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Tactics ONE short story



後日譚前夜


〜はじまりの唄〜

by keita



「うあーーーん…
うあーーーーーーーんっ!
うわーーーーん、おかさーーんっ!」

みさお…また泣いちゃった。

「お兄ちゃんが、蹴ったーーっ!」

…お兄ちゃんひどいんだよ、しんくうとびひざげりごっこしようって言って、
みさおが何するの?って聞いたら、みさおはそこに立っとくだけでいいって。
みさおが何するのかなー?ってお兄ちゃん見てたらいきなりとんでくるんだよ〜…

「うわーーーーんっ!」

…みさおが泣いてるから、お兄ちゃんおかあさんにおこられてる。
お兄ちゃんは本物じゃないんだよ、ごっこなんだって言うけど…ごっこでもいたいもん。

「うー…みさおぉ…ごめんな」
「ぐすっ…うん、わかった…」

…いつもこんなかんじ。
いっつもさいごにはお兄ちゃんがみさおにごめん、って言ってくれるんだ。
それでみさおは泣くのをやめるんだ。
ごめん、ってお兄ちゃんが言った後でも泣いてたらお兄ちゃんがこまっちゃうもん。
…みさおはね、お兄ちゃんとあそんでるととってもたのしいんだ。
ときどきいたいあそびでみさおを泣かすんだけど…
それでもさいごにちゃんとごめん、って言ってくれる。
だからみさお、お兄ちゃんのことだーい好きだよっ♪

…………

はぁ…今日、プリントもらってきたんだ。
おうちのひとにちゃんと見せてください、ってせんせいは言うんだけど…
ちちおや参観日のおしらせ…
やだなぁ…
みさおがおうちにかえっておへやにいくと、お兄ちゃんが入って来た。
…お兄ちゃんはすぐにみさおが持っていたプリントを見つけちゃった。
何も言わないでお知らせのプリントを見るお兄ちゃん。
…いきなりお兄ちゃんがみさおを見て…

「みさお、ぼくがでてやるよ」

はじめ、みさおはお兄ちゃんがほんきで言ってるなんて思わなかったから…

「お兄ちゃんってあいかわらずバカだよね…」
「バカとは、なんだ。このやろーっ!」
「イタイ、イタイよぉーっ、お兄ちゃんっ!」

このごろお兄ちゃんは、このあいあんくろーごっこをみさおによくやるんだ。
…あたまいたぃよぉぉ…

「はぅぅ…だって、お兄ちゃん、大人じゃないもん」
「そんなものは変装すればだいじょうぶだ」

…お兄ちゃん、ほんきで言ってるのかな…?

「背がひくすぎるよ」
「空き缶を足の下にしこむ」
「そんな漫画みたいにうまくいかないよぉ、ばれるよぉ」
「だいじょうぶ、うまくやってみせるよ」

お兄ちゃん…ほんきみたい。
ほんとにちちおや参観日にきてくれようとしてる…
お兄ちゃんのちちおや参観日はだれもきてくれないのに…
みさおの参観日にお兄ちゃんがきてくれるの…?

「ほんとぉ…?」
「ああ。だから、次の父親参観日は楽しみにしてろよ」
「うんっ」

お兄ちゃんがみさおにたのしみにしてろよ、って言ってくれた。
だからみさおはたのしみにまつことにする。
お兄ちゃん、ときどきみさおのこと泣かすけどうそはつかないもん。
…みさおは、おとうさんのこと知らないけどお兄ちゃんみたいにやさしいのかなぁ…
…ううん、ぜったいお兄ちゃんのほうがもっともっとずーーっと、やさしいよね。
だってこんなにみさおにやさしくしてくれるんだもん。
はじめてちちおや参観日がたのしみになってきたよ。
お兄ちゃんがきてくれる参観日…
たのしみだなぁ…

…………

ちちおや参観日まであともうちょっとってところで
みさおはお腹がいたくてびょういんにつれていかれちゃった。
たくさんいろんな検査とかするからにゅういんしないとダメなんだって。
おうちにもかえれないし、おそとにもいけないんだって…

「バカだなぁ、みさおは。もうちょっとで父親参観日だっていうのに。いっつもお腹出したまま寝てるからだぞ」
「そうだね…」
「まぁ、気づいたときには直してやってるけどな、毎日はできないぞ」
「うん、でもお腹に落書きするのはやめてよ。まえも身体検査のとき笑われたよ」

お兄ちゃん、みさおのお腹にペンで落書きするんだよ。
みさおのお腹、怒ってたり、泣いてたり、笑ってたり…
ちこくしそうでいそいでるときなんてとってもこまっちゃうよ。
でもお兄ちゃん、おもしろくお腹に顔書くから、よく笑っちゃうんだ。
…でも、びょういんじゃそれもできないよねぇ…
ちょっとさびしいかなぁ…
はやくお腹なおさなくっちゃ。

…………

ある日、びょういんで本を読んでるとお兄ちゃんが来てくれた。

「みさお、退屈してると思ってな」

みさお、本があるからそんなに退屈じゃないよ、って言ったらお兄ちゃんは、
本なんて字ばっかりでどこが楽しいんだ、無理するな、だって。
お兄ちゃんらしいなぁ…

「というわけでだな、これをやろう」
「なにこれ?」
「カメレオンだ」

お兄ちゃんがくれたのはちいさなカメレオンのおもちゃだった。
平らな所でコロコロころがすと、舌がピロピロ出たり入ったりする…
お兄ちゃんは、自分で机の上でやって見せてくれた。
みさお、ベッドにいるから平らな所ってないよ…ってお兄ちゃんに言ったら、
お兄ちゃんそれには気づかなかったみたいだった。
あ、ぁっ、せっかくお兄ちゃんがもってきてくれたんだから…
みさおは自分の手のひらで遊んでみた。
みさおの手はあんまり大きくないからカメレオンの舌はゆっくりピロピロするだけだったけど
それでじゅうぶんだった。お兄ちゃんはもっと早く動かさなきゃ、そうかいかんがないぞ、って言うけど…
みさおはこれでいいんだ。

「お兄ちゃん、ありがとうね」
「まったく、こんなくだらない本ばっかよんで暮らすおまえが見るにたえなかったからな。よかったよ」
「うん、これで退屈しないですむよ」

…やっぱりお兄ちゃんはやさしいね。
ときどきおかあさんもきてくれるんだけど…
ごめんね、おかあさん。みさお、おかあさんが言ってることわかんないよ…
みさおはね、おかあさん。
お兄ちゃんみたいにただお話してくれるだけでいいんだけどなぁ…
…そのおかあさんもあんまり来てくれなくなっちゃって、みさおにはお兄ちゃんだけになっちゃった…

…………

昨日びょういんでしゅじゅつをしたんだ…
次の日はしゅじゅつしたばっかりだからお兄ちゃんに会えなかったけど、
その次の日にはお兄ちゃんが来てくれた…

「わっ!病室まちがえたっ」
「合ってるよ、お兄ちゃん」
「え…?みさおか…?」
「うん、みさおだよ」
「びっくりしたぞ、お兄さんは」
「うん…」

昨日のしゅじゅつで、かみの毛切っちゃたからね…
いつも会いに来てくれるお兄ちゃんでもみさおってすぐにはわかんないんだ…
じゃあ、お兄ちゃんよりずっとずっと逢ってないともだちとかおかあさんとかは
もうみさおってわかんないのかなぁ…

…………

…ねぇお兄ちゃん、みさおね、今日はずっとずっと時間があったからお兄ちゃんのことかんがえてたんだ…
この前テレビでびょういんの話しがあってね、ベッドでねてる人におみまいに来た人が聞いてるんだ。
どこかいたい所ない? どこかくるしい所ない? …って。
そういえばお兄ちゃんはみさおと話してるときそんなこと聞いてきたことないなぁ…なんでだろ?って思ったんだ。
それでね、みさおがお兄ちゃんにそう聞かれたらぁ…ってかんがえたんだ。
みさお、いたくないときはいたくないって言うし、もしいたくてもお兄ちゃんにしんぱいさせたくないなぁ…って
思ったから、やっぱりいたくないって言うんじゃないかなぁ…って思ったんだ。
…みさおが思い付くんだからお兄ちゃんはとっくにわかってるよね。
みさおがどっちでもいたくない、って言うってお兄ちゃんはわかってるから聞かないんだよね…たぶん。
でも、ほんとうにとってもとってもがまんできないくらいにいたいときは…
いたいって言っちゃうかもしれないけど。
…そのときはごめんね、お兄ちゃん…

…………

お正月…でも、みさおはびょういんにいる。
みさおとお兄ちゃんのふたりだけだよ…
ふたりだけのお正月…
はじめてだね、こんなにしずかなお正月って…

「みさおは今年の願い事はなんだ?」
「もちろん元気になることだよ。それで、お兄ちゃんがきてくれるちちおや参観日をむかえるの」
「そうだな、去年は無理だったもんな」
「うん、今年こそはきてもらうよ」

このごろあのときのことをよく思い出すんだ…
お兄ちゃんがみさおのちちおや参観日に行ってやるって言った日のこと…
…みさおとお兄ちゃん、なんかずっとずっとあのままみたいだね…
ただみさおがちょっと……ううん、たくさんやせちゃったけど。
それいがいはなんにもかわってないみたいだよ…
ずっとずっと、みさおとお兄ちゃんで…さ。
…お兄ちゃんのきてくれるちちおや参観日…できないのかなぁ…
なんだかとてもお兄ちゃんのちちおや参観日がみたくなっちゃった…

…………

…びょういんのベッドの上…
みさおがいて、お兄ちゃんがいてくれて…
お兄ちゃんがみさおにたのしいこと話してくれて、
みさおがわらってるとお兄ちゃんもわらってくれて…
みさおはそのときのお兄ちゃんの顔がいちばん好きなんだ…
だからみさお、お兄ちゃんのまえではずっとわらっておくことにしたんだ。
そうしたらお兄ちゃんもわらっててくれるから…
みさおもお兄ちゃんもずっとずっとわらっていられるから…

…………

みさおは、お兄ちゃんとずっとずっとわらっていられると思ったんだけど…
その日はちがったんだ……なにかいつもとちがうんだ。
お兄ちゃんがきてくれて、みさおがいて。
ふたりでずっとずっとわらってて、いつもみたいにおはなししてたんだけど…
…いつもとおんなじみたいだけど、いつもとちがうんだ。
…だからごめんね、お兄ちゃん。
みさおはわがままを言うよ…

「お兄ちゃん…ちちおや参観日にしようよ。今日…」
「今日…?」
「うん、今日…」
「場所は?」
「ここ…」
「ほかの子は…?」
「みさおだけ…ふたりだけのちちおや参観日」
「…………」
「だめ?」
「よし、わかった、やろう」
「…よかった」

じゅんびしてくるから、って言ってお兄ちゃんはへやを出ちゃった…
ごめんね、お兄ちゃん。さいごまでみさおのわがまま聞いてくれて…
…さいご…そうだね。
みさおなんとなくわかっちゃった…
もう、みさおとお兄ちゃんとふたりでいれなくなっちゃうんだ…って。
ずっとずっとわらっていたかったけど、それもだめになっちゃうんだ…って。
……っっっっ!!
ほら…お腹がいたくなってきちゃったよ…
いつもとおんなじじゃない、いたさ…
いつもよりもっともっといたいよぉ…
でも、でもがまんしなくちゃ…
お兄ちゃんがきてくれるんだから。
みさおとお兄ちゃん、ふたりだけのちちおや参観日なんだから…

「…みさお…っ?」
「う…お兄ちゃん…」
「ちがうぞ、おとうさんだぞ」
「うん…そだね…」

お兄ちゃんがきてくれた…
いたくていたくて…
いつもよりもっともっといたくて…
でも、お兄ちゃんのまえではわらってたいよ…
お兄ちゃんにしんぱいかけたくないよ…
…お兄ちゃん…みさお、わらえてるかな…

「じゃあ、見ててやるからな」

…お兄ちゃんのことばで、お兄ちゃんとみさおのふたりだけのちちおや参観日がはじまった。
…でもみさお、ここではおゆうぎとかうたをうたったりできないから…
お兄ちゃんがくれたあの、カメレオンであそぶことしかできないや…

コロコロ…コロコロ…

お兄ちゃんはみていてくれた。

コロコロ…コロコロ…

みさおがカメレオンであそんでるのをじっとみていてくれた。
……っっっっ!!
いたくて…こえがでちゃう…

「うー…」
「みさおっ」
「しゃ、しゃべっちゃだめだよぉ…おとうさんは…じっとみてるんだよ…」
「あ、あぁ…そうだな。」
「うー…はぅっ…」

だ、だめだよぉ…
こえ…だしちゃだめぇ…
お兄ちゃんが、お兄ちゃんがみてるんだよ…
…けどお腹は…みさおのいうこと聞いてくれない…

「はーっ…あうっ……」

コロコロ…コロコ……

…みさおの手の上の…カメレオンがとまっちゃった…

……ごめんね、お兄ちゃん……

「はぁうっ…くるしいっ…くるしいよ、おにいちゃんっ…」

とうとう言っちゃった…
言っちゃえばこうなることはわかってたのに…
…お兄ちゃんがとってもかなしそうな顔でみさおのところにはしってくる。
へんそうようのようふくをじゃまそうにしながら…
足の下の缶がじゃまでころびそうになりながら…
…カメレオンをにぎるみさおの手をにぎってくれた…

「みさお、だいじょうぶだぞ。お兄ちゃんがそばにいるからなっ」
「いたいよ、おにいちゃんっ…いたいよぉっ…」
「だいじょうぶだぞ。ほら、こうしていれば、痛みはひいていくから」
「はぁっ…あうっ…おにいちゃんっ…」
「どうした? お兄ちゃんはここにいるぞっ」

お兄ちゃん…みさおはね、ずっとずっといっしょにいたかったけど…
お腹がなおらなくても…
家にもどこにも行けなくても…
びょういんのベッドの上でもいいからお兄ちゃんといっしょにいたかったけど…

…それもだめみたい…

お腹がね…みさおのいうこときいてくれないんだよ…
どんなにいたくならないようになれっ…て言ってもだめなんだ…

…だめなんだよ…

…だから、ごめんね。お兄ちゃん…
さいごにしんぱいさせちゃったね…
…お兄ちゃん、大好きだよ。
みさおは、いい…いもうとだったかなぁ…
それとも…しんぱいばっかりさせた、わるいいもうとだったのかなぁ…
でもお兄ちゃんはみさおにはもったいないくらい……いいお兄ちゃんだったよ。
だからさいごに、言わなくっちゃ…

「うんっ…ありがとう、おにいちゃん……」

それからあとは、もうじぶんでもなにがおきてるのかわかんなくなっちゃって…
お腹のいたさと…お兄ちゃんのにぎってくれている手だけがかんじられて…
そのうちお腹のいたさはなくなっちゃって…
お兄ちゃんの手だけになっちゃって……
…めのまえがまっくらになっちゃったよ…

…………

小さな少女が歌う唄…
別れにはじまる哀しい唄…
いつかだれかに届く唄…
哀しい哀しいはじまりの唄……


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