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Original Novel
Nobuyuki Morita Presents



約束


序章

発端


 雨音が聞こえてくる。

もう何日続いているだろうか、数えるのも嫌になるくらいだ。
窓の外を見ると、やっぱりまだ雨は降り続いている。到底やみそうにない。
 こんな事なら学校に来なきゃよかった。大体もう全部の単位は取り終えてるんだから、こうしてわざわざ学校に来る必要も無いんだ。あーぁ、来て損した。

「それじゃどうして来たのよ」
 目の前に座っている女がそうたずねてきた。冬だというのに少し日焼けしている。

「私なんてまだまだ単位が足りないんだからね。嫌でもこうして来なきゃいけないのに、そんなの贅沢よ」
 少し怒ったような顔をしているが、本当に怒ってるわけじゃない。
この人は黒沢真理という、一年生のころからの親友だ。

「そもそも古門君って全部単位取っちゃったんでしょ?どうして学校に来てるの?」
「いやぁ、学食のほうが安いからね。家の近くで食べるとどうしても高くつくんだ」

 こうして学校に来る理由はただ一つ、飯を食べに来るだけだ。 ここはまさに学生の味方。うどん一杯百五十円、カレー一皿二百円という涙が出るほどありがたい値段で、しかも量も多い。何ともありがたい話じゃないか。一番高いものでも五百円以下だ。家の近くの食堂では一番安いものが五百三十円。だとするとこっちに来て食べたほうがいいに決まってる。

「でも古門君の家ってものすごいお金持ちなんでしょ?少しくらいはいいもの食べたっていいじゃない」
「仕送りはそう多いほうじゃないからね。食費は切りつめることにしてるんだ」
「で、遊ぶお金にまわす、と?」
「そういうこと。まぁ最近はそれほど遊んでないけど」
これは本当だ。ここ二週間くらいは全然酒も飲んでないし、遊びにも行ってない。ただふらふらと外を出歩いたり映画を見に行ったりしているだけだ。
…って十分遊んでるじゃないか。

「ところでさ、古門君今日は車で来たんでしょ?」
「え?う、うん、まぁ…」

 どうせこの後「送ってくれ」とか言うつもりなんだ。
まあそうなったらなったでいいけど。ジュースの一本でもおごってもらえばいいんだ。どの道俺も今から帰ろうとしてたんだしね。

「…私が言いたいこと、解ってるでしょ?もう付き合い長いもんねぇ」
 少しだけ口元を歪めてそういう。やっぱりそうだった。

「あー、いいよいいよ。その代わりジュース一本で手を打とう」
「えー?…しょうがないなぁ、何がいい?」
「コーヒー以外。出来ればレモンティーがいいな」
「はーい、じゃあ買ってくるからちゃんと送ってよ」
 お安い御用だ。彼女の家は俺の家のすぐ近くだし、何よりも通り道にある。普通に帰って、ちょっと止まればいいだけの話。それでジュース一本手に入るんだから、割のいいバイトだ。

「はい、お待たせ。で、何時ごろ帰るの?」
「もうすぐ。もう学校にも用はないしね」
「そっか。それじゃ私図書館から荷物とって来るよ。ここにいてね」
 学食と図書館はすぐ隣の建物になっている。連絡通路もあるので、傘なしでいけるというありがたい立地条件だ。

 それにしてもよく降るな。少なくともここ四日間はずっと雨だ。何か変なことでも起きなきゃいいんだけど…。まあ考え過ぎか。この雨のおかげで水不足にならずにすむと思えばいいや。

「よし、じゃあ帰ろ。今すぐ」
「まあちょっと待ってよ。とりあえずこれ飲み終わってから」
「んじゃあさっさと飲んで。何だか雨ひどくなってきてるよ」
「…ほんとだ。こりゃあひどくなるぞ」
「だからさっさと帰ろうよぉ。私早く帰って色々することがあるんだから」

 あんまり急かすのでしぶしぶ残りのレモンティーを一気に飲み干して駐車場へ向かった。さすがに駐車場までは傘を差して歩いていく必要がある。

外に出てみると、なるほどさっきよりもさらに雨は激しさを増しているようだ。こりゃ早く帰って寝たほうが得策だな。

「よし、ほら乗って」
「悪いね、いつもいつも」
「今さら何言ってんの。それよりシートベルト締めて。出るよ」

 軽くアクセルを踏むと車が動き出す。早いうちに免許を取っておいてよかった。
学校の正門を出ると、すぐに信号に捕まってしまった。雨のせいで渋滞しているらしい。
なかなか前に進んでくれない。この分だとあと二回くらい信号待たなきゃいけないな。

「…あ、そうそう、さっき色々することがあるって言ってたけど、何?」

「旅行の準備。明後日から三泊四日で旅行に行くんだ」
「へぇ、どこに?」
「えーと、何て言うところかは忘れた。結構マイナーなところなんだ。温泉地でね」
「温泉?何だかおばはん臭いな」
「何言ってんのよ、今温泉がはやりなのよ。知らないの?」
全然知らない。大体実家があるところが温泉地なんだ。今さら温泉に興味なんかあるわけないじゃないか。
 そもそも俺に流行について詳しくあれ、ということ自体が無理だ。
流行りの歌も、ファッションにも全然興味が無い。興味も無いことに詳しくなるなんて拷問以外の何者でもない。

「そんな事言ってるといつまでたっても彼女出来ないよ。ただでさえ古門君って彼女できにくいだろうから」
 大きなお世話だ。俺だって好きでこんな顔に生まれてきたわけじゃないよ。

 古門家には代々美女の血が流れているらしい。
俺の一つ上の世代は親父と伯父さんの二人だけだったから解らなかったが、俺の世代ではその血が顕著に表れている。
本家にいる従姉妹は三人とも例外なく美人だ。が、どこでどう間違ったのか、俺にまで「美女の血」が流れてしまっているようだ。
 中学生のころからだったかな、普通だったら第二次性徴でだんだんと男らしい顔つきになっていくのに俺だけはどんどん女らしい顔つきになってしまった。背もそれほど伸びなかったし、声だって今も結構高いほうだ。ちょっと工夫すれば女の声色だって出せる。
 ただ不思議なことに、この外見とは裏腹に腕力、筋力だけは異常なほど強い。握力なんかは左右ともに120キロを超えてる。はっきり言って化け物並みだ。
この握力のおかげで、今までに遭った痴漢はことごとく骨の一本や十本はへし折ってやった。でもその中には「もっと握ってくれぇええ」なんて言う変態親父もいたっけ。

「ねえ、古門君のこと彼女にしたいって思ってる人だったら心当たりあるけど、紹介しようか?」
「やめて、お願いだから。俺はごく普通で健全な女がいいのに…」
「ま、気にすること無いんじゃない?そのうち彼女出来るよ」
「その内ねぇ…」

 ようやく車が動き出した。この混み方だと家まで一時間くらいかかるな。どの道渋滞は俺のせいじゃないんだし、あきらめるしかないか。

「しかしいいなぁ、旅行かぁ。俺も随分行ってないな」
「お土産買ってきてあげるよ。何がいい?」

「食い物。あ、まずいのはだめだからね」
「はいはい、聞くだけ聞いておくよ。守られるって言う保証はないからね」

「…そう言うだろうと思ったよ。あんまり期待はしてないから、のんびりしてきたら?」

「そうするよ。でもお土産は確実にあるからね」

 ずっと先まで続くテールランプの列を見ながら、出来るだけ黒沢さんには見えないように苦笑した。

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