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Tactics ONE short story



後日譚


夢の終わりに、はじまりに…

by keita



……僕はひとりでいるんだよ……

……いつまでもいつまでも変わることなんてないよ……

……だって、あの子が約束してくれたんだもの……

……だって、あの子が教えてくれたんだもの……

……………………

……タッタッタッタッタッタッ……ドッシーン☆

「もう痛いわねー 何ボーッと突っ立ってんのよー」
「……痛いのはこっちも同じだ」
「あれ…浩平…?
ウソ…時間通り来てるの…?」
「失礼な…」
「え、だ、だってまさか時間通りに来てるなんて…」
「来てるなんて…なんだよ?」
「……思ってもみなかったから…」
「……七瀬…」
「ん?」
「…俺帰るわ」
「あ、怒らないでよ、冗談だよ」
「…まったく…」
「…今日は浩平が帰って来てくれた日から、ちょうど一年目になったから
何かしようっていきなり言い出したんだよね…
さすがに自分から言い出したんだから、遅れたりしないんだ」
「……まったくだ。自分から言い出して来なかったらただのウソつきだろ…
それにしても…もう一年も経つんだよな…」
「…ねぇ、浩平。ちょっと聞いていいかな…?」
「ん?なんだ?」
「あのさ…あたしと浩平が出逢ってからのこと…いろいろあったよね」
「そうだな…始めは今みたいにぶつかった七瀬がものすごい勢いで怒り出して…」
「あの時のことは言わないでよ…」
「はじめはただの乱暴な女の子だと思ったんだけどな…」
「…いつからあたしのことを意識してくれたの…?」
「うーん…そうだな…。いつからだろう……やっぱりクリスマスイブの日かな」
「……そうなんだ。あたしもね、あの時はじめてあたしの王子様だって思ったんだ。
だからねあの時のことは一生忘れないと思うよ」
「うん、そうだな…」
「それでね……その後のことは…?」
「その後……」
「うん…どうして……遅刻したの……?」
「……俺が七瀬を待たせた理由…か」
「…そう…でも、話したくなかったら話さなくてもいいよ…。
…自分から約束して来なかったらただのウソつきだけど…
今は、浩平はこうしてあたしの側にいてくれるんだから…」

…そう言って、七瀬は俺の側に寄り添って来た。
まるで触れてでもいないと消えてしまうかのように…
ふと瞬きをした瞬間に消えてしまうかのように…
そんなことが無いように、ギュッと俺の服のすそを掴んでいる…
あの時…七瀬が俺の事を待っていてくれたから、もう一度逢う事が出来たけれど…
もしあの時、あの場所に七瀬が待ってなかったら……?
その時俺はどうしてたんだろう…
……帰る場所。
…帰ってこれた場所。
その場所を俺に与えてくれた人…
そんな七瀬に遅刻した理由を……

「……あぁ、話すよ。聞いてくれ七瀬……」

…………

「みゅーみゅーっ☆」
「…椎名…」
「みゅー? げんきない……」
「…いや、そんなことないさ」
「ううん、まゆみゅーのことずっとずーっと見てるからよくわかるよ」
「元気ないのが…?」
「うん。だからまゆのげんき、みゅーにわけてあげる。なんにしよう……やっぱりあたまなでてあげる…?」
「…大丈夫だよ、椎名。椎名の心配そうな顔見てた方が元気が無くなるから…笑ってくれないか?」
「…まゆがわらうだけでいいの…?」
「…そうだよ」
「うん、ならまゆずっとずっとずーっと、みゅーといっしょのときはわらってるよ。
…まゆね、やっぱりみゅーといっしょのときがいちばんなんだ。
がっこういったらともだちもいるよ。
おかーさんだってとってもやさしいよ。
でもね、みゅーはひとりしかいないから…
…それにね、みゅーといっしょにいるとね、がんばろうってきもちになれるんだよ。
みゅーのいないときでもね、みゅーとあえるまでがんばろうってきもちになれるんだよ」
「…そうか…」
「うん、みゅーにはみゅーがあわせてくれたんだよね…」
「…うん、そうだな…。でもな、椎名。はじめて逢った時はみゅーのおかげだけど…
その後は違うんだぞ」
「……?」
「椎名は俺に逢いたかったから学校に来たんだろ?」
「うん、やさしーおねーさんと、みゅーのしっぽのおねーさんにもあいたかったけど…
やっぱりいちばんはみゅーにあいたかったから」
「そうだな…俺も椎名とずっと一緒にいたいと思ったんだよな…。
ほら、クリスマスの約束覚えてるか?」
「うん、まゆはみゅーのこいびとなんだよね…。
そうだ、やっぱりまだまゆはみゅーのこいびとなの…?」
「当然だよ。椎名、俺とずっと一緒にいたいだろ…?」
「うん、まゆはみゅーといっしょにいたいよ」
「俺も椎名と一緒にいたいんだ。だから俺たちは恋人同士だよ…」
「うん、よかった。………みゅーまゆひとつだけききたいことある」
「ん?なんだ?」
「あのね…みゅーね、あのときどこにいったの…?」
「あの時……」
「うん、まゆね、みゅーのことまってるときね…
うーんとね……がんばろうっておもったんだ。
みゅーがいつかきてくれるっておもったからがんばれたんだよ。
みゅーがきてくれるっておもったら、まゆはがんばれるかもしれないけど…
やっぱりまゆはね、みゅーがいっしょにいてくれた方がいいから…
だから…あのときどこいったの…?
もう…いきなりいなくなったりしない…?」

……だめだな…こんなんじゃ。
恋人に心配かけてどうするんだよ…俺は……。
俺がいなくなってもひとりで頑張り続けた椎名。
俺が帰って来ると信じて頑張り続けてくれた椎名。
ずっと俺の事を待ち続けてくれた椎名に、
待ち続けなくっちゃならないようになった理由を説明するのは当然だよ…
椎名は俺を信じてくれたんだから…
俺たち恋人同士なんだから……

「……・…そうだな。じゃぁ聞いてくれ椎名……」

…………

「よう、浩平っ」
「…何しに来た、住井」
「いきなりそんなイヤそうな顔するなよ」
「お前が楽しそうな顔してる時は何か厄介事を持って来た証拠だ」
「あー、そんなことゆうかー。
人がつまらない学校生活になにかしら花となるイベントを…って考え出してるのに」
「お前のイベントは自分が絶対にひっかからないようになってんだよ」
「なーにをゆうか、浩平。そんなインチキしてないぞ。公明正大が俺のモットーだからな」
「ウソつけ。第一お前と初めて逢った時だっていきなり俺のテストカンニングしてきたんじゃねーか」
「浩平よくそんなこと覚えてんなー」
「あったりまえだろー。いきなり初対面のやつが、もろダイレクトに人のテスト覗きこんでんだ。
誰だってびっくりするぞ」
「まーまー、若気のいたりってやつだな」
「お前今でもやってるだろ…」
「まーまー、細かいことはいいじゃないか」
「…まぁいつもの事だけどな…で、今回はなにを考え出した?」
「ふふーん、今回はなー」
「なんだ?」
「ふふーん、実は何も考えてなかったりするんだな、これが」
「……お前何しに来たんだよ…?」
「特に用事は無いけどな」
「…住井、お前ひま人だろ」
「そーゆう浩平だって。そのひま人に付き合ってるんだから、じゅーぶんひまなんだろ?」
「…まぁな。どーせ何するでも無し……それに、割とお前と話してるだけでも案外楽しかったりするからな」
「ほほぅ、浩平にもやっとわかったわけだ。俺のありがたさが」
「……やっぱりお前と話してても楽しくなんかない。だからどっか行け」
「ウソウソ、冗談だよ浩平。俺も浩平と話してると楽しかったりするんだな。これが」
「ならはじめからそー言っとけよ」
「あぁ…こうして美しい友情がまた一つ生まれるのであった…」
「ばーたれ、なーにが美しいだ。お前とはただの腐れ縁って言うんだ」
「あはは〜 そうだな腐れ縁だな。友情なんて言葉、俺たちには似合わないな。
さっき、自分で言ってて寒気がしたぞ」
「そのとーり。腐れ縁で十分だ」
「腐れ縁ね。なんか俺たちによく似合ってるような気がしてきたぞ」
「…そうだな、住井」
「…あぁ、そーだ浩平。俺お前に聞きたい事があるんだった。いいか?」
「ん?なんだよ?」
「あのよ、お前さー…どこ行ってたんだよ」
「…………」
「まぁな、浩平がどこ行こーが勝手だけど、一応聞いておこうかね?」
「…………」
「どーだ? 腐れ縁の友人Aに話してみる気はないか?」

こいつなりに心配してくれてるのだろうか…
あくまでも普段の通りに、日常のなんでもない会話にふと思い付いたみたいに聞いてくる…
こいつにだったら話してみてもいいかもしれない…
明るく笑い飛ばしてくれそうだな……

「………そうだな。じゃぁ、聞いてくれ住井……」

…………

……むぎゅ☆

「…澪だな?」
うんうんっ。
俺の背中から手を廻したままこちらを向いてくれる。
「澪、楽しいか?」
うんうん。
「いったい何がそんなに楽しいんだ?」
うーん…といった様子で考え込んでしまう。
…しばし待つ、といつものスケッチブックを手に取って書き出す。
『いっしょにいるからなの』
「……俺とね…」
うんうんっ。
「そういえばいつかもこんな事聞いた覚えがあるなぁ」
うんうんっ。
『聞かれたの。その時もおんなじように答えたの』
「……澪はあの時から変わってないんだ…」
うんうんっ♪
「…俺も変わってないか?」
うんうんっ。
「……澪。あのさ、このごろとても不思議な事がある」
なーに? って感じで首をかしげる。
まぁこれだけじゃなんの事を言ってるんだかわかんなくて当然だな…
「澪……時々さ、そのスケッチブックが無くても澪の言いたい事がわかるんだよ…
澪が、なにを言いたいのか。なにを俺に伝えたいのか。澪の言葉がわかるんだよ…
澪の声が聞こえる気がするんだよ…」
…ちょっと言ってる事が良くわからない顔…いや、びっくりしてるんだな。これは。

……ぎゅっ☆

「……今度は前からか…」
……澪は、とりあえず今はスケッチブックの紙の上に。
言葉を、想いを、気持ちをのせて…俺に伝えてくれた。
『声…聞こえるの…?』
「うん、そうだよ…」
『…そんなこと言われたのはじめてなの』
「そうか…」
『……だから、うれしいの』
「……良かったな、澪」
うんうんっ♪
…またスケッチブックを開く澪。
「……澪。今言いたい事を当ててみようか?」
…うん? って感じで俺を見あげてくる…
「俺があの時どこに行ったのか…だろ…?」
こんどはすぐにわかる。
びっくりしてるな…澪は。
それでもスケッチブックの上の手を休めなかった。
そして…
『当たったの。やっぱり声は聞こえるの』
「だろ?]
うんうんっ
『それで…やっぱり聞いておきたいの。帰って来てくれた理由も知りたいの…』

心配そうな顔で澪は俺を見る。
澪に心配かけてるな…俺は。
俺がいなくなった理由…
俺が消えてしまった理由…
その理由がわからなくて、澪に心配をかけてるのなら…
そしてその理由を俺が説明できるのなら…
澪に伝えてあげなくちゃぁ……

「………そうだな。じゃぁ、聞いてくれ澪……」

…………

「浩平…帰りましょう」
「…そうだな。帰るとするか、茜」
学校が終わり放課後がはじまる。
窓の外を見やると……雨だ。
小雨がしとしと降り続けている…
いつか柚木にもらった大きな傘で、俺と茜は帰り道をゆく…
……雨…か。
茜には悪いがなんとなく、茜には雨も似合ってる気がする。
普段の茜が実は明るくて甘いものには全然目が無い娘だってことを俺は知っている。
一緒に晴れの日の公園とかを歩いてると本当に楽しそうにしてる。
本当に明るい笑顔なんだ…
普段の学校ではあんまり見せてくれないから余計にそう思うのかな…
だけどそれでも…茜には雨も似合ってると思う。
そう、本当になんとなくだけど…
「どうしました、浩平…?」
「ん、な、なんで?」
「私のことずっと見てました」
「……そうか?」
「そうです。見てましたよ…」
「……茜。何か話しでもしよう」
「なんですかいきなり…」
「特に意味は無いけど…」
「そうですか…」
「…うん」
「……浩平、聞きたい事があるんですがいいですか…?」
「ん?なんだ?」
「…あの時どうして私に声をかけたんですか…?」
「あの時……?」
「はじめてすすき野原で逢ったときです」
「…あの雨の日のことか…?」
「そうです。はじめて浩平と話した時です」
「…そうだなぁ…茜に声をかけた理由…か」
「……私は、あの時本当にびっくりしました」
「…なんで?」
「今まで誰かが声をかけてくれるなんてこと無かったから…
それも同じクラスの人が声をかけてくるなんてこと無かったから…」
「そう…」
「…それと……嬉しかった」
「嬉しいかった…?」
「あの時の私は……今の時間を生きてなかったんです」
「今の時間……」
「……そうです。
あの時の…幼なじみのあの人のことを想って…
いつまでもいつまでも、あの時のままで…
あの時のままでいようと髪も切らないで…
今の時間から目を背けて…
あの時の時間に生きようとしてたんです…」
「……そう…」
「でも…そんな私に浩平が声をかけてくれたんです。
そして…いつか浩平が教えてくれたんですよね…
浩平が私に言ってくれたんですよね…
『もう、おまえはふられたんだ…』って…」
「…………」
「あの時の一言で、私は今の時間に戻る事が出来たんです。
今の時間と……浩平と向き合う事が出来たんです…
あの人のことを忘れる…という訳ではないですけど…
あの人がいなくなった…という事実と向き合うことが出来るようになりました…」
「…………」
「もしも、浩平と出逢っていなかったら…
浩平があの時もしも声をかけてなかったら…
私が消えちゃってたかもしれませんね…
あの人を追って…」
「…………」
「……でも今は違います。
私には、浩平がいます。
浩平が私の側にいてくれます。
だから…私は浩平の側にいます…」
「茜…」
「浩平の側にいたいから…浩平に聞きたい事があります」
「……あの時のことだよな…」
「…そうです。浩平がどうしてここからいなくなろうとしたのか…
……私は浩平のことがもっともっと知りたいです…」
「…俺も茜のことをもっともっと知りたいよ…」
「…それなら話してくれますね…」

雨が降る……
雨が降る…
はじめて茜と出逢ったのも雨の時…
茜と別れた時も雨だった…
消えてしまった理由を説明するのには…
こんな雨の日がお似合いなのかな……?
雨が全てを洗い流してくれるなら…
雨が全てを優しく包み込んでくれるのなら…
……そうか…だから茜には雨が似合うんだ……

「………そうだね。じゃ聞いてくれ、茜…」

…………

「…浩平君」
「…あ、みさき先輩」
「あははっ また浩平君、先輩って言ってる」
「え、あ、そうだな。なんかくせになってるな」
「そうだよ、もう学校はとっくに卒業しちゃったよ?」
「うん。そうなんだけど…他に呼び方が…」
「うーん…そうだねぇ…なんて呼んでもらおうかなぁ…」
「川名さん…とか…?」
「え〜 浩平君、それはやだなぁ〜」
「うーん…じゃ、みさき、とか…」
「…それもちょっと違うような気がするね」
「もうみさき先輩、くらいしか呼び方残ってない…」
「…うん、そうだね。やっぱりそれでいいよ」
「じゃみさき先輩、一緒に商店街に行こう」
「…そうだね。…浩平君が一緒に来てくれるんだよね」
「そうだよ、みさき先輩」
「うん。じゃぁ行こうか」

…みさき先輩と一緒に商店街に来た。
みさき先輩はたまにひとりで商店街を歩く事がある。
『ひとりでも大丈夫だよ』
みさき先輩はそういうけれど……俺は知っている。
…いつか図書館で試した事…
…何も見えない暗闇。
いや…見えないんじゃない。
見えるのが暗闇だけなんだよ…。
…心の底から恐いと思った。
そして、そんな中でも明るく頑張ってるみさき先輩を…強い人だと思った。
そんなみさき先輩の力になりたいと…
……いや、違うな…
俺はただ、そんなみさき先輩の側にいたかったんだ。
そんなみさき先輩の側にいたくなったんだよ…
『私といると、浩平君が大変だよ…』
……優しいね。みさき先輩は。
そんなみさき先輩だから…
ずっと側にいたくなったんだよ…
隣りで俺の手を握ってるのは…みさき先輩を心配してるからじゃない。
それは……

「ねぇ浩平君?」
「ん?なに、みさき先輩」
「あのね、浩平君。私といて大変じゃない…?」
「なんで…?」
「なんでって……」
「…………」
「……私は…」
「………みさき先輩。この手はなんで繋いでると思う?」
「えっ……。 やっぱり……危ないから心配してくれてるんでしょ…? 浩平君優しいからね…」
「ううん、違うよみさき先輩」
「え…?」
「この手はね、みさき先輩を心配してるから繋いでるんじゃないよ」
「じゃぁ…?」
「うん。この手はね、繋ぎたいから繋いでるんだよ」
「…………」
「俺は、みさき先輩の側にいたいと思ったんだ。だからこうしてさ、離れないように繋いでるんだ…」
「…………」
「もうずっと離れたくないから繋いでるんだよ…」
「……そうだね、浩平君。…私も浩平君と離れたくないからこうして手を繋いでるんだよね…」
「そうだよみさき先輩…」
「うん。そうだよね……でもね、浩平君。それじゃぁ聞きたい事があるんだけどいいかな…?」
「なに?」
「…うん。……私、ずっとずっと浩平君のこと待ってたんだよ…」
「…………」
「ずっとずっと待っちゃってそれでも来ないから…
嫌いになっちゃうよ、って思ったこともあったけど…
やっぱり嫌いになんてなれなかったよ。浩平君のこと…」
「…………」
「……浩平君は…あの時どこに行ってたのかな…?」
「…………」
「……浩平君は…どこで迷子になってたのかな…?」
「先輩…」
「……私も浩平君を探して迷子になってたんだよ…」
「みさき先輩も…」
「うん、そうだよ…。でも、浩平君は帰って来てくれた…。
私のとこへ帰って来てくれたんだよね…?
私のことを見つけてくれたんだよね…?」
「……うん…」
「…浩平君が帰って来てくれて本当に嬉しいから…
浩平君が…ううん、私もだけど…
迷子になった理由がわかってるなら教えて欲しいな…
もう、離ればなれにならないようにしたいから…
もう、迷子になんてなりたくないから…」

…迷子になった理由。
…道を見失ってしまった理由。
…ふたりがそうなった理由。
…俺と先輩がそうなった理由。
迷子になった理由を知っていれば…もう迷ったりしないかもしれない。
いや…迷ったりする筈が無いよ…
帰るとこを見失ってしまいそうになったけど…
俺は先輩のところに帰ってこれたんだから…
先輩に見つけてもらったんだから……

「………そうだね。迷子になった理由…話すよ。だから聞いてて…みさき先輩…」

…………

「やぁ、久しぶりだね」
「……氷上…」
「ほんとに久しぶりだね…キミは元気だったかい?」
「…おまえ…どうしてここに…?」
「今はそんなことはどうでもいいことだよ。それよりもせっかくだから、またキミと話がしたいな…」
「……なにを…?」
「なんでもいいよ。キミが僕に話したいことを話せばいい。キミが話したい事が僕の聞きたいことなんだから…」
「俺が氷上に話したいこと…」
「…何も無いのかい?」
「いや…そんなことないさ。たくさんありすぎて…
それじゃまずは……氷上、俺とおまえの絆は偽物じゃなかったぞ…」
「……そうだね。良かったよ、キミが元の世界に戻ることが出来て。
少なくともその手助けくらいは僕にも出来た、という事だからね」
「手助けなんかじゃないさ…。俺はおまえのおかげで帰る事が出来たんだ…」
「…なら僕もキミの役に立てた、と誇ってみても構わないね」
「そうだな…。ありがとう、氷上」
「……ありがとう…かどうかはまだキミにはわからないと思うよ」
「…どういう意味だ…?」
「…僕はあの時わがままを言っただけさ…。
キミにとって永遠の時間を過ごしてた方が良かったのかも知れないんだ。
少なくともキミは過去にそれを望んだんだから…これは変えられない事実だよ」
「…………」
「それでも僕はキミに戻ってもらいたかった。
キミに元の世界で、変わる時間の中で過ごしてもらいたかった…。
そこで僕の事を覚えていて欲しかった…と僕はキミに言ったと思うけどこれ程矛盾した考え方はないね」
「……なぜ…?」
「…なぜなら、世界は変わり続けているから。
時間が流れ続けているから……人の記憶は薄れていく。
思い出は、いつまでもいつまでも心の中に残ってくれるのかも知れない。
けれど、時間はそれを色褪せさせる…
人はそのうちにセピア色に変わった思い出を、心のアルバムに閉じてまた新しいアルバムを開くのさ…」
「…………」
「それは何も悪い事でも何でもない。当然の事なんだよ。
人が生き続けるという事はそういう事なんだ。
けれど僕はその中で、キミに僕のことを覚えていて欲しかった。
……ただのわがままだね……
いつまでもいつまでも古いアルバムを、昔の思い出を懐かしんで見てるわけにもいかないだろう…?」
「……そうかも知れない。そうかも知れない…けど…」
「…けど…?」
「…たまには後ろを振り返ってみてもいいんじゃないか。氷上」
「後ろを振り返る…」
「そうだよ。いつまでもいつまでも思い出に浸ってる訳にはいかないかも知れない。
けれど、例えば道を見失ってしまった時…後ろを振り返れば今まで歩いて来た道が見えるんだよ。
自分が歩いてきた道が見えるんだよ…それは確かに在ったんだよ。
だから今、自分がそこにいることが出来るんだから。
…後ろを振り返って見えるものが誰かと過ごした時間だったとしたら。
その時間は思い出となってしまっていても…
もう、古いアルバムに閉じられてしまっているのだとしても…
また新しく歩き出す道標になってくれるんじゃないか…?」
「…………」
「だから氷上。おまえの言った事はわがままでも何でも無いさ。
少なくとも俺はわがままだとは思っていない。
だから気にしなくていいし、気に病む必要も無いんだ…」
「…僕でもキミの道標になれたのかい…?」
「……俺はおまえと出逢えて良かったと思ってるんだから…な。そういうことだよ…」
「……またキミに教えてもらったんだね。僕は…」
「そうか…?」
「そうだよ。……他になにか聞き残してる事は…そうだね、キミが永遠を望んだ理由…でも聞いておこうか?」
「…俺が永遠を望んだ理由…」
「…大体わかってるけどね。肉親に大病を患った人がいる……。
まぁ僕の場合はそれが自分自身だったわけだけど…キミはどうしてだい?」
「…………」
「キミが話したくないなら無理に聞く気はない。
けれど、誰かに話してみたくなるんだったら…
その相手として僕は適任だと思うけどね。
なにしろ同じ境遇なんだから…」

氷上はそう言って微笑んだ。
いつかのように微笑んだ…
同じ境遇。
氷上と俺と同じ境遇…
ひとりになるということ、寂しいということ…
肉親を、大切なものを失うこと…
氷上はたまたまそれが自分自身だった…
俺の場合は……

「………そうだな。誰かに話すのだとしたら…おまえに話すよ…。だから聞いてくれ、氷上…」

……………………

……僕のまわりに人がいる。
ちがう人が七人。同じ人が七人。
だれだろう…僕が知らない人達だ。
知らない人、知らない人、知らない人達ばっかりだ。

「…こうへい……」

いきなり声をかけられて…
ふり返るとそこには…あの子がいた。

「やぁ、遊びに来てくれたんだ」
「…………」
「ちょうどひとりで退屈してたんだ…」
「…………」
「なんだか周りには知らない人達ばっかりいるけど…別に気にしないよね」
「…………」

どうしたんだろう…
いつもはもっと元気で笑っててくれる筈だけど…
どうしたんだろう…
みずかは…

「…お兄ちゃん……」

また声をかけられて、ふり返ると…
…ううん、ふり返るまえにわかったけどね。
僕をお兄ちゃんって呼ぶのは…
信じられないけどひとりしかいないよ…
ひとりしかいないんだよ…

「お兄ちゃんっ」
「みさおっ」

笑いながら飛びついて来たみさおを僕は受け止めた。
小さな身体。みさおの身体。
あの時に…最後までこの小さな身体で頑張ったんだ。
僕が哀しむと思ってずっとがまんしてたんだ…
みさおは僕にはもったいないくらい、いい妹だよ…

「お兄ちゃん、げんきだった…?」
「うん、もちろんだよ、みさお」
「よかった…」
「みさおは…? お腹はもう何とも無いの…?」
「うん、いたくもなんともないよっ」
「そうなんだ、お腹治ったんだ。良かったな、みさお」
「うん…」
「みさお。ここでならずっとずーっといっしょにいれるんだよ。みずかが教えてくれたんだよ。
ここなら永遠があるんだよ。ずっとずっといっしょにいることが出来るんだよ…」
「…………」
「もう僕たち離ればなれになったりしないんだよ。もう泣きたくなる程哀しくなることなんて無いんだよ…」
「…………」
「…ねぇ、みずかもみさおもどうしちゃったの…さっきから変だよ? おかしいよ?
ここでずっとずっといっしょにいられるんだよ? 嬉しくないの…?」
「…………」
「…………」
「ねぇ、みずか。永遠はあるんだよね…」
「…………」
「ねぇ、みさお。もう哀しいことなんて無いんだよ。ふたりでずっといっしょにいられるんだよ…」
「…………」
「ふたりともさぁ…
どうして何も話してくれないの…
僕のこときらいになっちゃったの…?」
「…………」
「…………」
「ほんとに話してくれないの…? ねぇ、みさお…」
「…………」
「ほんとに話してくれないの…? ねぇ、みずか…」
「…………」
「そうなんだ…ほんとにふたりとも話してくれないんだ…。
でも、いいよ。それでもいいよ。僕らはずっとここにいれるんだから。
ずっとずっと僕はここにいれるんだから…
いやなことや、つらいこと。
泣きたくなるほど哀しくなることなんて…
ここには無いんだから…」

いいんだよこれで…
いいんだよこれで…
僕はこれでいいんだよ……

「……本当にみずかの言った通りだな…」

まただれかの声…
みさおでも、みずかでも無い声…
そっちを向くと……あれ…?
僕の周りにいる七人の同じ人…その人と同じ人だ。
これで八人になっちゃった…

「だれ…?」
「誰…ってそうか…。お前、俺が誰だかわからないんだ…」
「わかるわけが無いよ…。だってはじめて逢ったんだもの…」
「こうへい…。この人の名前はね…浩平って言うの…」
「…ふーん、僕とおんなじ名前なんだね。
でもどうしてみずかがそんなこと知ってるの…?」
「…ちがうよ、お兄ちゃん。
名前がおんなじなんじゃないよ。
ふたりともおんなじなんだよ…
ふたりともみさおのお兄ちゃんなんだよ…」
「みさお…? なに言ってるんだよ。
みさおのお兄ちゃんは僕しかいないだろ…?」
「…あのな、いつまでそこでそうしてるつもりだよ」
「……いつまでって…いつまでもだよ。だってここは永遠に…」
「永遠は無かったんだ」
「……そんなことないよ、だってみずかが…」
「こうへい…えいえんはなかったんだよ……」
「…みずかまで……じゃぁほら、みさおがいるよ。
ほら、ここにいるんだよ。ずっといっしょにいれるんだよ…」
「ううん…お兄ちゃん。ごめんね…
みさお、ずっとずっといっしょにいたいけど…でもそれはちがうの…」
「……どうしてみんなそんなこと言うの…?」
「お前は俺なんだよ…
…小さい頃の俺だ。
…あの時の俺だ。
みずかに出逢ったときの俺なんだよ…」
「…………」
「浩平とはじめて出逢ったとき…
私の時間も止まっちゃったんだけど…
こうへいの時間も止まっちゃってたんだよ…」
「…………」
「お兄ちゃん…みさおはね、みずかおねえちゃんによばれたんだよ…
お兄ちゃんにおしえてほしいって…
いつまでもいつまでもこのままじゃいられないんだってことを…」
「…………」
「はじめから、順序立てて説明するよ…。最初は…みさお、頼むよ…」
「うん、わかったよ。…なにから話そうかなぁ…」
「みさお。みさおが思ったことを、みさおが…あの時そうしようと思ったことを話してあげてくれ…」
「…うん。わかったよお兄ちゃん…」

みさおが僕の前に立つ…
あの時のままで…
あの時のままのみさおがいる…

「じゃぁ、うーんと……小さいお兄ちゃん…?」
「僕のこと…?」
「うん、そうだよ。みさおはね、あのときお兄ちゃんが、ちちおや参観日をしてくれたとき…
もう…ダメになっちゃったよね…?」
「…うん」
「その後ね、みさおはここに来たんだよ。みずかお姉ちゃんにもそのとき逢ったんだよ」
「…………」
「それでね、みさおがいなくなったあとのお兄ちゃんを見せてもらったんだよ。
お兄ちゃんずっとずっと泣いてたね…。
みさおは泣かないでって言いたかったけど…
もうダメだったんだよ…」
「…………」
「…みさお、とってもとってもかなしかったよ。
でも…みずかお姉ちゃんがお兄ちゃんの泣いてるのを止めてくれたんだよね…」
「…………」
「それで、みずかお姉ちゃんに言われたんだ。
ずっといっしょにえいえんのせかいでいようって。
あとからお兄ちゃんもくるって言って…でもね、みさおはやっぱり
お兄ちゃんのいるとこに行くよって言ったんだ…」
「なんで…?」
「お兄ちゃん言ったよね。みさおのちちおや参観日やってくれるって。
……だからだよ…。
ここでずっといっしょだったらもうちちおや参観日できないよ…
だからみさおはお兄ちゃんのところに行くって言ったんだ。
みずかお姉ちゃんがもう逢えるかどうかもわからないって教えてくれたけど…
お兄ちゃんはかならずやくそくまもってくれる…って思ったから。
みさおはまたお兄ちゃんのいもうとになりたかったから…」
「……みさお…」
「…さぁ、ここまでがみさおの話だ。
みさおはお前のことを信じて行ったのに、
どうしてお前がここにずっといるんだ…?」
「…………」
「……次はみずか。頼むよ…」
「うん、わかったよ浩平…」

そう言って今度はみずかが僕の前に立つ…
あの時のままで…
はじめて逢った時のままで…

「…みずか…さっきのはほんとなの…?
ほんとにみさおに逢ったことがあるの…?」
「うん、本当だよ。みさおに逢ったよ。
…私もね、みさおがどうしてここにいたくないのかわからなかったよ。
永遠に永遠にずっと一緒だったらいやなこともつらいことも哀しいことも無いはずなのにね…」
「…そうだよ、みずか。永遠はあるんでしょ…?
僕たちずっとずっとこのままでいられるんだよね…?」
「……私もはじめはそう思ったよ。
こうへいとずっとずっと一緒にいたいと思ったよ。
この永遠の世界で…
なにも変わることの無い世界で…
…でもね、違ったんだよ…」
「違った…なにが…?」
「私はね…変わるってことを知らなかったんだよ…」
「知らなかった…」
「そうだよ、知らなかったんだよ…でも、教えてもらったんだよ。
…その事を教えてくれたのは…浩平なんだよ」
「僕…?」
「ううん、もうひとりの浩平に…だよ」
「…………」
「…浩平に教えてもらったんだよ。
何かが変わるっていうこと、時間が流れるっていうこと…
変わるってことを知ったとき…
私にはみさおがなんでこの世界にいることを望まなかったかわかったんだ…」
「……どうして…?」
「みさおはね、願ったんだよね。
お兄ちゃんの妹にまたなれることを…
そしてまた、出逢えることを…」
「…う、うん。みさお、またお兄ちゃんのいもうとになりたいと思ったよ。
お兄ちゃんとやくそくしたからまた逢えるって思ったよ…
逢いたいってお願いしたよ…」
「うん、そうだよね。
ね、こうへい。これが変わるってことだよ?
みさおはもう一度こうへいの妹になりたいって思ってるのに…
もう一度逢いたいって思ってるのに…
こうへいがひとりでこんな所にいてもいいのかなぁ…?」
「…………」
「ずっとずっとこのままでいるの…?」
「…………」
「ここにはいやなこと、つらいこと、哀しいことは無いかも知れないけど…
…無いかも知れないけど…ただそれだけなんだよ。
他には何も無いんだよ…」
「…………」
「誰かと出逢える喜びも無い。
誰かと一緒にいられる幸せも無い。
誰かのために怒ったり、泣いたり、笑ったり…
そんなことを何度も繰り返して…
それでも一緒にいたい…って思う人にも出逢えないんだよ…」
「…………」
「……うん。もういいぞ、みずか」
「…浩平。私、上手く説明できたかな…?」
「十分だよ、みずか。後は……自分のことだ。自分でやるよ…」

そう言って、男の人は僕の前に来た。
みさおにも、みずかにも、僕と同じ名前で…
僕と同じ、『浩平』って呼ばれてる人が…


「……どうだ? ふたりの話を聞いてわかっただろ、永遠はもう無いんだよ…」
「…………」
「…まだわからない…か。
…そうだよな、俺だもんな…」
「…変わるってどういうことなの…?」
「ん?」
「…今とどう違うの…?」
「……どうって…」
「…僕とおなじ名前の人…教えてよ。
変わるってことを知ってるんでしょ…?」
「あぁ、知ってるさ。…じゃぁ教えてやるよ。
…周りを見回すと誰がいる…?」
「…僕とおなじ名前の人が…たくさん」
「お前と同じ、俺と同じ、浩平が…だよ。
俺もお前も浩平なんだよ」
「わからない、わからないよ…」
「……口で説明するより実際に体験してもらえばわかるさ……」

……その一言で、僕の周りにいた『浩平』が近づいてきて…
…ひとりひとり、僕の手を握る。
そして、ひとりひとりと消えて行く…
僕の中へと消えて行く…

……………………

……ひとり、またひとり。『浩平』が僕の中に消えて行くたびに……

……いろんなことを体験した……

……いやなことつらいことかなしいこと……・

……よかったことうれしいことたのしいこと……

……たくさんのことがあったんだ……・

……そしていろんな人に出逢ったんだ……

…乙女を夢見る少女は笑ってくれた。
出逢えたことを心から喜んでくれた。
待ち続けてくれた気持ちを…
信じてくれた気持ちを…
ふたつの気持ちは…
心と心は…
もう離れることは無いよ……

…かんしゃく持ちの少女はもう泣く事は無い。
ふたりでこれから頑張ることが出来るんだ。
誰かのために頑張ること…
お互いのために頑張ること…
でもね、もしも泣きたくなった時は…
そんな時は肩を貸してあげられる…
そして肩を借りる事も出来るんだ……

…腐れ縁の友達は、予想通り明るく肩を叩いてくれた。
悲しんでる暇なんて与えてくれやしない。
こういう奴なんだよ…
だから良かった。
だから腐れ縁が続いたんだ…
だから友達でいられたんだ……

…しゃべれない少女はもうしゃべれないなんてことは無い。
ちゃんと聞こえる声で喜んでくれたんだ…
こんなにも自分を表現してくれる娘を…
自分を伝えてくれる娘はいないよ…
僕には君の声が聞こえるよ…
これがわかるってことなんだ…
君のことがわかる…
君にわかってもらえる…
…そうだよ、そういうことなんだ……

…雨とともに泣き続けた少女はもう泣くことはない。
もういくら雨の日が繰り返される事があってもだよ…
ふたりでいれば雨の日でも楽しいよ。
雨が上がったらその次は絶対に晴れてくれるんだから。
晴れた空の下、ふたりで歩くことが出来るんだ。
ふたりでいっしょに歩けるんだ……

…目が見えない少女は見えるものをひとつ見つけた。
側にいてくれる人、一番大切な人、いつまでも一緒にいたい人…
…もう見失うなんてことはない。
ふたりでいればそこがふたりの居場所となるんだ。
繋いだ手はもう離れることはないよ…
迷子になんてならないよ……

…いなくなってしまった親友。
…消えてしまった親友。
もう逢える事は無いのかも知れない。
でも、それでもいいんだ。
離ればなれになるって言うことはそういうことじゃないんだ。
一緒に過ごした時間のカケラを時々取り出して、見てみることが出来る。
時間のカケラを思い出を…色褪せたセピア色の思い出でも構わない。
その時そこには確かに在ったんだから…

……………………

……僕は、変わるってことがやっとわかったよ……

……………………

さっきまで、話していた浩平以外はみんな消えて、
僕の前にさっきまで話していた浩平がいる。
僕と同じ浩平…
…でも、違うんだ。
…この浩平は、僕じゃない。
僕じゃないんだ。
けれど…浩平なんだ。

「…さぁこれでわかっただろ?」
「…うん、やっとわかったよ。でも…何かが僕には足りないよね…」
「そうだな…足りないな。
…その足りないものは俺が大切に持ってるよ…」
「僕達ふたりとも同じ浩平なんだよね…」
「あぁ、そうだよ…そうかもしれない…けど、それは俺達から見た場合だけ、だな」
「……?」
「足りないものが何か…はわかってるんだろ?」
「うん…」
「ならその何かの立場に立って考えてみよう…」
「何かの立場……」
「俺が過ごした時間は、ふたりで過ごした時間なんだよ…」
「…………」
「俺が過ごした時間は俺のものだけじゃない…
ふたりで過ごした時間はふたりのものだから…
お前に渡すわけにはいかないんだよ…」
「今の浩平達は…?」
「…お前に自分の時間を貸してあげただけだよ…」
「…うん、なんとなくわかってたよ…。
けどね、僕は君に渡すものがあるよ…」
「俺に…?」
「それはね……………………」
「…………そうか、そうだったんだ……
あの時の気持ちは俺のじゃなくてお前の………」
「そうだよ…どうしても、どうしても我慢できなかったんだ…
だから…謝らなくちゃならないんだけど…頼まれてくれる…?」
「……あぁ、わかったよ。 じゃぁ俺から伝えとくさ…」
「うん、ありがとう…じゃぁ僕はこれで…」
「ちょっと待った…。あいつがお前を放っておくなんて思ったのか…?」

…後ろに誰かの気配を感じる。
振り向くまでもなく、なんとなくわかった。
それは他の誰でもない…
小さい頃に出逢った人…
それっきりずっとずっと逢えなかった人…
ずっと近くにいてくれてたと思ってたけど…
本当の君には、はじめて逢ったきりだったんだ…
だから今は……誰よりも逢いたかった人……

「浩平っ」
「来たな、瑞佳」
「……こっちの浩平は始めまして、だよね」
「……どうしてここに…?」
「…始めましての浩平…。私、あなたに謝らなくちゃならないんだよ……」
「謝る…?」
「あの時の私との約束が、あなたを縛り付けてたんだよね……」
「…………」
「だから…ごめんね……」
「……いいよ、別に謝らなくて…」
「…なんで…?」
「…君に言われたのは、ただのきっかけだったと思うよ。
…僕は自分からここにいたいと思ったんだよ。
だから君が謝る必要は無いんだよ…
その証拠に、ほら。君の隣にはちゃんと浩平がいるだろ…?」
「……俺か…?」
「そうだよ。君の隣にいることを望んだ浩平。
他の出逢った人々と共に過ごすことを望んだ浩平。
僕のようにひとりでいることを望んだ浩平。
いろんな道があって、たまたま僕が選んだ道はこの道だっただけだよ…」
「…………」
「だから、君は…瑞佳は何も気にしなくていいんだよ…」
「…………」
「だから、瑞佳が謝ることなんてないよ…」
「………ふたりとも、ずるいよ……
……ふたりとも優しいから……
私が謝ってもすぐに許してくれちゃうんだね……」
「そりゃぁ俺達…」
「同じ浩平だからね…」
「………うん、そうだね…」

三人で顔を見合わせ笑い合った…
もうこれで思い残すことはないよ…
…みずかとみさおがそこにいる。
僕を待っててくれている…

「みずか、みさお、さぁ行こうか」
「…うん」
「…いこうか、お兄ちゃん」

これでお別れさようなら…だね。
最後くらいは……

「じゃぁね、もうひとりの僕」
「あぁ、じゃぁな」
「そして…さよなら、瑞佳」
「うん…」

笑ってお別れだね…やっぱり。

「ほらみずか、泣かないでよ、変わるんでしょ?」
「…うん、泣いてちゃダメだよね…」
「ほらみさおも、もう泣いちゃダメだよ」
「…うん、お兄ちゃんがいるんだもんね…」

本当に、本当にありがとう……だよ。
あのままひとりでいたらこんな気分にはなれなかっただろうな…
さて、後は…
僕がそう思ったとき……

「……浩平。ここには永遠なんて無かったんだよ…
永遠っていうのはね、何かが変わる所で…
時間が流れて…ふたりの間にいろんなことがあっても…
その中で変わらないでいられることが永遠なんだよ…
変わらないでいられる想いが永遠なんだよ…
始めからなにも変わらないんじゃ、ただそれだけなんだよ…
だから……一緒に変わろうね……浩平」

……瑞佳…
その言葉は僕じゃなくて…
君の隣りの浩平に言うことだよ…
僕がそう思ってふたりの方を見ると、
瑞佳は微笑んで手を振って…
もうひとりの僕は……笑ってた。
『良かったな』
その笑顔はそう言っていた。
…僕に向かってそう言っていた。
……わかるさ、自分の事なんだから…
……だから僕はあの時に……

「ありがとう、瑞佳。そして…ごめんね…」
「ごめん…って…?」
「……後で隣の浩平に聞いて…。
今はとりあえず…ごめんね…」
「……そうなの…?」
「そうだよ……じゃぁもう行くよ」
「あ、…さよなら、もうひとりの浩平…」
「…じゃぁな、もうひとりの俺…」
「…うん。ふたりとも…ほんとにバイバイ……」

…………

……消える消える…全てが消える……
寂しい想いが創り出した…
お菓子の国が消えてゆく。
お菓子の国の王子様。
お菓子の国のお姫様。
全てが消えて無くなって…
後には何も残らない……?
ううん、そんなこと無いよ…
全てが消えて無くなって、
それでも残ったその何か…
その何かを持ったまま、僕らは変わり続けるんだ…
そうだよ、誰かに出逢えるために…
そうだよ、何かを見つけるために…
また君達に…逢えるといいね……

…………

「……行っちゃったな…」
「…そうだね…」
「…………」
「…………」
「なぁ…瑞佳…」
「ねぇ…浩平…」
「…瑞佳が先に言えよ」
「こ、浩平先に言っていいよ」
「…………」
「…………」
「なぁ…瑞佳、もしかして…俺たち同じこと考えてるんじゃないか…?」
「そうだね…浩平。私もそんな感じがして来たよ…」
「じゃぁふたりで…」
「せーのっ、で言おうか…」

………『せーのっ』

「俺は瑞佳と出逢えて本当に良かったと思うよ…」
「私は浩平と出逢えて本当に良かったと思うよ…」
「…………」
「…………」
「…ほらな、やっぱり同じこと考えてる」
「…そうだね、浩平…。やっぱり同じだね…」
「……さて、そろそろ帰るとするか」
「…ちょ、ちょっと待ってよ、浩平。さっき言ってたこと…。
私にごめんって、あの浩平が言ってたけど…なんのことなの……?」
「…知りたい…?」
「それは知りたいよ…
なんで、ごめんって言われてるのかわからないもん…」
「……クリスマスのやり直しの時な…」
「え…?」
「クリスマスのやり直しの時…覚えてるか…?」
「……う、うん…」
「どうしてああまで瑞佳に酷いことをしたのかがさ…わかったんだよ…」
「……酷いこと…なんだったっけ……?」
「…いいよ瑞佳…忘れたフリしなくても……。
あれは確かに酷いことをしたんだって…
あいつもそう言ってたんだから…
だから謝ってたんだから…」
「…………」
「…あの時の気持ちはあの浩平の気持ちだったんだよ。
いつまでも変わらないでいようと思っていた…
さっきの子どものままの浩平の気持ちだったんだよ…」
「…………」
「…あいつは言ってたよ。
『永遠だって言ってたのに…
変わらないって言ったのに…
瑞佳は変わっちゃうんだね…
僕を置いて行っちゃうんだね…
それなら………瑞佳もいらないよ。
僕ひとりだけでいるよ…。
知り合いになっちゃたから…
知らない人同士になろう。
瑞佳が僕のことを好きなら…
僕は瑞佳のことなんて大嫌いだ。
いつまでも変わらないでいてくれないなら
瑞佳なんていらないよ…
だから瑞佳を傷つけた。
だから瑞佳を嫌いになろうとした。
だから瑞佳に酷いことをした。
瑞佳に嫌われようとしたんだ…
……でも……そんなにしたくなる程に…
瑞佳に…僕の側にいて欲しかったんだ。
瑞佳が僕の側に…
僕が瑞佳の側に…
いつまでもいつまでもずっといっしょにいて欲しかったんだ…
いつまでもいつまでもずっといっしょにいたかったんだ…
……この時に気づけばよかったんだね……
僕が瑞佳といっしょにいたいと想う気持ちは…
小さな頃とは違うんだって…
変わりたくなかったんじゃないよ…
永遠にこのままでいたかったんじゃないよ…
ただ…僕の側に瑞佳がいてくれるだけでよかったんだってことに…
…あの時気づけば僕も変われたのにね…
違う道を選ぶことも出来たのにね…』
そう言ってたんだ…」
「…………」
「……だから…ごめん、だってさ…」
「…………」
「……大好きな瑞佳の泣き顔が見たくないから…俺に頼む、だってさ…」
「…………」
「…そーゆうわけだから…瑞佳。
頼まれたからな…こっち来て泣いてもいいぞ…」
「………浩平……」

瑞佳は泣いた。
声を立てて泣いていた。
久しぶりだな…
瑞佳がこんなに泣いてるのを見るのは…。
そんなことを考えながら…
瑞佳を見てる、俺の方こそ泣いていた。
瑞佳のように声こそ立てなかったとしても…
瑞佳のように涙こそ流さなかったとしても…
俺は確かに泣いていたんだよ…
少しの違いが少しのズレが…
あいつと俺との違いだったから…?
……そんなことじゃない。
…そんなことじゃないんだ。
あいつはただ瑞佳といっしょにいたい、と思っただけなんだよ…
その気持ちは俺となんら変わることはなかったんだ…
どこで間違ったんだろう…
……誰も間違ってなんかいないんだ…
…誰ひとり間違ってなんかいないから…
だからこんなに哀しいんだ…
だからこんなに心が痛むんだ……

…………

……それでも俺たちは歩き続ける。
彼らはもう先に行ってしまったんだから。
俺達がここに止まるわけにはいかないんだ。
臆病でもなんでもいいさ。
ゆっくりと少しづつでも歩いていけば。
それに俺の隣りには……側にいてくれる人がいる…

「…瑞佳。もう気が済んだか? 俺達も帰るぞ…」
「……うん…でも…」
「でも、じゃない。俺はあいつに頼まれたんだよ。だから…さ、帰るぞ」
「……そうだね、浩平。帰ろうか、私達の時間へ…」
「…なぁ瑞佳…永遠はすぐそこにあったんだな。
ただ気づかなかっただけなんだ…」
「みんな…気づくのがちょっと遅すぎたのかなぁ…」
「…そんなこと無いさ…
それに気づけば、気づきさえすれば…
その前よりは確実に変わってるんだから…
確実に、変わってゆけるんだから…」
「……うん。浩平、ほんとにもう帰ろうか…」
「そうだな、瑞佳。じゃほんとに帰るぞ…」

…………

……変わる変わる…全てが変わる…
時間が過ぎる。
季節が過ぎる。
ふたりも少しづつ変わってゆく…
移りゆく季節と共に…
流れゆく時間とともに…
それでも変わらないふたりの想い…
いっしょにいたいと思う気持ち…
これだけは変わることは無いよ…
これだけは永遠でいて欲しい…
変わらぬ想いを持ち続け、
俺達ふたりで変わるんだ…。
何かを見つけることが出来たから…
何かに出逢えることが出来たから…
本当に…君達と出逢えてよかったよ…
本当に…瑞佳に出逢えてよかったよ……

………………………

……あの時の言葉……

『永遠はあるよ……』

……そうだね、確かに見つけたよ……

……君と僕のふたりで…ね。




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