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Tactics ONE short story



輝く季節へ


清水なつき編

第3章

by 荒竹


演奏

放課後。
靴置き場で、浩平は誰かに制服の袖を引っ張られる。
「なんだ澪、もう帰るのか?」
自分にこんなコミュニケーションをとる知り合いは、一人しかいない。振り向きもせず、浩平は声を掛ける。
澪、と呼ばれた少女も、別段驚きもせず浩平の正面にまわり、うん、と大きな身振りで答えた。
上月澪。ショートカットとリボンのよく似合う、小柄な少女。口から発する言葉を失った代わりに、スケッチブックで意志を伝えるこの少女と、浩平は最近知り合った。
澪は、いつも手に持つスケッチブックに何かを書いて、浩平に見せた。
『あのね』『部活、休みなの』
試験前ということもあり、澪の属する演劇部も今日は活動はないのだろう。
「そうか、じゃあ一緒に帰るか」
わーい、と、大きなリアクションで、澪は賛成の意を表した。

「ううっ」
半ば予想通り、だったのだが、無意識にそうならないことを期待していたのか、浩平はやや失望的なうめき声をあげた。清水なつきは、今日も校門の前で、本を読みながら浩平を待っていた。ここ数日というもの、なつきはいつも校門の前で浩平を待っていて、一緒に帰っていた。
浩平も、なつきが嫌いなわけではない。にもかかわらず、彼女と一緒にいると何かもの悲しさを感じる。
そのため、出来れば毎日は一緒に帰りたくない、最近ではそう考えるようになっていた。
澪は浩平の戸惑った表情の意味が分からず、一瞬何だろ、という顔をしていたが、彼の視線を追うやいなや、校門へ向かって駆け出していった。
「!?おい、澪!」
ぱたぱたと走る澪。その気配になつきも振り返る。
「澪?わあっ、ひさしぶりだね!」
うん、うん、と澪も嬉しそうに答えている。
「何だ、澪、知り合いだったのか?」
『清水なつきちゃんなの』
「いや、オレも名前は知ってる」
澪は、うーんと考える顔をして、またスケッチブックに書き込んだ。
『同級生なの』
「制服が違うぞ」
浩平の容赦のないつっこみに、澪は、はうう、と少ししょげて一言書き足す。
『中学の』
「私と澪は、同じ中学校だったんだよ」
なつきは、2人のやりとりをくすくす笑ってみていたのだが、ここに来てようやく間に入って説明を始めた。
なつきと澪は、同じ中学で、2年生と3年生の時同じクラスだったこともあり、よく一緒に遊んでいたのだという。
おとなしそうにみえて、おしゃべり好きななつきと、しゃべれないけれど伝えたいことがたくさんある澪。お互いに引かれあうものがあったのだろうか。浩平は漠然とそんなことを考えながら、2人の後を歩いていった。

久しぶりの再会ということもあり、3人は駅前のボスバーガーでしばらく時間を過ごすことにした。
「澪って今でもこんな感じでしょ。中学のころはもっとちっちゃくって、よく小学生に間違われたの」
(かきかき)『なつき、身体が弱くて、本をよく読んでたの』
「そうそう、澪、覚えてる?あのときさあ…」
うん、うんっ!っと澪も楽しそうに(いつも楽しそうだが)おしゃべりしている。
浩平は、かなり戸惑っていた。なつきと澪との会話が、どうしてこんなに賑やかなんだろう。そこには、男の子には入りづらい「女の子同士の会話」の空間が確かに存在していた。
(きゅっきゅ)『今、何読んでるの?』
「うーんとね、いくつか読んでるけど、これなんかいいよ。渡辺荘の宇宙人っていってね…」
その時、浩平の耳に、懐かしい声が聞こえてきた。
(うん、本を読んでいるんだよ)
「本ばっかり読んでると、疲れるだろ!?」
無意識のうちに、浩平が発した言葉が、誰に向けられたのか、彼自身分からなかった。
しかし、その突然の言葉で、「会話」は一瞬とまり、むずかゆい静寂が3人の間に流れることとなった。
一番驚いたのは、発言をした浩平自身であったが、同時に彼は、何故なつきにお兄ちゃんと呼ばれることに抵抗があったのかを理解した。
(あいつも、高校生になるころだったんだな)
沈黙に耐えられずなつきが声を掛ける。
「どうしたの、浩平お兄ちゃん?」
「やめてくれ!」
なつきが一瞬びくっとなったのをみて、浩平は声を抑えた。
「悪い、でも、オレはお前のお兄ちゃんじゃあないんだ」
そのまま食べかけのグリルてりやきバーガーを残して、浩平はボスを後にした。何がなんだか分からない2人も残したまま。

あれから、浩平はなつきに会うことを何とかして避ようとした。
その日はいつの間にか留美の制服がなじんだ、と言うよりしみだらけにした、椎名繭に声を掛けることにした。
「繭、遊んでやろう」
「うん!」
「いいか、校門に眼鏡を掛けた女の子がいる。その子にこの紙をどっちが先に渡すか、競争だ!」
「みゅっ!」
紙を受け取って、繭はぱたぱたと駆け出す。浩平は、それを見送って、裏門へ向かった・・・。
やはりそこに、なつきは居た。繭は、悩みながらも、彼女が浩平の言う眼鏡を掛けた娘であると認識した。
じーーっと見つめる視点に気づいたなつきは繭に声を掛ける。
「?なあに、私に何か用ですか?」
「これ・・・」
繭は、おずおずと紙を渡し、一緒に競争していたはずの浩平の姿を求めて辺りを見回したその時、
「まゆ、なつきちゃん」
瑞佳が声を掛けた。
「♪〜」
大好きな「お姉ちゃん」を見つけた繭は、ぱたぱたと瑞佳に駆け寄った。
「浩平がね、今日は私が繭と一緒に帰ってやれって」
「みゅうは?」
「用事があるから、先に帰るって」
二人のやりとりを聞いていたなつきは、はっとして今受け取った紙を開く。
その紙には、一言、「わるい」とだけ書いてあった。



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