Back/Index/Next
Original Novel
MH/DAS Presents



ぬいぐるみの奇跡


第13回



「受かったぁ?!」
「おう!」
 どんな時でもやかましい声の翔太が、よりいっそう声を張り上げて豪語した。
「受かったって言ったって、あんたじゃ、何の信憑性もないわよ」
 冷たいと受け取れる言い方で、私は言ってやった。当然のごとくの皮肉だ。
「まあ、お前の言いたいことも分かる。お前じゃ、この本当の凄さが分からんだろうからなぁ」
「どう言うことよっ!」
 コイツにこんなことを言われるとは! 予想外の受け答えに、私の頭はかあっと興奮してしまった。だが、その興奮は、しばらくして笑みに変わる。
「……まったくねえ、あんたがそんなこと言ったって、誰も信じないって。少なくとも、私以外はね」
「なんだ? お前はそれを信じてるのか?」
「正直に言えば、半信半疑だけどね」
 くすくすと笑いながら、正直な胸の内を打ち明ける。翔太もそれにつられるように、共に笑い出した。そして、物静かな公園は、ひとときの間、笑い声に包まれる。
「……ふぅ、でさあ、その証拠とかないの?」
「待ってましたぁ、その言葉!」
 笑い声から一転、再び声を張り上げると、似合わぬフォーマル姿の胸ポケットから、一枚の紙のような物を出す。
「これを見ろっ!」
 勢い良くぱっと広げられたその紙は、それこそ当然のごとく、真ん中から真っ二つに破れ散った。空しく、翔太の両手に分裂したそれぞれの紙が、力強いまま握られていた。
「……あちゃ〜」
 何が書いてあるかを確認する前の、その惨事に、私は嘆息しかでなかった。当の被害者兼加害者である翔太は、顔に動きを失っていた。
 まさに、頭が真っ白という状態なのだろう。確実に、心ここにあらずである。
「大丈夫……じゃないよね、翔太」
 私の呼びかけにも、全く反応を見せないので、私はおそるおそる、翔太の右手に握られた、紙の上側と見られる部分を、そっと掴み取った。
 ――たしかに、翔太の言うとおりだった。真っ二つに分かれているとはいえ、正式と思われる立派な通知文であった。実印と思しき判も、ずっしりと重量感を今にも残すように、
ばしりと押されている。
「へえ、すごいじゃん」
 私の賛辞も、翔太の惨事には遠く及ばないらしい。何の反応も起こさないらしいので、翔太の顔を見ると、その頬にはうっすらと涙が伝っていた。
 そんなに感動してるんだ……なんて言ったら、それこそ皮肉にとどまらないだろう。今の翔太には、慰めてやるしかないようだ。
「まあまあ翔太。受かったんでしょ? それなら、こんな紙切れ、どうせその証明にしかならないわよ。受かったというその事実が、大切じゃないの」
 翔太の顔が、にわかに震えだしたと思えば、それは先ほどまでよりもずっと大きい、高らかな笑いへと変化した。
「わっはっはっは! その通りだ! 俺は受かったんだぞっ!」
「…………」
 単純なヤツだとは思っていたが、こんなことってあるか? 私がちょっとそれらしいことを言ってみせれば、こうも調子良く、気持ちを切り替えることなど出来るものなのか?
 だが、今私の目の前にいるこの男は、それをやって見せた。信じられないヤツだ、毎度のことながら。
「どうだ? お前も分かっただろう? 俺だって、やれば出来るんだ」
「それはよ〜く分かったわ。でも、あんたのその性格、いまだに分かんないわね」
「くそっ、お前はいつも、一言余分なんだよぅ!」
「あんたはいつも、考えが軽すぎるのよ」
「くそっ……」
「……ふふっ」
 翔太が相手なら、こんなものだ。身体だけだと男に見えないほど体型が細いため体重も軽いが、性格も思考も、それに違わず軽さが売りである。
 そんな男だから、私は未だに信じられないでいた。翔太が受かったということに。
 その受かったというところは、学校ではない。それより、そこらの私立高校に受かるよりも、もしかしたら難易度が高いかもしれない。それは、狭き門なのだ。
「もう一度言ってやる。俺は『ナルノ』に受かったんだぜ」
「いやらしく、わざわざ言わないでよ」
 知らない者にとっては、その名は滑稽な物に聞こえるかもしれない。しかし知る者にとっては、気安く口に出すこともはばかられることすらあるという、お高い場所なのであった、その学ぶ施設は。
 『学校』とは呼べないように思えた。だから学ぶ施設と呼んだのだが、それにはこのような理由がある。
 まず、学校法人ではないこと。これは傍目から一般人の観点で見れば、危険なところであるというレッテルが貼られるのがオチであろうポイントだ。学校法人でないということは、安全性が保証されないと言うことと同等であるため、それは頷ける。
 そして、学校と呼べる物とは、一線を画した学習をしていること。一つのことのみ、ただひたすら、目標に向かって学び続けるのだ。この辺は専修学校に近いところもありそうだが、そんな物ではない。もっと限られたことしかしない。既に、学校と呼べるルールの元には存在できない存在と言えるのだ。
 これだけ言うと、あまりいい印象に聞こえないところだが、優れていることこの上ない存在であることは確かと言える。良くも悪くも、普通でないのだ。
 そこは、この私も、将来の夢の一つだった。しかし、とても今の私では行けそうの無い、途方もない存在でもあった。
 そんなところに、この翔太は受かったというのだ。当然、今春からは通うことになるのだろう。
 このひょろりとした、昔から知っている友人が。近い存在であると思っていた翔太が、途方もない存在に向かっていた。あこがれの存在へと変化し掛けていたのだ。
 そう考えるとあまりに信じられないことのため、頭を振ってもう一度翔太の晴れやかな笑顔を確認する。……確かに、間違いはない。疑いようがなかった。
 しかしまさか……。私の疑いたい気持ちだけは、そう簡単に振り払えなかった。
 わざと微笑をくっつけ、翔太の笑顔に応えている、ちっぽけな私がここにいる。あまりにも大きく見えてしまう目の前の存在に、本心は敗北だけを感じていた。
 自分は勝てないんだ、と。
 そう思っていたら、何かが吹っ切れそうな、それでいてもの悲しい気持ちになっていった。
 その時、翔太が呟いたのだった。
「誰よりも早く、お前に知らせたんだ、これはな」
「はぁ?」
 虚を突かれた私の顔は、今まで見せたことがなかっただろう程の、歪んだ顔をしていたことだろう。

Back/Top/Next