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Tactics ONE short story



A DAY


〜川名みさき〜

by 五穀豊穣



 ・・・ここ2,3日はよく冷える。もう冬なんだねと、大通りの喧噪を浴びながら感じた。
 だけど本格的な冷え込みはまだだから、手袋はしてない。むき出しの手のひらに「はーーーっっっ」と息をかけると、ほんわりとして気持ちがいい。
 「みさき、信号変わったわよ」そう言って雪ちゃんが、腕を私に軽く当てる。
 本当に歩くといった速さで、二人して喧噪の中をゆっくりと駅へと向かう。
 今日は雪ちゃんの大学に遊びに行くことになっている。「この時期は暇だし、・・・ま、いいわ」と案内してくれることになった。


 「いい?わかってるわね、みさき」
 電車の中。人の話し声やレールのきしむ音を追い越すような、雪ちゃんの声。
 「うん、わかってるよ」と、雪ちゃんに笑いかける。(何を気にしてるんだろ?)
 「お腹いっぱいの前にやめればいいんだね」
 「ち・が・う・わ・よ!」座席に座る私の頭上に、雪ちゃんは声を降らした。
 (そんなに大声を出すと、目立つんじゃないのかなぁ)
 「オホンッ!」と咳払いが聞こえてきた。
 ちょっとの間、静かになる。(・・・何か、ジロジロ見られてる気がするなぁ)
 「う〜何だかムズムズするんだけど・・・変じゃないかなぁ」
 「ん、んんっっ!何にもないわよ、みさき。変な事なんてないわよ」(どうしたんだろ、慌てて?)
 さっきの大声のためか、幾分トーンを落として、雪ちゃんが言う。
 「今度おごってあげるから、お願いだから今日は我慢して」
 いやに真剣に聞こえたので、しぶしぶと頷く。
 「う〜わかったよ・・・」
 今話してるのは、お昼ご飯のこと。
 「学食で食べようね?」と言ったら、雪ちゃんはダメだって・・・。
 理由を問うと、溜息が一つ返ってきた。
 「・・・大学って、暇な連中が多いのよ・・・・・」
 「よく判らないけど、わかったよ」(カツカレー食べたかったなぁ)
 「この次を楽しみにしとくね」
 「はあ〜っ・・・」
 重い重い、溜息がした・・・。(ひどいよ、雪ちゃん)


 大学に足を踏み入れた。何となく静かさを感じるのは、大学祭が終わった後だかららしい。
 歩くたびに、かさり、かさりと、葉っぱが音をたてる。
 雪ちゃんの話によると、校内にはたくさんの銀杏(いちょう)の木が植えられているらしい。
 言われてみれば、確かに銀杏(ぎんなん)のにおいがする。臭うので、あまり嗅ぎたくはないけど。
 「今晩は茶碗蒸しがいいなぁ」
 「そうね、うちでもそうしてもらおうかな」
 この後、「でも、おでんも捨てがたいよね」とか、「それを言うなら、冬は鍋よ!」と言ったぐあいで雪ちゃんと二人、随分と食べ物の話で盛り上がった。

 それから、図書館へと向かった。
 以前、雪ちゃんから聞いたとおりに、ここには点字の本がたくさんあった。その冊数は高校の図書館とは、比較にならないほどだ。
 備え付けのカタログを、指でそっとなぞる。少しずつ馴染みつつある点字の感触が、不意に記憶を遡らせる。
 「あけめして おめでとう」抽斗(ひきだし)にしまっている年賀状と、抱きしめられたぬくもりが、あの人が実在したことを、私に実感させてくれる。
 夕暮れの風の舞う屋上で感じたのは、初めての好きな人からの抱擁と、押し殺した嗚咽・・・。(こうなる事を・・・君は知っていたんだね、浩平君。一人で抱えて、きっと寂しかったよね・・・)
 そのせつなさに目尻が熱くなるけど、こみ上げるものを、きゅっとこらえる。(泣くときは、今じゃないからね)
 ・・・カタログを再びなぞってゆく。そして懐かしいタイトルを見つけ、指先を止める。
 『12月のつばめ』・・・・・確か、子供の頃に読んだおぼえがあった。(うん、そうだよね・・・)
 私は無性に読みたくなったその本と、残り幾冊かを抱え、雪ちゃんのいる方へと足を向けた。
 「ね、また借りていいかな?」と訊ねると。  「もちろんよ。いつでも行って来て」なぜか嬉しそうに雪ちゃんは笑うのだった。

 ・・・雪ちゃんの所属する、演劇のサークルへ向かっている時の事だった。
 「おーーーい、深山さーーん」と、誰かが雪ちゃんを呼びながらやって来た。
 その誰か。後で聞いた話によると、同じ講義を取っている男の子は、ハァハァと息を切らしている。
 「や、やぁ、深山さん。久しぶりだね」
 「・・・三日ほど前に会ったわよ」と、雪ちゃんはどこか素っ気ない。(雪ちゃん、嫌っているのかなぁ)
 「は、はは・・・」おそらく苦笑いしてるのだと思う。
 「あれ、こっちの彼女、友達?」
 「ええ、幼なじみなの。彼女は・・・」
 「私は、川名 みさき。よろしくね」雪ちゃんの言葉を受けて挨拶をした。
 「俺は、早瀬 拓巳。こっちこそよろしく・・・・・」
 ・・・・・そこで一瞬、間が空いた。
 「みさき、握手よ」と雪ちゃんにうながされ、
 「そっか、ごめんね。私、目が見えないんだよ」右手を前に差し出した。
 ・・・・・長い、沈黙の後。
 「ご、ごめん・・・。お、俺、無神経でさ。ホント、人からよく言われるよ」
 慌てながら謝る彼は、私の手を取ってはくれなかった・・・。(普通に・・・接すればいいと思うよ)
 傍らで、雪ちゃんが息を呑むのがわかる。
 だけど、雪ちゃんが何か言う前に、「ご、ごめん。俺、人と約束があってさ。この埋め合わせは今度するよ」と慌ただしく去っていくのがわかった・・・。(・・・そっか・・・そうだよな)
 「まったく、何が埋め合わせよ!」塩をまくような雪ちゃんの声に、痛かったものが薄らいでゆく。
 そして、宙に浮いたままだった手が、暖かく包まれた。雪ちゃんの手だった。
 「みさき・・・。あんな奴ばっかりじゃないからね、世の中」とても悲しそうな雪ちゃんに、「私は平気だよ」と言いかけた、その時。  一瞬の風は、桜のにおいをともなって。
 季節外れの暖かさで。
 私をふわりと包み込む。
 「うちのサークルにはいい人がいるしね。ちょっと変わってて、彼みたいだけ・・・」
 「え!?・・・雪ちゃん・・・?」(今の風は・・・)
 「・・・あれ、いま何を言おうとしてたんだっけ・・・?」その声はもどかしそうで。
 ・・・何だったんだろうね、今のは。(あの日の公園?)
 「・・・みさき?どうかした?何か嬉しそうだけど」
 「うん、ちょっとね。ありがとうね、雪ちゃん」(すごくね)
 「・・・さ、お昼ご飯を食べに行きましょ」と、照れた声がした。
 「うん!」


 ・・・季節は冬。あれからまだ一年もたっていない。寒い日もあれば、暖かい日もあって。
 私は今日も元気だよ。ずっと、待ってるからね、浩平君。




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