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Tactics ONE short story



後日譚


〜みずか〜

by keita



「ここは…」

白い世界。
白い世界。
真っ白い世界。
どこまでもどこまでも一面の白…

『ひさしぶりだね』
「…君は…」

ふいに声をかけられ、振り向くと君がいた…

『ひさしぶり…だよね』
「…みずか…」

…そこにはあの頃のままのみずかがいた。
そう、あの頃のままの。
小さな時のままで…
子どもの姿のままで…

『最後に君と逢ったのはいつだったかな…?』
「俺とみずかが…」

君と逢った最後の時…
それは俺があちらの世界に絆を求めた時…
それは俺がこの世界に別れを告げた時…

『あの時から…私、ひとりになっちゃったんだよね…』
みずかがひとりでつぶやいている…

『君は覚えているかな…? 私と君が初めて逢った時のこと』
「…忘れる訳が無いさ。君と出会ったあの時を…」
『君はひとりぼっちでいたね…』
「そうだよ…あの時俺はどうしようもなく哀しい事があって…」
『わたしは君に言ったよね…』
「そう、みずかは俺に言ってくれた」
『永遠はあるよ…って』
「その一言で俺は救われたんだ…」
『…君と見た夕焼け。 君と見た海。 君と見た町並み…どれも覚えてるよ…』
「…………」

ふいに場面が変わる。
あの時の夕焼け。
あの時の海。
あの時の町並みへと…

『最後に君と見た空…きれいだったね…』
「…………」

また場面が変わった。
…音を立てて吹く風、風になびく雲、雲に陰る日の光…
いつまでもいつまでも終る事の無い時間……俺とみずかのふたりだけで。
いつまでもいつまでも終る事の無い時間……それは永遠の世界。
そこには安らぎしかないんだ。
そこには哀しくなることなんてないんだ。
……俺はそう思っていたんだ。
…本当にそう思っていたんだよ…

『私、ひとりになっちゃったけど…いつまでもいつまでもこのままずっとだよね…』
「…………」

君に言わなければならない。
君に言わなければならないことがあるんだ。

「…みずかっ!」
『…だいじょうぶだよ、そんなに大きな声で呼ばなくても…ちゃんと聞こえてるよ』

にっこりと微笑んでみずかは俺を見てくれた。
俺を見るその瞳は…きれいで、純粋で、疑うなんてことを知らない子供の瞳…
…そんな君に今、俺は伝えないといけないのか…

『なぁに…?』
「君に…みずかに言わなくちゃならないことがあるんだ」

君に言うこと。
君に伝えること…
それは…

『なぁに…?』
「もう…終わりにしよう…」

…解ってもらえないかも知れない。
けど、解ってもらえるかも知れない。
どちらになるかはわからない。
けれど、俺は変わることを選んだんだ。
だから、君にも変わって欲しい。
はじめて出会った時、俺は君のおかげでこの世界にやってきた。
…それは俺がそう望んだから。いつまでもこのままでいられることを望んだから…
けれどあの時と今は違う。
俺は変わってしまったんだ。
だから君にも変わって欲しい。
俺のせいで君がいつまでもこのままで…なんてことは間違ってる…と思う。
それが、俺に出来ること、
君への最後に出来ること…

『終わりにするってなにを…?』
「この世界を…」
『終わりなんてないよ…』
「…………」
『終わりなんてないんだもん』
「…………」
『いつまでもいつまでも続くから…永遠ってゆうんだよ』
「…………」
『どうしてそんなことゆうの…?』
「…………」
『いつまでもいつまでもこのままだよ…
ここでわたしひとりになってもこのままだよ…』

泣きそうな顔で僕を見るみずか。
彼女には、変わる、っていう概念が無いんだ…
彼女には、時間、っていう概念が無いんだ…
だからいつまでも俺たちが出逢ったあの時のまま…
いつまでも俺とみずかのふたりだけで…
それを望んだのは……俺だ。
だから、君を変えるのは俺にしか出来ない。
俺にしか…出来ないと思う。

「みずか…おいで…」
『うんっ』

俺に呼ばれて来るみずか。
その、みずかを抱きしめた…

「なぁ、みずか…俺、大きくなっただろ…?」
『…うん。』
「もうみずかに抱いて慰めてもらえなくなっちゃったんだ…」
『どうして…?』
「俺が大きくなっている。これが変わるって事だよ…
これが時間が流れるって事だよ…」
『わかんない…わかんないよ…』
「…そう…それじゃ、このままじっとしていようか。
あの時のように今度は俺がみずかのことを慰めてあげるよ…」
『わたし、別に哀しくなんてないよ…?』
「…うん…それならただふたりで空を見ていよう…」
『うんっ』

ふたりで空を見ていた。
ただただ空を見ていた。
空と、俺と、みずかと……これだけしか無い世界。
…みずかにとってはこれだけしかない世界。
これだけしか知らないんだ…みずかは。
みずかは何も悪くないのに…
俺がこの世界を望んだんだ。
みずかはそれに付き合ってくれたんだ。
だから今、君を…解放してあげる…

「みずか…目を閉じてごらん」
『うんっ』
「音が聞こえるだろう…これが風の音だよ…」
『ヒューヒュー鳴ってる…草が揺れて音を立ててるよ…』
「風がふいてるのが、頬に感じられるかな…?」
『うんっ、きもちいいね…』
「さ、今度は目を開けて空を見てごらん。何が見えるかな…?」
『くも、雲が見えるよ。ふわふわ浮かんでるよ…風に吹かれてどんどん形が変わっていくよ…』
「うん。大きな雲が浮かんでるね…」
『とってもとーっても、おっきな雲が浮かんでるよ…』
「さ、それじゃぁ、今度はあっちの海を見ててごらん」
『…うわぁ…真っ赤でおっきな太陽が海に沈んじゃうよ…』
「そうだね…」
『風が吹いて、雲が流れて、真っ赤な空に真っ赤な海で……ほんとうにきれいだね』
「きれいだろ…みずか。なんでこんなにきれいなのか解かる…?」
『なんでって……風が吹いて、雲が流れて、真っ赤な太陽と真っ赤な海があるからでしょ?』
「……違うよ、みずか。そこに何かが在るからじゃないんだよ。
そこに何かが在ろうとしてるからなんだよ…
ほら、ふたりで話してる間にもどんどん変わっていく…
もうさっきの風じゃないんだよ。
もうさっきの雲じゃない。
さっきの太陽じゃない。
さっきの海じゃないんだ…
……これが変わるって事なんだよ。
これが時間が流れるって事なんだよ。
その一瞬一瞬はもう無いから、いつもいつも変わり続けてるから……こんなにきれいなんだ。
なにかに向かって変わり続けているから…こんなに輝いて見えるんだ。
誰かの心に残るんだよ…」
『…………』
「俺は変わってしまったんだ。
時間が過ぎることで……そしてたくさんの人と出逢ったことで。
もう、永遠はなくなってしまったんだ…」

…これでわかってもらえるだろうか。
時間が流れるということ…
何かが変わるっていうこと…
みずかには解ってもらえるだろうか…
みずかの心に届いてもらえるだろうか…

…ふたりでしばらくジッとしてた…
…変わらない世界。
いつまでもいつまでも変わらない世界。
いつまでもいつまでも変わらない筈の世界。
だけどそれは……その世界を望む俺がいたからだ。
その世界を望む俺がいなくなればどうなるんだろう…?

…その答えはすぐそこに…

…………

……みずかが口を開く。

『ほんとうにあったのかな…?』
「…………」
『永遠…ってほんとうにあったのかな…?』
「…みずか…」
『これが変わるってことなんだ…ってわかったよ。
これが時間が流れていく…ってことなんだよね…』
「…………」
『だから…君は変わってしまったんだね。
だから…私は変われなかったんだね』
「…………」
『永遠はあるよ…って、私は君に言ったけど、私にとっての永遠は君だったんだね。
変わる事を知ってしまったから…私、今やっとわかったよ。
君がいるこの世界が、この世界に君がいることが私にとっての永遠だったんだね…』
「…………」
『君はたくさんの人に出会って変わったんだね……だから私はもう行くよ。
ううん、行かなくちゃならないんだよね。
変わるために、誰かに出逢うために、そう自分で願わないといけないんだよね…
わたしも君のように変われるのかな…?』

……そう言ったみずかはもう小さな子どもじゃない。
出会った頃のみずかじゃない。
あの頃のみずかじゃない。
いつまでもいつまでも変わらなかったみずかじゃない。
俺の目の前には……少しだけ大きくなったみずかがいた。

『どうかな…? 私、変われるかな…?』
「…もちろんだよ、変われるさ。
みずかが気づいてくれてよかったよ。
気づくことに遅すぎる、なんて事ないよ…
そう思った時にはもう変わってるんだよ…」
『…ありがとう、浩平。そう言ってくれるだけで十分だよ…』
「そんなことないさ。 俺の方こそ、今までありがとう…そしてごめん」
『どうして浩平が謝るの…?
浩平が謝ることじゃないよ。
初めて私たちが出会ったあの時…
あの時私も浩平とずっといっしょにいたいって思ったんだから。
この人といっしょにいたいって思ったんだから…
ひとりじゃないよ、ふたりで約束したんだよ。
ふたりで約束したんだから…
終わらせるのもふたりなんだね…』
「みずか…ありがとう」
『うん。それより…私の方こそごめんね、浩平』
「…なにを…?」
『あのね、私浩平の事ずっと見てたんだ…』
「見てた…」
『そう、だからね…浩平がいろんな人に出逢って、いろんな事を体験して…変わっちゃってく浩平を見てね…
寂しくなっちゃったんだよ。私ひとり置いてかれちゃう気がしてさ…
だからわがまま言って浩平に無理にここに来てもらっちゃった…でも…』
「でも…?」
『違ったんだね。浩平に変わらないでもらうんじゃなくて、私が変われば良かったんだね…。だから、ごめんね』
「…いいよ、そんなこと…」
『…ねぇ浩平。私、もう一つ浩平に秘密にしてた事があるんだよ』
「…なにを?」
『あのね…これ、見覚えあるでしょ…?』
「…それは…」

みずかがどこかから取り出したもの…カメレオン…ちゃっちいおもちゃだ。
だけど、だけどそれは…

『誰のか…解かるよね?』
「みさおの…カメレオン…?
それをなんで、みずかが…?」
『うん、それはね…
私、はじめて浩平に逢った後にみさおに逢ったんだ…』
「みさおに…」
『うん。みさおはね、私が一緒にこの世界で浩平が…お兄ちゃんが来るのを待とうって言ったんだけど…
お兄ちゃんをひとりぼっちにできないって言って、そっちの世界に戻っちゃったんだ…
もう、浩平の妹にはなれないのに…
もう、浩平に逢うことすらできないかも知れないのに…
それでもお兄ちゃんは、いつか必ず約束を守ってくれる、って言って行っちゃったんだ…』
「…………」
『私ね、何でか解からなかったよ。
みさおが、お兄ちゃんがいつか来るこの世界に永遠にいられることを望まなかった理由が、
どうしても解からなかった…さっきまでは。
でもね、今ならみさおが永遠を望まなかった理由が解かる気がするんだ…』
「今は…解かるの…?」
『うん、みさおはね、私よりも…ううん、浩平よりも早くに気づいたんだよ。
いつまでもいつまでもこのままじゃいられないんだって…
変わらなくちゃって…』
「…………」
『変わることに賭けたんだよ。
いつかまた、大好きだったお兄ちゃんの妹になることを…
浩平の妹になれることを…
そして、再び出逢えることを…』
「また、いつか…か」
『そう、またいつか…ね。だから、私もう行くね』
「行く…どこへ…?」
『どこだろうね。でも、みさおと浩平に教えてもらったんだもん。
いつまでもこのままじゃいけないんでしょ…?』
「そう…そうだね。変わるためには今ある何かを無くさなくちゃならない時もあるんだ。
だから自分で望んだくせに、俺はこの世界を、みずかの事を…
…おかしいね。君に変わって欲しかったのに。
そしてみずかは変わってくれたのに…
なんだか寂しいね…」
『うん。私もだよ…変わるために何かを無くすって、とっても寂しいことなんだね。
それでも浩平は変わる事を選んだんだよね。みさおとおんなじように…』
「そう…そうなんだ。いつまでも今のままじゃやっぱり永遠のままじゃいられないんだ。
その先には、なにも無いかも知れない。
けど…なにかが在るかも知れない。
いつまでも今のままじゃ…
永遠に今のままじゃそれすら確かめることが出来ないんだ…」
『うん。浩平、これ返すね。みさおに頼まれてたんだよ、浩平が来たら返してねって』
「……みさおのカメレオン…か。
…結局一番何もかも解かってたのは、みさおだったのかな…?」
『うん、そうだったかも知れないね…』
「……そろそろ、お別れかな…?」
『うん…ねっ、浩平、笑ってよ』
「笑う…」
『最後だから笑ってお別れしよ?』
「最後…」
『うんっ、最後だから笑って…ね?』
「……そうだね。俺、笑えてるか…?」
『うん、今までで一番かっこいいよ』
「そうか…笑えてるか」
『うんっ…それじゃ…ばいばい』
「…うん、ばいばい…」

…そう言って少しずつ少しずつ離れていくみずかの後ろ姿…
ゆっくりと、けれど確実に離れていくみずかの後ろ姿…
その姿もやがて見えなくなる…

…………

「……なぁ、みずか。
……もう泣いてもいいか……?」

…………

…カシャァッ…

カーテンの開く音とともに差し込んでくる眩しい光…

「浩平っ!浩平っ!時間だよっ!もう起きてよっ、遅刻しちゃうよ〜」

…いつもの時間、いつもの朝に、おなじみの声に起こされる。

「…あぁ、うん。もう起きるよ。おはよう、瑞佳」
「…浩平…? なんで朝から泣いてるの…?」
「…俺が…?」

瑞佳が差し出した手鏡を覗き込むと、頬に残るは涙の跡…

「なにか哀しい夢でも見たの…?」

…夢…夢なんかじゃないよ。 たしかに彼女はあそこにいたんだよ…

「浩平…? だいじょうぶ?」
「…あぁ、大丈夫だ。覚えてないが哀しい夢でも見たんだろ。さて、学校行くかっ」
「うん、行こっ」

先に下へ降りてゆく瑞佳。
俺は別に何も言わなかった。
ただ俺が覚えていればいいんだよ…
みずかが確かにいたことを…
みずかが俺の側にいてくれた事を…
最後の言葉…『それじゃ…ばいばい』…
そう言いながら、微笑んだみずかを思い出すと少しだけ胸が痛む。
俺はみずかがいたところを…
自分の体を抱きしめた…
…もう少しだけこのままで、いてもいいよな。
なぁ…?みずか…

…君にさようなら。
…そして、もう一言だけ…

『ありがとう』

……俺とみずかの声が重なった…?
君の声が確かにもう一度だけ聞こえたような気がしたよ。
これはなんだろう…?
これは…みずかとの絆…?
……最後になって気づくなんてね。
また涙がこぼれて来た。
だめだなぁ…みずかに笑ってお別れって言われたじゃないか。
涙を拭いて笑ってみる。
そう、みずかとお別れの時に…
そう、みずかの旅立ちの時に…

「じゃあなっ、みずか…」

もう一度、そうつぶやいて部屋を出た。
俺とみずかの出逢いは偶然だったのかな…?
それとも必然だったのかな…?
どっちだったとしても…
なぁ、みずか。
俺たち逢えてよかったよな…

…………

『じゃあねっ、浩平…』

誰も居ない部屋。
誰も居ない浩平の部屋。
私の声は届いたのかな…?
私の想いは届いたのかな…?
ねぇ、浩平。
私たち逢えてよかったよね…

…………

…でもね、私にはもう少しだけやることがあるんだ…

…………

ひとりの少女が歌う唄…
答えを求める少女の唄…
答えはたしかに見つけたけれど…
少女の唄はまだつづく……


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