうしよう……明日お医者さんに来てもらいましょうか?」

「いや、いいよ。保健証番号とか憶えてないし。それよりさ…」

「耕一さんにもしもの事があったら私………」

あ、泣いちゃった……

しょうがないなぁ、一人で暴走して泣いちゃうんだから。こういう時は大人しく言う事聞いといた方がいいな。

「千鶴さん、わかった。大人しくしてる。だから泣かないでよ」

「は、はい……ごめんなさい…」

しばらくはベッドに貼り付けられてたが、夜十時を回った頃にようやく千鶴さんの監視がなくなった。ふぅ、ようやく起き上がれるかな。……と思ったら…

「ち、千鶴さん?」

「よいしょっと。えーと……うん、この辺なら大丈夫ね」

「ちょ、ちょっと、どーしたのその布団?」

「え?私の分ですよ」

「い、いやそうじゃなくて……」

まさか千鶴さん、今夜ここで寝るつもりなのか?

「えぇ、そうです。だって夜中に急に耕一さんの具合が悪くなったりしないかって思ったら、安心して眠れませんから」

「だからって……」

それはまずいだろう。俺だって男なんだよ?そこに初恋の相手が「今夜はここで一緒に寝ます」なんて言ったら、理性を保てるかどうか解らない。第一こんな事が梓たちに知られたら…

「千鶴姉、ほら、枕」

「あ、ありがとう。じゃあ梓、明日の朝ご飯お願いね」

「ん、わかった。じゃあ耕一、明日は私たち朝から出かけるから。千鶴姉の言う事ちゃんと聞いて大人しくてしてなよ」

「お、おい梓……」

ぱたん、という音を立ててドアが閉まる。

…ってことは何?梓も公認?………これが俗に言う「据膳」って奴ですか?

「ち、千鶴さん……」

「え?どーしたんですか?」

「その…」

「……?」

少し首をかしげて俺を見る。いつもの優しい千鶴さんの目だ。

昔から俺の事を見守ってくれている、優しいお姉さんの目。昔、千鶴さんが俺の事をまだ「耕ちゃん」と呼んでいた頃から全然変わらない目だ。

「千鶴さん、俺……」

と、口を開きかけた途端、俺が千鶴さんに押し倒された。……千鶴さんってこんなに積極的だったのか?

そうか!千鶴さんもついに「その気」にっ(感涙)

あぁ、やっぱりここに来て良かった……なんて思ってると、

「だめじゃないですかっ!こんなに顔が真っ赤になるくらい熱があるんですから、大人しく寝てなさいっ!」

「え?」

「え?じゃないでしょ?もう、初音にはあれだけ「体に気をつけるんだよ」って言っておいて…耕一さんこそ体に気をつけてください。何事も健康じゃないと始まらないんですよ」

「あ、あのぅ…(T T)

「だ・め・で・すっ!だめと言ったらダメっ!!もう寝なさいっ!」

「ち、千鶴さぁ〜ん(T T)

とゆーわけで、この日の夜は千鶴さんに「無理矢理」寝かされてしまった。

あぁ……据膳がぁ…(T T)

 

 

翌日

 

「はい耕一さん、あーん」

「あ、あー…ん」

俺のすぐ隣には千鶴さんが座ってる。彼女の右手にはレンゲ、そしてテーブルの上には鶏おじやが乗っていた。もちろん、この鶏おじやは千鶴さんが作ったものだ。

「…食欲……ないみたいですね」

急激に肩を落とす千鶴さん。今にも泣き出しそうなほど、心配そうな顔で俺を見てる。

千鶴さんにこうして看病してもらえるのはすごく嬉しいんだけど、できれば料理だけは作って欲しくなかった()

「耕一さん、目をつむってください」

「え?こ、こう?」

「そのまま、動かないで下さいね」

「うん……」

千鶴さんの言う通りじっと動かないでいると、俺の両肩に千鶴さんの手が触れる感触があった。そして次の瞬間、

「……!」

「……ふぅ…ほら、ちゃんと飲み込んで」

「ち、千鶴さん……」

なんと、千鶴さんが鶏おじやを「口移し」で俺に食べさせてくれた。もちろん味なんか分かるわけがない。米と肉と卵の食感に混ざって、何かすごく柔らかくて暖かいものが口の中に入って、出ていったような気がするんだけど…まさか…

と考えていると、今度は千鶴さんに押し倒されてしまった。夕べみたいに無理矢理じゃなく、やさしく、俺にもたれかかるような感じでだ。そしてそのまま、自分の口に入れたおじやをまた俺の口の中へと入れてくる。

「……ちづるさん…?」

「ちゃ、ちゃんと食べないと……良くならないから……その…」

よく見ると千鶴さんの顔も真っ赤だ。恥ずかしいのを我慢してやってくれたのか…

不器用な千鶴さんらしい。どうすれば俺がおじやを食べるか、必死で考えた末の行動だったんだな。さすが、俺の事をよく分かってくれてる。

「食べ終わったら、また横になって休んでくださいね。ずっと一緒にいてあげますから」

「……うん…」

「ほら、今度は食べてくれますね?……はい、あーん」

「…あーん」

いろんな意味で不器用なところは昔から全然変わらない。俺の事を心配してる、という気持ちを表に出すのも不器用だし、手先はそれより遥かに不器用だ。でも、それだけに気持ちは十分すぎるほど伝わってくる。今の俺にとっては、その気持ちだけで充分だ。

「千鶴さん」

「はい?」

「……もう一回、さっきのやってくれる?」

「さっきの…って……あ、あれですか?」

「うん」

茶の間には誰もいないのにきょろきょろとあたりを見回す。そして、おじやを一口含んで顔を近づけてきた。

そっと暖かい唇が触れる。そして、千鶴さんの愛情が口移しで俺の中に入ってくる。

けっして美味くはない。でも、そんなことはもうどうでもいい。こうして千鶴さんがいつもそばにいてくれる。ただそれだけでいい。

来年の春に俺がここに来てからも、千鶴さんはずっと俺のそばにいてくれる。

「耕一さん………」

すっ、と口を放して、まるでささやくような声でそういうと、両腕で俺の頭を胸に抱えるように抱いてくれた。静かだけど、ちょっとだけ速くなった千鶴さんの鼓動が聞こえてくる。

「来年の春……私、ずっと待ってますからね」

「うん…」

「春になって耕一さんが来てくれたら……その時になったら私…」

「……?」

「…私……あの…」

「いいよ、千鶴さん。その時になったら俺の方から言うから」

「え?」

「……それより…」

「…はい」

「もうちょっとこのままでいたい」

「……はい」

やさしく髪を撫でてくれる。暖かくて柔らかい千鶴さんの手が、ちょっとだけ伸びた俺の髪をゆっくりと梳いている。

秋の終わりにしては暖かい日差しが差し込んできた。

秋が終われば冬が来る。また正月には俺はここですごしてるだろう。そして桜祭りの頃にはここに住んでる。夏休みはどうしてるだろう…来年の秋は……やっぱり紅葉祭りにでかけてるかな。

「千鶴さん…」

「はい?」

「……ちょっと…眠くなってきた」

「膝枕しましょうか?」

「うん、お願い」

ゆっくりと頭をおろすと、すぐ近くにおいてあった毛布をそっとかけてくれた。

「…おやすみなさい、耕一さん」

「ん…おやすみ……」

 

カレンダーの日付はまた一日ずつ進んで、戻る事はない。でも、四つある季節はずっと繰り返しめぐってくる。そして今度の春からは、この家で、千鶴さんと一緒に季節を眺めていく事になるんだろうな。

雪が降る冬も、桜の咲く春も、緑の濃い夏も、そして柏木家の庭が紅葉でそまる秋も、新しいカレンダーはめくられ続けるだろう。俺と千鶴さんの日々を刻みながら。




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