Back/Index/Next
Tactics ONE short story



Graduation


〜ぬくもり〜

by 五穀豊穣



 「いい天気ね、今日は。卒業式にはもってこいの日和よ」
 お母さんの声がした。多分、空を見上げて言ってるのだと思う。
 「う、うん・・・」と、私はためらいがちの返事しか返せない。
 とうとう、来ちゃったんだね、この日が・・・。正直、私は憂鬱だった。だから昨夜はあまり眠れなかった。
 ・・・3年前、私は念願だったこの学校に入学し、待ち焦がれていた時間は1年、2年とあっという間に過ぎた。そして3年生になって半年が過ぎた頃から、落ち着かない気分になって。それがどうしてなのか、最初は分からなかった。だけど気付いてしまった。「卒業式」という門出が待ちかまえていることに。
 それが今日。 
 そんな風に後ろ向きの考えに沈んでいると、「シャンとしなさい、みさき。今日はあんたの晴れ舞台なんだから」お母さんがそう言って、私の背中を軽く叩いた。
 ・・・多分、前々からお母さんは私が悩んでいた事を知っていたんだと思う。その上で何も言わないのは、私が答えを自分で出さなくちゃいけないからだろう、きっと。
 「うん、そうだね。・・・行って来るよ」そう言って、私は玄関を出た。
 
 
 胸に、ひとつの約束。
 「卒業式、絶対に来てね」
 「・・・多分、浩平君に見送ってもらえたら笑顔で卒業する事ができると思うんだ」
 「約束するよ」
 「絶対に先輩の卒業を見届けるよ」
 ━━━学校までは、約50メートル。一歩一歩近づいていく。
 本当は怖いけど、とっても怖いけど。唇をキュッと結び、胸を張る。
 きっと浩平君は門の近くにいて、私に声をかけてくるだろう。
 「卒業おめでとう、先輩」その声に笑顔で応えたいから。
 ガヤガヤと人の話し声。大勢の人が門の所でたむろしているみたいだ。
 式を迎える前から、すでに涙声の女の子たち、一方で、「式が終わったら呑みに行こうぜ」と、これは男の子たち。・・・だめなんだよ、二十歳になるまでお酒を飲んじゃあ。
 でもみんなは、すでに心の中で卒業してるんだね・・・。
 幸い人にぶつかることもなく、門へと向かう。
 足に踏み慣れたレールの感触。どうやら門をくぐったみたいだ。
 その時、「卒業、おめでとうございます」と両脇から声をかけられた。きっと、この式の用意をしてくれた下級生だと思う。
 待ち望んでいた人からの言葉じゃなかったけど、不思議と胸に沁み込んできて、「ありがとう」と笑顔で返事を返すことができた。あとは、浩平君が来てくれたら・・・。
 そのまま門を抜け体育館へと向かい、近くの空いている場所で来てくれるのを待つことにした。
 「・・・・・・遅いね、浩平君」ポツリとつぶやいてみる。
 もしかして、寝坊をしているのかも知れない。あれほど、だめだよって言ったのに。でも浩平君が来た時に、たわいないけんかをするのも良いかも知れない。来てくれたら、それだけでいいよ・・・。
 また、しばらく待ってみる。けれど、浩平君は来ない・・・。
 もう、殆どの人が中で式が始まるのを待っている。私も、そろそろ行かないといけない。
 本当に、どうしたんだろう・・・浩平君。
 「あっ、川名さん。こんな所に居たんですか」と、担任の先生の声がした。ずっと私を捜してくれていたようだ。
 「すみません、先生」
 「それはいいんですけどね。誰かを待っていたんですか?」
 「・・・・・・・・・」私は今、どんな表情をしているのだろう?自分でも分からなかった。
 ひとつ溜息がして。「ちょっと目を離すと、どこかに行ってしまう。変わりませんね、川名さんは」と、懐かしむような先生の声。
 そう言えば、先生は私が小学生の頃からこの学校にいたんだっけ。
 それに、お母さんから聞いたことがあった。なかなか決まらない、私のクラスの引き受け先を決める際に、口添えしてくれたのも先生だってこと・・・。
そのせいだろうか、そう言った先生の声が微かに湿っているように聞こえたのは・・・。
 これ以上待つわけにもいかず、私は先生と一緒に中へと入っていった。
 
 思っていたよりも体育館の中はひんやりしていて、先生に連れられて一番前の席へと歩いていった。
 「みさき、あんたどこに行ってたのよ」と、途中で雪ちゃんに声をかけられた。先生が一緒だったから小さな声だったけど、一人だったら怒られたんだろうね、きっと。
 
 着席してから10分ほどして、式は始まった。
 意味もなく、起立と着席を何度も繰り返して、次に長い話が延々とつづく。
 その間、私はずっと浩平君のことばかり考えていた。
 どうしたのかな、浩平君・・・。来てくれないとまた不安になっちゃうよ。
 もしかして、事故に遭っちゃったのかな?・・・そんなはずないよね。だとしたら、大騒ぎになってるはずだから。一瞬、不吉な思いに囚われ、慌ててそれを打ち消した。
 浩平君は、約束をやぶる人じゃない。きっと学校のどこかにいる。後で捜しに行かなくちゃね。
 
 どの位、そうやって考え込んでいたんだろうか?いつの間にか式は卒業証書の授与まで進行しており、「・・・・・・さん。・・・名さん。・・川名さん!」と先生に呼ばれて気付くまでに、間が空いてしまった。
 「どうしたんですか、川名さん。あなたの番ですよ。さ、行ってらっしゃい」と、私をたしなめるでもなく、先生が言った。
 「川名 みさき」と、壇上からおそらく2度目の呼び出しがあり、私は慌てて返事をする。
 「は、はい!」
 そして、ドキドキしながら前へと踏み出す。あらかじめ、真っ直ぐ進めばいいように席が配置されてはいたけど、一歩一歩、慎重に前へと歩き出す。今日は、私の知ってるいつもの体育館とは違うから。
 それは階段まで来たときだった。
 「・・・一体、何なんだねあの子は?」
 「何か歩き方が変ですね」
 「ほら・・・あの子ですよ。確か入学時に揉めたとかいう・・・」
 「・・・ああ!あの子か。そういや、そんな事もあったな」
 ・・・・・・いくら小声で話していても、静かな式場で、ましてや私から遠くない場所だったから・・・はっきりと聞こえてしまった。(あのね、世の中の人は浩平君が思っているほどいい人ばかりじゃないんだよ)
 ・・・そうした声は、心にある不安そのものだった。私が私でいられた場所から追い立てる、声。
 思わず、立ち止まってしまう。唇をキュッと噛んでみたけど、体の震えは止まらなくて・・・。
 少し式場がざわつく中で。
 「おい、君!何を立ち止まってるんだ。歩くことも出来んのか?」知らない誰かに、はっきりと怒声を投げつけられた。
 足が震え、その場にしゃがみ込みそうになった、その時。
 「━━━━いい加減にして下さい!さっきから聞いていれば、何ですか、あなた方は!」
 先生だった。
 「卒業式というのは、生徒が巣立つ、そして私たちがその門出を見送る為のものなんです。この場に、あなた方のような思いやりも常識も持ち合わせてない人は必要ありません!出て行って下さい!!」
 初めてだった。あの先生が怒っている声を聞いたのは。
 私の為に、誰かが怒ってくれている。お父さんや、お母さんではなく・・・。それは私にとって、ひどく暖かいものだった。
 「・・・・・・う、むむ。し、しかし我々だって忙しい中をこうしてだな・・・それを一介の教師ごときに・・・」
 「あんた方に社会人としての矜持があると言うんなら、せめて黙っていなさい」そう静かに言葉を返したのは、男の先生だった。
 そしてどこかで手を叩く音がした。瞬く間にそれは広がり、拍手となった。
 その音にまぎれて、椅子を引く音がいくつか起こり、ちょっと後に風が入ってきた。多分、体育館の扉が開いたのだと思う。
 やがて拍手も収まり、式場は静かになった。
 その後、私は証書を受け取り席に戻った。
 今ここに浩平君はいないけど、それでも私をささえてくれる人がいた。多分、今日のような事はこれからだって起こるだろう。浩平君に言ったように、世の中はいい人ばかりじゃない。だけど、そんな人ばかりでもなくて。
ただ、私が気付いていなかっただけで・・・。
 ほぼつつがなく、式は終了した。
 「みさき、・・・おめでとう」と、雪ちゃんがやって来て、「川名さん、卒業おめでとう」とクラスのみんなが次々にやって来た。
 「ありがとう。みんなも、卒業おめでとう」と、私は笑顔で返した。
 不意に人垣が割れ、「川名さん。卒業おめでとう」と、落ち着いた声がした。
 「ありがとうございました」とその人に頭を下げようとしたけど、それは出来なかった。
 「先生、さっきはすっげぇ格好良かったよ」
 「うん、あたしもすっごく感動した」
 と、その人━━━先生は次々にみんなに囲まれてしまったから。
 「コホン、・・・大人をからかうもんじゃありませんよ」と、照れた先生の声がやけに印象的だった。
 
 
 やがてみんなはそれぞれに解散し、私を誘ってくれる人もいたけど、行けそうにはなかった。
 何より、まだ約束を果たしてもらってないからね。
 きっと浩平君は、あそこにいる。
 懐に紅白饅頭を、胸には確信を持って、私は校舎へと入って行った・・・。





Back/Top/Next