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Original Novel
MH/DAS Presents



ぬいぐるみの奇跡


第14回



 翔太は私に、昔一つの約束をしていたらしい。
 それは今になって彼に聞いたことで、私自身ははっきり覚えていないのだった。ただ、そう言われればそんなこともあったかなといった感じはする。
 その内容は、こうらしい。
「ぼくに何かおっきなことが起こったら、まっさきにしょうこに教えてやるよ」
 そんなこと、いい迷惑のようにも思えた。それは現に今、わざと私を悔しがらせるように言ってきたこいつがいるので明らかだ。
 それにしても、あの頃の私はそれに対して、どんな反応をしたのだろうか。あの頃は今よりもっとバカだったろうから、素直に喜んでしまったのかもしれない。何も喜ぶような意味はないだろうに。
 しかしこうして、約束を守ったとしながら笑う、翔太が実際にいるのだ。まあそれはそれで仕方がないが、一体どうしたものだろう。
 翔太は私に、お祝いの言葉と、喜びを求めてきたのかもしれないが、残念ながら今の私に、それを素直に喜んでやることは出来なかった。そんな余裕はなかったと言うしかないだろう。
 私は今、自分の進路に対し、困惑している。親には高校への進学を強要され、自分のすすみたいデザインの道も、そう簡単に開けてはいない。その葛藤から、他人に気を配っていられる余裕など無いのだった。
 そこへ来て、この翔太の受かったという所。デザインの関係に就きたい者にとってはこの上ない登竜門なのだ。私がコンプレックスを更に掻き立てるのは、仕方のないことだろう。そんな私に、心からの笑顔を求める方が間違っているのだ。
「悪いけどそんなことだから、素直に喜んでやれないのよ」
「そんなこと、って?」
「そんなこと」
 それだけ言って、私は噴水の側を離れて、南口から公園を出ていった。
 その時、ちらりと後ろを見たが、翔太は付いてくる気配はなかった。ただ気を落としたように、やや離れたここからも見える気がした。
 悪いことをしたかな、と思いながらも、私の足は止まらない。そのまま家の方向へと向かっていった。
 
 そもそも私が公園にいたのは、あのご子息の彼……大介が来れそうだと言っていたからであった。
 その言葉に気持ちは高まり、なるべく彼に合わせようと、普段あまり着ることのない、軽い色合いのワンピースを着て、あの公園で待ち合わせていたのだ。
 そこへ、予期せぬ人物がやってきた。それが翔太だったわけだが、思わぬ再会に、自分の格好が恥ずかしくなってしまったりして、少しおかしな雰囲気になってしまった。
 大介は、来れるかもしれなかった。だがそれは、同時に来れないかもしれなかったのだ。
3時10分に、その辺りに行ける可能性があるとのことだったので、その時間にはこの格好で待ち続けていた。しかし、それから1時間近くあっても彼は姿を見せることはなかった。
 私が公園から出て、そのまま家に帰ってきたのは、さすがに来ないだろうと踏んだからである。その辺りしか抜けられそうもないとの話だったので、1時間も経ってしまえば、来れないと見て支障はない。
「あ〜あ、結局会えなかったなぁ……」
 残念な声を出しながら、冷蔵庫の中の500mlペットボトルを取り出し、ラッパ飲みで3分の1ばかりがぶ飲みする。自棄酒ならぬ自棄ジュースと言ったところか。
 部屋に戻ると、今日の報告とばかり、心の友達に話しかける。
「だめだったよ、今日も。あ〜あ」
 また同じ声を上げた私を、ただ静かに見つめ続ける友達。ぬいぐるみがそれに応えたら、それこそ怖いところでもあるのだが。
 しかし私は、ぬいぐるみを抱え上げると、その格好のままベッドへとごろり横になった。
腕で真上に抱え上げられているぬいぐるみを、胸へと引き寄せて抱く。
 目を閉じると、ぬいぐるみが温かくこちらを見つめてくるように思えた。そして、何かを話しかけてきた……そんな気がした。
「――これからよ――」
 そんな声が、聞こえてくるようだった。
 
 
 ――いつの間にか、眠ってしまったようだ。ベッドから起きあがると、おなかの上に乗っかったままだったぬいぐるみが、くるりと横滑りして落ちた。
「あ、ごめん」
 そう言って抱え上げ、いつも置いておく机の横の棚へと座らせる。
 そして、寒い時期にも関わらず、身体がやけに汗ばんでいたことに気付き、特にお気に入りでもないワンピースを脱ぐ。半裸となるとさすがに寒さが厳しいことを感じた。
 公園にいた時は、この時期の割には温かい日差しが辺りを包んでいたため、それほど寒さは感じていなかったのだ。しかしこうして室内にいると、布団も掛けずにベッドで眠っていたため、寝冷えでも起こしているかもしれなかった。その割には汗をかいていたのだけれど。
「あ〜、おなかすいたなぁ」
 普段の服に着替え終わると、空腹が感じるようになった。その気持ちと呼応するように、一つ小さく、ぐうとおなかが鳴る。
 私はどことなく匂ってくる夕食の匂いに誘われるように、部屋を出ていった。
 
 
 夕食を終え、部屋へと再び戻ってくる。
 夕食時は、いつも通りと言って間違いないが、親とはそれほど話もせず、ただ黙々と作られた者をつまんでは口に運ぶばかりだ。いくら険悪な関係だろうと、毒を盛られることはないだろうから、ただ食べては、何も言わずに戻ってくる。
 こんな関係が、当然いいとは思っていない。心のどこかでは、仲直りするというか、いい関係の家族で居たいと思っているはずである。だけど、その上にはやっぱり縺れた糸が絡まったままなのだ。これでは打破することなど出来ようものではない。
 そんな関係も、今はどうでもいいと思うしかない。切羽詰まった状況で、自分のことしか考えられないのは、仕方がないことだろう。相手との関係になりふり構ってられはしない。そう私の中では納得するしかなかった。
 満足しないものは、今まで鬱憤として溜まってきた。特にここ一年余りは。でも、今はそんなことを解ってくれるような、そんな存在がいる。悲しいことか、それは生き物ではなかったけれど。それでも、私にとってはかけがえのない存在なのだ。
 私は、頼っていきたかった。何かに。縋り付きたかったのだ。
 せっせとお風呂の用意をする。ぬいぐるみも洗ってやろうか……などとも思うところだが、彼女(と決めている)は電子回路を内蔵しているため、異常を起こしてしまうことは間違いない。仕方なく、それは諦める。
 風呂場に着き、湯船に浸かると、それなりにリラックスした気持ちになる。しかしやはり、どこかスッキリしない。心にぽっかりと穴があいたようで、それでいてずっしりとするようで……私にはとても重く感じた。
「最近、太っちゃったかなー」
 鏡に写った自分の裸を見つめながら、気を紛らわせるように言う。でも、そんなことよりも深刻な事態があることは、拭いきれない事実なのだった。
 私……どこへいくんだろうか。人ごとのように、呟いていた。

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