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Original Novel
Nobuyuki Morita Presents



月光






「やっぱりそうでしたか…」
「ああ、奴等『この先、鬼の子を産むことは許されない』とか言ってた。ふざけた奴等だ」
「沙耶は僕が守ります。僕も三島の鬼の棟梁だ。本気を出せば…」
「…それだけ決意が硬ければ大丈夫だ。俺も安心して仕事に出れるよ」
 やはりあの「敵意」の主は島の連中だった。また同じ事を繰り返すつもりらしい。いや、今度は僕らを殺すためにここまで来たんだろう。
 冗談じゃない、おとなしく殺されてたまるか。たとえ結果的に鬼が滅ぶことになっても、絶対に沙耶だけは守って見せる。
「あと、一つ忘れてるようだね」
「え?」
「ここに古門の鬼の棟梁もいるんだけど、そのことはお忘れでないかい?」
「あ……」
「どうも気に食わないな、女子供にひどいことする奴は。俺も混ぜてくれよ」
 ボキボキと両手の指を鳴らす。なんとなく恐いが、ものすごく心強い味方だ。
「もちろんだめだって言っても勝手に混ざるけどね」
 近くにあった石を拾って軽く握り潰す。これにはかなり驚いた。
 僕も石くらいなら握り潰せるけど、ここまで軽々と握り潰すことはできない。どうやら鬼としての力は晶良さんの方が上なようだ。
「俺の家族の敵は俺の敵だ。敵なら容赦しない」
 そういった時の彼の目は少し恐かった。
 二年前晶良さんは病気になり、その時に鬼のことを知ったのだという。ひょっとしたらその時に、それまで半分眠っていた鬼の力が全部目覚めたのかもしれない。
「そういうわけだ、覚悟するんだな」
 握り潰した意志の破片を、振り向きもせずに斜め後ろに投げる。何かにあたる音と同時に、「うっ」といううめき声が聞こえた。僕も慌てて振り替える。
「俺んちに忍び込むとはね……なかなかいい度胸だ。まさか生きて帰れるとは思ってないだろうな?」
 彼の視線の先には、額から血を流している男がいた。見覚えがある顔だ。三島で見たことがある。
「お前確か……」

「…ふんっ、お前が勝手なことさえしなければ…」 「勝手なのはどっちだ!お前達が沙耶を…僕達にどれだけのことをしたか、お前らは忘れても僕達は覚えてる!」
 この男は三島の小学校の校長だ。父さんと母さん、それに沙耶の両親を「毒殺」して、病死に見せかけた男だ。
「…そうだったのか?」
「そうです。どんな毒を使ったのかは知らないけど、父さんと母さんは…どんどん弱っていったんです。火葬にしたあとに骨も残ってなかった」
「そういうわけか。それなら遠慮は要らんな。思う存分仇を討つといい」
「……わしが戻らなければ全員でここに押し寄せることになるぞ」
「くっ…相変わらず卑怯なことを…」
 こいつは昔からそうだった。僕がこいつらの仕打ちに耐えてきたのも、沙耶の身を案じていたからだ。こいつは僕に「従わなければ沙耶がどうなるか解らんぞ」と脅しをかけていた張本人だ。
「どうしたんだ祐介君、やらないのか?」
「で、でも…僕がこいつをやれば…」
「お前も沙耶のことが可愛かろう?…古門よ、お前も女達のことが心配じゃないのか?」
「心配?ひょっとして泉水と深雪ちゃんの帰りがけに待ち伏せしてた奴等のことか?」
 校長の顔が引き攣る。見る見るうちに勝ち誇った表情が青ざめていく。
「な、なぜそのことを…?」
「奴等なら全員三島に帰ったよ。もちろん、全員骨の十本ほどは折らせてもらったけどね」
 そうか…この人はこの人でしっかりと家族を守ってるんだ…
「お前らが滅ぶのは勝手だ。思う存分滅ぶがいいさ。でもな…」
 静かに校長に歩み寄る。
「産まれてくる命を…新しい命を産もうとするものに危害を与える輩は…」
 晶良さんと校長の距離はもう手を伸ばせばとどくくらいに近まっている。校長は晶良さんに威圧されて動くこともできずに震えている。
「…許せんなぁ」
 晶良さんの腕が伸びて、校長の襟首をつかむ。片手ででっぷりと太った男の身体を引き上げた。そしてそのまま僕の方へ投げる。
「ぎゃっ!」
 敷石で腰を打った校長が変な悲鳴を上げる。
 卑劣なこの男のことだ。どうせ周りに何人か呼んでいたんだろう。でもそいつらも全部晶良さんに片づけられていたようだ。
 校長の表情はすっかり脅えきっている。全身が震えて、禿げ上がった頭からも脂汗が出ていた。
「たたた助けてくれ!わしが悪かった!沙耶のことは…あれはわしのせいじゃない!そうだ、島の連中が勝手に…」
「三島から来た奴の一人は『全部校長が言ったことにしたがっただけだ』といってたぞ。それに『鬼は滅ぶ』とかいう説もお前さんが言ったことらしいな」
「……そうだったのか…?」
「ちち違う!断じて違う!」
「おまけに今度は祐介の両親まで毒殺したらしいな。…祐介君、こいつに身の程を教えてやってくれ。おれたちに対する「礼儀」をたっぷりと身体に教え込んでやるんだね。俺はまだちょっとやりのこしがあるから」
 そういうと晶良さんは門から外へ出ていった。
 いまこの家には誰もいない。綾音さんも深雪ちゃんも、そして泉水さんと沙耶もみんなで病院に行っている。
「お願いだ!命だけは…命だけは…」
「お前らに襲われたときに…沙耶は自分の命よりもお腹の子のことを考えたそうだよ。春に生まれてくるはずの子を…」
「わわわわしは…」
「殺しはしない。だが…死に勝る苦痛を与えてやる。三島の鬼の棟梁に逆らうとどうなるか、思い知るがいい」
 校長が這って逃げ出した。
 逃がすものか。沙耶と生まれてこなかった子の仇を討ってやる。
 一瞬の跳躍で校長の両足を踏み潰す。骨が折れるいやな感触が靴を通して伝わってきた。
「っっっ…!」
 悲鳴が出ないようにすぐさま頭を踏んで地面にめり込ませた。そして両腕を「思い切り」殴り付けた。
 はっきりと骨が折れる音が聞こえた。腕がほとんどちぎれたようにぶら下がっている。
「鬼をなめるなよ……今までは我慢してきたが…これからは違う。二度と僕の前に現れる気にならないようにしてやる」
 脊髄に手刀を打ち込んだ。骨が砕ける音がする。
 気を失ったようだ。校長はぴくりとも動かない。ここまで痛めつければこいつらも二度と僕を付けねらう気にはならないだろう。
 …こいつ「ら」?
 ひょっとしてまだ他にいるのか?晶良さんが言ってた「やり残し」って…まさか!


 杉原病院の産婦人科。以前のように沙耶が診察を終えて出てきた。が、そこの風景はいつもとは違っていた。
 六人の男が深雪を羽交い締めにしている。
「な…どういうことだ?なぜ沙耶がむこうに…?」
「だからその子は私の妹だっていってるだろ!?さっさと深雪を放せ!」
 騒ぎを聞きつけて、杉原裕子が診察室から出てくる。
「そこまでね。警察に電話したわよ。おとなしく深雪ちゃんを放しなさい」
「くっ…騙しやがったな!」
「何をよ!あんた達が勝手に勘違いしたんじゃない!人の妹に手を出しておいて…」
「止めなさい泉水!下手に動くと深雪が…」
 と、綾音が泉水を制止したと同時に、深雪を羽交い締めにしている男の背後に、大柄な白衣を着た男が立った。
「動くんじゃない。動くことこの注射器の中身を入れるぞ」
 ネームプレートには「杉原浩一郎」という名前が書かれている。
「深雪ちゃんを放せ。…そう、ゆっくりだ」
 男はぎこちない動きで深雪を放した。ようやく解放された深雪は慌てて姉のもとへ走りよる。
「いいか?この注射器には何も入ってない」
「なにぃ!?だっ…騙しやがったな!?」
「…何も入ってない状態でピストンを押すと、血管内に空気が注入される。やがて空気は脳の毛細血管にいたると静止して血栓を作る。心臓の冠状動脈の場合も同じだ。…どういう事か、分かるか?」
「……?」
「簡単に言えば『死ぬ』んだよ。死因は脳溢血か急性心筋梗塞だ。死亡証明書も書いてやる。でも安心するといい。それほど苦しくはない」
「まままま待て!待ってくれ!」 「なんだ?注射して欲しいのか?それじゃあ仕方ない。……なあ裕子、これは安楽死になるのかな?」
「ならないんじゃない?だって急性の脳溢血でしょ?ご愁傷様、お線香は上げないわよ」
「…だそうだ。それじゃあ120ccほど入れてみようか?」
「待て!…判った、出て行く、出て行くから…」
 が、彼らは出て行くこともできなかった。入り口に一人の人物が現れたのだ。
「お前らが行くところはどこにもないよ。三島以外ね」
 古門晶良だった。
「晶良さん…」
「よかった、古門君が前もって連絡してくれたおかげで助かったよ」
「ま、何にしても間に合ってよかった。こいつらで最後ですよ」
 古門晶良は、前もって杉原浩一郎に連絡を取っていた。沙耶が以前どんな目にあったか、その加害者側の連中がここに来ていること。そして沙耶がまた危険な状況に陥りつつあることも。
 その事情を聞いて、浩一郎も全面的に晶良に味方することに決めた。もちろん、彼はほぼどんな状況においても古門家に味方するだろう。
「さてと、あんな話を聞いた後じゃあただ警察に引き渡すだけじゃ気が済まないな」
「僕は止めないよ、古門君」
「…先生はやらないんですか?」
「いやぁ、僕はもう歳だからね、激しい運動は遠慮しとくよ」
「なぁるほど、それじゃ遠慮なく…」


 病院に着いてみると、晶良さんたちが何事もなかったかのようにベンチに座っている。が、どう見ても何事もなかった訳じゃない。六人も診察室で呻き声をあげながら治療を受けてるんだ。
「よう、そっちはもう終わったの?」
「あ、あの…これは…?」
「いやぁ、沙耶ちゃんを付けねらう奴等がいるなら、多分病院が危ないだろうなって思ってね。来てみたら案の定だった」
「……すみません…」
「…?…何が?」
「僕が警察に自首してきます」
 これだけ人を傷付けたんだ。傷害罪に問われて当然だ。校長もここまで引きずってきたけど、あいつに関して言えば殺人未遂かもしれない。
「いやぁ、彼らも災難だったなぁ。ここまで観光に来たのに『バナナの皮を踏んで滑って転んで大怪我』だもんなぁ。なぁ、泉水?」
「うんうん、まったくね。でもここらへんの温泉って怪我にも効くらしいよ」
「ずいぶん派手に転んだよね。あの人達」
 ……どういうことだ?何がどうなって…?
「祐ちゃん…いいのよ、祐ちゃんが自首することなんて無いんだから」
「沙耶…」
「私達は何も見てないし、何もしてない。そうよね?」
「泉水さん…」
「今日一日はなかったことにしましょう。そうですよね?杉原先生?」
 と、綾音さん。普段おっとりしてるこの人まで…?
「ああ、まったく、病院でバナナの皮を踏んづけて転んで大怪我なんて、まるで十五年前のギャグ漫画だな。トムとジェリーを思い出したよ。…そうですよね?署長さん?」
 署長?ひょっとして…警察署長?
「まったくですな。ま、杉原先生の病院だったのが不幸中の幸いでしたな。ところで、あそこで伸びてるハゲは?あれもバナナの皮をふんで転んだクチかね?」
「え?あ、あれは…」
「いやぁ、あれは家に忍び込もうとして敷石に躓いて転んだんですよ。住居不法侵入の現行犯です。彼が捕まえてくれたんですよ。しかも怪我人なんでここまで運んでくれたみたいですね」
「いやいや、そうだったんですか。毎度ご協力、ありがとうございます。後ほど感謝状と表彰状を送らせていたできますので」
 …何がどうなってるんだ?僕がいないところで何話してたんだ?
「つまりは一件落着ってことだよ。もう祐介君達二人をねらう奴はいない。二人で幸せに暮らすことだね」
「で、でも…」
「自業自得って言葉もあるだろう?」
「……」
「祐ちゃん……」
 沙耶が不安そうな目で見てる。これで…いいのか?
「悪人を懲らしめて何が悪い?ましてやあいつら、古門家と三島家に危害を加えようとしてたんだ。…当然の報いだよ」


 あとから深雪ちゃんに聞いた話だと、晶良さんは警察署長さんに事情を話して、(地元の名士ということもあって)今回はこっちに口裏を合わせてくれるんだそうだ。しかもその警察署長さんが話が分かるというか、かなり昔気質な人で、晶良さんと同調してくれたんだそうだ。
「いいんですか?そんなことして」
「普段ならだめだよ。でも今回は事情が違う」
 …ずいぶんあっさりしてるなぁ…しかも昼間にあれだけのことがあったのに、ここの人達は全員、何事もなかったように過ごしてる。いつのまにか沙耶もそれに混じってるし…
「いいかい?大事なのは昨日より今日、今日より明日なんだ。過ぎたことをうじうじ言っても始まらないよ」
「は、はぁ…」
 急に廊下でばたばたと走る音が聞こえてきた。こっちに向かってるみたいだな。
「祐介さん!お兄ちゃん!すぐ来て!沙耶さんが…」
 深雪ちゃんだった。妙に慌ててる。…まさか沙耶に何かあったのか!?
「きゃっ」
「ごめん!」
 無我夢中で茶の間へ走る。深雪ちゃんにぶつかったことは後で謝ろう。
 何があったんだ?まさか…まさか…
「あ、祐介さん」
「沙耶!どうしたんだ?なにかあったのか?どこか痛むのか?」
「…ううん、ほら、触ってみて」
「…?」
 うっすらと微笑みながら僕の手をお腹へと導いていく。
 ほんの少し、何かが動いたような感触があった。
「ほら、動いたでしょ?」
「……本当だ…」
「深雪ちゃんは?さっき『祐介さんに教えなきゃ』って言ってたんだけど…」
 …そういうことだったのか。慌てて損したな。
「ありがとう、心配してくれて」
「当たり前じゃないか…そうか、元気な子みたいで良かった…」


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