Back/Index/Next
Original Novel
MH/DAS Presents



ぬいぐるみの奇跡


第9回



「はい、こちら田端邸でございます。」
 低く落ち着いた声が聞こえる。おそらく執事かなにかなのだろう。だが、そのいかにもな声に、一気に緊張感が高まった。私は今、豪邸に電話を掛けている、という事実で。
「もっ…もしもし、ワタクシ、柊と申す者です!…」
 緊張からきた焦りにより、随分と変な言い方になった。丁寧だがおかしな感じだ。
「御用件は、なんでございましょうか?」
 私の言葉に戸惑うことも無く、落ち着き払った声で訊いてくる相手の声。
「はい…大介さんとお話をしたいのですが…」
「大介様ですね? 少々お待ち下さい」
 …向こうから聞こえてくるメロディー。落ち着いたクラシック曲だが、私の心は落ち着かないままであった。
「……あっ。柊さんだね。わざわざありがとう」
 電話の向こうからは、あの時と同じ声が聞こえた。大介君だ。
「…大介さん。どうも……」
「なんだよ大介さんって。“大介”って呼び捨てでいいよ」
「……はい。それなら私もっ…“彰子”で……」
「うん、わかった。“あきこ”でいいんだねっ!」
 その時、私と彼の間が縮まったような気がした。“呼び捨て”という行為が親近感を持たせているからだ。……なんとなく、嬉しくなった。
 それよりも、電話の向こうの彼は本当にあの“少年”なのだろうか?
 確かに声は同じ。電話も間違いなく、彼に教わった通り“田畑邸”にかけている。
 しかし違和感を覚える。……彼の話し方が“あの時”と違っていた。雰囲気が。キザっぽさが……キザっぽさがない! とっても爽やかだ!!
「ねえ…大介……ほんとに?」
「うん。君が彰子であると同時に、ぼくも大介だよ」
 相変わらず爽やかに答えてくる、電話の向こうの大介。キザとは違っている。
「なんかこう…あの時と雰囲気が、しゃべり方が違うような気がして……」
「なんだ、そういう事か。それなら気にしないで。いつもの事なんだ」
「…いつもの事って?」
「あの時は“東京デザインフェスティバル”っていう大きくて有名な場面だっただろ? そういうところでは、俺みたいな身分の者は、身分に相応した態度を取らなきゃならないって言われているんだ。だからああだったのさ。普段のぼくは、この通りだよ」
「そうだったの…てっきり違う人じゃないかって……ごめんね」
「ぼくが全然違ったのが悪いんだよ。彰子が謝る事じゃないって」
「うん。……それじゃ、切るね」
「あ、もう切るの? もうちょっと話をしない?」
「ごめん。今からやる事があるから…」
「そう…なら、また電話してね! ……そうだ、今度会わない?」
「ごめん。今日はこれで…」
 私は無情にも、受話器を置いた。彼の返事を聞かずに。
 その理由は、私の横でしかめっ面をした母親がいたからであった。
「あなたは、電話をのこのこしてる場合じゃないでしょ!? 勉強をしなさい!! それに今日、先生から連絡があったんだよ! ちょっと来なさい!!」
 問答無用! とばかりに、その場を離れようとする私を引っ掴み、部屋へと連行する。
 
 
「あなた、授業中はボーッとして、宿題は全くやってないって本当なの!?」
 いかにも怒り心頭と言った感じで、私を怒鳴りつける母。
「本当よ」
 わざと素っ気無く、当然であるかのように答える。それが母の怒りを更に高める事を承知で。
「今、あなたはどういう時期なのか分かってるの? あなたはまだ進学先が決まっていないのよ! そんな時に、こんな事言われるようでどうするのっ! もしかしたら、先生方に推薦させてもらえないかもしれないわよ!」
 これぞ親の特権! とばかりに、強い口調で私を叱りつける。その形相から、とても自分の親には見えないが。
「だから、私の行きたいところに行くんだから、いいって言ってるじゃない!」
 私の方も精一杯の抵抗をする。とても母親に従う気にはなれなかった。自分の行きたい道など微塵も考えない、こんな親には。…先生もクソくらえだ!
「ほんとにあなたは傲慢なんだから……もう、知らないからね!」
「ええ、結構よっ!」
 どっちが傲慢よ! との気持ちも込めた口調で、吐き捨てるように言った。
 それで母親の怒りは更に上がったようだったが、それ以上に呆れた感情が上回ったようで、それ以上私の顔も見ずに部屋を出ていった。
 ……ふとその時、急にあのぬいぐるみから例の音…いや、いつもより低く聞こえる気がする…が聞こえてきた。泣いているかのような、悲しいその響き。眠りを誘わずに、私の涙腺を刺激してきた。…一筋の涙が、頬を伝わる。
「なんでこんな時、泣かなきゃいけないのよ!」
 独り言を叫び散らし、ベッドへと潜った。
 ……なぜ悲しいの? なぜ涙が溢れてくるの? なぜ、大切な何かを無くした焦燥に駆られるの…? 取り戻したいの? 今の自分から何かを……
 自問自答を繰り返し、私は食事を摂る事も風呂に入る事も忘れ、夜は更けていった。

Back/Top/Next