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Original Novel
MH/DAS Presents



ぬいぐるみの奇跡


第10回



キィィーーーン…
 
 いつも通りの音を聴きながら、快眠から覚める。…あんな夜だったにもかかわらず、いつの間にか、すっかり気持ち良く眠ってしまっていたようだ。
 信じられない「くまさんの音パワー」に、感謝したい。感じていたはずの嫌な気持ちも、すっかり消えている気がする。まさにいつも通りの、すっきりした朝であった。
 それがいいのか悪いのかわからない複雑な心境で、自分の部屋を出て朝食に向かう。
 
 
 私にとって食事とは、単なる腹を膨らませること以外の何でもない。既に家族団欒などありゃしない、完全に孤立した状況。ただ目の前に用意されたものを、口に含んでは喉に放り込む。いっそのこと、ベルトコンベアーにでもしたら楽かなと思える。
 今の私にとって、退屈でない時などあるのだろうか? …考えてみれば、全てが退屈なように思える。今直面している、進路という難題にも、退屈すぎて欠伸が出るぐらいだ。それは難題か? とも思う。周りで必死こいて進路を考えている生徒達の姿が、いまだ信じられない。自分の進む道をしっかり考えていないのか? と呆れてしまう。
 私は…既に“デザイナー”という確固たる進路を見つけた。…だが、それを親は簡単に許そうとしない。なぜ自分の進路に、親が口を挟む理由があるのだろうか? なぜ、許しを乞わなければならないのか? …未成年だから? そんなもの、どこが理由になるというのだ。未成年って何だ? “選べない道”って何だ? そんなもの、ありえるのか?
 私がいつ、世界征服の道に行きたいと言った? 私がいつ、働かなくても楽が出来る、夢の商売を目指したいと言った? “デザイナー”のどこが、叶わぬ夢なの?
 親、そして世間への葛藤に悩まされる少女は、今日も不満顔で登校をする。
 
 道行く途中で、ふと足を止めてみる。止まった瞬間に強烈に冷たい風が吹きぬけ、思わず震えてしまう。そのため視線がぶれてしまうが、その先に見えるものは、更に寒そうに震えていた。
 …捨てられたのだろう、小さなダンボールの箱の中に、声無き声を発している二匹の仔猫がいた。二匹はせめてもの温もりを得ようと、互いの体を寄り添わせている。
 なんとなく、その二匹に自分を照らし合わせてみる。
 親から見離され、世間からも逸らかされ、自分が存在しているのかいないのかさえも解らない状況。その中でただ、生きている。この世に縛り付けるものは、もう無いはずなのに…でも生きている。
 この子達と自分の違うところ。種族という点を超越したところで見比べる。
 この子達は生きる目標を持っているのだろうか?
 私にとっての目標は、デザイナーになり、自分の作りたい“形”を作りあげること。それを求めることが、生きがいとなるだろう。
 だがこの、小さな箱に入れられ、寒い外界から身を守ることも出来ず、誰の助けも受けられない、助けてくれるはずの“親”という存在が無い。それは私と同じかもしれない。
 …しかしこの子達には、まだ生きる為の“目標”すら決定していないはずだ。
 だがなぜか、生かされている。飼い主はあえて、捨てられるという道をこの子達に与えた。既に縁などぶち切れているはずである。
 …もしその飼い主を、“親”を待っているとしたら?
 それは悲しいことに、報われることはないだろう。なにせ“捨てられた”のだから。またわざわざ拾いも度しにくる可能性なんて、無いに等しいだろう。
 考え直し、もう一度飼うことにしたとしても、既に愛情を断ち切った関係、取り戻すことは容易でないはずだ。そんな飼い主を持ったら、余計にこの子達がかわいそうである。
 そうとも知らずに待ち続けている二匹の子猫。自分に近い存在の為、余計に心が痛む。どうすれば、この状況を打破する術が見つかるのか……
 …考えあぐねた末、出たものは特に無い。ただいまの、この寒さをしのがせる為、今日持ってきた二つのカイロを、暖めてからはこの中に置いてやる。
 突如置かれた熱く白い物体に、最初は戸惑いを見せてで触ってみせていたが、一匹がその上でなすり始めると、もう一匹も一緒にカイロの上をごろごろ転がり出した。
 その姿が愛嬌たっぷりで、思わず笑みがこぼれてしまう。最悪の状況を脱させたことで、自分も浮かばれたような気持ちにもなった。…いつか自分にも、このカイロのような、一時ではあってもほっとできる事が無いのだろうか……
 
 ふと歩き出そうとした時、猫を思う気持ちから、自分への気持ちへと戻る。その時、猫に思っていたことを自分に照らし合わせていく。
 今の自分に大切なのは、やはり“親”の存在なのかもしれない。この二匹のように、私もどこかでは“親”を待ち望んでいるのではないか? …だが今は信じ切れない、その疑問が持ちあがった。どう考えても、親は自分の進む道への単なる“障壁”でしかないと思えるからだ。とても頼れるとは思いにくい。
 今の私には、ただ自分の進む道、そこへ行くことだけだ。親のことを聞く、親の助けを求める……出来ない。私には、出来ない! したくないんだ!!
 
 心の中の叫びが聞こえたのだろうか、はたまた気迫が届いたのだろうか、道行く生徒達が私の方を見ている。…恥ずかしくなって私は、また冷静を装って、学校への道のりを歩き出した。もう一度、二匹の子猫を名残惜しく見ながら……
 
 
 学校という存在が、妙にいとおしく思える時がある。親から逃げられる場所。それが唯一、親の了解のもと成し遂げられるからだろう。
 もちろん、それが理由で学校に通っている学生も、秘密裏には溢れるほどいることと思える。私ももしかしたら、そんな中の一人なのかもしれない。
 そしてもう一つの理由は、解り合える存在、友達がいるからだ。自分のことは、自分と同い年もしくは年齢の近い、同じ学生にしか解らないことが多い。…そしてその中の、私を理解してくれる人というのが、
「小百合、おはよっ」
 すでに目前まで近寄っていた席に座る、“心を通わせられる友”に朝のあいさつを掛ける。
「あっ彰子、おはよう」
 いつもながらあまり元気はないが、逆にこの容姿で、元気いっぱいにあいさつをされても怖い。それほど小百合は、ぬいぐるみコレクターらしい(?)弱々しい体格だった。きっと本人は、ぬいぐるみたちに守ってもらっているという気持ちでいるのだろう。まあ、今の私にはそれを否定することは出来ない。学校に持ってくるぐらいなのだから。
 私はどちらかといえば、体格だけはしっかりしている。スポーツは特にしていないが、入学時はいろいろな部活から、入部依頼が来たほどである。逆に文化部からは、全く見向きもされなかったのが悔しかったが……
 そんな私がぬいぐるみ持参であると解れば、きっとみんなに冷やかされることだろう。むしろ納得されるだろう、小百合に預かってもらおうとも思ったが、自分の手元から手放すのだけは嫌な気がした。だから、持ち続ける。
「ねえ小百合」
 私が放しかけたその時、朝一番のチャイムが鳴った。…そうだ、もうだいぶ遅くなっていたんだ。通りで、いつも本を読んでいるはずの小百合が、すでにすべてしまい込んで待っていたわけである。
 私はすぐに自分の席へ行き、鞄を下ろす。担任がドアを音を立てて開け、その姿をあらわすと同時に、鞄の中から覗く隈のぬいぐるみに向かって、「今日もお願いっ」と手で合図を送った。
 そして今日も、いつも通りにしか思えない授業が始まったのである。

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