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Original Novel
Nobuyuki Morita Presents



月光






「さて…何から話せばいいか…」
「何でもいいんです、思い付くことから話してください」

 薄暗い部屋の中、二人の男が向かい合わせに座っていた。一人はまだ若い。二十歳になるかどうかという年頃だ。もう一人は今が働き盛り、といった印象を受ける。恐らく三十代前半ほどだろう。
 テーブルの上では小さなテープレコーダーが回転している。年上の男の手には小さなメモ用紙とペンがある。
 彼の名は三浦滋。大手雑誌出版社に勤めるライターだ。彼は今「彼ら」についての取材中である。

 事の発端は今から二年前、大浜というところで起こった凄惨な事件だ。原因不明の奇病にかかった土産物店店主が、地元住民百三十八人を素手で殺害するという、日本犯罪史上に残る事件だった。その事件では地方の名家である古門という家も巻き込まれたらしい。
 だが、今彼の目の前に座っている男はその古門家とは「今は」関係はない。名字も違うし、住んでいるところも違う。

「それで三島さん、あなたがそのことに気づいたのはいつなんですか?」
「…はっきりとは覚えてません。ただ物心ついたころには…」
「そうですか、それではほとんど生まれつきのようなものなんでしょうか」
「だと思います」

 こうして向かい合ってみて、三浦はつくづくこの三島祐介という青年が気味悪く思えてくる。自分よりも十歳以上年下に見えるのに、この圧迫感はどうだろう。無条件に敬語を使ってしまう。
 今までに彼は凶悪と恐れられた暴力団の取材もこなしてきた。その彼が背中に冷や汗をかきながら敬語で話しているのだ。それに貫禄という意味でも三島祐介の方が三浦滋よりも数百倍ほど持ち合わせているようだ。
 考えてみれば三浦は目の前の青年が本名を名乗っているか、年も本当なのかすら分からない。「彼ら」の存在があまりにも唐突に分かったからだ。


 今をさかのぼること半年、三浦は図書館で新聞記事を読んでいた。結構古いものだ。一年半ほど前のものだろうか、一面、二面、三面と同じ事件で埋め尽くされている。いわゆる三面記事というものだ。
 彼はたまたま雑誌の日本犯罪史特集で取材をしていた。そこでこの事件のことを思い出したのだ。
 彼は事件当時、現地に取材に行った。リアルタイムで見ていた。そして射殺された直後の犯人の死体写真を、警察官をしている友人に見せてもらったのが事件の数日後。それを見た瞬間、彼は全身の毛が逆立つ思いだった。
 小さいころに聞いた御伽噺を思い出した。桃太郎や一寸法師といった、鬼退治の話だ。
 頭部に生えた二本の角、屈強な筋肉、そしてまがまがしい形相。すべてが彼の思い描いていた「鬼」とほぼ一致した。その写真は結局公表されることはなかったものの、三浦の記憶の中には鮮明に残っている。
 そして図書館で「彼ら」についての文献を読んでいるうち、ふと疑問が湧いてきた。
(彼らはまだこの日本に生きているのではないか…?)
 だがその疑問は彼自身の嘲笑ですぐに掻き消された。馬鹿馬鹿しい、鬼なんていうものがこの世に存在するはずがない。…しかし彼は写真を見ている。彼らの姿を見ているのだ。

 そしてほんの一ヶ月前、生物学会でとてつもない学説が発表された。発表したのは杉原浩一郎という医師だ。その学説によると、なんとこの地球上には、人間とは全くことなる進化を遂げた人間、つまりホモ・サピエンス・サピエンスではないホモ・サピエンスが存在するというのだ。
 それまで地球上に存在するホモ・サピエンスはただ一種、霊長類ヒト科ヒト属ヒト目ヒト。つまり世間一般にいう人間だけだと思われていた。
 動物学、生物学、特に霊長類学の分野に大波紋をもたらした。それまでの学説が一気に覆されたのだ。科学雑誌「ネイチャー」にも取り上げられた学説のおかげで、杉原浩一郎氏は現在ノーベル生物学賞の最有力候補となっている。

 彼、杉原氏はそのホモ・サピエンス・サピエンスならざるホモ・サピエンスに「鬼」と名づけた。何とその人間ならざる人間は、日本の御伽噺にたびたび出てくる「鬼」だというのだ。最初は世間の嘲笑をかったが、彼が研究材料としていた遺伝子は明らかにそれまで知られていた地球上のいかなる生物とも異なるものだった。それでいて、遺伝子の構造で最も近い生物は他ならぬ人間だった。
 驚愕的な学説発表から二週間後、三浦のもとに一件の電話があった。写真を見せてくれた警察官からだった。
 奇妙な電話だった。たった一言、「鬼がいる」といって切れたのだ。彼の死を報ずる記事が掲載されたのは翌日、皮肉にも三浦が勤める出版社の親会社の新聞だった。


 そして今、三浦の目の前に座っている青年、三島祐介が「鬼」なのだ。外見は普通の人間と全く変わりない。服装も地味ではあるが、今時の若者らしい服装だ。とてもではないが鬼には見えない。角もなければ筋肉のつき方も目立っているわけではない。ただ、彼のからだ全体からにじみ出るような圧迫感と貫禄、威厳と風格は明らかに人間離れしていた。
 たとえるなら、百獣の王をはるかに凌ぐような生き物。それが牙を剥いてこそいないものの、いま自分の目の前に座っている。それに耐えているだけでも三浦滋は強靭な精神力の持ち主といえるだろう。

「あの、三島さん…」
「質問に答える前に」
 三島祐介が割り込んできた。それでも彼は逆らえない。
「あなたがたは我々のことをどれくらい知っているんですか?まさか何も知らないわけではないでしょう?」
 威圧的な口調ではない。どちらかというと穏やかな、やさしい口調だ。だがその中にも不思議と聞く者を緊張させる何かがある。
「…ある程度は調べました。ですがわからないことがあまりにも多すぎて…」
「そうですか…それでは三島家のことは?僕に連絡を取るくらいですからお調べになったんでしょう?」
「……はい」
「なら僕が何歳かはご存知ですか?」

 好都合な展開だ。何しろ向こうから話してきているのだから、こちらはどんどん聞き出せばいい。
「いえ、存じません」
「…では僕がなぜこうして「出てくる」気になったかは?見当はつきますか?」
「それは…あなたがたの存在が科学的に明らかになったことで…」
「なるほど、大体のところではあっていますね」

 その後も順調に取材は続いた。三島祐介がどこに住んでいたのか、どうやって血脈を絶やすことなく今に至ったのか、その他細かいことに関しては「彼」は好意的に答えてくれた。だが、肝心な部分に関しては彼はあいまいな答えを返してくる。

「さてと、それではそろそろ約束の時間が過ぎましたね。それでは失礼します」
「あ、あの…」
「……何か?」
「後二つだけ聞かせてください。あなたは何歳なんですか?それと…あなたはなぜ出てきたんですか?」
「……質問はどちらか一つにして下さい」
「それじゃあ…あなたはなぜ……」
「………決まっているでしょう?……僕は…」
 不意に窓の外でクラクションが響いた。三島祐介の口が動いたが、言葉は聞き取れなかった。

「それじゃあ失礼します」
 その言葉を繰り返すことなく、彼は部屋を後にした。

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