Back/Index/Next
Wizardry The Curse of Ancient Emperor



極悪忍



Nobuyuki Morita Presents


 

15

蝿の王

 

決して威圧的な声じゃない。どちらかというと聞くものに安心感すら与えるような声だ。だが、その裏に潜む危険はマイルフィックの8.25倍(当社比)はあるだろう。

「ロア、その当社比ってのは何よ」

「気にすんな。それより下がってろ。マルチを頼むぞ」

「ちょ、ちょっと、今度は私の番でしょ?」

「こいつも俺がやる。手ぇ出すな」

蝿が不意にいなくなる。当たりに響いていた羽音が突然やみ、同時に静寂が訪れた。

壁にかけられていた蝋燭の炎がすべて消える。

(……久しぶりですね、ロア・ガートラント)

「…ふん、お前までこのダンジョンにいたのか」

(ふふふふ…偶然というものは恐ろしいものです…)

闇の向こうから人影が姿をあらわす。

上背は俺様と同じくらいだろうか。腰まで伸びた髪がダンジョンの通路の奥から吹いてきた風に揺られてわずかに広がる。

そしてその髪に隠れるように、背中には二枚の羽があった。鳥のような羽じゃない。葉脈のような血管が浮き出た、爬虫類か昆虫のような羽根だ。

「ほう、元気そうで何よりだ」

(そちらこそお変わりなく。壮健そうで何よりです、ロア・ガートラント)

「あれ以来全然噂も聞かなかったからな、てっきりどこかでくたばったものと思ってたが…」

(ふふふ…相変わらず口が悪い…あの時と全く変わっていないようですね)

「当たり前だ。俺様は変わるつもりはない。それより…俺様がいいたいことはわかるな?」

(えぇ、解っていますとも。ですがそれを私が素直に聞かないこともご存知のはずです)

「やっぱりな…」

 

「フライプリミアー……何てことなの…あんな奴がいるなんて…」

「ヤシャさん…?」

「いい?絶対に私より前に出ちゃだめよ。死にたくなければ私の後ろにいなさい」

「え?え?」

「あいつはね…古代聖典ではベルゼブルって呼ばれてたのよ。堕天使なの。…今までのやつとははっきり言って格が違うわ。…悔しいけど私じゃ勝てないわね。いいとこ相討ちかしら」

「え?…え?」

「ベルゼブルはね、ああやって蝿の王になるまえは最高位の天使だったのよ。でも反乱戦争を起こして地獄に落される。その後は地獄の王の一人になったって本に書いてあったけど…まさかこんな所に……」

「そ、それじゃロア様は……」

「わかんないわ。いくらロアでもベルゼブル相手に…」

 

静かに殺気が渦を巻いている。フライプリミアー、ベルゼブルの身体を取り囲むように、螺旋を描いて殺気がたち込めている。

(200年ぶりになりますか…)

「あぁ、それくらいだな」

(…まさか……最高位の天使だったこの私が人間であるあなたに……)

「俺様を人間と侮ったのが敗因だ。そして今回もな」

ゆっくりとムラサメとマサムネの両方を構える。こいつが相手だとさすがにさっきのマイルフィックみたいに簡単には片付かない。多少の苦戦は覚悟しないといけないかもしれんな。

(私はあの時の屈辱は忘れていませんよ。虫ケラ同然の人間に…)

「負けたことをか?」

(負けてはいない!勝負を預けただけだ!!)

突然フライプリミアーが声を荒げる。周囲の重厚な石壁がそれに気押されるようにビリビリと揺れる。空気が爆発するような、それほどの殺気が堰を切ったように全方位に放出される。

(ロア・ガートラント!200年前の決着をここでつけよう!)

「ふん……久々に全力を出せそうだな…」

ぱりっ、という音がした。

マサムネとムラサメの二本の刀の間に雷が走る。二本の妖刀が共鳴しあっているようだ。雷光が断続的にダンジョン内を青白く照らしている。

 

「ど…どうなっちゃうんですか?ロア様は…?」

「わからないわ…でも一つ言えることは、この二人には二の太刀は無いってことね。これだけのレベルになると初撃にすべてを賭けるしかないのよ。だから…一撃で勝負は決まるわね」

「じゃ、じゃあ……」

「静かにしてなさい。今二人とも集中を極限まで高めてるところよ。…それから、もしロアが負けたらすぐマロールで逃げるわよ。用意しておいて」

「そんな!ロア様を見捨てて逃げるんですか!?」

「ロアが負けた相手に私達が勝てると思う?逃げられると思う?…一分も持たないで二人とも死体になってるのは目にみえてるのよ。私は死にたくないわ。マルチちゃんも死にたくないでしょ?」

「…………」

「…今は…ロアを信じることしかできないのよ…」

「……ロア様…」

 

 

空気がわずかに動いた。それまで、ロアとフライプリミアーの間の空気はまったく動いていなかったかのようにも感じられる。

目の前からフライプリミアーの姿が消えたのはそれと同時だった。素早い動きで消えたのとは違う。まるで夜の闇に影が染み込むように、静かに消えた。

『……出でよ…八門の陣…』

ロアが静かに呟く。

声は静かだったが、その直後の轟音は比べ物にならなかった。

フライプリミアーの姿がそこにあった。正八角形にも似たかたちのクモの巣を形どった鋭い雷の線が、フライプリミアーの両手両足を捕らえている。

(な……こ…これ…は……?)

「八門陣だよ。ありがたく思え、俺様の最高の忍術だ。…ったく、久しぶりに作者にナレーション担当させちまったな」

というわけでここからは俺様のナレーション。

この術を使ったのはずいぶん久しぶりだ。大抵はクモの巣にかかった時点で即死してるんだが…やっぱりこいつはしぶといというか手応えがあるというか…

「さぁてと、これからどうしてくれようか」

(…殺しなさい)

「んー?」

(今殺しておかないと…またあなたの前に現れますよ)

「それも道理だ。…でもなぁ、お前が死んだら退屈だ。本気を出せる相手がいなくなる」

(…………)

「それにしても便利な術だ。相手の力が強ければ強いほどクモの糸が多く太くなる。いくらベルゼブルとはいえその糸は切ることは出来んからなぁ」

(…二度も負けて生き延びようとは思いませんよ。さぁ、殺しなさい)

「殺さんよ。さっきも言ったろ?お前が死んだら退屈なんだよ。…そうだな、お前さんなら異次元でも生き延びられるだろう。どっかに飛ばしてやるよ。そこから生きて出られればいつでも殺しに来なよ」

(……そういう甘さも200年前と変わりませんね)

「次ぎ会うときまで俺様は退屈してなきゃいかんからなぁ。出来るだけ早く来い。相手してやるよ」

手のひらに集中させていた気が弾ける。マロールと同じ原理でフライプリミアーの身体を高次元へと移動させる。こうすれば、少なくともあのクモの巣が消えるまではどうすることも出来ないはずだ。

ああいう奴は殺してもすぐに蘇ってくる。こうして異次元へふっとばすのが一番確実な方法だ。それに、あいつが死んだら退屈になるというのも本当だし。

「あいつが出てきたってことはもう先は長くないな。多分もすぐその黄泉の女帝ってのが出てくるだろうよ」

振り返ってマルチとヤシャの方を見る。と、なんか二人とも半分放心してるみたいだ。

「ロア…あんた……いつのまにそれだけの術を…?」

「ふん、いろいろあったからな。それより急ぐぞ。早いとこケリつけないとな」

「…あ、そ、そうね。それじゃ行きましょうか」

 

しばらくの間、敵は出てこなかった。不気味なくらいの静寂が支配する。

「ロア様」

「んー?どした?」

「…ちょっと見直しました」

「?」

「さっきの人…殺しませんでしたから」

「言ったろ?あいつが死んだら俺が本気出せる相手がいないんだよ。退屈なんだ。だから生かしといたんだ。そうでもなきゃ首刎ねてるところだな」

「でも……やっぱりそういうロア様も…いいですね」

「……変な奴。ほら、それよりさっさと行くぞ」

「はいっ」


Back/Top/Next