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Wizardry The Curse of Ancient Emperor



極悪忍



Nobuyuki Morita Presents


 

16

夜叉と羅刹

 

 

目の前に重厚な作りの扉がある。多分か樫の木か何かで出来てるんだろう。一面に壮麗な彫刻が施され、ある意味このダンジョンには不釣り合いなものだ。

「ここ…みたいね」

「そーみたいだな」

扉にはとっては無い。押せば開けることは出来るだろう。

「なぁ、そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?何だったんだよ、個人的な恨みって?」

「……扉を開けたら嫌でも解るわ」

「…じゃあ黄泉の女帝ってのは俺も知ってるやつなのか?」

「知ってる…っていう言い方は適切じゃないわね。でもすぐに分かるのよ」

といってヤシャが目の前の扉に手をかける。

ぎぃっ、という重い音を響かせて扉は開いた。中は当然のように真っ暗だ。物音一つしない。だが、何かがそこにいる。気配が部屋の奥から漂ってくる。

「ひさしぶりね、ラセツ」

ヤシャが一歩前に踏み出す。そして闇に向かってそう言い放った。

ラセツ?

誰だ?今まで聞いたことのない名前だ。

「…姉さん、といった方がいいかしら?」

「姉さん?お、おいヤシャ、それはどーいう…」

(久しぶりね、ヤシャ……まさかここまで来るとは思ってなかったわ)

暗闇の向こうから人影が姿をあらわす。その顔かたちを見て、俺もマルチもしばらく動けなかった。

ヤシャが向こう側にもう一人いる。こっち側のヤシャがガラスを構えてもう一人のヤシャと向かい合ってる…どーなってるんだ?

「これが最後になるわ。お願い、元の姉さんに戻って」

(…もう……遅いのよ。こうなる運命だったのかもしれないわね)

黄泉の女帝といわれ、そして今はヤシャに「姉さん」と呼ばれている女性は悲しげな笑みを浮かべてそういった。

(ヤシャ…まさかあなたをこの手で殺すことになるとは思ってなかった……)

「そうね、確かに私も姉さんに殺されるとは思ってなかったわ

殺されるとは「思ってなかった」?

どういうことだ?ますます訳が分からん。

「ごめんなさいロア、それにマルチちゃんも…ずっと騙してたことになるわね。この身体はもう……死んでるのよ

「お、おいヤシャ、どういう…」

「マルチちゃん…あなたの身体、すごく暖かかったわ。ごめんなさいね、冷たかったでしょう?」

「ヤシャさん……」

「姉さん、少し時間をちょうだい」

(………いいわ…)

 

まるで気配を感じさせずにヤシャがこちらへ振り返る。

「私は…もう死んでるのよ……」

「おいヤシャ、こんな大事な場面で冗談は…」

「冗談なんかじゃないわ。この身体は…もう死んでるの。法術で動かしてるだけなのよ。あと二日もすれば腐りはじめるわ

そう言っているヤシャの目はすごく悲しげだった。

冗談を言っている目じゃない。こいつとは嫌になるくらい長い付き合いなんだ、嘘を付いているときや冗談を言っているときの表情と、本当にまじめな話をしているときの表情くらいは見分けが付く。

「だからヤシャさん…あんなに香水を?」

「そう。そうでもしないと……自分でも分かるのよ。少しずつ、自分の身体が崩れはじめてるのが。……もう私の内臓は役に立たないわ。半分以上が腐りはじめてるから。…間に合ってよかったわ」

「……どーしてそう言う大事なことをもっと早く…」

「聞いて。これは私自身の問題なのよ。お願い、私がラセツに…姉さんに殺されるまで、手は出さないで

「だからってなぁ、そんな…死んだ身体でどうやって…」

「勝てるとは思ってないわ。姉さんに殺されたのはほんの半年前だもの。でも…」

優しい青い光を放つガラスに一滴、雫がこぼれおちる。

「自分自身の手で、一矢報いたいのよ。わかるでしょ?」

「…………」

「………(ロア様、ヤシャさんを止めないと…)」

「……わかった。ここで見届けてやる

「ありがとうロア、やっぱり最後にあなたと組めてよかったわ」

「ロア様!そんな!」

「マルチちゃん……ありがとう。やっぱりあなたは暖かい子ね。これからも元気で生きるのよ。私みたいに…たかだか800歳やそこらで死んじゃだめよ」

「…ヤシャさん……」

「気持ちは嬉しいけど、ここであなたに止められるわけにはいかないのよ。もう私は死んでるのよ、ここで止められたら…この半年間、法術でこの身体を無理矢理生かしておいた意味がないの。私はこの半年間、自分の仇を討つためだけに生きてきたんだから」

「……でも…でも…」

マルチの大きな目から大粒の涙がぽろぽろと零れる。鼻声になってしまって何を言っているのか良く分からない。ヤシャに優しく頭を撫でられていても、まるでぐずる子供のように両目を手で覆って泣き出してしまった。

「…ほら…いい子だからもう泣かないで。死んでいく人間の言うことは聞くものよ」

「……ヤシャさん…」

「………ロアを取られるのはちょっと癪だけど、マルチちゃんなら…いいかもしれないわね」

まるで小さな妹に言って聞かせるような、そんな優しい口調だ。

ふいにヤシャが顔を上げ、俺様の方に視線を向けた。

「ロア、マルチちゃんを幸せにしてあげるのよ。いいわね?」

「ふん、誰に物言ってやがる。俺様だぞ?この美しい俺様が女を不幸にするか」

「ふふふ…そうね。……それじゃマルチちゃん、ロアと幸せにね。…………さようなら」

再び黄泉の女帝へと向き直る。

そこにはすでに「優しいヤシャ」はいなかった。

復讐の鬼と化し、自分自身の死ですら覆してまで仇を討とうとした一人の魔剣士がそこにいた。そして俺様とマルチは、今の今迄行動を共にしたその魔剣士の死を見届けることしかできない。

「ヤシャ」

「…なに?」

安心して死ね。お前の仇は俺様が討ってやる」

「……そうね、ありがとう。お願いするわ」

それがヤシャの最後の微笑みだった。


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