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Original Novel
MH/DAS Presents



ぬいぐるみの奇跡


第11回



 ここが私のいるべきところなのだろうか?
 最近思うことは、全てそこに終結していた。
 
 正直なところ、今日も楽しく無い一日だったと思う。何が得られたのか解らない、寂しいいつもの一日だったんだ、と感じていた。
「感じられたのは、身にしみる寒さだけかぁ……」
 あまりの心の空しさから、ふと独り言が、白い息となって漏れた。厚手のコートを着たところで、身の震えを耐えていられる気候ではない。
「じゃ、もっと速く歩こ」
 私の言葉に返答がある。いつもの帰宅。小百合との帰宅中だった。
「それにしても、最近、彰子考え過ぎてない?」
「そう見える?」
「うん、ぬいぐるみさんたちの感情を読み取ろうとすれば、そのぐらい分かるようになるよ」
 小百合のその話は、とても理解し得なかったが、見事に当たっているのだから、それに突っ込むことは出来なかった。違っていたとしても、小百合の夢を潰すようなことはしたくない。
「でも、進路について決まりかねてるんだから、こう考えちゃうのはしょうがないよ」
 まるで他人事のように、微笑交じりでそれを認めた。これは、ある意味現実逃避(自分のことでは無いとする)だったのかもしれない。
「小百合は、もう決まってるんだよね」
「うん。小百合はとっても嬉しいよ」
 先日聞いた限りでは、自分の進みたいと思っていた方向へ、どうやら進むことが出来そうである。友人として、それには素直に喜びたい。
「もう小百合は大丈夫だね。あとは自分だけか……」
「そうだね。小百合も応援するし、やれることなら手伝うよ」
「ありがと。その時は、よろしくおねがいするね」
「うん」
 この時間が、一番楽しいと思えるのは、気のせいではないと思う。本当に人と交流しているという実感が湧いている。もちろん、心が嬉しいと思えるのは前提だけど。
「ところでね。この前言ってた、そのぬいぐるみの音だけど……」
「うん?」
「あのあと、ちょっと調べたの」
「うん。で?」
「たぶん、彰子の持ってる子、世界にも数少ないと思うよ」
「えっ?」
「あの音、あまりにも力が強すぎて、危険だって認められたらしいの」
「危険…?」
「あまりにも精神を落ち着ける効果があって、それによって生活に異常をきたした人が出たって」
「異常……」
「『魔力の宿ったぬいぐるみ』なんて見出しもあった。――彰子。それを見てたらあたし、ちょっと心配になってきたよ……」
「……そんな……」
「彰子、今大切な時期でもあるのに、おかしくなっちゃったら嫌だよ」
 あの、ぬいぐるみフリークである小百合が、半ばぬいぐるみを非難している。こんなこと始めてだし、信じられなかった。今はそれほど、私のことを心配してくれているということなのか。
 じゃあ私も、その気持ちに精一杯応えるのが友達。
「大丈夫だよっ。このときに、そんな簡単におかしくなりますかって!」
 少なくとも――こう言うのも可笑しな話だが――ぬいぐるみを信頼していた私には、とてもそうなることなど信じられなかった。これは単なる強がりじゃない。
「うん。彰子はそんなにやわじゃないよね。それにあのぬいぐるみさんが、彰子をおかしくするなんて、絶対に考えられないよね。あの子、そんな顔してたもの」
「……そうよねっ」
 さすがにぬいぐるみの表情を区別するのは、私には出来ないが、それは私自身が強く感じていたことでもあって、心ではそれをすっかり納得していた。何となく、小百合がぬいぐるみを見る目は、本当なんじゃないかって思えてくるのだった。
 
 
 あの道に、猫はいなかった。
 既に、猫たちが入っていたダンボールすら無い状態。その跡地には、時折枯草がつむじ風に躍らされていた。
 どうなってしまったのか、私には解らない。誰かに拾われたのか、街で一時引き取られたのか、それとも……。もうろくな道が残っていないと悟り、これ以上考えるのを止めた。せめて、良いところに拾われていることを願いたい。
 あの猫たちの綺麗な瞳には、私の顔はどう写っていたのだろうか……
「――ねえ、彰子?」
「あっ……、ううん」
「そのぬいぐるみ、今も持ってる?」
「あ、うん、持ってるよ」
 何故か慌てた風に、カバンをガシャガシャと開け、いつものように、教科書などに潰されないよう、一番上に乗っているくまのぬいぐるみを、小百合に手渡した。
「……うん、やっぱりやさしい顔をしてるよ。とても彰子をおかしくしようなんて思ってないと思う」
「そうよ、大丈夫よ。現に、今もぜんぜん平気じゃない。おかしくなりそうな感じがしたのなら、今だってこうして持ってないよ」
「あれはきっと、初めからそんな兆候があった人か、その音に敏感なアレルギーなんかを持ってた人だと思うよ。そうじゃないとしても、この子は違うと思うな」
 傍目では買かぶり過ぎだったが、私にはその言葉が、とても心強く思えたし、何よりも信じたいものだった。やっぱり、小百合は不思議な子だ。――まあ、世間一般で不思議と言われているのは、この事では無いのだが……
「あっ、もうこんなところ。……じゃ、今日はここでお別れだね」
 持っていた私のぬいぐるみを、少し名残惜しそうにこちらへ差し出す。それを受け取ると、すぐに小百合は「さようなら」と言い、手を振りながら向こうの道へと歩いていった。
 それを手を振りながら見送ると、再び自分の手に戻ったぬいぐるみを、まじまじと見つめてみる。――やはり、どう見たって小百合みたいには見えなかったが。
 よく『呪いの人形』などと呼ばれるものを聞いた事があるが、もしこのぬいぐるみが、噂どおりのことを起こしたとすると、それこそ『呪いのぬいぐるみ』と呼ばれるのだろう。
「あなたは、絶対に違うもんね」
 心の僅かな動揺を振り払うように、問い掛ける。もちろんその返答は無かったが、やはりそんな事はないんだと言っているように感じる。小百合のように、はっきりと見て取れるのではないのだが……
 
 
 家に着き、そっと玄関を開ける。仁王立ちした母親……は、今日はいなかった。何よりその前に、鍵が掛かっていたのだから、いなくて当然である。
 それだけで何となく心の軽かった私は、すぐに自分の部屋へと階段を駆け上がった。そして、カバンからぬいぐるみを取り出して、いつもの場所へ置いたのである。
 そこで、その傍らに置かれたものに気付く。小さく畳まれた一枚の紙片。……彼の“豪邸”への電話番号が記された紙だった。
 そうだ、今ならゆっくりと話が出来る……
 思い立ったら足取りは早く、握られた紙片に思いを馳せながら、電話へと駆け出していった。

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