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Original Novel
MH/DAS Presents



ぬいぐるみの奇跡


第5回



今日も心地よい朝を迎えた。
まるで昨日悩んでいたことが嘘のようである。
それほど、心の中はすっきりと晴れ渡っていた。

しっかりとコートを着込んでの登校。
幸いにも昨日に比べるとだいぶ暖かかった。
特に走ることもなくしっかりと歩を進める。
こうしてゆっくり歩いていると、走っていると見えないものも見えるようだった。
特に目立つのは、寒さをこらえるためか寄り添って登校をする男女。
それがどのぐらい暖かいものかはわからないが、とっても嬉しそうに歩いている。
うちの学校は男女の交際についてあまりうるさくないので、このような光景は思った以上に見かける。
それは私のような相手のいない者にとったら、いい迷惑だ。
うらやましいというのではなく、恥ずかしいといった気持ちである。
まったく中学生がそんな事していてどうする!
いつの間にやらおばさんのようなことを考えている自分がいる。
ただ、そんな事を考えながら学校へと登校した。

今日も小百合がすでに自分の席に座り本を読んでいる。
そう言えば、昨日ぬいぐるみを見に行くといっていた。
さて、どうだったのだろうか。
「小百合。おはよう。」
「うん。おはよう。」
「ぬいぐるみのほうはどうだった。」
「うん…。無かったんだ。」
「そう、もう無かったのね。」
私が持っているぬいぐるみは、有名なものではない。
買った時にはもうあと2体しか残っていなかった。
それにもともと入荷数が少ないだろうから、次に入るのがいつになるかもわからない。
他の店にでも行かない限り、しばらくは手に入れることは不可能だろう。
「でももういいの。彰子の持っているものをわざわざ買う必要も無いから。」
彼女は他の人が持っているものはそれほど欲しがらないようだ。
やはりそれが、人形のコレクターというものなのだろう。
それに私も、小百合に持って欲しくなかった。
出来るだけ、自分だけのぬいぐるみという気でいたいからだ。

そして今日の学校生活も終わる。
いつも通り、どうと言うこともない。
せめて美術の授業でもあれば少しはやる意味もあるのだが、この時期に美術という授業はすでになかった。
今は世間一般に必要とされる授業だけが組まれているからである。
とはいえ、それほど私には必要だと感じないのだが。

家での交流は、今やぬいぐるみと話すことしかない。
親とは話したくもないので、残るのは彼女だけだ。
しかし一方的に話しているため、話すことはいつも一緒であった。
自分の進路について問い掛けるのである。
だが当然のように返答はない。
せめて、ということで音を出すスイッチを入れてみる。

音が部屋に鳴り響く。
やはりこの音を聞くとだんだん心が落ち着いてきた。
やはり聞けば聞くほど不思議な音だ。
これだけ毎日聞いても効果があるということは、慣れとは関係ないものらしい。
人間の本質的なものに響いているという感じもする。
そう考えてみると、かなり怖いものである。
もしかしたら睡眠薬の代わりにもなるような気がしないでもない。
しかし今の私にとってはそんな事より、とにかく返事が欲しかった。

ふと机の中からある広告を引っ張り出す。
それは以前からデザイン系の広告をためておき、まだ読み終わっていない分だった。
そこに書いてあるのは…。
「明日東京でデザイン系のイベントが!」
“明日”という言葉を発見して、驚いて大声が出てしまった。
このイベントは、毎年デザイン系を目指すものが集まることでも有名なイベントである。
例年ならもう少し後のことである。それが今年は早く開催するらしい。
“これは早く準備しなくちゃ…。”
私は早速持っていくものを集め出しバックに詰め込む。
その中にぬいぐるみを入れるスペースを確保しておくのを忘れずに。

明日は休日である。
イベントは、今の私の退屈な休日を過ごすにはちょうどよかった。
それにひょっとしたらデザイン系の道を発見できるかもしれない。
私の心は今までとはうってかわって、うきうきとしてきた。

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