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Original Novel
Nobuyuki Morita Presents



満月の夜に






空は一面真っ赤に染まっている。
きれいな夕焼けだった。多分明日もいい天気になるだろう。
「んー…っ」
巫女服に身を包んだ少女が、竹ほうきを持ち上げて大きく伸びをする。
「ふぅっ、今日はこんなもんかな」
こうして境内の掃除をするのは、彼女の仕事だった。
彼女の家は小さいながらも歴史のある神社で、小さい頃からこうして巫女服を着て境内の掃除をする、ということはよくやっていた。今となっては彼女のいいバイトだ。
神社の社へと歩いていき、2回柏手を打つ。どうやら御神体に掃除終了の報告をしているらしい。
境内の銀杏はきれいに色づいていた。
まだ散る量は少ないものの、もう少ししたら掃除も大変になるに違いない。
「さってと、休憩休憩♪」
巫女服のまま石段に腰掛け、またしても大きく伸びをする。
高台にあるこの神社の石段からは、街の様子が一望できた。彼女の昔からのお気に入りの場所だ。
いつかはこの景色を彼氏と2人で…などと考えてはいるが、残念ながら彼女には現在、一緒に見てくれるような相手はいない。
「…あれ?」
石段に腰掛けたままふと下を見ると、1人の青年が石段を登ってきていた。
雪和は生まれた頃からこの街で育っているが、見たことの無い顔だった。
見たところ20歳前後といったところだろう。手には地図を持って、左右をきょろきょろと見回しながら上ってきている。
「誰だろ…? 見かけないなぁ……」
少しずつ、青年が近づいてきた。
近づくに連れて顔も良く見えるようになってきたが、約20mほどの距離になった時点で、この青年がかなりの美形であることに気がついた。
「お参りですか?」
と、先に声をかけたのは少女の方である。
青年は少し驚いたような表情を見せたが、すぐににっこり微笑んで
「あぁ、ここ神社ですか?」
「はい、「しちすいじんじゃ」って読むんですよ。学問の神様なんです」
「学問…ですか。じゃああんまり縁はないかな」
「いえ、そんなことないですよ。他にも家内安全、無病息災、商売繁盛、縁結び、子宝、安産祈願、交通安全となんでもやってますから。あ、今なら御札も安いですよ?」
「…いや、今は遠慮しときますよ」
石段を登りきったところにある鳥居をくぐって、青年はゆっくりと境内の砂利道を歩き出した。彼女もそれについていく。
「ここへは観光ですか?」
「いや、引っ越してきたんです。散歩をしてるうちに道に迷っちゃって」
苦笑しながら少女の方へ顔を向ける。
おそらく、そこらのジャニーズ事務所のタレントよりもはるかに美形といっていいだろう。女装をすればまず男だと思うものはいないはずだ。
「この辺にお住まいなんですか?」
「天神ハイツっていうアパートなんですが……どの辺か解りますか?」
「あぁ、天神ハイツならすぐ近くですよ。石段降りてまっすぐ行って、2つめの信号を左に曲がればすぐです」
「よかった、これで帰れますよ。ありがとう」
のんびりとしたペースで境内を歩いていると、社のわきにあるちょっとした広場に出た。
「ほら、ここからだったら街が全部見えますよ。…あ、あれです。あれが天神ハイツですよ」
「…あぁ、そうそう、あれですね。……なるほど、駅はあっちにあるんですか…」
「えーっと……あの…」
「ん?」
「よろしければお名前…」
「あぁ、そう言えばまだ言ってませんでしたね。仙道祐です。大学生ですよ」
「大学…っていうことは……緑葉大学ですか?」
「そうです。ところで…」
「あ、すみません、私は小早川雪和っていいます。高校3年生なんです」
少し大き目の眼鏡の位置を戻して、きちんとお辞儀をするあたり、そこらのコギャルのような女子高生ではないらしい。
「…おっと…もう暗くなってきたかな。そろそろ行かなきゃ」
「あ、はい。それじゃお気をつけて。また来て下さいね」
「時間があったら来ますよ」
そして、仙道祐と名乗る青年は石段を少し急ぎ気味に降りていった。
 
天神ハイツは8階建ての鉄筋コンクリート造りのマンションだ。最近になって建てられた割にはそれほど家賃も高くない。
ただ、駅から歩いて20分という立地条件のために、それほど入居のための競争率が高いというわけではなかった。ここに仙道祐が入居できたのも、そういった条件がいろいろとかみ合わさった結果だろう。
「ふぅ……」
まだ部屋の中は雑然としている。
食器棚と本棚をようやく片づけ、タンスを組み立てようとしたところで一旦休憩を取ることにした。
引っ越しというのは実に面倒くさいものだ。それが一人暮らしの部屋ともなると輪をかけて面倒臭い。
「いいや、あとは明日にしようかな」
決して荷物は多い方ではない。恐らく全ての荷物を片づけ終えると、2DKの部屋は結構がらんとした感じになってしまうだろう。
のんびりした足取りで窓へ歩み寄り、取り付けたばかりのカーテンを開けた。
すぐ近くの丘の頂上あたりに鳥居が見える。さっき行ってきた七帥神社だろう。
こんなところに神社があるというのはちょっと驚きだった。
東京都内のような都会ではないものの、この辺はちょっとした住宅街で、神社仏閣とは無縁の場所に思えたのだが…
「まぁ…いいか。神社があったからってどうなるわけでもないんだし」
少し面倒臭そうに呟き、財布をジーンズの後ろポケットにねじ込んで玄関へ向かう。
良く考えてみれば、今日の夕食をまだ買っていなかった。とりあえず何か食べるものを買わなければ。
彼が住む天神ハイツから少し歩いたところに、いかにも「住宅街のための商店街」がある。小さなレストランや全国チェーンのファミレスまであり、少し散歩をする分には退屈しない。
もっとも、さっきは「退屈しない程度に」散歩をするつもりで迷子になってしまったのだが。
「あっ、仙道さん?」
突然、後ろから声をかけられた。
「…?」
ゆっくりと振り向くと、大き目の眼鏡をかけた女の子が立っている。どこかで見覚えがあるが…
「あぁ、さっきはどうも」
「お買い物ですか?」
さっきの神社で巫女服を着ていた女の子だ。確か小早川という名前だったか。
今はごく普通の洋服を着ている。
「えぇ。晩飯のおかずを全然買ってなかったもんで。どこか惣菜屋とかあるとありがたいんですが…」
「あ、それなら美味しい店がありますから、案内しますよ。こっちです」
実にはきはきした女の子だ。
礼儀正しいところなどはいかにも巫女らしい。
「仙道さんは一人暮らしなんですか?」
「そうですよ」
「実家ってどの辺なんです?」
「デンマークです。ヨーロッパの」
「……え?」
「…ほら、あのー…えーと……何て言えばいいのかな…ずっとコペンハーゲンに住んでたんですけど…」
「ヨ…ヨーロッパの出身なんですか? でもお名前が…」
「別に向こうで生まれたからって、日本人の名前をつけちゃいけないって決まりはないでしょ?」
「…あ、そっか……」
よく見ると祐の肌はかなり白い。男性としては相当色白な部類に入るだろう。これも北欧の国で生まれ育ったからだろうか。
雪和もかなり色白な方だが、ヘタすると彼女よりも白いかもしれない。
「それで、どうして日本の大学に来られたんですか?」
「……まぁいろいろあったんですよ」
お茶を濁されてしまった。
それでも、このにっこり笑った顔を見ると、そんな事もどうでも良くなってしまうから不思議だ。
いつのまにか惣菜屋の前にたどり着いていた。本当に小さな店ではあるが、店先には種類、量ともに豊富な品揃えで惣菜が並べられている。
「…そういえば仙道さん、日本語お上手ですよね」
「あっちにいたときから日本語は喋ってましたからね。言葉には不自由しませんよ。和食も好きだし」
「それじゃあ納豆とかは…?」
「カラシ納豆は好きですよ。湯豆腐とか、あと天ぷらうどんとかも」
デンマーク出身者にしては随分と和風な好みだ。
だが、残念ながらこの3品は惣菜屋には置いていなかった。
「さて、どれにするかな…」
「アジフライとかお勧めですよ。あとメンチカツと、つくねも美味しいんです」
「なるほど、それじゃそれ全部食ってみようかな」
「……全部…ですか?」
「美味しいものはたくさん食う方がいい。…ってことで、アジのフライとメンチカツと、あとつくね4つください」
横で唖然とする雪和を尻目に、実に上機嫌で惣菜をぶら下げて歩き始めた。
「…ありがとう、今日は助かりましたよ」
「いえ、そんな大した事じゃないですよ。何かあったら力になりますよ」
「そう言ってくれると嬉しいね」
すでに空は赤黒くなってしまっている。
太陽は完全に沈み、もうすぐ夜の世界がやってくることを告げているようだ。
「明日も…いい天気になりそうですね」
「そうだね」
東の空には金星が見える。
宵の明星だ。
「それじゃあ私こっちで買い物していきますんで」
「あぁ、ありがとう」
「また神社の方にも来て下さいねっ」
少し深めにお辞儀をして、早足で歩いていった。
対照的に、祐は割とのんびりした足取りで歩き始める。
この町に引っ越してきたのはつい一昨日のことだ。まだ道など全然解らないし、どこに行けば何を打っているのかも知らない。
「さぁて……家はどっちだったっけ……」
左右をきょろきょろと見回す。
商店街の入り口まで戻れば大丈夫なのだが…
「まぁ…いいか。来た道戻ればいいんだ」
そしてその言葉通り、さっき歩いていた道をそのまま戻り始めた。
 
 
「殺せ! その子供を殺せ!!」
大雨の中を、黒装束の男達が走っていた。
各々の手には槍や短剣、モーニングスターなどの武器が握られている。
「主の御名において、その子供は絶対に生かしておくことはできんのだ! 何がなんでも殺せ!」
彼らの少し前方を、子供…というよりは少年という方が適切かもしれない。それくらいの年齢の男の子が走っていた。
彼の顔には若干の焦りが見られる。追われる焦りではなく、もっと切迫したものだ。
「その『悪魔』を殺せ!!」
ひときわ大きな声が響いた。
その声に少年が足を止めて振り向く。
両目には憎悪の炎が燃え上がっていた。
大の大人が6人、少年の一睨みで歩みを止めてしまっていた。
「何をしている! 早く殺せ!」
少年は肩で息をしながら、ゆっくりと大人達へと歩み寄っていく。
全身から湯気が立っていた。雨が蒸発しているようだ。
「悪魔だって…?」
澄んだ声だった。
雨音にかき消されそうな声ではあったが、その声は6人の男の耳にはっきりと入ってきていた。
「僕が何をした? どうして僕が悪魔なんて呼ばれなきゃいけないんだ?」
一瞬だけ、空が明るく光る。
どす黒い雲の下を、稲光が走った。
「悪魔はどっちだ! お姉ちゃんを殺したのも、僕を殺そうとしてるのもお前らじゃないか!」
「……主はお怒りだ。少年よ」
6人の男の内、最年長と思われる初老の男が穏やかな声で呟いた。
彼の右手には真っ直ぐに伸びた細身の長剣が握られている。
「少年よ、お前が生きていることそれ自体が許されざる罪なのだよ」
「どうしてだよ!」
「お前は生まれながらに…」
「うるさい! 黙れぇっ!!」
少年が絶叫すると同時に、6人全員が大きく飛びのいた。
ほんのわずかに逃げ遅れた2人が、一瞬の内に青白い炎の塊へ姿を変える。
「お前らの方が悪魔なんだ! 僕は悪魔なんかじゃない!」
「殺せ!! このまま逃がしては教皇様に合わす顔が無い!」
残った4人が一斉に剣を振り下ろす。
だが、その剣が少年の身体に触れる前に、彼らもまた青白い炎の塊と化していた。
「はぁっ…はぁっ……」
大きく肩で息をしながら、また少年は走り出した。
どこへ行こうとしているのか、自分でも分からない。
ただ、一つだけ解っていた。
この村、この国、この大陸には、自分の安住の地が無いということだけは。
 
「ここは学問の神様だそうですね」
突然、後ろから声をかけられて振り向くと、そこには見たことの無い色白の青年が立っていた。
「え? えぇ、そうです。学問の神様ですから、受験シーズンにはこの辺の学生の子達がお参りに来るんですよ」
巫女服よりは立派な神主の服を着た中年の女性は、慌てて笑顔を作ってそう答える。
七帥神社の神主としては、参拝客を怪訝な顔で見るわけにも行かなかった。
「…いいところですね、静かで。広いし」
「そうですね。私もここで育ちましたけど…ずっと好きなんですよ」
不意に吹いてきた風に目を細めながら、境内をちらりと見渡す。
彼女にとっては見慣れた風景だ。
彼女はここで生まれ、ここで育った。そしてここで一人娘を産んだ。いわば家そのものなのだ。
「今日はお参りですか? それとも何かご祈祷を?」
「いえ、ちょっと足が向いただけです。しばらくのんびりしていっても構いませんか?」
「えぇもちろん。のんびりしていって下さい。そこの道から入って少し登ると広場がありますから」
「ありがとうございます」
と、青年が境内の奥へ入ろうとしたときだ。
「ただいまぁー」
「あら、お帰りなさい」
鳥居をくぐって眼鏡をかけた女の子が入ってきた。
「あっ、仙道さん! 来てくれたんですね?」
祐を見つけるなり、その女の子は駆け寄ってきた。制服を着ているし、恐らく学校から帰ってきたところだろう。そう言えばもう5時を少し回ったくらいの時間だ。
「ヒマだったからね」
「雪和、お知り合いなの?」
「うん。あ、仙道さん、これ、私の母です」
「…はじめまして、仙道です」
「ごていねいにどうも。…雪和の彼氏さんですか?」
「いえ、残念ながら違いますよ」
苦笑しつつ否定すると、雪和がほんの少し不満そうな顔をする。
「お母さん、こちら仙道さんって言って、最近この近くに引っ越してきたの。デンマークにいたんですよね?」
「そう。デンマークのコペンハーゲンに」
「まぁ…ずっと向こうで?」
「はい。生まれたのも向こうです」
「でもその割に日本語お上手ですね。ご家庭では日本語だったんですか?」
「まぁ…向こうにいた頃からずっと日本語を使ってましたから」
「そうでしたか。でもまだ慣れないことばっかりで大変でしょう? 何か力になれることがありましたら、いつでも言って下さいね」
「ありがとうございます」
どうやらこの母娘、とことんお人好しというか世話焼きらしい。
ほとんど初対面の相手にこんな事を言えるくらいだ。並大抵の世話焼きではないだろう。
「仙道さん、今日時間は大丈夫なんですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。家にいても特にすることないし、学校も来月からだから」
「それじゃすぐ着替えてきますね。ちょっと待ってて下さい」
というと砂利を敷き詰めた道をあわただしく走っていった。どうやら社の奥に家があるらしい。
「…すみませんね、騒がしい子で」
「いえ。賑やかでいいじゃないですか」
ちらりと街の方を見る。
高台にある神社だけに、街の全景を見渡すことができる。
「いい場所ですね。景色がいい」
「えぇ。でも最近でこの街も随分変わりましたよ。特に駅前なんか、昔は何も無かったのに…」
「…………神様…か…」
「え? 何かおっしゃいました?」
「いえ。何でもありませんよ。それより、ちょっと教えていただきたいんですが…」
「はい、何でしょう?」
「この辺はキリスト教の教会とかはたくさんあるんですか?」
「いえ、教会は全然無いんですよ。ちょっと遠くまで足を伸ばせば小さな教会がありますけど…クリスチャンなんですか?」
「いえ。違います。ちょっと…気になっただけですよ」
また街の方へ視線を戻す。
すでに西の空が少しだけ赤く染まり始めていた。
秋らしい夕焼けだ。
「お待たせしましたっ♪」
不意に雪和が戻ってきた。巫女服にスニーカーという、実にアンバランスな格好ではあるがなぜか違和感はない。
「仙道さん、私これから軽く掃除しなきゃいけないんですけど…」
「あぁ、それじゃこの辺でぼーっとしてるよ。終わったら声かけてくれればいい」
「はい、それじゃ早めに済ませちゃいますね」
いいでしょお母さん、と目配せをすると、『しょうがないわねぇ』とこちらも視線で返事をする。
「それじゃあ雪和、お母さん社に戻ってるからね」
「うん」
ゆったりとした足取りで砂利道を歩いていく。
どちらかというと若々しい方かもしれない。
「それじゃ俺はあっちにいるから」
「はい、すぐ終わらせますね」
すぐに終わるような面積ではないが、さすが手慣れたものだ。スタート地点や掃除の手法、経路その他もろもろの手順がすでに決まっているらしい。しかもそれらはすべて最短コースだ。
この分だと大体30分もすれば終わってしまうかもしれない。
石段の最上段に腰掛けて、街を眺める。
よくよく見るといい街だ。商店街も家のすぐ近くにあり、駅も歩いて行ける距離にある。静かな町だ。
「ふぅ……」
ちらりと後ろを見ると、相変わらず雪和は境内の掃除をしている。急いでいるとは言え、なかなか丁寧にしているようだ。
少し冷たい風が吹いてきた。
もう十月だ。そろそろ風が冷たくなっても全然不思議じゃないだろう。だが、この程度の風など、北欧で育った彼にとっては全く苦にならない程度のものだ。むしろ暖かい方と言っていいかもしれない。
空はさっきよりも赤味を増してきている。昨日にも増してきれいな夕焼けだ。
「仙道さーん」
「…ん?」
「もうすぐ終わりますから、もーちょっと待ってて下さいねー」
「あー、わかったー」
彼女を見ていると、どうも不思議な気分になる。
祐には姉がいた。
少し歳の離れた姉で、祐にとっては母親のような存在でもあった。優しく穏やかで、常に彼の側にいてくれるような、そんな姉だった。
その姉とは性格も容姿も全く違うが、なぜか雪和のもつ雰囲気は、祐の姉とそっくりだった。
「ふぅ、終わりました」
「お疲れ様。大変だね、こんな広いところを1人で掃除するんだから」
「いえ、もう慣れちゃいましたよ。それより仙道さん、何か考え事してたんですか?」
「ん? どうして?」
「何だか…ちょっとぼーっとしてるというか…」
「…まぁ正解だね」
「デンマークに残してきた彼女さんのこととか考えてたんですか?」
「あはは、そんなのがいれば考えてたかもしれないけどね。残念ながらそれは外れ。姉さんのことを考えてたんだ」
「あ、お姉さんがいるんですか?」
「うん、いた」
「………いた…?」
「今はもういないよ。随分前に死んじゃったからね。両親も」
遠くを見る祐の目がふと哀しい色に染まる。
西の空を見ているからだろうか、少しだけ目を細めたその表情は、とてつもなく哀しそうに見えた。
「……じゃ、じゃあ親戚とかは…?」
「いない。いたとしても、一回も会ったことが無い」
「…………」
「まぁ別に気にしたことも無いけどね」
「…どんな人だったんですか? お姉さんって」
「……優しかったな」
にっこりと微笑みながらも、祐の目だけは今にも涙があふれそうなくらい哀しかった。
それを見た瞬間、雪和は後悔した。思い出させてしまったのかもしれない。
「…ごめんなさい……」
「ん? 何が?」
「その…辛いことを思い出させちゃったみたいで…」
「いや、いいんだ。もう慣れちゃったからね」
雪和には、祐がどれくらいの時間を1人で過ごしてきたのかはわからない。ただ、肉親を亡くす悲しみは知っていた。
彼女には父親がいない。ここ七帥神社は彼女の母が1人で切り盛りしている。
雪和の父は、彼女が12歳の頃に交通事故で死んだ。その頃のことは今でも鮮明すぎるほど鮮明に覚えている。何しろ、彼女の目の前で父は車に跳ねられて死んだのだから。
「…おっと、もうこんな時間か。そろそろ買い物に行こうかな」
「あ、それじゃ私も行きます。着替えてきますよ」
「大変だね、巫女服を着たり普段着に着替えたり…」
「境内の掃除をするときは必ず巫女服着なきゃいけないって、お母さんからいつも言われてるんです。それじゃ急いで着替えてきますから」
玉砂利を蹴って社の奥にある家へと向かう。
退屈しない娘だ。
そう考えると、自然と笑みが零れてきた。
 

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