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Original Novel
Nobuyuki Morita Presents



約束


第十章

お帰りなさい


 なんだろう、妙に明るいな。少し眩しいや……
 そう言えばここはどこなんだ?何だか身体がふわふわするけど…やっぱり死んだのかな?だとしたら…天国か?いや、そんな訳ないな。色々しでかしたし、多分地獄……でも地獄にしちゃ明るすぎるぞ。
「……………」
 あれ?何だ今の?何か聞こえたような気がするけど………ひょっとして夢の中なのか?…なんだ、ただ寝てただけなのか。そろそろ起きようかな。明るいってことは朝なんだろうし。寝坊するとまた綾音さんに叱られちゃうよ。
 目を開けると強烈な明るさで頭が痛くなった。
「ちょっと…誰かカーテンを…」
「えっ?」
 すぐ側で誰かがびっくりしたような声がした。聞き間違えるわけが無い、綾音さんだ。
「綾音さん、ちょっとカーテン閉めて…」
「晶良さん……晶良さぁん!」
「うわっ!………え?あれ?」

 いきなり抱き着かれて、せっかく起き上がったのにまたベッドに横になってしまった。…ベッド?それじゃここは…病院?
「綾音さん、ちょっと…どうしたの?ねえ、綾音さんってば」
 だが綾音さんは何も答えてくれない。ただ泣いてるだけだ。慌ててナースコールを押す。
 すぐに水野先生と杉原先生が来てくれた。良かった。
「先生、綾音さんの様子がおかしいんですけど……」
「古門君…目が覚めたのか!?何とも無いのか!?」
「え?…ええ、何とも…」
「本当に?意識ははっきりしてる?どこか身体で動かないところとかは?」
「どこも…あの、一体何がどうなって…」
 ドアが開いて泉水と深雪ちゃんが入ってきた。彼女たちも半泣きだ。
「お兄ちゃぁん!」
「晶良!」
 と、二人同時に抱き着かれたりするとたまったもんじゃない。…しばらくはこのまましてるしかなさそうだな。
「目が覚めるなんて…いつから奇跡のバーゲンセールが始まったんだ?」
 三人が落ち着いてくれるまでたっぷり二十分ほどかかってしまった。そこから今回あった事の説明があった。
「古門君、君は病気だったんだ。どんな病気かって言うとね………」

 その後約一時間半かかって俺の病気の事を説明してくれた。
 なんでも俺は新種の菌類に感染していたのだそうだ。感染源はやっぱり黒沢さんだという。で、どうして黒沢さんが感染したのかというと、例の鬼首神社とか言う神社が関係しているのだそうだ。
 その鬼首神社の御神体は訳の分からんキノコみたいなもので、黒沢さんはうっかりそれに触ってしまったらしい。彼女の日記にそう書いてあったそうだ。それで菌に感染したのだろう。そして病気が進んだところに俺が現れて、彼女から感染してしまった。ちなみにその鬼首神社は例の大浜連続殺人事件のときに御神体もろとも焼けてしまったのだそうだ。

「それじゃあ今回の事は…全部その菌のせいなんですか?」
「そういうことになるわね。最後の保菌者のあなたが完治したから、これで一件落着よ」
「僕がしばらくいなかったのは、そこら辺を調べるために東京に戻ってたからなんだ。まあ本当の目的は抗生物質を作る事だったんだけどね」
 そうか、そういうことだったんだ。これで大体の謎はわかった。
 でもどうしてたかだかキノコがあんなふうに夢の中で俺と会話できたんだ?しかもキノコが自分の事を「鬼」だなんて…
「…そうだな、その辺は良く分からない。まあこの世にはまだ科学で解明できない事もあるってことなんだろうね」

 そうだな、そういうことにしよう。もうあんまり深く考えるのはよくないな。
「そうそう、晶良は今は何も考えないで。ゆっくり休んでて」
 そのとおり、とばかりに水野先生が肯く。
「とりあえず今のあなたの状態を説明しておくわね。意識が戻ってるとはいえ安心は出来ない状況よ」
 と、カルテを取り出す。
「まず…インシュリン過多なんだけど、全然治ってないわ。治療の方法も見つからないし、出来る事っていったらとにかく糖分を多く取る事ね。それと、体脂肪率が限界ぎりぎりのところまで落ちてるのよ。だからまず第一に太る事」
「太る事?」
「そうよ。…そうねぇ、体脂肪率が少なくとも8%を超えるまで、退院はさせられないからね」
 なんだ、太ればいいんだ。簡単な事じゃないか。
「そう巧くいくかしら?いい?インシュリン過多の上にあなたの褐色脂肪細胞は普通の人の十倍以上あるのよ。食べても食べても熱とエネルギーに変換されて、脂肪はなかなか溜まらないの。それに体脂肪率8%って言ったらあと15キロ近く太らなきゃね。さぁ、何ヶ月かかるかしら?」

 何ヶ月?そんなにかかるのか?太るっていえばただ食って寝てればいいじゃないか。それなのに…何ヶ月?
「そうだな、最低でも一ヶ月はかかるだろうね。ただでさえ太りにくくなってるんだから。退院までは大体三ヶ月くらいを見ておいた方がいいかもしれないな。…それから…綾音さんだったっけ?君も当分静養すること、いいね?」
「え?私も…?」
「そう。腕の傷が治るまでと、それからずいぶん疲れが溜まってるみたいだから水野君が許可を出すまで静養していなさい。これは医者としての命令だからね」

 やれやれ、一ヶ月以上もこの退屈な生活に我慢しなきゃいけないのか。でも死ぬよりはましかな。生きてりゃ色々起きるだろうし、何よりもまた綾音さんが作ったケーキが食えると思うとそれだけでも嬉しい。何となく生きる気になってくる。
 カレンダーを見てみると十二月二十五日らしい。二十四日までバツ印が付いている。
「良かった…生まれてから一番のクリスマスプレゼントだったね」
 そうか、今日はクリスマスか。昨日がクリスマスイブだから、俺が生き返ったのは…彼女たちにとってはクリスマスプレゼントって事になるのかな。
「そうよ、こんなにいいプレゼントなんてもう一生お目にかかれないよ。良かったじゃない綾姉」
「え?…わ、私だけじゃないでしょ?あなた達だって…」
「一番喜んでるの、多分綾音お姉ちゃんだよ。ね?お兄ちゃん」
 いや、いきなり「ね?」とか言われたって…どう答えればいいんだ?

「ほら綾姉、我慢しないで晶良に抱き着いたりキスしたりしていいんだよぉ」
 こいつは…そんな事言ったらまた綾音さん真っ赤になって…
「!」
「…おおっとぉ?ほんとにしちゃったよ」
 突然綾音さんが抱き着いてきた。おまけに涙目のままでキスまで…密着してるせいか、胸のあたりに何か二つ、柔らかいものが当たってるみたいだけど…
「あらあら、仲がよろしいこと。ここが病院だって言うことも忘れないでね」
「…深雪、ちょっと下にジュース買いに行こう。晶良の復活記念の乾杯しなきゃ」
「あ、そうだね。それじゃあ…杉原先生も水野先生も行きましょうよ」
「それもそうだな、邪魔しちゃ悪いし。それじゃちょっと行ってくるよ」
「え?ちょ、ちょっと先生…」
「いい?病院内ではそこまでだからね。その続きは退院してからよ」
 つ、続きって……いくらなんでもそこまでは…
「ご、ごめんなさい晶良さん…いやでしたか?」
「とんでもない!その…う、嬉しかったよ」


 外は暗い。また雪が降ってきている。
「晶良さん、寒くありませんか?」
「ん?ああ、大丈夫。暑いくらいだよ」
 杉原先生たちが言ったように、食べた栄養分がかなりの割合で熱エネルギーに変換されているらしい。さっきから暑くて仕方ない。
「駄目ですよ、お布団蹴ったりしたら」
「そんな事言ってもさぁ……」
「ほら、ちゃんとお布団かぶって寝ないと…」
 優しく布団をかぶせてくれる。嬉しいんだけどやっぱり暑い。
「綾音さん……」
「はい?」
「あのさ……親父と母さんを殺した犯人だけど…多分捕まらないよ」
「え?…それじゃあ……やっぱり泉水達にも気をつけるように言って……」
「いや、そうじゃない。死んだんだ」
 やっぱりこれだけじゃ綾音さんも納得しない。詳しく説明するしかないか。
「親父と母さんを殺したのは…多分俺の友達の黒沢って人なんだ」
「…でもその人は確か病気で…」
「そう、俺と同じ病気だった。…信じてくれるかどうかは自信が無いけど、黒沢さんは鬼に操られてたんだ。いや、正確に言えば無理矢理鬼にならされてた。それで親父達を殺したんだと思う」
「どうして…そう思うんですか?」
「……夢の中で鬼が教えてくれた。今回起こってる事がどういうことなのか、全部ね」
 夢の事も全部話した。夢の中の話、鬼の話、俺がどうして黒沢さんと違って直接病気のせいで死ななかったのか。
「……信じてもらえるとは思ってない。でも…俺は多分全部本当のことだと思うんだ。そうじゃないと説明が付かないからね」
「…信じてます。晶良さんは私に嘘をつくような子じゃありませんから」
 子?…おいおい、俺はもう二十歳だぞ。今度で二十一になる身なのに…それでも「子」?
「あ、ごめんなさい。いつもの癖で…」
「…まあいいや。綾音さんだから特別に許す」
「泉水だったらどうしました?」
「晩飯抜きだろうね」
 蛍光燈の下で向き合って互いの顔を見合わせる。久々にこうしてお互いの笑顔を見たんじゃないかな。最近色々あって笑う事がほとんど無かった。うん、やっぱり笑ってた方が気分がいい。

「鬼って…何だったんでしょうね?」
 そう、一番分からなかったのはそれだ。でも杉原先生の話や夢の中での鬼の話を聞いて見当くらいはついた。
 多分「鬼」というのは土着の日本の民族の一つだったんだ。その民族はある特殊な菌に感染した集団で、そのせいで姿形が大きく普通の人間と異なってたんだろう。縄文人はその「鬼」と一緒に暮らしていたけど、中国大陸から来た弥生人は共存を選ばなかった。徹底的に「鬼」を排除しようとしてたんだろうな。そのせいで鬼と人間との戦争がずっと続いてたんだ。

 でもやっぱり鬼と人間は元は同じだった。そうでもなきゃ鬼と人間の間に子供ができるわけが無い。桃太郎も(夢の中の話では)鬼と人間のハーフだったし、最後に見た若い鬼と女の間にも子供が出来てた。結局産まれる事はなかったけど。
 それを考えると鬼って言うのは結局は「人間」なんだ。人間の亜種とでも言うべき存在なんだ。人間の方が怖がって、自分勝手な事をしてきたから鬼と人間は仲が悪くなったんだ。多分そういうことなんだろうな。

「綾音さんは生まれ変わりってあると思う?」
「え?生まれ変わりですか?……多分あると思います。だって…晶良さんの事ずっと昔から知ってるのような気がするのも、ひょっとしてずっと昔会ってるからかも知れません。そう考えた方が楽しいですよ」
「そうか……そうだよね、そっちの方が楽しいか」
 起こしたベッドに上体を預けて、ふと目をやると綾音さんは左腕に包帯を巻いている。どうしたんだ?怪我したのかな?
「あ…これは……」
「どうしたの?どこかで怪我でもしたの?」
「………ええ、怪我をしたんです。晶良さんにつけられた傷なんですよ」
「え?お…俺が?」
「はい、鬼になった晶良さんが……」
 何てこった、心配かけただけじゃなくて綾音さんに怪我までさせたなんて……
「ご、ごめん……」
「……………」
 あれ?答えてくれない…ってことは怒ってるのかな…?
「あの…綾音さん?」
「水野先生に聞いたら……一生消えない大きな傷が残るって…」(大ウソ)
「そ、そんな…」
「………晶良さんのせいですよ」
「う………」
 そりゃあ確かに俺のせいだ。憶えてないとはいえ、俺がつけた傷なんだから。
「その……ごめんなさい…なんて言ったらいいか…」
 まずいなぁ、全然答えてくれない。こりゃ本気で怒ってるぞ。…それも仕方ないか、女の体に一生モノの傷をつけたんだ。許してはくれないかなぁ…
「…………分かりました、許してあげてもいいですけど、条件があります」
「え?条件?」
 どんな条件だろう…まさか家から出ていけとか…これだけは何としてでも避けたいな。あとは古門製薬で一生ただ働き…これも嫌だ。ほかには家の広い庭を毎日一人で掃除するとか、炊事洗濯を全部俺一人でやれとか…
「あの…どんな?」
「私と結婚してください」
「……へ?」
「だって晶良さん、私の身体を傷物にしたんですよ。責任を取ってください」
「あ、あの……」
「それとも晶良さんは女の体に一生消えない傷を残しておいて、それでも知らん顔をするような冷たい人なんですか?」
 いや、そういう訳じゃない。その条件は……俺にとっても非常においしい条件だ。いいのか?こんなうまい話があって。
「私は晶良さんをそんな冷たい子に育てた覚えはありませんよ」
 ちょっと膨れっ面で綾音さんが言う。いや、俺の方にも綾音さんに育てられた覚えはないんだけど…

 返事を戸惑っていると、とうとう綾音さんは下を向いて肩を小さく震わせてしまった。まずい、泣かせちゃったのかな?
「私……晶良さんにお嫁にいけない身体にされて……この先どうしたら……」
 ……ええい!ここまできたら腹くくるしかない!俺だって望むところだ!
「わ、解りました!条件飲みます!」
「…………」
「綾音さんと結婚するよ。その……責任云々を抜きにしても…」
「……本当ですか?」
「本当だって!すぐには無理だけど、約束する。絶対に近い将来、幸せにして見せる!」
 どこかで聞いた台詞だな。…あ、そうか、あの「追放された若い鬼」が言った台詞なんだ。ほとんど同じ内容を口走ってしまった。
「だから綾音さん、お願いだからもう泣かな…」
 綾音さんが顔を上げた。泣いてるのかと思ったら思いっきり笑顔だ。目に涙がうっすらと浮かんでいるものの、実に幸せそうに笑ってる。……ひょっとしてはめられたのか?
「約束ですよ、絶対に私と結婚してくださいね」
「あ…う、うん……」
「あ、泉水達にも知らせてあげないと。近いうちにあの子達にも言いましょうね」
「……うん」
 呆気に取られてしまった。何が起きてるのかあまり理解できない。今までに無く嬉しそうな顔をしている綾音さんがすぐ隣にいるということはわかる。
 考えてみりゃいろいろな事がありすぎる。特に今日は密度が濃い。生き返って綾音さんと泉水と深雪ちゃんに抱き着かれて病気の説明を聞いて、さんざん泣かれた挙げ句に今は結婚が決まってしまった。……まあいいか、嬉しい事なんだし。


「ね、ねえ深雪ちゃん、もうやめようよ」
「だめ。まだまだこれからだよ」
 明るい病室の中には俺と深雪ちゃんの二人しかいない。二人でベッドの上で何をしているのかと言うと………
「まだこんなに残ってるんだからね。ちゃんと食べなきゃ」
「い、いや、でもね……」
 ベッドの上には大量のチョコレートとシュークリームがあった。その量たるや目をみはるばかりのものがある。
 ロ○テのクラ○キーチョコが十五枚、フラン○アの「特大五個入りシュークリーム」が何と六パック。これらはすべて深雪ちゃんが買ってきた分だ。どうしてこんなに大量の菓子があるのかと言うと……
 一昨日あたり、泉水が水野先生のところで俺の病気についての説明をある程度聞いたらしい。その時に、
「甘いものを食べるのが一番いいわね。どうしても病院の中だとそういうの置いてないから、学校の帰りとかに彼の分買ってきてもらえないかしら?出来るだけたくさんね」
 と言ってくれたらしい。
 この説明を泉水から聞いたのが綾音さんだった。それが始まりだ。綾音さんは水野先生の説明を聞いて、
「晶良さんに出来るだけたくさんの甘いお菓子を食べさせなきゃ」
 と考えた。そして泉水と深雪ちゃんに金を渡して、
「学校の帰りに毎日、晶良さんにたくさん食べさせてね」
 という「司令」を出してしまった。これがいけない。何しろ綾音さんは俺と金銭感覚が一桁ズレている。毎日二人に渡す金が尋常じゃない。まあそれだけ俺の事を思ってくれてるんだろうけど、ここまで大量の甘いものを食わされると気分が悪くなりそうだ。
 おまけに甘さの感覚が二桁以上ズレている泉水が主力となっている。加えて姉の言う事をよく聞く深雪ちゃんまで泉水の真似をして、きわめて甘いものを大量に買い込んでくるようになった。
「ほらお兄ちゃん、泉水お姉ちゃんが来る前にある程度食べとかないと、また増えちゃうよ。多分泉水お姉ちゃん、今日もたくさん買ってくるから」
 深雪ちゃんが買ってきた分は決して二人分じゃない。これはあくまでも彼女の分の「ノルマ」で、泉水から出されるノルマは他にある。しかも深雪ちゃんの分よりも多い。時計の針は午後三時半を指している。もうすぐあいつも来るはずだ。

「あれぇ、早かったんだね深雪」
 ドアが開いた。とうとう来やがった…今日は何を買ってきたんだ?
「ほら、今日のノルマね」
 泉水の手にはスーパーの袋があった。それをテーブルの上にぶちまける。
「あ、おいしそう。私も一個食べていい?」
「いいよいいよ。私も食べるから」
 今日はタイヤキか……しかも大量の。少な目に見積もっても十五個以上だ。
「なあ、いくつ買ってきたんだ?」
「二十個。あと肉まんが十個とあんまんが五個あるから、残さず食べてね」
「お前…個人的な好みと自分の基準で買ってきてないか?」
「そうよ。ほら食べて食べて」
 こ、殺される…退院する前にこの二人に殺されてしまう……
「何よぉ、食べないの?」
「いや、ちょっと休ませて…」
 ちらりと深雪ちゃんを見ると、何やら哀しそうな顔で俯いている。どうしたんだ?
「私…お兄ちゃんに早く退院して欲しいと思って買ってきたのに…」
「え?あ、あの…深雪ちゃん…」
「うだうだ言わずにあんたは黙って食べてりゃいいのよ!ほら食えー!」
「ひぃい!たっ…助けてくれぇ!看護婦さぁん!」
 鬼だ…こいつは本当の意味での鬼だ。俺なんか比較にならないよ。

 不意にドアが開いた。綾音さんが来てくれたようだ。よかった、綾音さんなら俺の味方になってくれるはず………
「あ、綾音さん、助けて…」
「どうしたんですか?…あなたたち、まさか晶良さんの事いじめてたんじゃ…」
 よかった、やっぱり頼りになるなぁ。いつも通り俺の味方になってくれる。最近ずいぶん元気になってきたし、一安心だ。
「ほら、私が来たからもう大丈夫ですよ。晶良さんが大好きなレアチーズケーキ作ってきましたから、一緒に食べましょうね」
 ……何てこった……綾音さんが恐いと思ったのはこれが生まれて初めてかもしれないな。
「あ、そうだ。泉水お姉ちゃん」
「ん?どしたの深雪?」
 何やら泉水と深雪ちゃんがぼそぼそと話しをしている。この二人がこうして内緒話をしているときは、たいてい何か悪巧みをしてるんだ。
「晶良、私たち先に帰るね」
「え?」
「晩御飯の支度とかあるからさ。それに綾姉が食べさせてあげれば晶良も食べるだろうからね。…それじゃ綾姉、ちゃんと晶良に食べさせてね」
 ドアが閉じた。当然病室の中は俺と綾音さんの二人きりになる。いつもなら嬉しくてたまらないのだが、今だけは何となく綾音さんが恐い。
「さてと、晶良さん、どれから食べますか?食べさせてあげますからあーんしてください」
「あ、あーん……ですか…」
 テーブル上のタイヤキを一つ持ってにこにこしながら差し出す。嬉しいけど恐い。これならまだ泉水達にいてもらった方が良かったかもしれない…
 そういえばあいつら、俺が昔から綾音さんに逆らえないって事知ってるんじゃないか!最初からこうなる事を計算して帰りやがったな!退院したらどうしてくれようか。
「ほら晶良さん、あーんして下さい」
「う……綾音さん、ちょっと休ませてよ。さっきからずっと食いっぱなしだから」
「……そうですね。あんまり無理しても体に悪いでしょうから」
 ふぅ、やっぱり綾音さんは話が分かる。
「私もちょっともらいますね。今日お昼ご飯が少なかったものですから」
「ああ、いいよいいよ。ちょっとと言わずに好きなだけ食べて」
 手伝ってくれなきゃ、とてもじゃないが俺一人で食べられる量じゃない。もともと大食らいだったけど、さすがにこの量は無理だ。
「そうそう、泉水達にもちゃんと私から言っておきましたから」
「え?何を?」
「結婚の話です」
「……早いんじゃない?」
「いえ、早い方がいいじゃないですか。あの子達も喜んでくれましたよ」
「でも…結婚っていってもまだ先の話でしょ?少なくとも俺が卒業した後なんだから」

 正式に婚約が決まってからと言うもの騒がしいことこの上なかった。地元マスコミが綾音さんに色々と社長就任についてインタビューをしたのだが、その時にぽろっと結婚の事まで言ってしまったのだそうだ。もちろん相手が俺だと言う事も。
 しかも、俺がほんの少し前までおかれていた状況まで話してしまっている。当然俺がいったん死んで生き返ったという事も知られたみたいだ。おまけに俺が生き返ったきっかけが…綾音さんのキスだと言うんだから話題性も抜群、何と全国ネットで放送されてしまったらしい。「現代版『逆』白雪姫!」なんて言われてるらしい。綾音さんはただでさえ若い美人社長として話題があったのに、結果として火に油どころかガソリンを注ぐようなことになってしまった。
 でもどういう訳か、今では取材も何も無い。ちょうど二十六日あたりかな、それくらいからマスコミが病院に近寄らなくなった。多分綾音さんが何か言ってくれたんだろう。何にしてもありがたい。

「晶良さん」
「なに?」
「……気が早い話かも知れませんけど……私は三人くらい…」
「……何が?」
「あの…子供です。私は出来れば三人くらいがいいなぁって思ってるんですけど…」
「早すぎるよっ!大体そんな…子供なんて何年先になるかわかんないんだからね」
「そうですか?…私は早い方が……」

 そうか、忘れてた。綾音さんって筋金入りの子供好きだったっけ。スーパーとかでカートに乗った子供を見るたびにただでさえ少し下がり気味の目尻を更に下げてたもんなぁ。
世話好きだし、きっといいお母さんになるだろうね。
 …お、おい……それじゃ俺は大学卒業してすぐに「いいお父さん」になるのか…?

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