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Tactics ONE short story



輝く世紀へ




by laughcat




≪4月27日≫
授業終了の鐘と共にざわめき出す教室。
その騒然とした中にあって、ひときわ甲高い声が上がる。
「みゅーーーっ」
相変わらず騒がしい奴だ。
ガシッ
瞬間的に重量バランスが右半身に偏り、体が倒れそうになる。
しかし、これが初めての事ではないので、右足の踏ん張りを効かせ、バランスを維持してみせる。
「危ないだろっ、椎名」
俺の右腕に抱きついている少女に向かって、怒鳴り気味に言う。
その少女は俺が怒っていると悟り、そろそろと腕から離れる。
彼女の名前は椎名 繭(しいな まゆ)。同級生…のはずなのだが、言動と行動が子供っぽくて、どうしても小学生を相手にしているような錯覚をしてしまう。
「小林君も許してあげて。繭だって悪気があってやったことじゃないんだから」
そう言ったのは、椎名の後ろに立つ少女。
彼女の名前は渡辺 美亜(わたなべ みあ)。椎名とは同じ中学だったらしく、いつも椎名と一緒にいる。椎名と並ぶとおとなしい子の様に見えるが、口数の多さと行動力は椎名以上、無自覚のうちに周囲の人間を振り回してしまうタイプ。
「だったらちゃんと躾ておけよ」
「私は繭のお母さんじゃないんだけど…」
「当たり前だろ。0歳で子供産まなきゃそうはならん」
そう言いながら俺は鞄を手に取って教室の出口に向かう。
「小林君てすごい発想の仕方するのね」
背後の渡辺にそう言われてしまった。

放課後は3人で商店街の散策をする。
入学し、こいつらと出会ってからはそれが日課になっていた。
偶然にもというべきか、3人とも小遣いには不自由していない。少なくない額の小遣いを貰いながら、大金をつぎ込むような趣味を持ち合わせているわけでもないので、毎日商店街で寄り道をし、小銭を遣って楽しき時を過ごす事ができると言う訳だ。
「それで今日はどこに行く?」
商店街に入ったところで、渡辺がそう聞いて来た。
渡辺が意見を求めているように聞えるが実際にはそうではない。こう訊いてきた段階で渡辺の希望が通る事は決まっている。これは渡辺が正当に自分の意見を通す為の方便なのだ。
「そうだなぁ、今日は…」
しかし、それが判っていてもここで希望を述べておく。言わば暗黙のルールというやつだ。
「みゅーーーっ」
俺の意見は見事に椎名に遮られた。
と言うか椎名が嬉々とした声を発しながら商店街の中程に向かって走り出した。
「何事だ?」
「何?」
俺と渡辺は即座に椎名の姿を目で追う。しかし、椎名の向かった先はすぐに判明した。
「あは、繭っ、繭ぅ」
商店街の反対側から歩いてきたらしい女性が椎名の名前を呼んでいる。
「誰だ?あれ」
「私も知らない」
椎名の知り合いで渡辺も知らない人、椎名の親戚か誰かだろうか?
取りあえず、挨拶位しておいた方が良さそうだな。
俺は椎名達のいる方に向かった。
「久しぶりだねぇ。元気だった?」
「みゅー」
「繭、同じ高校に入ったんだねぇ」
「うん」
「お友達いっぱい出来た?」
「うん」
椎名はそう言うとクルリと振り向く。どういう具合か俺と目が合ってしまった。
「あは、繭の彼氏?」
勝手に椎名の彼氏にされているよ…
「みゅー」
椎名が嬉々として答える。
「みゅー、じゃない!ちゃんと否定しろよ」
「あはは、はじめまして。私は長森 瑞佳(ながもり みずか)」
「あ、はじめまして、俺は小林です」
どういう会話のテンポなのかはよく解らないが、いきなりの自己紹介に俺は面食らってしまった。この長森という人、誰かに似てるような…
「はじめまして。私渡辺美亜って言います。繭とは中学から一緒だったんです」
「あ、そうなんだ。繭、中学に戻ってからもちゃんとやってたんだぁ」
「あ、長森さんて、繭と一緒だったって言う高校生の」
「うん、今は卒業したけどね」
「あの…」
渡辺が喋っているせいか会話が今一見えない。その渡辺を相手にして引けを取らない長森さんもなんだかすごい人だ。
「椎名と長森さんの関係っていったい?」
「ああ、そうか、繭はね、1年くらい前にも高校生だったんだよ」
「は?」
俺の混乱に追い討ちを掛ける様に長森さんが意味不明の事を言う。
椎名が1年前にも高校生だった?
しかし、渡辺と椎名は同じ中学の出身で…
「解り易く説明すると長くなるんだけど」
「そうだね。どこか落ち着いて話の出来る場所の方がいいよね」
「この近くだと…『さくらんぼ』なんかどうです?」
ゲッ。
「あ、いいね。私もしばらく行ってなかったし」
『さくらんぼ』というのは一部で評判の喫茶店…と言ってもそれは名目上の話で実態は甘味処だ。
入学したての頃に渡辺に連れて行かれたが、周りは女性客ばかり男性客は俺だけという状況でとてつもなく居心地の悪い思いをした。
「みゅー」
俺を除く全員が賛成と言う事らしい。
しかも今日は俺だけ席をはずしてと言うわけにはいかない。
「じゃあ、決まりだね」
あああ…
「ほら、小林君」
俺は渡辺と椎名に手を引かれ、連行されるように『さくらんぼ』に向かった。

「…こちらメニューになります。尚本日のお薦めはヨーグルトサンデー・キューイフルーツとなっております。オーダーお決まりになりましたらお呼びください。」
多分バイトだと思うのだが、前回来た時と同じホール係が、ご丁寧にも『お薦め』まで詠唱してくれた。
「どうしようか、お薦めと言われたらそれを頼んじゃうのもいいよね」
「でも、ここのチョコレートパフェも捨て難いんだよね」
「『特選いちご』は終っちゃったのかな?」
「確かに、メニューには載ってないねぇ」
これが女同士の世界と言うやつなのだろうか、長森さんと渡辺の会話はとても俺の理解できる世界の話ではない。
「チョコレートパフェ」
突然椎名が話に割って入る。
「繭がチョコにするなら、私は『お薦め』にしようかな。ところで小林君は何にするの?」
「アイスミルクティー」
突然自分に振られたので、少し無愛想に答える。
前回でコーヒーは懲りた。
決して不味いわけではないのだが、たいして美味くもない。
一言で言うなら『値段相応じゃないコーヒー』なので、ここで飲む気にはなれない。
「それだけ?」
「せめてサンドイッチくらい、あればいいのにな」
メニューに載っているのは飲み物とデザート類ばかり、トーストすら無いときている。
「あ、小林君て甘いものダメ?」
長森さんが申し分けなさそうに訊いて来る。
「ダメって訳じゃないんですけど…まあ、不得意だと言っておきます」
「そうそう、私の知っているところだと小林君には不向きで…」
そう言って渡辺が会話に割り込んで来る。
このおしゃべり女が、
「そう言う割には、いつも強引に引っ張っていってくれるよなっ」
「まあまあ、私の知っているところ教えてあげるよ。そこなら小林君も気に入るんじゃないかな」

一通りオーダーを済ませると、さっそく本題が始まった。
「美亜はどこまで知っているの?」
「私ですか?繭が復学してから聞いただけなんですけど、登校拒否中に親切にしてもらって、一緒の学校へ行っていたって事だけです」
「私達がOBだって事は知っているんだよね?」
「ええ、だから一緒の高校に入る事にしたんです」
「みゅーの事は?」
「もちろん聞きました」
「あのー」
我ながら間抜けな割り込み方だとは思う。渡辺が絡むといつも話に入っていけなくなる。
しかし、今日の話だけはうやむやにされたくはない。
「あ、そうそう。繭はね、中学の時、登校拒否していた事があるんだけど、長森さんはその時にお世話になった人なんだって」
「それで、高校の話は?」
「その時長森さんは高校生だったんだけど、繭を高校に連れていったの」
「…登校拒否児の中学生を高校に連れていった?」
普通はそんな事思いつきもしない。いや、場合によってはという事も考えられるから…
「登校拒否の理由っていったい?」
まず、俺はその点を訊いてみる事にした。
「それは私も聞いてない」
渡辺はそう言って長森さんの方を見た。
「繭、お母さん元気?」
長森さんはちょっと複雑な表情をしてから椎名に向かってそう言った。
「うん」
「私も元気だよって伝えておいてね」
「みゅーっ」
話が終ると俺の方を向いて
「確かに、繭は学校へ行ってなかった時があった。でも今はちゃんと行ってる。それでいいんじゃない?私はそれでいいと思うよ」
と言った。
そのあと注文の品が来て、それを食べながら渡辺と長森さんが俺の理解の出来ない話で盛り上がっていた。

うちに帰るとまず台所に行ってテーブルの上に夕飯の用意がされているのを確認する。
今日は海老フライ。フライの乗った皿とキャベツの盛られた皿が別々に置かれ、それぞれにラップが掛けられている。
まずフライの皿のラップを剥がし、皿ごとレンジに入れて『あたため』を押す。
次にコンロの上の鍋の蓋を開け、そこに味噌汁が入っている事を確かめてから火を付ける。
レンジがピーッという音を立てたので、中からフライの皿を取り出し、フライをキャベツの上に盛り付ける。
あとは炊飯器のご飯を自分の茶碗に盛り、味噌汁をよそって食う。
ただそれだけの事だ。
晩飯は一人で食った方がいい。
二年もそうしていると逆に団欒というやつが煩わしい物に思える。
食い終わるとすぐに自室に入ってベッドに身体をあずける。
まだ眠くはない。単に何もする気が起きないだけだ。
何もしようとは思わない。何もしたくない。
ガチャッ。
暫くすると玄関の開く音がした。
でも俺はそんな事は気にしない。
今度はテレビが付いたらしい。バラエティ番組なのか所々笑い声が混じる。
でも俺はそんな事は気にしない。
それらの音を無視する為に布団に潜り込み、意識の中から音を締め出していく。
聞こえない。聞こえない。聞こえない。聞こえない。…


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