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Original Novel
Nobuyuki Morita Presents



約束


第八章

事実から真実へ


 我々と人間とはもともとは一つだった。言ってみれば同じ母から生まれた兄弟のようなものだ。はるかな昔、お前達と我々は共に生きていた。助け合い、互いの苦手とするところを補い合うという理想的な生活だった。我々もその生活に満足していた。共に生きる隣人がいるという事、それが人間という生き物であるという事に満足していた。

 それが崩れたのは西の大陸から「奴等」がやってきた頃だ。釣り上がった細い目と低い鼻を持った奴等は我々を見てこう言った。「鬼」とな。
 奴等は我々に軽蔑の視線を投げかけた。時にはすれ違うだけで石を投げ、指をさしてののしり、時には罪もないものを理由もなく殺したりもした。
 それでも我々は耐えた。人間との生活を壊されたくなかったからだ。しかしそれに終止符を打つときがきた。奴等が…我々を手当たり次第に殺し始めたのだ。
 いいだろう、我々も黙って叩かれてはいない。もはや我々と共に生きる人間はいなくなった。ならばこれからは人間は我々の敵だ。どちらかが滅びるまで憎み合い、殺し合う不倶戴天の仇同士だ!

 我々と人間達との戦争はいつ果てるともなく続いた。最初の大きな戦争は奴等の侵攻で始まった。


…………遠くから大勢の足音が聞こえてくる。ふん、脆弱な人間どもめが、凝りもせずにまた我々の住み処を荒らしに来たか。
 来るならば来るがいい。また返り討ちにするまでだ。
「鬼よ、聞いておるか!この土地は朝廷のものとなった!大人しく明け渡すならばよし、さもなくば…」
 さもなくば何だと言うのだ!この土地は我々が先祖代々住んでいた土地。貴様らに明け渡す謂れはない!
「ふん、所詮鬼は鬼か。人間様の言葉を理解できんと見える。ならば…力づくで奪い取るまでだ」
 出来るものならばやってみるがいい!人間ごときに後れを取る我々と思うか!一人としてこの森から生かして帰さん!皆殺しにしてくれるわ!
「かかれぇ!鬼どもを根絶やしにするのだ!」
…………所詮この程度か。人間よ。
「ひっ…た、助けて……」
 貴様ら人間はそう言って命乞いをした我が一族を何人殺した?百人か?千人か?
「たたたた助けてくれ!私はただ大王の命令で……」
 何人殺した?
「は…?」
 何人殺したか、と聞いている……
「…………」
 素直に答えねばその首はない。
「じゅ…十人ほど……」
 そうか…ならばお前は我が一族の仇と言う事になる。……死ね。
「は、話が違う!約束が違うではないか!」
 お前達人間が我々との約束を守った事が一度でもあったか?それに俺は答えねば殺す、とは言ったが答えれば殺さぬ、とは言っていない。お前達がいつも使う方法だろう?
「た、助けてくれ!私には妻も子供も…」
 俺にも妻と子供がいた。泣いて命乞いをする妻をお前達人間は…笑いながら殺した。お前も無念の中で死ぬがいい。
「ひぃいいい!」

 我が一族にあってひときわ強い力を持つものがいた。人間からは酒呑童子とかいう名前で呼ばれていたな。


…………おのれ…抜かったわ、よもや一瞬でも貴様ら人間を信じるなど…
「はぁっはははは!やはり鬼など図体ばかりがでかい木偶の坊よ。頭では人間様にはかなわんと見える!」
 貴様ら…和議を結ぶと言うのは……共に生きようと言ったのは、あれは偽りか!
「偽りでなくてなんだと言うのだ!鬼の分際で人間様と和議だと?身の程を知れ!」
 おのれ…おのれぇ!許さん!許さんぞ人間ども!
「許さねばどうすると言うのだ?毒が回って立つ事も出来んくせに」
 愚かな!人間の毒が鬼に効くわけがなかろう。俺はこの通り立つ事も走る事も出来る。人間を五人ひねり潰す程度、造作もないわ!
「な、何!?」
 思い出した…お前ら人間は……
「ま、待て、さっきのは戯れだ!本心ではない!」
 人間は…妬み、犯し、殺し、奪い、壊し……そして裏切る…
「わわわわわ和議は結ぼう!鬼の領域も定めよう!帝にもそう奏上しよう!約束する!」
 今また我々を裏切った…一族を大勢殺めた……罪の報いは……死だ!
「ひっ、退け!ここは退け!」
 逃がすものか!裏切られ、殺された我が一族の恨み…この場で晴らしてくれる!貴様ら全員屍になってこの山を下りるがいい!

 我々鬼が滅びかけた最初の原因はあの男だ。我々の血を引いていながら我々に刃を向けたあの男の…だが考えてみればあの男も哀れだ。人間に躍らされたのだからな。

…………人間ごときに我々を傷つける事が出来るはずがない…貴様何者だ!?
「私の名か?…いいだろう、教えてやる。吉備津彦命…爺にもらった名は桃太郎と言う。お前らの…貴様ら鬼の子だ!」
 我々の…?馬鹿な!そんな事が……
「私の母はお前達に犯され、子を宿した。だが鬼の子を宿した女というだけで…ただそれだけの理由で目の見えない母は村から追い出された。そして失意のうちに死んでいった…爺がそう教えてくれたわ!」
 ならば…我々の子ならばなぜ人間などに力を貸す!なぜ我々に刃を向ける!
「黙れ!お前らには私の受けた苦しみなど分かるまい!道ですれ違うものすべてが私に冷たい視線を浴びせ、時には石を投げるものもいる。幼少の頃より「鬼の子」と蔑まれて生きてきた私の苦しみなど…お前らに分かるものか!」  解るとも…お前の苦しみは我々の苦しみだ。お前の生きてきた道は我々の道だ。
「詭弁を弄すな!爺と婆以外に私にぬくもりをくれた人間はいなかった…その爺と婆も今はいない。この母の形見の櫛だけが私にぬくもりを与えてくれる…貴様らに孤独に生きてきた私の辛さなど分かるまい、いや…解ってたまるか!」
 ……そ、その櫛は…?
「…この櫛がどうしたと言うのだ?これは我が母の形見、鬼などにはくれてやらん!」
 ……そうか、お前が…因果なものよな……
「…………な、何を…?」
 この櫛を見るがいい…
「そ、それは!…それは……この櫛の半身……?」
 そのとおりだ、我が子よ。
「…何?」
 哀れな我が子よ、人間などに惑わされ父に刃を向けるとは…
「そ、そんな…お前が…お前が私の父だと…?」
 ……我々が望みもせんのに人間どもはたびたび生け贄と称して女をこの島へ送ってきた。その中の一人に盲目の女がいたのだが…情が移ったのだろうな、しばらくの後に櫛を半分に折って人間達に返した。あの時すでに…身篭っていたのかもしれん。
「だっ………黙れぇ!そんな言葉では私は惑わされん!」
 目を覚ませ我が子よ!お前は人間に利用されているだけだ!
「お前の首を持って帰れば村の者も私を認めてくれる…お前の首で私は人間として生きていける!苦しみから解放されるんだ!」
 鬼の子を人間が放って置くわけがない。村に帰ってもお前は殺されるだけだ!目を覚ませ!お前はだまされている!躍らされている!父の言葉が分からんのか!
「黙れ黙れ黙れ!もはや問答無用、その首叩っ切ってくれる!!」
 …許せ我が子よ……憎むなら人間を憎め!

 我々鬼の中にも太古の昔のように人間との共存を望む者がいた。彼は人間を愛したが…俺が知る限りでは彼が一番哀しい末路をたどった……


…………教えてくれ、どうして私を助けた?
「だってあなたひどい怪我してるもの。…ほら、動かないで」
 自分がしている事が解っているのか?私は鬼だぞ、お前達人間から忌み嫌われている…
「…動かないでって言ったでしょう?もう少しで終わりますから……」
 何故だ…?何故…
「その前に私に教えてください。どうしてこんなひどい怪我を?どうして両腕を…」
 …村長に……人間と話し合おうと提案したのだが、それが逆鱗に触れたらしい。命は助けてくれたが、その代償として両腕は失った。村の者に斬られた。
「どうして…?どうしてただそれだけの事で?」
 鬼と人間は相容れぬ仲…昔からそう決まっていたのだが私はどうしてもそう思えなかった。…人間の中にも我々の事を理解しうる者がいるのではないか…そう思ったのだが……それよりお前はどうしてこんな森の中で一人でいるんだ?
「私は…生け贄です。鬼への生け贄として…」
 生け贄だと?我々は人間に生け贄など要求した事は一度もないぞ。
「え?…でも村の占い師が……」
 占い…たかがそれだけの事でお前はこんなところで一人で…
「でも…ここの方が居心地がいいです。村にいるよりも一人でいた方が…」
 なぜ?人間は常に村の中で暮らすものではないのか?
「普通の人はそうです。でも…私は普通じゃないから……」
 普通じゃない…?どう普通じゃないと言うんだ?どう見ても普通の人間にしか見えんぞ。
「人の心が分かるんです。小さい頃からみんなから気味悪がられて…今度生け贄に選ばれたのも多分厄介払いなんでしょうね」
 …人の心が解ってどこがいけない?なぜ厄介払いされる必要がある?
「………人間は普通じゃない者を極端に嫌うんです。だから私も…ずっと嫌われ者です」
 心が解る…なら私の心も解るのか?
「ええ、とてもきれいな…優しい心……でも哀しい心ですね」
 …………人間は…
「え?」
 人間は私達を見ただけで逃げていく……そういう生き物だと思っていた…なのにお前は恐れもせず媚びもせず私に接してくれる…
「……下から薬草を採ってきます。そのまま動かないで下さいね」

 すまない、助かるよ。
「いいえ、ほら、口を開けて」
 ……まさか…こうして人間に飯を食わせてもらう事になるとは思わなかったな。
「…嫌ですか?」
 そんな事はない。村にいるときもこんな事はなかった。…不思議な気分だ。
「私もです。私の事を怖がらない人なんて初めてですから」
 …礼を言わなければいけないな。
「え?」
 助けてくれた上にこれほど世話になって…
「そんな、お礼なんて言わないで下さい。私だってあなたといると楽しいもの」
 私といるのが…楽しい?
「ええ、一人でいるよりも二人でいた方が…それに……」
 それに?それになんだ?
「不思議な気持ち……あなたといるだけで心が落ち着いて…とても温かい気持ちになれるんです」
 ……昔、村にいるときに親しい者から人間がよく使う言葉を教わった事がある。
「どんな言葉なんですか?」
 愛…とか言う言葉だ。どんなものかは私は解らんが、それを人から得ても人に与えても幸せになれるものらしい。…教えてくれ、お前なら知っているんだろう?愛とはどんなものなんだ?
「そ、それは……」
 人間のお前には解るのではないか?教えてくれ。
「………分かりやすく言うと、今私が感じているものがそうなんです。気持ちが暖かくなって、その人のために出来る事なら何でもしてあげたい、そう思う事かもしれません。ただ解ってるのは…人に愛される事が出来れば幸せになれますし、人を愛する事が出来ても幸せになれます。そして…お互いに愛し合う事が出来れば…それが一番幸せなんです」
 そうか…だとすれば私もお前の事を愛しているんだろうな。
「え?……わ、私を…?」
 お前といると心が落ち着く。それに村にいたときにはなかったような暖かい気持ちになれる。…お前の説明が正しければ…私もお前を愛していることになる。
「そ、そんな…私を…私を愛してくれるなんて……本当に?本当にそうなんですか?みんなから恐れられてた私を…?」
 ああ、本当だ。…私がお前をもっと愛すればお前は幸せになれるのか?
「は、はい…」
 そうか、ならこれからもっとお前の事を愛するとしよう。
「……私…今までそんな事を言ってくれた人は……本当に私を愛してくれるんですか?」
 お前は私の事を愛していないのか?
「そんな事ありません!あなたは…生まれて初めて私が愛した人です」
 それならますます良かった。ここでこのまま二人で静かに暮らそう。二人だけなら必ず幸せになれる。誰も邪魔する者がいないだろうからな。

だがこの二人の幸せも長くは続かなかった。やはり…鬼と人間は相容れぬ仲だったのか?


 すべては…私の責任だ。私さえいなければ…
「何を言っているんです!一緒に逃げましょう!そしてまた今までみたいに二人で静かに暮らしましょう!誰にも邪魔されないところで」
 もう遅いようだ…ほとんど囲まれてしまった…
「そ、そんな…どうして?どうして村の人たちが…」
 森の中に鬼が暮らしていると知ったからだろうな。…私には理解できん。放っておいても害のないものをわざわざ出向いて殺そうとする…なぜだ?なぜ人間は好んで無駄な血を流したがる?少なくとももっと理性のある生き物だと思ったのに…
「人間が理性的な生き物なら……私はこの森にはいませんでした」
 私の考えは…間違っていたのか…?人間と鬼は共存できるという私の考えは…
「いいえ、人間は…人間の中には等しく良い面と悪い面があるんです。でも人間はたやすく悪い面に動かされてしまう…」
 その結果がこれ…か……
「…………私たちが何をしたって言うの…?ただ二人で静かに暮らしていただけなのに…これからも一緒に静かに暮らしていたいだけなのに…」
 おのれ…人間……かくも弱く卑劣な生き物なのか…
「…何とかしないと……何とかしないとこのままじゃ…」
 一つ頼みがある…聞いてくれるか?
「え?ど、どんな…」
 私を殺してくれ。
「!…な……い、今何て……」
 私を……殺してくれ。
「どうして?どうしてそんな事を言うの?」
 私は…もう人間への憎しみを押さえ切れない…憎しみを押さえ切れなければ鬼の殺戮の本能が目を覚ましてしまう。そうなったら私がお前を殺してしまうだろう。そうなる前に私を殺してくれ…
「そ、そんな…何か、何かほかに道はないんですか?」
 もう時間がない…理性を保っていられるのも時間の問題だ。……お前に殺されるのなら本望だ。恐くはない。
「そんな…そんな事…」
 私にはもう自ら命を絶つ方法はないんだ。それにお前が私を殺せばお前は鬼を退治した英雄として村へ帰る事も出来るだろう。…これが一番いいんだ。
「いや!嫌です!どうして?どうして死ぬか殺すかしか道がないんですか?ほかに…二人で幸せになれる道はないんですか?」
 頼む…解ってくれ……
「嫌です!そんな事・・私には出来ません!あなたは…あなたは私が初めて愛した人なのに…どうして?何がいけなかったんですか?」
 お前は何も悪くはない。人間の世界へ戻る術もあろう。…お前も私の幸せを願ってくれた。だから私もお前に幸せになってもらいたいんだ。
「でも…そんな事になっても意味はありません。幸せになるなら二人で…」
 もう…遅い……二人で歩ける道はこの世にはないのだ。だがお前一人でなら…
「そんな……どこかで道を…道を間違えたんですか?あなたは何も悪い事は…ただ私と静かに一緒に暮らしていただけなのに…私を……愛してくれたのに……」
 ……来たようだ…頼む!早く私を殺せ!私がお前を殺してしまう前に…私が心まで完全に鬼になってしまう前に…早く殺してくれ!
「………………解りました…」
 解ってくれたか…すまん、辛い決心をさせてしまったな……
「でも死ぬときは一緒です。あなたを一人で死なせたりはしません」
 な……何を言っている!男は死ねばそれまでだが、女は命を産んで育む事が出来る。それを……
「私…あなたの子を産みたかった……春に産まれてくるはずだったこの子を…」
 ………そうか…身篭っていたのか…私の子を…
「ごめんなさい…私……あなたを守れなかった…」
 いや、謝るのは私の方だ。両腕さえあったらお前を守ってやれたものを…
「…もしも…もし生まれ変われるのなら……生まれ変わってもまたあなたを探します。探し出して、今度こそ絶対にあなたを守り抜いてみせます…」
 ………私もだ。もし生まれ変わったら、今度はお前の事を絶対に幸せにして見せる。誰にも邪魔はさせない、必ず守り通してやる!だから…その時まで、また巡り合うときまで私の事を覚えていてくれ。
「はい…絶対に忘れません…あなたのぬくもりも…優しさも暖かさも…あなたにもらった命も…」
 …この先に崖がある。あそこまでは追手は来ていまい。そこからなら……
「……ええ」
 悔いはないな?
「はい、あなたと一緒なら」
 ……よし、私に捕まっていろ。崖まで走るぞ!
「はい…私……あなたのおかげで…幸せでした……」

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