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Original Novel
Nobuyuki Morita Presents



月光






「それで、いつ頃産まれる予定なんですか?」
「お医者さんにはまだ見てもらってないんです。ただ、その…生理の感じからすると今二ヶ月か三ヶ月…」
「それじゃ明日にでも診てもらった方がいいですよ。知り合いにいい女医さんがいますから、紹介します。明日は私の方が仕事休みですから、よければ一緒に行きますよ」
「そうですか?それじゃお願いします」
 多分綾音さんが言ってるのは、彼女たちの主治医だという杉原先生だろう。晶良さんの話だと、杉原先生(女医)は旧姓水野先生というらしい。去年結婚したんだそうだ。ここの人達が「いい先生だ」というんだから間違いないだろう。
「祐介君、ちょっと…」
「え?何ですか?」
 なんだか隠れるように晶良さんが手招きしてる。何だろう…?
「どうしたんですか?」
「…どんな気分なの?」
「え?」
「だから……その…父親になるってどんな気分なの?」
 あぁ、なるほど、そういう訳か。
 そう言えば晶良さんも結婚を目前に控えてたっけ。そういうことにかけては僕の方が先輩ってことになるのかな。
「悪い気は全然しませんよ。前から子供は欲しいと思ってましたから。でも、責任が重くなったって言うのはすごく実感しますね」
「なるほど…やっぱりなぁ……」
「最初は少し恐い気もしたんですけど、でもやっぱり嬉しいものですよ」
「ふーむ…」
 しかし綾音さんってきれいだなぁ。今まであんなにきれいで優しい人なんて見たことないよ。沙耶はどちらかというと「きれい」と表現するより「可愛い」の方が合ってるような気がする。
「あんなきれいな人と結婚できるんですから、すごいですよね」
「うん、確かにそれはよく思うよ」
 でも、同じ顔の僕が言うのもなんだけど、晶良さんもけっこう「美人」だ。高校のときからこの顔のおかげでいろいろとあったけど、晶良さんもそうだったんだろうな。晶良さんと綾音さんが歩いてるところを事情を知らない男が見たら、間違いなく声をかけるだろうな。もちろん、両方とも女だという前提の下で。
「晶良さん」
「ん?何?」
「これからも沙耶のこととかでお世話になるかもしれないですけど…」
「あぁ、遠慮しなくていいよ。いつでも家に来るといい。特に沙耶ちゃんのお腹の子が大きくなったらいろいろと大変だろうしね」
「…は、はい」
「……実を言うとね、俺の方もすごく嬉しかったんだ」
 嬉しかった…?
「そう、こんなにいい親戚がいるってのは全然知らなかったし、それに何より、綾音さんたちもすごく喜んでる。それが何より嬉しいんだ」
「僕も同じですよ。沙耶があんなに明るく笑うのを見るのは初めてですからね」
 やっぱり「家族」っていいもんだなぁ。かく言う僕も、こんなに親戚と一緒にいて警戒心も何もなく過ごすことなんて、生まれてはじめてだ。あんな島、やっぱり出てきてよかった。こんなに心から祝ってくれる人なんて一人もいない故郷なんて、二度と帰るもんか。もし島の連中が引き戻しに来たら、力ずくでも帰ってもらうことにする。
「それにしても…」
「…どうしたんですか?」
「…ああして二人で並んでるとこ見ると、本当の姉妹みたいに見えるな。沙耶ちゃんと綾音さん」

「…ああして二人で並んでるとこ見ると、まるで双子の兄弟だね」
「うん、言えてる」
 まったく、美人の男二人で何を話してんだか。
「それにしてもこれ美味しいね、沙耶さんが作ってきたんでしょ?」
「うん、なかなかやるわね」
 深雪が怪訝そうな顔で見てる。分かってるわよ、どうせ「なかなか?泉水お姉ちゃんの口からそんな台詞が出るなんて…」って言いたいんでしょ?もう十七年も姉やってりゃ自然と察しはつくわよ。
 今から考えてみれば、深雪も明るくなったなぁ。あの事件の前の深雪だったら、自分が鬼の親戚みたいなものだって知ったら、ショックで寝込むかふさぎ込んでただろうに、それが今ではその「鬼」が作ってきた料理を「おいしい」だって。まるで姉が一人増えたような、それくらいの感覚でいるみたいね。結構結構。さすがは我が妹ってところね。結構タフになってきたじゃない。
「泉水お姉ちゃん」
「ん?」
「祐介さんと沙耶さんって結婚してるのかな?」
「…そう言えば…でもしてないんじゃないかな。名字違うし」
「あ、そうか。でもゆくゆくは結婚するんだよね?」
「多分ね。赤ちゃんが生まれた後か生まれる前かに」
「どうせなら綾音お姉ちゃん達と一緒にやればいいのに。綾音お姉ちゃん達の結婚式もほとんどだれも呼ばないんでしょ?」
 そりゃそうだ。親戚なんか誰も呼ばないし(多分呼んでも来ないだろうけど)、綾姉も晶良も、そう友達が多い方じゃなかったもんなぁ。どうせ呼ぶっていっても杉原先生とか、会社の副社長さんとかその辺かな。そういったごく身近な人達、本当に心から祝ってくれる人達だけ集めて、近くのホテルで小さな結婚式するって言ってたっけ。
「うーん…それいいかも…」
「ね?そうなったらいいと思わない?」
「うーん………そうだよね、祐介さんたちも特に何にも言ってなかったし…」
 もし二組同時の結婚式とかなったら、それだけでめでたさも倍じゃない。いや、四倍くらいにはなるかな…
「でも…いいの?」
「…何が?」
「幸せ絶頂のカップル二組の裏で、彼氏がいない私達二人は裏方なのよ」
「…………」
「あの四人が幸せそぉ〜な顔してる裏で、指くわえて『うらやましいなぁ』とか言ってるのよ、私達」
「う…うん……で、でも、それはそれでいいじゃない。お姉ちゃん達が幸せになるんだもん、それ見たら『私達だって!』って言う気になるかも…知れない……かな…」
 やっぱりこの子も彼氏とかが欲しい年頃なのね。でも深雪の性格からして男を作るのは難しいだろうなぁ。すごくまじめで頭脳明晰で、それこそ深雪並みに非の打ち所のない男じゃないとだめなんだもの。
「…道は険しいね、深雪」
「……うん…」

 結局この日、僕と沙耶は古門さんの家に泊まることになった。夜も遅くなったし、それに明日は朝から綾音さんが沙耶に付き添って一緒に病院に行ってくれるんだそうだ。沙耶も一人で診てもらうのは不安だろうから、誰か一緒に行ってくれると僕も安心できる。特に今回は産婦人科だから、一緒に行くのは女の人の方がいいだろう。
「なんだ、それじゃいつも二人きりのときは「祐ちゃん」って呼んでるんだ」
「うん、でもどうしても人前だと…ちょっと二人でいるところを見られたりしたら緊張しちゃって」
「別に緊張しなくてもいいのに。もっと肩の力ぬこうよ」
「…うん、そうだね」
 隣の部屋から泉水さんと沙耶の話す声が聞こえる。
「いいもんですね、姉妹って」
「そうみたいだな」
 僕と晶良さんは二人でのんびりと茶の間に座っている。深雪ちゃんは勉強中らしく、ここにいるのは僕と晶良さんと綾音さんの三人だ。
「僕も沙耶も、両方とも一人っ子なんですよ。まぁ兄妹みたいなもんですけどね」
「うちと一緒だな。俺も一人っ子なんだけど、小さい頃からここによく遊びに来てたから。綾音さんのことも小さい頃は姉ちゃんって呼んでたからね」
「懐かしいですね。確か中学生くらいまででしたっけ」
 こうしてこの二人と向かい合ってると、本当に幸せなんだな、というのがよく分かる。綾音さんもデレデレと笑うのではなく、本当に嬉しそうな笑顔だ。隣にいるだけで幸せになる、と言っていたのは本当らしい。
 庭では虫が鳴いている。少し暑いけど、こうして窓を開け放して風を入れると涼しい風が入ってくる。東京では味わえない気分だ。
 多分晶良さんも気づいてるだろう。この涼しい風の中に、かすかに敵意が混じっていることを。一人じゃない。複数…いや、かなり大勢だ。しかもこの「敵意」には覚えがある。小さい頃からこの身に突き刺さってきた、冷たく暗い敵意。
 この近くまで来ている。いや、多分もうすぐそこまで近づいているだろう。どうする…?
「…ちょっと待ってて」
「え?」
「いや、何でもないよ、すぐ戻るからさ」
 晶良さんが立ち上がった。…気づいていないのか。仕方ない、いざとなったら僕が…
 と思っていると、敵意が一つ、また一つと消えていく。それと入れ替わりに違う感情が増えてきた。これは…恐怖?


「ずいぶんと大勢でお出ましだな。古門家に何の用だ?」
 陰に隠れて姿はあまり見えない。でもそこらじゅうにいるのは分かっている。
「…古門……晶良か?」
「…………」
「なぜ答えん?」
「答える必要はない」
 古門晶良か?と聞かれた青年は倣岸な笑みを浮かべたままそう答えた。長い髪を後ろで一つに束ねたその姿は、どこからどう見ても女だ。
 しかし、この青年はれっきとした男である。しかも、厳密に言えば人間であっても人間ではない。人ならざる人。ホモ・サピエンス・サピエンスではないホモ・サピエンス。つまり、一言で言えば「鬼」だ。そして彼を囲むように配置している大勢の人間。彼らもまた「鬼」である。
 人数では古門晶良は圧倒的な不利だが、圧迫感、威厳、威圧感、そして実力において、この大勢の総合力をはるかに凌駕している。そして、彼にはその自覚があった。
「おとなしく帰るならよし、そうでなければ……」
「……鬼の棟梁と争うほど馬鹿ではない。三島祐介がここに来ていると思うが…?」
「もしきていれば?」
「…引き渡していただきたい」
「断る」
 きっぱりと古門晶良は断った。
 以前の彼ならこんな立ち居振舞いはできなかったに違いない。この二年間での古門家の当主としての自覚が、彼を目覚めさせたのだろう。普段は明るい彼が、こうして家を侵されようとしたとき、まったく違う一面を見せるようになった。そのことはまだ彼と一緒に住む三人姉妹も知らない。
「お引き取りいただこうか」
「…こちらも引き下がるわけにはいかん。これからは鬼は滅ぶ運命にある。これから子を産むことは許されんのだよ」
「……これ以上は話しても無駄だな。おとなしく帰る気がないなら、全員痛い目にあってもらうことになるが…?」
 先頭に立っていた男が小さく舌打ちをした。彼が門に背を向けると、彼に付き従っていた大勢も我先にとその場を立ち去った。それを確認した晶良も、彼らに背を向けて門の中に消えて行った。


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