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Original Novel
Nobuyuki Morita Presents



満月の夜に






「おめでとうございます、男の子ですよ」
「おぉ! そうか!」
豊かな口髭を貯えた男が、実に嬉しそうな顔をする。
すぐにドアを開け、妻のもとへと歩み寄った。
「…よく頑張ってくれた」
「……えぇ…」
妻の顔は青ざめていた。難産だったのだ。
一時は母体の生命すら危ぶまれた。だが、何とかこうして無事に男の子を産み落とすことができた。
妻の顔には生気がなかった。
息も絶え絶えだ。今にも死んでしまいそうなくらい弱々しい。
「…医者を呼んでくれ。すぐにでも診察させる必要が有る」
「かしこまりました、旦那様」
その光景を、覗き込むように見ていた少女がいる。
「…お母様…?」
「リリス? まだ起きていたのか?」
「お母様、大丈夫?」
「…えぇ、大丈夫よ。ほら、あなたの弟が産まれたの」
その少女は静かに赤ん坊に歩み寄ると、そっと指を差し出した。
赤ん坊が小さな手でその指を握る。
「……かわいい」
「リリス、今日はもう遅い。そろそろ寝なさい」
「はい、お父様」
妻が青白い顔で夫を見上げる。
「この子を……」
顔には生気がない。
素人目にも、もう命が助からないことははっきりと解った。
「この子を…リリスをお願いします……」
「…わかった」
このとき、彼らはまだ知らなかった。
これがすべての悲劇の始まりだということを。
これが我が子に塗炭の苦しみを味あわせる結果につながる、ということを。
 
 
彼もまた、普通の子供と同じように両親の愛情をたっぷりと受けて育つはずだった。
だが、彼の母はもうこの世にはいない。
彼はこの先、母の顔を知らないまま生きて行く事になるだろう。
「ほらアル、抱っこしてあげるからおいで〜」
しかし、彼には姉がいた。
歳が離れた姉で、まるでアルの事を自分の子供のように可愛がっている。溺愛、といってもいいほどだ。
「よーしよし、いい子ね〜」
赤ん坊は姉の腕の中で楽しそうに笑っている。
母を知らない代わりに、姉のぬくもりとやわらかさ、それに優しさを受けて育っている。
まだアルは言葉を話す事は出来ない。
泣く事と笑う事でしか、感情を表現する事が出来ないようだ。
「リリス」
「…あっ、お父様」
父が部屋に入って来る。
ここ数ヶ月でずいぶん老けたような気がする。
「お体の具合は…?」
「あぁ。もう随分楽になった。それよりどうだ? アルは」
「……ほら、お父様よ」
リリスがそっとアルの顔を父に近づける。
にっこりと笑った。
どうやら目の前の人物が自分にとって身近な者である、ということは分かっているらしい。
アルの笑顔につられてか、父の表情も綻んできた。
「…すまんな、アルを任せきりで」
「いいえ。お父様もお忙しいんですもの。私にはこれくらいしか出来る事がありませんから」
「………この子は…どんな領主になるんだろうな」
「え? どうしましたお父様?」
「いや、何でもない。それじゃあ私は執務室に戻る」
「はい」
リリスもアルも、この先の自分達の運命など知るはずも無い。ただ、仲のよい姉弟として、こうして穏やかな時間を過ごしていた。
「アル〜、ほらほらおいで〜」
床にアルを座らせて、少し離れたところから名前を呼ぶ。
その声に反応して、嬉しそうな顔でリリスのもとへと這い寄る。
彼はもう知っていた。
姉のもとへ辿り着いたら、優しく抱いてもらえる事。
柔らかくて暖かい、日向の匂いがする胸元に抱き寄せてもらえる事を。

 
「ねぇアル、どんなに強い人でもね…一人じゃ生きて行けないの」
「ふーん……ぼくはだいじょうぶだよ。おねえちゃんがいるから」
「うふふっ、そうね」
城は朽ち果て、すでに彼らの居場所はこの場には無かった。
近隣の貴族から攻められ、彼らが住んでいた城はもう瓦礫の山と化している。
父も死んでしまった。
もう頼れるものも何も無い。
ただ、姉には生きるための術があった。祖母に教えてもらった錬金術だ。
彼女はそこらの砂を砂金に変える事が出来た。その技術を用いて、今までずっと旅をしながら生きてきたのだ。
「お姉ちゃんも……アルがいなかったら寂しいな」
アルはさっきからチーズを挟んだパンにかじりついている。
小さな宿に、もう何日ほど滞在しているだろうか。
「美味しい?」
「うんっ」
満面に笑みを浮かべて、本当に美味しそうに食べている。
リリスはこの表情が大好きだった。
無邪気で、本当に嬉しそうに笑うこの弟の笑顔が、彼女にとっては何にも代え難い宝物だ。
この宝物があるからこそ、「使徒」の迫害にも耐える事が出来る。
17歳の少女にはあまりにも重過ぎる荷かもしれない。
ただ砂金を作る事が出来る、というだけで魔女扱いされ、こうして逃亡のために流浪の生活を続ける。
とてもではないが、街に暮らす普通の、同年代の少女のように恋をするような余裕など無かった。
使徒の手から弟を守り、自分の身を守る。
ただひたすら、生きることだけで精一杯だった。
「おねえちゃん、たべないの?」
「え? う、うん。食べるわよ」
不思議そうな顔で、アルがパンを一つ差し出した。
チーズを挟んだだけの、あまり味気ないパン。
今食卓に並んでいるのは、このパンと豆のスープ。
いつごろまでこうして、アルと同じ食卓で食事をする事が出来るだろうか。
「ねぇアル」
「うん?」
「お姉ちゃんね、アルの事が大好きなの」
「ぼくもおねえちゃんのこと大好きだよー」
「…ありがとう。……誰かを好きになるって、すごくいい事なのよ。だから、たくさんの人を好きになりなさい。そうすればたくさんの人に好かれるようになるから」
「…ふーん…」
あとどれくらい、アルと一緒にいられるだろうか。
あとどれくらい、アルは自分の事を必要としてくれるだろうか。
あとどれくらい……
 
 
「おねえちゃん!」
ごほっ、と咳き込むと、床に大量の血で血溜りが出来た。
彼女の胸には大きな傷がある。
鋭い剣の切っ先は背中まで達していた。
アルの背後には、長剣を持った男が立っている。
姉の胸に剣を突き刺した張本人だ。
「おねえちゃん! しっかりして!!」
「ア…アル……」
口から血を吐きながら、無理矢理笑顔をつくる。
まるで、まだ少年とも言えない年頃の弟を心配させまいとするかのように。
「一人でも……大丈夫よね? お姉…ちゃんがいなくても……大丈夫よ…ね?」
「イヤだっ! おねえちゃん!! おねえちゃん!!」
「男の子…でしょ? 泣かないで…」
「だって…だっておねえちゃん!」
「…お姉ちゃんの…最後……の…お願い…聞いてくれる?」
「……」
アルはもう声を出す事すら出来ない。
ただ、リリスの手を握って肯くだけだ。
「……い…」
「…い?」
「………生きて…強く……生…」
「うんっ! つよくなる! つよくなるよ! だからしなないで!!」
リリスの表情が穏やかになる。
まだ小さい頃、優しく彼の事を抱いてくれたときのような、優しい笑顔だ。
だが、その優しい笑顔で、リリスがアルに語り掛ける事はもう無かった。
「…おねえちゃん……?」
呼吸は止まっていた。
彼女の罪は「怪しげな術で金を作り出し、人心を惑わした」事だった。
生きて行くために必要な技術。それを使った事が、『生きていた事』が彼女の罪であり、死の要因だった。
「おねえちゃん…おねえちゃん! おねえちゃん!!」
少年の絶叫は、不意に吹いてきた強風にかき消された。
まだこの少年は気付いていない。
この強風、熱風は自分が呼んだものだという事に。
「さぁて…このガキも殺しちまうか」
剣を構えた男が近づいてくる。
何故?
なぜ殺す必要があったのか?
少年の頭の中で、この男に対する憎悪がどんどん膨れ上がる。
この男に対する憎悪はやがて「この男を動かしたもの」への憎悪へと変って行く。
男の胸には十字架があった。その十字架には茨の冠をかぶり、脇腹を槍で刺された痩せた男の象がある。
これか。
これのために殺されたのか?
これは何だ? 一体なんだというのだ?
やがてそれは黒い塊になり、自分でも抑え切れないほど熱く、大きくなっていた。
そして、少年は初めて自分の力を全て解き放った。
 
 
「雪和ちゃん」
「はい?」
「俺ちょっと出かけてくるよ」
「え? どこにですか?」
「ほら、街でちょっと聞いたでしょ? 大聖堂だよ」
「…で、でも…もうこんな時間ですよ?」
「どうしても気になるんだ。今なら人もあんまりいないだろうからね」
「それなら私も行きます。一人で留守番は嫌ですよ」
「……そうだね。じゃあ一緒に行こうか。月見もかねて」
夜空にはきれいな満月が浮かんでいた。
お陰で道は明るく照らされ、迷う事も無かった。
「大聖堂って…どこにあるんでしょうね」
「さぁねぇ…ただ、大聖堂って言うからにはそれなりにでかい建物なんじゃないかな」
などと実にのんきな事をいいながらてくてく歩いていると、あからさまに「大聖堂」と書かれた案内板があった。どうやら道に迷わずに済むようだ。
月明かりは相変わらず冷たく辺りを照らしている。
吐く息が白い。さすがに夜になるとかなり冷え込むようだ。
辺りに人気は全く無い。
大聖堂に続く道だというのに、石畳の間から雑草が生え、あまり人が入り込まない場所だという事を物語っている。
「随分と寂れてるね」
「そうですね。キリスト教の人が多い割には…」
建物が見えた。
全体を蔦で覆われ、長年使われていないということがはっきり解るほど古びている。
そして、入り口のドアは破壊されていた。
「…どういうことだこりゃ……?」
「さ、さぁ…」
大聖堂の内部はほとんど何も無かった。
椅子も、神父が説教をする演壇も、懺悔の部屋も、それどころか壁と床以外、ほとんど何も無い。
ただ、奥の床一面にガラスか鏡の破片が散らばっていた。
「…大聖堂…なのかな?」
「どうなんでしょう…?」
ふと上を見上げる。
暗くて何も見えない。まだ暗闇に眼が慣れていないせいだろう。
「とりあえずは目が慣れるまであんまり動かない方がいいね」
「そうですね」
風が吹いていた。
そよ風というレベルのものだが、空気が動いている、という事ははっきりと感じ取れる。
目が慣れてきた。
足元の床が石で出来てる事が解った。
そして、視線を上に向ける。
「!!」
アルの動きが止まった。
雪和も、アルのこれほどの驚きの表情は初めて見たかもしれない。
上を見上げたままぶるぶると震えていた。
あきらかにうろたえている。動揺している。
「そ…そんな……そんな事が…」
天井には鏡と鎖の壁画があった。
鏡と鎖。
幼い頃の記憶のなかで、数少ない鮮明な記憶。
青白い炎に照らされた、鏡と鎖の壁画。
「ここが…?」
あの大聖堂だった。
ここが、幼い頃アルが殺されそうになった、あの大聖堂だ。
生れて初めて、自分の力を放った場所。
20歳の頃、もう一人の自分とであったあの場所。
それがこの大聖堂だった。
しかし何故?
殺されそうになった事など、今まで数え切れないほどある。
それがなぜこの場所だけが鮮明に記憶に残っているのか?
「ア…アルさん?」
この場所と自分は何かつながりがあるのか?
「あの記憶」が何か意味を持つのか?
「あの記憶……そうだ! 鏡だ!」
「え?」
「鏡だよ! ずっと昔、鏡の中に俺がいたんだ! あの鏡を探せば!」
「その鏡って……もしかしてあれ…」
雪和が指差したのは、粉々に砕け散った鏡の破片だ。
割られていた。
だが、比較的大きな破片を取り出して、中を覗き込む。
普通の鏡だった。
「…確かにここだったんだ! ここで俺は!」
「アルさん…アルさん、落ち着いて下さい。どうしたっていうんですか?」
「ここで俺は俺に会ったんだよ! 鏡の中の俺に!」
「…………」
「あいつは確かに俺に『僕は君の…』って言ったんだ! あれの先が聞きたい! 出てきてくれ!!」
だが、アルの声はむなしく反響するだけだった。
何も答えない。
ただ、風が吹きぬける音だけが聞こえていた。
「お前は俺の何なんだ!!」
何も答えは返ってこなかった。
だが、本能的に「この中に何かがいる」という事だけは解った。
その確信が事実に変るのに変った時間は、わずか2秒だ。
月明かりが差し込み、鏡の破片にあたる。
その光は鏡で反射して、壁に明るい光の塊をつくりだした。
その光の塊を見て、二人とも動きが止まった。
アル・アネクシオスがそこにいる。
鏡の中のアル・アネクシオスはゆっくりと顔を上げ、そして口を開いた。
『やぁ…久しぶりだね、アル』
にっこりと笑ったその表情は、いつものアル・アネクシオスが見せるものと全く同じ物だ。
『君が聞きたい事は全て解ってる。僕は君の何なのか、そして君は何故死なないのか…そうだね?』
「あ…あぁ。そうだ。答えてくれ」
『答えてもいい。だが、君は絶望する事になるかもしれない。それでもいいね?』
「あぁ。構わない」
鏡の中のアルは、鏡の中の世界の椅子に腰掛けて話し出した。
こちら側の世界には椅子はない。
という事は、こちら側と鏡の向こう側は全く別の世界という事になる。
『まず…僕は君の何なのか、から話そうか』
「あぁ」
『結論から言おう。僕は君の「命」だよ。産まれてくるときに身体の中に持っているべき「命」だ』
「…命……?」
『そう。どういう訳か……僕はこちらでは身体を持たずに産まれ、君はそちら側で命を持たずに産まれたんだ』
「ど…どういう事だ!? どうしてそんな事が!?」
『それは解らない。「何かの拍子に」ってものかもしれないし、何か意味があってのことかもしれない。だけど、その事は僕にも分からない。…これは僕の仮説なんだが…』
「仮説でも何でもいい! 聞かせてくれ!」
『こちら側の世界…まぁ君たちから見れば「鏡の中の世界」になるのかな。だけどこちら側から見ればそっち側が鏡の中の世界なんだ。だから僕は今鏡を覗きながら話してる』
鏡の中のアルは鏡の中の世界に住んでいた。
産まれたときから鏡の中の世界の住人だ。
本来はつながりの無い、リンクのない二つの世界。つまりは「鏡の向こう側の世界」と「こちら側の世界」は全く別の世界であるはずだった。
だが、そこで「つながり」をもつ者が出てしまった。
それがアル・アネクシオスだ。
彼らは本来一つの生命体としてこの世に産まれるはずだったのが、なぜか二つの世界に命と身体が別々に産まれてくる事になってしまった。
つまり、アル・アネクシオスは二つの世界に同時に存在しているようなものだ。
片方の世界のアル・アネクシオスを殺そうとしても、もう片方の世界のアル・アネクシオスを殺さない限り、彼は死ぬ事は無い。
なおかつ、彼は命と身体が独立してしまっている。
『だから僕らは死なないんだ』
「じゃあ…じゃあ歳を取らないのは?」
『それは解らない。君も知ってるだろう? 老化が遺伝子によるものだってのは。ある遺伝子の長さが、細胞分裂を繰り返すたびに短くなる。そうして遺伝子の正確なコピーが作れなくなり、やがて細胞が正常じゃ無くなる。それが老化だ。その事は知ってるだろう?』
「あぁ。聞いた事がある」
『恐らく…その遺伝子の長さが、僕らの場合は……いや、正確に言えば君の場合は短くならないんじゃないか? そうだとすると説明がつく。老化が起きないから、歳を取らないように見えるんだ』
「……なるほど……」
納得してしまう。
この説明なら、仮説の域を出ないが、今までのアル・アネクシオスに起きた現象、今起きている事を説明する事が出来る。
『ただし…』
「?」
『この世には科学や理屈では説明できない事だってたくさんある。僕らの存在がいい例だ。科学は万能じゃない、その事はよく憶えておく必要がある』
「…そうだな。確かにその通りだ。それで、単刀直入に聞くが、俺達が死ぬ方法はないのか?」
『無くなったよ。今日ね』
「……今日? 無くなった?」
悲しそうな眼でそう呟くと、鏡の中の彼もまた涙を流した。
同じ望みを持っていたのだろう。
だが、それが永遠にかなわないものになってしまった。
「どういう事だ?」
『今日…この鏡は割られたんだ。この魔鏡が「こちら側の世界」と「そちら側の世界」を結ぶ窓だったんだけどね』
「それが壊された…で、でもお前は現に今……」
『もうじき消える。今はかろうじてこの魔鏡に残された魔力を吐き出してるだけだ。以前は月の光を浴びれば、いつでも行き来できた。でも今はもう無理なんだ』
「…満月の夜なら……そっちに行けたのか…」
『満月の夜ならね。それから、この事は使徒騎士団は知らない。君から言わない限り、彼らは永遠に不死の謎を解けないだろうね』
不死の謎、という言葉にぴくっと反応した者がいる。
雪和だ。彼女はつい最近、人魚の肉を使って後天的に不死になった。
彼女はどうなのだろう。
「最後に一つ教えてくれ。この娘は後天的に不死になったんだ。この子は?」
『心配要らない。こっちにもいるよ』
鏡の中のアルが何か手招きしている。そして、その手招きに応じてやってきたのは…
「ゆ…雪和……ちゃん?」
「私が…向こうに?」
その雪和も、彼女の命が鏡の向こう側に行ってしまったものだという。
『今のところ、この世界の住人は僕ら二人を含めて9人だ。賑やかじゃないけど、それほど寂しくも無い。少なくとも僕らは、こっちでも二人で暮らしてるよ』
これで長年の謎が解けた。
彼が死なない理由、それは非常に単純なものだった。
彼は、自分の体内に命をもっていないのだ。
彼の命は鏡の向こう側にある。
誰の手も届かない。
誰も手出しは出来ない。
もちろん自分でさえも。だからこそ、彼らは死ぬ事が無い。「死ぬ」ということは「命を失う」ということなのだから。
『さて…そろそろ……終わりだな』
「もうひとつだけ教えてくれ。俺のこの力は…?」
アルのもう1つの疑問は、彼自身の力だ。
幼い頃から、彼は炎を操る事が出来た。特別に意識する事無く使えた力だが、考えてみればこれも不自然だ。
何も無いところに突然炎を出したりする事が、子供の頃からまるで自分の手を動かすかのような感覚で出来た。
自分の身を守るために身に付けたものだろう、という事は分かる。だが、原理が分からない。
『念力っぽいものだと思うよ。多分』
「念力? それがどうして火と関係が?」
『物の温度はその物質を構成する原子の固有振動で決まる。その振動の振幅の幅を大きくしたり、振動のスピードを速くしたら温度が変わるだろ?』
「……なるほど。その振動に力を加えるって訳か」
『そう。……僕の場合は、この力はこの大聖堂に近づく奴を追い払うために使ってたけど……結果的に命を奪うこともあったな』
鏡の中の表情が少し悲しそうに曇る。
彼もまた、命を奪う事に対して多少なりとも罪悪感を持っていたのだろう。
『さてと……そろそろお別れだな。もう二度と会う事はない』
「あぁ……」
『自分自身に対して言う台詞じゃないかもしれないけど…二人ともお幸せに。こっちは幸せだよ』
「……あぁ。ありがとう」
鏡の中の雪和がアルに寄り添ってにっこりと微笑む。それを見てこちら側の雪和も微笑む。
ふっと月明かりが雲に遮られ、鏡の中のアルは姿を消した。
魔鏡もただの鏡に姿を変える。
覗き込むと、見慣れた顔が見えた。
 

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