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Tactics ONE short story



輝く季節へ


清水なつき編

第6章

by 荒竹


演奏

喫茶店「kanon」では、心地よいチェロソナタが流れている。日曜日の午後2時30分、なつきはここで人を待っていた。
2時45分、約束の時間より15分ほど早く、その人物は現れた。
「なつきちゃん、先に来てたんだ。ごめんね、待たせちゃった?」
瑞佳は、一瞬自分が待ち合わせ時間を間違えたのではないかと思い、慌てて訪ねた。
「いいえ、私が早く来ただけだから」
ほっとして席に着き、水を持ってきたウェイターにカフェオレを注文する瑞佳。その様子を見て、なつきは浩平とした話を思い出した。
(長森は無類の牛乳好きなんだ。前に一緒に喫茶店に行ったときも、ホットミルクを注文するんだぜ。オレが格好悪いから止めろって言ったら、それ以来あいつカフェオレばっか注文するようになったんだ。そんなに牛乳飲みたいもんかねえ・・)
思わずくすっと吹き出すなつき。
その様子を瑞佳は不思議な顔で見ていたが、はっとここに来た目的を思い出した。
「それで、どうしたの?なつきちゃん。急にここであって欲しいなんて」
「あ、あの・・、それは・・」
話にくそうななつきを見て、瑞佳はとっさに一つの結論を導き出す。
「ああ!浩平がなにかしたの?面白い髪型にしてやるから切らせろとか、新製品のニンニクバーガー無理矢理食べさせられたりしたとか?」
「い、いえ、そうじゃなくって・・」
「もう、浩平ったら、子供なんだから。でも、許してあげてね。あれが浩平の愛情表現なんだよっ」
「違うんです!みさおさんって、誰なんですか!」
店内の客の目が一瞬なつきに集中する。立ち上がって叫んでいたことに気づいたなつきは、赤くなって慌ててうつむいて座り、そのまま上目遣いに瑞佳を見た。
瑞佳は驚いていた。なつきの興奮した姿よりも、その言葉の内容に。
「浩平が、話したの?みさおちゃんのこと」
「いえ、そうじゃないんですけど・・」
なつきはまだ言いたくなかった。浩平が時々、無意識に自分のことを「みさお」と呼んでいることを、そしてそのことに、浩平自身は全く気づいていないことを。
そこで、浩平ともっともつきあいが長いと思われる瑞佳にみさおと言う名を知っているかそれとなく聞きたかったのだ。
当初の予定とは違うが、なつきの目的は達せられた。瑞佳は少し間をおいて、ゆっくり話し始めた。
「私も由起子さん、あ、浩平の叔母さんに一度聞いただけどね。浩平にはね、みさおちゃんていう妹がいたんだよ・・」
瑞佳はなつきに、浩平がみさおを兄として、とても大事に思っていたらしいこと、みさおが長い病院生活の末死んだこと、最後までみさおのそばにいたのが浩平だったことを簡単に説明した。

瑞佳が話し終わったとき、なつきはぼろぼろと涙をこぼしていた。瑞佳はちょっとびっくりして、謝る。
「ごめんね、なつきちゃん。暗い話になっちゃったね」
しかし、彼女の涙の訳は、それだけではなかった。自分と同じ境遇故に分かる兄妹を失ったものの悲しみ。出会ったころ何故浩平が「お兄ちゃん」と呼ばれる事を嫌がったか。どうして急に自分を妹として扱ってくれるようになったか。そして、時折自分の名前を間違える理由。
「ごめんなさい・・」
誰に言うわけでもなく、なつきは謝らずにはいられなかった。
そのままなつきは号泣した。

ようやく泣きみ、落ち着いてきたなつきに、瑞佳はふと優しい笑みを向け、話し始めた。
「でもホント、浩平にもこんな可愛い彼女が出来てよかったな」
「そ、そんな!彼女だなんて」
びっくりして否定しようとするなつきにかまわず瑞佳は話し出す。
「ほら、浩平っていつもだらしないでしょ、だから私が今でも迎えに行ってるんだけど、明日からなつきちゃんに替わってもらおうかな?」
「わ、わたし、そんなんじゃあ・・・」
真っ赤になったなつきは、照れ隠しに瑞佳に訪ねた。
「今でもって・・。瑞佳さん、いつから一緒なんです?」

一瞬、二人の横を甘い香りの風が通り抜けた気がした。

「うーんとね・・。あれ、あれ?いつだったっけ?おかしいなあ、忘れちゃったよ」
「?」
「あ、もうこんな時間。ごめんね、なつきちゃん、私、今日家でご飯作らないといけないの!」
気がつくと時計の針は6時に近づこうとしていた。
「ううん、ありがとう、瑞佳さん」
瑞佳と別れて、なつきは初めて自分の気持ちに気がついた。
「わたし・・・」

月曜日、浩平より早く校門で待っていたなつきは言った。
「帰りましょ、浩平さん」
と。


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