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Original Novel
Nobuyuki Morita Presents



月光






 滋は異様な不安にかられていた。会社に帰るために車を運転している今もそれは変わらない。あの時彼は何といおうとしたのだろう。いや、何と言ったのだろう。結局肝心なところはわからずじまいだった。また編集長にどやされるだろう。だが、そんなことは今はほとんどどうでもいい。「彼ら」の目的がなんなのか、そればかりが頭の中をぐるぐると回り続けていた。

 不意に携帯がなった。危険とはわかっていながらも運転しながら話を始める。
「もしもし?」
「三浦さん!大変ですよ!もう一人いたんです!」
「はぁ?」
「だから、もう一人いたんですよ!すぐ会社に戻ってください!」
「言われなくても今戻ってる最中だよ。で、もう一人って?」
「だから…」
 急に声を潜めた。大声では言いにくいことらしい。
「鬼がもう一人いたんです。今ここにいるんですよ!」
「…引き止めとけ!どんな手を使ってもいい!帰すんじゃないぞ!」
 携帯をポケットにしまうと、ギアを入れ替えてアクセルを思い切り踏んだ。

 ソファに座っていた人物を見て、三浦は図らずも拍子抜けしてしまった。
「おい…」
「ほ、本当なんですって!信じてくださいよ!」
「あのなぁ、俺はさっきまで本物の鬼と話をしてたんだぞ。あれのどこが鬼だってんだ?」
 そこには中学生くらい小柄な「女の子」が申し分けなさそうに座っていた。どこからも威厳も風格も感じられない。おとなしめの女子中学生、といった感じだろう。
「祐介さんと話をしたんですか?」

 ふいに女の子が会話に割り込んできた。二人そろって振り返る。
「あなたが祐介さんと…話をしたんですね?」
 やはりこの子も話し方は穏やかだ。だが、その声を聞いて三浦は考えを一瞬で改めた。この圧迫感。間違いない、この子も「鬼」だ。
「彼と知り合いなの?」
「…お願いです、もう私たちにかまわないでください」
「いやぁ、気持ちはわかるんだけど、できれば二三質問に…」
「……私たちを…そっとしておいて欲しいんです。もうかまわないでください」
 どこからかにじみ出る圧迫感は間違いなく、さっきまで話していた三島祐介と同質のものだ。肌で感じたものには一瞬で分かる。当然、三浦にはそれ以上何も言うことはできない。だが、彼の後輩はまだその圧迫感を感じていないようだ。驚異的なほど鈍感らしい。
「でもせっかくきたんだし、お茶でも出すから、ちょっと話を…」
「これで失礼します。祐介さんを待たせるわけにはいきませんから」
「え?ちょ、ちょっと…」
「私が言いたいのは…もう私たちにかまわないで欲しい…それだけです」
 そう言い残して彼女はドアの向こうへ消えていった。
「…何なんでしょうね?」
「……さぁな。とにかく、今日からいろいろと調べるぞ。こうして直にこの目で見たんだからな」
「何をですか?」
「…お前って奴ぁ……鬼だよ!鬼に決まってんだろ!」


「今分かってんのはこれくらいだな」
 滋の机の上には何枚かのメモ用紙が並べられている。細かく分類はしていないが、それでも大まかな流れは分かるようになっているらしい。
 まず三島家関連情報。
「何なんですか?三島家って」
「…おまえ何年記者やってたっけ?」
「今年で六年です」
 転職先を紹介しようか、という言葉をようやく塞き止めて、改めてメモを見直す。
「三島家ってのはな……」

 三島家は、例の二年前の事件と関連があった古門家と、元々は一つの家だった。といっても、それはもう千年以上前の話だ。それを考えると、古門家の人があの事件に巻き込まれたのもある種の因縁めいたものを感じる。
 その古門家と三島家は、今ではまったく連絡も取り合っていないし、本人たちもまさか親戚だとは考えていないだろう。これは滋が長い時間かけて家系図を手に入れて、さらに長い時間をかけて調査した結果解った事実だ。
 古門家では人間との混血の結果、ほとんど鬼との関連はなくなってしまった。だが、突然変異的に特殊な能力を持つものが多いらしい。言ってみれば超能力者の家系といったところだろう。だが、古門本家の三人姉妹と、現在の当主である古門晶良氏以外、これといって特別だという印象は受けなかった。ただ全員が異常なくらいの美人であるくらいだ。
 そして三島家。ここは古門家と二つに分かれた直後、南海の小さな島に移り住み、血族結婚を繰り返して純粋な血脈を保ってきたようだ。日本の法律が明治時代になって明らかになってからは大きく二つに分かれている。本家の三島家と、それに仕える形の広瀬家。先ほどの小柄な女の子は広瀬と名乗っていた。

「それじゃあ今回、その三島祐介は古門家を乗っ取りに…」
「おまえはどうしてそういう小説めいたことしか考えられないんだ?」
「じゃあなんなんですか?」
「…それが解れば苦労しないよ」
 恐らく三島祐介も古門家と自分が関係があるとは知らないだろう。古門晶良が目的とは考えられない。だとすれば、彼が滋の取材に応じたのはどうしてなのだろう?また、本家が「南海の小さな島」にある彼が、なぜ今東京にいるのだろう?
 過去に関しては結構解ってきているのだが、現在の状況についてはほとんど解っていない。これはこれから調査することになるだろう。
「忙しくなるなぁ…」
 机の中に入れておいた備蓄のポッキーを口にくわえながら、ワープロの電源を入れた。


 場所は変わって古門家。
 二年前にここに住んでいた両親が殺された事件が起きたが、今では平和な毎日が帰ってきている。平和すぎて欠伸が出るくらいだ。
「…って、そこでほんとに欠伸するんじゃない!」
「なんだ、泉水か。よいではないか、平和なことはいいことだ」
「そうよ、何事もないのが一番いいんだから。そうですよね、晶良さん」
「うんうん、その通り」
 ここ数ヶ月で何とか仕事にも慣れてきたし、ネクタイも鏡を見ずに結べるようになった。まだ一人前というわけではないけど、俺も立派な社会人ってところか。
 俺と綾音さんの挙式の日程も決まっている。どうやら今年中には無理らしいが、来年の冬、正月を過ぎたあたりにしようということになった。
「まーったく、結婚ボケが二人もいるとこっちが困るよ。大体なんだって結婚してから二人で暮らそうってことにならなかったわけ?」  大学に入ってから髪を伸ばしはじめた泉水が腰に手をあてる。ようやく背中にかかりはじめたくらいだ。最近になって少し女らしくなってきた。
「私たち二人が出ていったらあなたと深雪はどうなるの?少なくとも、深雪が高校を卒業するまではここにいます」
「…ごめんなさい、私のせいで…」
「別に深雪ちゃんのせいじゃないよ。俺も綾音さんも、ここが居心地いいから引っ越さないだけなんだから」

 こんないい所から引っ越してたまるか。俺が前住んでたところなんてユニットバスで、座って風呂に入ることもできなかったんだ。それが今では足が伸ばせるくらいの浴槽にのんびり浸かったあと、風情豊かな日本庭園を見ながら綾音さんのお酌で酒を飲む…
「そこっ!妄想に浸らない!」
「まぁまぁ、泉水お姉ちゃんもお兄ちゃんも…」
「深雪が気にすることはないのよ、晶良さんと二人で話し合って、やっぱりここで暮らすのが一番いいっていうことで決めたんだから」
「…うん」
 まったく、一時期はほんとにどうなるかと思ったが、今ではこの四人で暮らすのが一番安定してるようだ。

 あの事件から退院まで、結局三ヶ月もかかった。その間ひたすら退屈と、泉水たちの甘いもの攻撃に耐えていなければらならなかったわけだから、それはもう地獄のような入院生活だった、ということが分かっていただけると思う。
 それから約一年半後、俺は無事大学を卒業して予定通り古門製薬に就職した。今はシステム管理の手伝いみたいなことをしてる。二年くらいこうして現場で働いて、その後綾音さんの補佐をする。何でも綾音さん、三年くらいでトップの座から退くつもりらしい。で、その後釜に着くのはおれ、ということになっている。まぁ予定だけどね。
 入院生活中に深雪ちゃんも泉水も、そして綾音さんも完全と言っていいくらいに昔の笑顔を取り戻した。特に変わったのは深雪ちゃん。高校に入ってますます可愛くなってきたせいで、一緒に街に出たりすると必ずナンパされてしまう。そんな彼女について、最近よく「えっ?深雪ちゃんってそうだったの?」と思うことがよくある。ファッションに関してまったく興味を持っていなかったり、実は極度の運動&方向音痴だったりということが次々判明する。

 以前の彼女なら、そういう事はできるだけ隠そうとしていたのに、今ではそれが俺に知られても「あ、バレちゃった?」とちょっと舌を出してはにかんでみたりする。ずいぶん明るくなった。
 泉水も多少…うん、本当に「多少」女らしくなってきた。髪を伸ばしはじめたり、妙におしゃれな格好をしてみたりと、なんだか普通の女子大生のようなことをしている。
「晶良、今なんか言った?」
「いや、何にも」
 綾音さんも、半年ほど前から育児の本を読んだりしている。いつもはスローモーなのに妙なところだけ気が早い。子どもが好きというところもますます拍車がかかったようだ。一緒に買い物に行ったりすると必ず子供服売り場に足を運ぶようになってしまった。
 でも一番変わったのはかく言う俺だろう。馬鹿力は昔からだったが、それがさらに強くなった。おまけに妙に勘が鋭くなってみたりと、自分でも気味が悪くなってくる。多分、二年前のあの事件が原因だろうな。
「さぁてと、私勉強してくるね」
「え?もうそんな時間?」
「うん。もう八時半だよ。お皿も洗ったし、今日はもう勉強して寝るね」
「そうね、そうしなさい。じゃあ泉水は?」
「私は特にすることないから。綾姉のウエディングドレス選びでも手伝ったげるよ。晶良は?どうするの?」
「そうだな…ちょっと散歩してくるよ。家にいるのもなんだかね。ちょっと一人でふらふらしてくる」
「気をつけてくださいね」
 一つ肯いて玄関へ向かう。後ろの方で「晶良が何に気をつけるの?」という泉水の声が聞こえたが、ここは無視しておこう。

 特に散歩といっても当てはなかった。ただ、気がつけばちょっとした沢に来ていた。子供の頃はここでよく泳いだり釣りをしたりしたもんだ。ここから二十分くらい歩いたところにダムがあって、そこでも良く釣りをしてた。親父とか伯父さんに連れられて釣りを教わったもんだ。懐かしいなぁ。
「……ん?」
 不意に後ろに人の気配を感じた。おかしいな、こんな時間にこんな所に人がいるなんて。もちろん、俺のことは棚の上に放り上げている。
 どうやら敵意を持っている訳ではないらしい。だけど何か違う。何がどう違うのかはわからないが、何かが違っている。
 後ろにいる人物が息を吐いた瞬間に振り返った。こうすれば不意をつかれて攻撃されることもない。まさかとは思ったが、一応用心のためだ。
「あ…」
 目の前に立っていたのは小柄な女の子だ。見た感じまだ中学生くらいかな。
「どうしたの?こんな所で。もう遅いし、帰った方がいいよ」
「あの…」
 女の子は少し困ったような顔でこっちを見ている。どうしたんだ?まさか…家出?
「古門…晶良さんですか?」
「そうだけど、何か?」

 こうして俺の名前と顔を知ってる人がいても、この辺では別に不思議じゃない。自慢じゃないが、ローカルな有名人なのだ。
「私、広瀬沙耶と申します。ちょっとお話が…」
 広瀬…?この辺では珍しい名字だな。地元の子じゃないみたいだ。
「ここで?今じゃないとだめかな?」
「はい。もうすぐここに来ますから」
「くる?誰が?」
「………見ていただければ判ります。とりあえず、そっちの方で…」
 河原、というよりも川の真ん中あたりにある大岩に腰掛けた。ちょっと曇ってるのかな、月は見えてない。そこらの茂みの中からいろいろな虫の声が聞こえてて結構風流だ。
「で、話って?」
「…………あの……」
「…?」
「鬼についてはご存知ですか?」
「ああ、知ってるよ」
 実にあっさりと答える。でも別におかしいことじゃない。事実、鬼に関してはいろいろ知ってるし、それに杉原先生の論文も一般に認められてるみたいだしね。
「その鬼がどうかした?」
「…すみません、先に謝っておきます」
「?」
「こういう話し方が卑怯なのは判ってます。でも…」
「沙耶、もういい。そこからは僕が話すよ」

 大岩の後ろから声がした。こうして背後に立たれて気配を感じなかったのは久しぶりだ。
「古門晶良さんですね。はじめまして、三島祐介です」
「は、はぁ…こちらこそはじめまして」
「僕のことをご存じないのは仕方ありません。僕もあなたの事はほんの二週間前に知ったばっかりですから」
 不意に雲が切れた。月明かりが三島祐介と名乗った男の顔を照らす。
 体中が凍り付く思いだった。俺がもう一人、目の前に立っている。
「驚いた…」
 その言葉を口にしたのは彼の方だった。俺は何も言えずに呆然と立ってるだけだ。
「まさかこれほど似てるとは…」
「あ、あんたたちは…?」
「自己紹介が短すぎましたね。改めて自己紹介します。僕は三島祐介。こっちは広瀬沙耶。二人ともあなたの遠縁の親戚です」

 親戚…?おかしいな、俺は三島という親戚も広瀬って名字の親戚も知らない。少なくとも俺の記憶には全くないし、親父たちからそういう親戚がいるってことを聞いたこともない。
 でも彼は俺に似すぎている。泉水も俺に似ているとはよく言われるが、それとは比べ物にならない。髪型も一緒、顔かたちもほとんど同じだ。生き別れた双子…なんてことはあるはずがない。俺は何回も自分の戸籍を見てるんだ。双子なんているはずはない。
「あ、あの…親戚…って……?」
「信じてもらえないのも無理はありません。両家が別れたのはもう千年近く前のことですから」
「千年?」
「千年前の両家の当主の父親が、古門心水という人物です。そのことはご存知ですか?」
「あ、ああ、そのことなら…」
 親父に小さい頃聞かされたことがある。そもそも古門家の始祖のような存在、それが古門心水という人物だ。なぞの多い人で、槍の達人だったり医者だったり、ものすごい怪力の持ち主だったりと、なかなかの豪傑だったらしい。
 その心水さんには双子の男の子がいて、片方が古門家のご先祖様らしい。もう片方については解らないといっていたが…もしかしたら……
「古門心水の二人の息子のうち、古門慶水が古門家の…そしてもう一人、慶水の弟、古門英水が僕らの先祖です。家系図もあります」
 と、家系図の写しを取り出した。
 この二人は嘘を言ってはいない。あの事件以来、人が嘘をついているかどうかは不思議と解るようになった。何度かそれのせいで会社が嫌になったこともあるが、今出は結構便利に使っている。
 家系図によると、双子の兄弟である慶水と英水は、ともに文武両道に優れた青年だったらしい。やがて慶水は薬屋に、英水は医者になった。そして慶水はこの地に居を構え、英水は九州から更に南の島に移り住んだ。
「その島が三島、という名前だったので、英水は三島英水に改名したそうです」
「………い、いやぁ、まさかこんな所でご先祖の話をするなんて…」
「それではもう一つ、古門心水が「鬼」だったということはご存知でしたか?」
「はぁ?」
 古門心水が…鬼?どういう事だ?
「古門家は…あ、心水の時代の古門家は鬼の統領だったんです。それで…」
「ちょ、ちょっと待って!何がどうなってんだか…とにかく、一度家に来てもらえないかな。あんまり遅くなると家のものが心配するから」
 小柄な女の子、沙耶と名乗った子が不安げに三島祐介の顔を見上げる。
「わかりました。それじゃあ遅い時間に恐れ入りますが、お邪魔します」


「そ、それじゃあ…私たちも…鬼なの?」
 深雪ちゃんが不安そうな顔をしている。なんだか顔色が悪い。それも仕方ないな。この子は二年前、鬼に親父と母さんが殺されるところを見てたんだ。
「いえ、古門家は人間と共存するために人間と混血を繰り返しました。ですから鬼の要素はごく僅かに残っているかもしれませんが、人間といって間違いありません」
「それじゃひょっとして俺の馬鹿力は…」
「先祖返りみたいなものかもしれません。ですが、これだけは信じて下さい。僕らは鬼ですが、あなたたちと親戚でもあります」
「でも…どう見ても鬼にみえないよ。少なくとも深雪が見たって言う鬼は…」
「角も体格も、長い間で変化したのかも知れません。見た目は普通ですが、僕も晶良さんと同じく腕力は異常に強いんです」
 俺と祐介君が親戚だというのは見て解る。双子の兄弟だといっても通用するだろう。それに沙耶という子は深雪ちゃんそっくりだ。
「なんとなく分かります…」
 終始黙っていた綾音さんが口を挟んだ。
「その…古門…いえ、三島英水の話は私も知っていますから」
「え?」
「小さい頃に、お爺様に聞いたことがあります。でもその英水の子孫がこうしてここに来るとは思いませんでした。…でも…分かります」
「そもそも、古門心水の時代で鬼としての特徴はほとんどなかったんです。ただ、大柄で力が異常に強いということ以外ね」
「三島家は血族結婚を繰り返して、それで鬼の血脈を伝えてきたんです。私も古門家に縁のあるものですが、祐介さんとは許婚になってます」
 泉水も深雪ちゃんも、まだ混乱しているようだ。だが綾音さんは落ち着いている。後で聞いたが、自分でも不思議なくらいあっさりと事実を受け入れられたのだそうだ。
「とにかく、今日はもう遅いことですし、お二人とも今日はここに泊まっていって下さいな。部屋はたくさんありますから」
「いえ、ホテルをとってますんで、そこで寝ます。…今日はただ、僕らの事を知ってもらいたくてお邪魔したんです。それじゃあ…沙耶、そろそろお暇しようか」
「あ、はい」
 二人は玄関を出て門をくぐった。敵意は感じられない。害意もない。あるのは、ただ懐かしさだけだ。
「祐介君」
「はい?」
「…どうして今なんだ?」
「……どうしてでしょう…僕にも分かりません。ただ、なんとなく話しがしたかったんです。僕達のことを知ってもらいたい…突発的にそう思っただけかもしれません」
「……いつでもここに来るといいよ。親戚なんだから」
「…ありがとうございます。それじゃここで」


「祐介さん…」  隣に座っている沙耶が不安そうな顔をしている。無理もない、今の今まで緊張してたんだからな。
「私にも分かりません、どうして彼らと会う気になったんですか?」
 それは僕にも解らない。本当に突発的に、遠くにいる親戚に会いたくなっただけだ。昔、島にいた頃にはこんなことは考えてもいなかった。そもそも古門という親戚がいたことすら知らなかったんだ。
「最近の祐介さん、なんだか焦ってるみたいです…」
「沙耶、二人のときくらいいつもと同じように喋ってくれよ。調子が狂う」
「……うん……なんだかここ二週間くらい、祐ちゃん変だよ。何かあったの?」
「いや、何もない。ほんとに何もない。…どうしてかな、自分でも分からないよ」
 正直言ってかなり驚いた。古門家の今の当主、古門晶良さん。あの人がまさかあんなに僕と似てるとは思わなかった。それにあの家にいた…深雪ちゃんだったかな。あの子は沙耶にうりふたつだ。やっぱり親戚なんだな。
「どうして…なんだろう……」
「…祐ちゃん、次の駅だよ」
「ん?もうそんなに来たの?」
 電車の窓から外を見る。相変わらずの風景だ。
「よかったね」
「何が?」
「古門さんたち…いい人たちで」
「そうだね。…うん、ほんとにいい人たちだ」
「あのきれいな人、もうすぐ結婚するんだって。晶良さんと」
「そうだったの?どうりで仲が良さそうにみえたわけだ」
 電車が止まった。ぞろぞろと人が降りる。それに少し遅れて僕と沙耶も駅のホームに降りた。少し暑いな。でも島よりはずいぶん涼しい。
 改札をぬけて月明かりの下を歩く。多分だれも僕達二人が鬼だなんて思わないだろう。それを考えると少し腹が立つ思いもする。
 僕達は完全に「異端」だ。大多数を占める人間に囲まれて生きていかなきゃいけない。うまく生きていくには人間のふりをしていればいい。それは別に難しいことじゃない。
「沙耶」
「え?」
「……明日は学校休もう」
「…そうだね、ちょっと疲れちゃった」
「明日はのんびりしてようか。昼頃まで寝て、目が覚めたら一緒に映画にでも行こう」
「うん、一日くらいのんびりするのもいいよね」
 こうして東京で暮らしはじめてもう3年。最初はかなり戸惑った。昔、島にいた頃は周りにいる人はみんな親戚みたいなもので、人間はほとんど一人もいなかった。
 それが今では数え切れないくらいの人間の中で暮らしてる。今ではこの暮らしに何の違和感も感じてない自分に驚くこともある。
 パソコンも買った。インターネットもしてる。もちろんファーストフードも何度となく食べてるし、寝るときはベッドだ。多分誰もこんな生活してる鬼がいるなんて、考えてもいないだろう。
「お母さんたちが生きてたら何て言うかな」
「何も言わないと思うよ。今も笑ってるんじゃないかな。『鬼らしくない子だ』って」
 島は最近どんどん過疎化が進んでいる。最近は子供も生まれてない。沙耶が最後に生まれた子供だ。このままだと鬼は確実に滅んでしまう。
「どうして…なんだろうな」
 沙耶にも聞こえないくらいの声で呟いた。
 鬼はどこに行くのか…。
 どこに行こうとしてるのか、それも解らない。僕らが今何をしたらいいのかも解らない。
最終的に、鬼は人間に取り込まれることになるのかもしれない。それを受け入れるべきなのか、それとも抗うべきなのか…


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