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Original Novel
MH/DAS Presents



ぬいぐるみの奇跡


第12回



「もしもし、柊と言う者ですけど……」
 前回とは違い、すらりと言えた自分がちょっと不思議だった。電話に出たのは、前回同様執事だろう男だったのに。
「大介様ですね。少々お待ち下さい……」
 私の名前を聞き、大介に向けてのものだとすぐに理解したようだ。前回にそうだったから、チェックでもしているのだろうか。まさか、大介が私のことをこの男に話したからだとかは思えないし。
 そんなこと思いながら、心のどこかではドキドキしている自分がいた。電話をすることにドキドキしている。前回もドキドキしたが、今回は違うような、そんな気がする。
 だが、そんな私に、待っていた私に受話器から掛けられた声は、再び先ほどの執事らしい男の声だった。
「大介様は、現在お勉強中でございます。ですので、今回はお引き取りくださるようお願いいたします。伝言がおありでしたら、お受けいたしますが」
 堅苦しいその声が聞こえてきた瞬間、私のドキドキは小さくなっていき、その言葉を理解した途端、ドキドキは無くなった。
 大介は、今は会えないのだ。こうして電話の向こうでさえ。遠い存在であるという命題が、ここに来て私の脳裏を掠めていった。やっぱり、彼は私といるべき存在では無いと。「じゃあ、伝言を……」
 考えている事とは裏腹に、一つの思いが私にそう口を動かせた。大介に会いたい、の思いが、せめて今でなくても、会いたいと強く願っていた。
 だが、そこまで言ったはいいが、何を言おうか考えていないため、言葉に詰まって先が出ない。
「え〜っと……」
「なんでございましょう?」
 堅苦しい上に催促しているその言葉に、私は焦るばかり。言葉がなかなか見つからないでいる。
 考えあぐねた末、とりあえずと口を動かす。
「……いつ頃ならば、空いているでしょうか?」
 
 
 私は、よく着る普段着の格好で、駅から100メートルとない公園の、小さな噴水の前で、あまり付けることのない腕時計を、多少苛立ちながら眺めていた。
 待ち合わせ……。今は、ある一人を待っているのである。しかし、待つにはいい加減嫌気がさしてくる、決めた約束時間より30分を廻ったくらいのところだった。実際、意識してではない、足を地面にぱたぱたと叩き付ける仕種が始まっていた。
 空を見上げる。だいぶ日も傾いてきた。時計では午後3時52分と表示されていた。
 約束の時間は3時10分。やや中途半端な時刻である。この時間は、向こうの都合ということで決めたわけだが、どうも気になる。3時ジャストではいけないのであろうか。
 どうであれ、その時刻で来なかったわけだから、もはやどうでも良いことであろう。結局、その時刻に彼女は来なかった。それで充分だ。
 果たしてくるのだろうか。これだけ待たされているわけだから、当然その疑問は湧き上がった。もしや、来る途中に……などと心に引っかりもする。
「あ」
 目に留まったものに、気の抜けた声が出る。公園の入り口。そこに、意外な影があったのだ。
「翔太……」
 翔太というのは、一年前まで、よくクラスで一緒になったりしていた、わりと仲の良い男友達である。
 私は、それほど話の好きな性格ではないので、男友達はおろか、同性の友達もそれほどいない。その中にあって、翔太は唯一とも言える男友達であり、向こうから積極的に私に話しかける明るい奴なのだ。
 奴、と呼んだが、私は本人に対してそう呼んでも、何の支障もない。かえって、気軽に声を掛けてくれたと喜ぶぐらいだ。実のところ私も、そんな彼の性格に惹かれていた。
 恋愛対象ではないが、好きな奴だ。一緒にいて元気が出る。もともと、元気そうに見えない私だから、周りから見ればでこぼこコンビだっただろうが、私も彼のようなさっぱりした明るさでいたいと思っていた。今でも時々そう思うことがある。
 ――これだけ回想するのに、一瞬ではもちろん無理だ。だから、翔太の姿は既になかった。
「……翔太」
 再び口にするその名前。そして、まるでその言葉に応答したかのように、翔太が公園へと入ってきたのだ。私の見ていた入り口は南にあるもので、奴の入ってきたらしい入り口は、ぐるっと回って西側にあるものだ。
 しかし、公園に入るのであれば、なぜ南口から入るのではなく、わざわざ遠い西口へと回ってきたのだろうか。
 翔太はこちらに向かってきた。とくに何かを装うでもなく、平然に歩いてくる。
「よ!」
 一声、そう掛けてきたのである。奴ならば当然の呼びかけで、私も解ってはいたのだが、気持ちの整理が出来ていなかったため、驚いてのけ反ってしまった。
「どうした? こんなとこで待ち合わせか?」
「……ま、まあね」
 ぎこちない応答に、奴の顔色がにわかに変わる。目に僅かな曲線が描かれる。……笑ってやがる。
「へぇ〜、アキコもやるよ〜になったんだな」
「はぁ〜?」
 “あきこ”って誰? それに、“やる”って……何だ?!
 私には解らないことだ、と先に決め付けて思考が働く。単純に考えれば、奴の単なるイヤミだ。
「何だかわかんないけど、ほっといてよね」
「冷たいなー相変わらず」
 お前だからこそだ、は言わずに、さらに睨み付けてやる。
 ここまでは、どう見たって仲の悪い二人だ。しかし、ここからが違うのが私たちの関係である。
 私が睨み続けると、さすがに翔太もひるんでゆく。そしてついには、
「あー、言い過ぎたよ。ごめんなぁ」
 と謝るのである。
「うふっ、わかってるよーだ」
 私はいつもここで吹き出してしまう。翔太の変わりようについつい笑みがこぼれてしまうのだ。彼のサッパリした性格に対すると、許せてしまうのが不思議であった。
「いやいや、久々に会ってこれもなんだよな。ま、このことは水に流してくれや」
「大丈夫だって。それより、あんたはここへ何しに来たのよ?」
「おいおい、それは俺のセリフだぜ。俺がまず、さっき聞いただろうが」
「それもそうだけどさ、あんなこと言うんだから、罰として後よ!」
「へいへい、厳しいなぁ、そんなことでバツなんて」
「そんなこととは何よ! 人の名前間違えた上に、変なコト言って」
 ちなみに確認しておくと、私の名は“しょうこ”であって“あきこ”と読むのではない。
「そう怒らないでくれよ。あーあ、年頃のお嬢さんを怒らせると、鬼より怖いってのはホントだな」
「もうっ!」
 ユーモアはあるのだが、多少棘があって気に障るのが、翔太が一般的に好かれないわけだろう。性格を広く見れば、人気が出るタイプだと思う。
「まあいいわ。じゃ、来た理由を教えてよ」
「ま、簡単に言えば散歩さ」
「……ホントに?」
「なんだ、疑ってるのか?」
「当然よ」
「いやな性格だぞ、お前って」
「あんたに言われたくない」
「へいへい、わかったよ」
 サッパリした性格の奴は、隠すといってもここまでである。次に来るのは、本当のことだろう。
「実はな」
「何?」
 その後、私は自分の耳を疑うことになる。意外な言葉が奴の口から出てきたのだ。

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