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Tactics ONE short story



A DAY


〜深山雪見〜

by 五穀豊穣



 大通り。信号待ちをする人々の吐く息は白く、それだけで冬の到来を感じさせる。
 2,3日前までは秋晴れが続いたものだけど、季節の移り変わりに慌てて冬支度をした。
 ふと横を向くと、「はーーーっっっ」とみさきが、手のひらに息をあてている。それを真似ようとした時、信号が変わった。
 「みさき、信号変わったわよ。」と促し、彼女が腕につかまるのを確認してから歩き出す。
 ゆっくりと駅へと向かう。もうラッシュ時間は過ぎたけど、まだ道行く人々は急ぎ足だから。
 今は、みさきと一緒に大学へ行く途中。「この時期は暇だし、・・・ま、いいわ。」とOKを出した。


 「いい?わかってるわね、みさき。」大学に着くまでにと思い、唯一の心掛かりを口にする。
 それは、今日の昼食のこと。「学食で食べようね?」とみさきが言い出したとき、なにやら身体が重くなった・・・気がした。未来図が、容易に脳裏に浮かんできたから・・・。
 「うん、わかってるよ。」と、胸中を知らず、無邪気に笑う。(みさきには、笑顔がよく似合う。だから・・・)
 「お腹いっぱいの前にやめればいいんだね。」(いつも笑っていて欲しいけど・・・さすがにむかついた!)
 「ち・が・う・わ・よ!」思わず、電車の中だと忘れて怒鳴ってしまう。
 「オホンッ!」と案の定、咳払いがした。
 少しだけ、車内が静まりかえる。それにしてもと、みさきに目線をやる。
 長い黒髪。整った、そのくせ暖かみのある顔立ち。(見た目だけ)楚々とした雰囲気。みさきはずいぶんとモテる。が、本人に自覚が無さすぎる。まぁ、無理もないけれど。
 しかし、何で太らないのかしら?と不思議でならない。あれだけ食べて、このプロポーションを維持される
とちょっぴり妬ましい。
 「う〜何だかムズムズするんだけど・・・変じゃないかなぁ?」みさきの声に、びっくりさせられた。
 「ん、んんっっ!何にもないわよ、みさき。変な事なんてないわよ。」(ぼ〜〜〜っとしてるくせに、妙に鋭い・・・)
 少し小声で、話題を逸らす。「今度おごってあげるから、お願いだから今日は我慢して。」
 「う〜わかったよ・・・。」しぶしぶうなずいて、けれどみさきは訳を訊いてきた。
 溜息が一つ、先立つ。「・・・大学って、暇な連中が多いのよ・・・・・。」
 「よく、判らないけど、わかったよ。」と、いかにもみさきらしい返事だった。
 「この次を、楽しみにしとくね。」
 「はあ〜っ・・・」財布の中身を考えると、溜息をつかずにはいられなかった。


 大学祭もすんで、敷地内はどこか閑散としている。
 ここしばらくは雨が降ってないので、わずかの風で落ち葉が舞い上がる。
 今歩いている所は、銀杏並木と呼ばれている事を、みさきに説明した。
 「今晩は、茶碗蒸しがいいなぁ。」
 「そうね、うちでもそうしてもらおうかな。」言われてみると、確かに食べたくなってくる。
 それがきっかけで、「でも、おでんも捨てがたいよね。」だとか、「それを言うなら、冬は鍋よ!」と二人して、随分むきになった。

 それから図書館へと向かった。実のところ、みさきを連れてきた目的の主眼はここだったりする。
 みさきは随分変わったと思う。以前は、高校の近辺しか出歩かなかったはずだ。それは無理のないことで
、子供らしい好奇心と同情心で、みさきが視力をなくした当時、それがどういうものなのか試してみたことがあった。
 そして思い知らされたのだ。目を瞑って道を歩いても、怖くなってすぐに目を開けてしまう・・・。みさきには、それは出来ないのだと、自分の欺瞞と共に理解させられた。その圧倒的な恐怖を。
 だけど、生きていて欲しい。色んな事を共に語りたい。理解してなお、消えることのない本心なのだ、それは。たとえ、エゴといわれようとも・・・。
 だから・・・。
 「ね、また借りていいかな?」と、みさきが訊いてきたとき。
 「もちろんよ。いつでも言って来て。」とてもとても、嬉しかった・・・。

 みさきを連れて、演劇のサークルへと向かう。今度の芝居の稽古のためだった。
 今はまだ、台本読みの段階なので、聞いてチェックしてもらいたかったりする。
 その道中で、「おーーーい、深山さーーん。」と、誰かが走ってきた。
 確か、同じ講義を取ってる男子学生だったと思う。
 「や、やあ、深山さん。久しぶりだね。」息も絶え絶えに彼は言った。
 「・・・三日ほど前に会ったわよ。」・・・悪い人ではないんだろうけど、よく声をかけてくる彼のことを正直に言うと、あまり好きではない。
 「は、はは・・・。」と苦笑いが返ってきた。
 「あれ、こっちの彼女、友達?」
 「ええ、幼なじみなの。彼女は・・・」あまり紹介したくないんだけど、人の好き嫌いは各々で判断するべきだと思うから・・・。
 「私は、川名みさき。よろしくね。」
 「俺は、早瀬 拓巳。こっちこそよろしく・・・・・。」そう言って彼は握手の手を差し出す・・・。
 わたしがみさきを促すまでの間、一瞬、間が空いた。
 「みさき、握手よ。」
 「そっか、ごめんね。私、目が見えないんだよ。」ごく自然にみさきは右手を差し出した。
 ・・・けれど。そこに生まれたのは、交流ではなく、長い・・・沈黙だった・・・・・。
 「ご、ごめん・・・。お、俺、無神経でさ。ホント、人からよく言われるよ。」ただ焦って言葉を並べるだけのこの男に、視界が真っ赤に染まる。
 「ご、ごめん。俺、人と約束があってさ。この埋め合わせは今度するよ。」わたしに口をはさむ間を与えず、
逃げていった・・・。
 「まったく、何が埋め合わせよ!」(誰に、何を、どう埋めるのよ!)
 ・・・宙に浮いたままのみさきの手が、ひどく悲しく思えて・・・・・。
 そっと、大事に包み込む。
 ただ、ただ、みさきに何か言ってあげたかった。
 「みさき・・・。あんな奴ばっかりじゃないからね、世の中。」だけど、何を言えばいいのかわからず・・・。
 「!」
 その光は、刹那。
 一瞬にも満たぬ間で・・・。
 誰かの影を脳裏に灯す。
 しらず、わたしは口を開く。「うちのサークルには、いい人もいるしね。ちょっと変わってて、彼みたいだけ・・・」
 「え!?・・・雪ちゃん・・・?」その少し裏返ったみさきの声を聞いたとき、目の前の景色が戻ってきた。
 「・・・あれ、いま何を言おうとしてたんだっけ・・・?」(何か在ったような・・・。)
 傍らのみさきは、なぜか微笑んでいて。「・・・みさき?どうかした?何か嬉しそうだけど。」
 「うん、ちょっとね。ありがとうね、雪ちゃん。」思わず、赤面しそうなほどの素直さで。
 「・・・さ、お昼ご飯を食べに行きましょ。」
 「うん!」と明るい返事が耳に届く。


 ・・・そう言えば、みさきが変わったのは、春からだったような気がする。
 来年の春は、何かいい事がありそうね。と、ふと予感めいたものが胸をよぎっていった・・・。 




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