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Leaf Visual Novel Series Vol.2 "Kizuato"



柏木家のカレンダー


初音のカレンダー

by 森田信之



 

 

「それじゃ俺も行くよ。どうせ一人でいても暇だしさ」

「えーっ、まだだめだよぉ。完全に熱が下がったわけじゃないんだから」

「でもさぁ…ほら、外の空気を吸いたいってのもあるし……」

「でも……」

おっ、初音ちゃん悩んでるな。もうちょっとで落ちるか。

「……それじゃいいよ…初音ちゃん、俺と買い物行くのイヤなんだよね…」

「えっ? …あ、あのっ…そういうわけじゃ……」

「うん…一人で寂しく留守番してるよ……」

ここでとどめとばかりに

「はぁ……」

と、一つ大きなため息。初音ちゃんならこれで完璧だ。

「あっ、あの…耕一お兄ちゃん……」

「…ん?」

「一緒に…行ってくれる?」

ほらね。この子はこういう情で攻めるやり方に極端に弱いんだ。かなり卑怯な手だけど、それでも家の中で一人寂しく留守番してるよりははるかにマシだ。

「うん、わかった。それじゃ支度するから…」

ん? どうしたんだ? まさか初音ちゃん、泣いちゃったか?

「ど、どうしたの初音ちゃん?」

「うっ……ごめんなさい…私…耕一お兄ちゃんの事………」

まずい、こりゃ本格的に泣き出すかなぁ…

「あぁ、いいんだよ。俺も本気でそう思ってたわけじゃないから」

「…ほんと?」

「うん。ほら、それより支度しようよ」

「…ごめんなさい……嫌いになった?」

その程度で嫌いになるんだったら、梓はどうなるんだよ。それに、そもそも初音ちゃんを泣かしたのは俺なのに…

こうも素直に取られるとかえってこっちの心が痛む。

「ごめん初音ちゃん、俺もちょっとふざけすぎたよ。ほら、そんな顔しないで」

「……うん……ほんとに怒ってない?」

「怒ってないって。俺の方こそごめん」

ふぅ、ようやく泣き止んでくれたか。最近の初音ちゃんは結構泣き虫だな。この場に梓がいないで良かった。もしいたら鉄拳の10発や100発は覚悟してなきゃいけなかったな。

 

二人でそろって門をくぐる頃になると、いつもの明るい初音ちゃんに戻ってた。立ち直りも結構早いな。

「ねぇ耕一お兄ちゃん、今日の晩御飯何がいい?」

「ん?今日の晩飯?」

「うん、耕一お兄ちゃんが好きなの作ってあげるよ」

「あれ?今日梓は?」

「ちょっと遅くなるって。学校の方で用事があるみたい」

「ふーん、それじゃ今日は初音ちゃんが晩飯当番なんだ」

「うん。楓お姉ちゃんも千鶴お姉ちゃんも忙しいから。暇な私がやらなきゃ」

うんうん、やっぱり初音ちゃんはいい子だ。相変わらず姉思いだなぁ。これでちょっと思いつめやすいところがなければいいんだけど…まぁ欠点のない人間なんていないしね。そういうところもご愛敬って奴かな。

「それで、どんなのがいい?」

「うーん……何がいいかなぁ…初音ちゃんの得意な奴…ってのはダメ?」

「それでもいいけど、それじゃ何にしようかなぁ……あ、最近憶えたのでもいい?」

「うん、いいよ。それじゃ今日はそれにしよう」

ということで、今夜の晩飯は「最近憶えた奴」ということになった。が…

この材料で何作るんだろう…? 牛乳と練乳とフランスパンとバニラエッセンス…? ひょっとしてこれってお菓子の材料じゃないか? 牛乳とフランスパンはともかく、練乳とバニラエッセンスは完璧にお菓子の材料だろう。

「は、初音ちゃん…」

「うん?」

「…何作るの?」

「えへへへ、秘密」

ちょっと不安になってきた。もちろん千鶴さんが台所に立っている時の不安と比べれば遥かに軽いが、それでもすこしいやな予感が脳裏をよぎる。

そう言えば今日食ったプリンもレアチーズケーキも結構甘かったっけ。とゆーことは、当然今夜の晩飯も甘いものが出てくるんだろう。極端に甘いとかじゃなければいいんだけど……

 

その夜……

「ただいまぁ〜」

「ちっ、千鶴さん! 早く来て! 早く!」

「えっ!? こ、耕一さん? 何があったんですか?」

「いいから早くっ!」

帰宅したばかりの千鶴さんの手を引っ張って台所へ連れていく。そこには……

「ふんふんふ〜ん♪」

と、鼻歌交じりに楽しそうに料理を作る初音ちゃんがいた。

ぱっと見には「どこにでもある微笑ましい光景」でしかない。が、今鍋の中でぐつぐつと音を立てている物体はそんな形容じゃ済まされないものだった。

「あ、千鶴お姉ちゃんおかえりなさい」

「ただいま……(耕一さん、どうしたんですか?)」

「(あ、あの鍋の中身……)」

(鍋の中身…?)…初音、何作ってるの? 今日の晩御飯?」

「うん、今日はミルク粥だよ」

「あら、久しぶりねぇ。…あ、そうか、耕一さんにもちょうどいいわね」

「ね?味見してみる?」

だっ、だめだ! 千鶴さん、それはただのミルク粥じゃないんだ! それは…

「そうね、おいしそう」

あ、あぁ……千鶴さんが…千鶴さんがぁ……

「…うん、おいしいじゃない」

「へ?」

……まてよ…そう言えば千鶴さんって……味覚オンチ……だったよな…しかも「極端」な…(T T)

それなら説明がつく。五人分のミルク粥を作るのに、コンデンスミルク(練乳)を3缶も入れてるのに平気な顔をしてられるのも。しかもかなりの量のグラニュー糖を入れてるもんだから、甘いなんてものじゃない。

楓ちゃんが言ってた「極端に甘い牛乳」というのは、多分こういう物を指すんだろう。

「耕一お兄ちゃん、さっきから麦茶ばっかり飲んでるけど、そんなに飲んだら晩御飯入らないよ?」

「う、うん……でも喉が渇いて…」

大学のコンパの罰ゲームで、「カルピス原液一気」をした事があるけど、まだあっちの方がマシかもしれない。あの時も脱水症状にも似た感覚を味わったが、今はそれを凌駕する喉の渇きだ。もう既に麦茶を1リットルくらい飲んだかな。

「耕一さん、これだったら体も温まるし、ちょうど良かったですね」

「う、うん……」

「でしょ?今日のは耕一お兄ちゃんのリクエストなんだよ」

それは間違いじゃない。いや、確かに事実だ。だが真実じゃない。俺は確かに「初音ちゃんの得意な奴を」作ってくれとは言った。しかし、こんなに甘いものを作ってくれとは言った覚えはない。

「それじゃ耕一さんもたくさん食べてくれるわね」

「うん、そう思ってちょっと多めに作ったんだ。楓お姉ちゃんも結構好きみたいだから」

か、楓ちゃんまで………これって…「柏木家の秘密」とかで小説にでもなるんじゃないか?

 

 

夜十時半……

 

「耕一お兄ちゃん、大丈夫?」

「ん? うん、大丈夫。何ともないよ」

「そう? 晩御飯のあと、ちょっと具合悪そうだったけど…」

「あ、あぁ、何でもない。ほら、今は何ともないからさ」

やべぇやべぇ、気づかれてたか。

今夜の晩飯はもちろんミルク粥。5人分の中に練乳が3缶も入ってると言う、凶器的な代物だ。ある意味で千鶴さんのグラタンといい勝負かもしれない。

しかし初音ちゃん、普通の料理だとすごく上手いのに甘いものになるとどうしてリミットブレイクしちゃうんだろう…?

「耕一お兄ちゃん……」

「うん? どしたの? そんな顔して」

不意に初音ちゃんの表情が曇る。力なくがっくりと肩を落として、今にも泣き出しそうだ。

「…インフルエンザ……治ったら向こうに行っちゃうの?」

「そ、そりゃあね。一応は授業もあるし、ゼミもあるし、それに卒論書かなきゃいけないから…」

「うん……そうだよね…耕一お兄ちゃんも忙しいんだよね」

「う、うん……」

どうしたんだろう?俺何か悪いことしたっけ?

なんて考えてるうちに、とうとう初音ちゃんの大きな目からはぽろぽろと涙が零れ始めた。

「ど、どうしたの? どっか痛いの?」

「やだよぉ……」

「え?」

「行っちゃやだ……また…向こうに行くなんて……」

「初音ちゃん……」

初めてかもしれない。普段ものすごく聞き分けのいいこの子が、こういう「通るはずもないわがまま」を言うなんて、少なくとも俺は今まで一度も見た事がなかった。

「だって耕一お兄ちゃん、向こうに行ったらまた一人ぼっちなんだよ? ……晩御飯作ってあげられないんだよ?」

「…………」 

「掃除だってしてあげられないし……」

「…もうちょっとの辛抱だよ。春になれば俺がここに来るから」

「………うん…」

「二月ごろにはもう授業も全部終わってるから、そしたらすぐに来るよ。だからあと四ヶ月じゃないか」

「…うん……」

「それに、正月にはまたここに戻ってくるからさ。そしたらほら、一ヶ月半おきくらいには会えるんだよ?」

「それじゃあ……クリスマスには…戻ってきてくれる?」

「クリスマス…? あぁ、いいよ。ちょうど冬休みだしね。OK、それじゃ次はクリスマスだ」

「11月にまた遊びに行っていい?」

「ん? あぁ、それもいいよ。今度はちゃんと掃除しておくから」

「いいよ、私がやってあげる」

「で、でもさ…」

「いいのっ、耕一お兄ちゃんの部屋の掃除は私がやるのっ」

「……(^^;)

ふと気がつくと、初音ちゃんの表情がいつものような明るい顔に戻っていた。よかった、泣き止んでくれたんだ。

「千鶴お姉ちゃんにも梓お姉ちゃんにも、楓お姉ちゃんにもさせないんだから!」

「はいはい、それじゃせいぜい散らかしておくよ(^^;)

普段わがままなんて絶対に言わないこの子の、ほんの少しのわがままなんだ。聞いてあげても罰は当たらない。

「初音ちゃん」

「うん?」

「…俺にはもっとわがまま言っていいよ」

「え?」

「初音ちゃんのわがままだったら聞いてあげるからさ」

「う、うん……それじゃあ…」

「ん?」

「目をつむって下向いて」

「うん? こう?」

「うん。…あ、ちょっと待っててね」

ぱたぱたぱた、という足音。いったん遠ざかったかと思うと、すぐに戻ってきた。そして、何かを俺の足元に置く感触。その次には…

「…………こら」

「えへへへ…」

目の前には真っ赤になった初音ちゃんの顔があった。息がかかるくらい、それくらいの至近距離だ。

初音ちゃんが口紅とかつけてないで良かった。もし俺が初音ちゃんと二人で、しかもキスマークなんかつけて出てきた日にゃあ、梓になんて言われるかわからない。

「それじゃ耕一兄ちゃんが戻ってくる日にマルつけておくね。あ、それともう今日は寝なきゃだめだよ」

「うん、お休み」

「おやすみなさーい」

再びぱたぱたという元気のいい足音。多分茶の間に向かってるんだろう。

まだまだ初音ちゃんは俺にとっては「妹」という感覚の方が強い。でも、カレンダーが一枚一枚めくられるたびに、少しずつ大人になってきてるのはわかる。

初音ちゃんが大人の女になったら、どんな感じだろう?やっぱり千鶴さんみたいなのかな?

その答えは、未来のカレンダーを見てもわからない。何度も何度も、カレンダをーめくって後ろを振り返らないと、大人になった初音ちゃんは見る事はできないんだ。

「カレンダー…か……」

四季ごとに違う顔を見せてくれる柏木家。そしてその中でも今から一番変わっていくであろう初音ちゃん。

でも、たとえ外見が変わろうと、あの子の中身は季節や年月に関係なくかわらないはずだ。…なんてことを、根拠もなく信じられるのは、やっぱり相手が初音ちゃんだからかな…。




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