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Tactics ONE short story



輝く世紀へ




by laughcat




宮前梢の事は覚えているよ。
5年生の時に転校して行ったんだ。
転校する前の日に、宮前と二人だけで話す機会があって
「さみしくなるな」って言うと
「手紙を書いてもいい?」って聞いてきて
「ああ、返事を書くから」って答えて
でも宮前はやっぱり悲しそうだったから
「いつか、また会おうな」って言ってやると
「いつ?」って聞かれて
僕は「21世紀」と言って
「いっしょに21世紀をむかえような」って続けると
宮前は嬉しそうに「うん」て言ったんだ。
(でも、その約束を守れない。)
すでに破っているんだ。約束は
(すでに?)
そう、すでに…

≪5月8日≫
「小林君、おはよう」
教室に入ると、真っ先に渡辺がやって来て俺に挨拶をしてくる。普段からそんな事をする奴ではないので、他意があっての事かもしれない。
「はい、おみやげ」
渡辺はそう言って俺のほうに紙袋を差し出してきた。
そうか、そんな約束をしていたっけ
「サンキュ、それで何処へ行って来たんだ?」
「北海道。まだちょっと寒いんだけど、ちょうど春先って感じで良かったよ」
「なるほど、いかにも北海道みやげだな」
袋の中に入っていたのはバター飴。確かに北海道みやげなら白い恋人かバター飴だろうが、ここまで定番のおみやげを持って来るとは…
「椎名。いるか?」
俺はそう言いながらその袋を差し出す。いつの間に来たのか渡辺の後ろに椎名が立っていた。
「みゅーっ」
何のためらいもなく椎名は袋を受け取る。
ほんとに判りやすい奴だ。
「えー、せっかく小林君に買ってきたのに」
「俺が甘いもの苦手なのを忘れていた訳じゃないだろうな?」
「ごめん、忘れてた」
3週間程度の付き合いでこいつを信用した俺が馬鹿だったか…
「替わりと言っては何だけども、これならどう?」
そう言って渡辺が差し出したのは5枚組の絵葉書だった。
「これ、釧路湿原か?」
「うーん、富良野って書いてあるけど」
「富良野かぁ」
「うわっ」
俺の後ろに田槙が立って絵葉書を覗き込んでいた。
俺と田槙はそれほど親しい訳ではないが、田槙はサッカー部員…つまり俺を部に引き込もうとしている奴。そういう意味で草野とほとんど変らない。
「富良野もサッカーが強いんだよな」
「その手には乗らないぞ。さっさと向こうへ行けよ」
「まあそう言うな。大体お前はゴールデンウィークに何をしてたんだ?」
「親孝行だ。単身赴任の父さんが帰ってきているんだ。それくらいしないと罰が当たる」
我ながら罰が当たるとは酷い事を言うものだ。間違っても父さんはホトケじゃない。
大体、親孝行なんてしてもいない。父さんの単身赴任の理由だって…
「孝行息子だな。だけど5日もいらないだろう。大体サッカーやりながらでも親孝行は出来る。」
「俺には健康上の理由もある。サッカーは無理だ。」
「何事もやる前から無理だと決め付けるものじゃないだろう。俺はサッカーの為なら死んでもいいとさえ…」
ドックン。
突然、心臓が弾けた。
ドックン。
急速に鼓動が高まる。
ドックン。ドックン。ドックン。ドックン。

白衣を着た人達の群れ
医者や看護婦達だ。
その中心には彼がいる
お願いだ。彼を殺さないでくれ!
生き延びるべきは…僕じゃない…

「…ぉ…しょお」
気が付いた時目の前には椎名の顔があった。
「しょお?」
心配げな顔で俺を覗き込んでいる。
「ああ、どおしたんだ?」
胃のムカつき、吐き気を堪えながら、声に出して訊ねてみる。
「どうしたじゃないぜ!お前、今、白目剥いてたぞ」
そう言ったのは俺の左側に回ってきていた田槙だった。
「まだ、顔が青いよ」
渡辺の心配気な顔は初めて見る。どうやら相当酷い顔をしているようだ。
「保健室に行って来るよ」
俺は出来るだけ愛想良く言う。
「一人で大丈夫なの?」
「慣れているから…」
そう言いながら立ち上がり、田槙の方を向いて
「時々だけど、こんな感じで発作が起きるんだ」
と言うと、田槙は諦めたように
「わかった。悪かったな」
と言って詫びた。

「失礼します」
そう言って保健室に入る。
中にでは白衣を着た30半ばのおばさんが、事務仕事をしていた。名前は忘れたが(と言うよりまだ覚えていない)我が校の保険医に間違いない。
「1年の小林翔です」
形式的に名乗る。おそらくだが、俺の名前はこの先生の耳にも入っているはず。
「あなたが小林君?一人で大丈夫だったの?」
先生は慌てて立ち上がり、俺の頬や額に手を当てる。やはり、俺の身体の事を知っていた様だ。
「顔色良くないわね。それじゃあ手前のベッドを使って」
俺は言われるままにベッドに腰掛け、上履きを脱いで横になる。
「こういう時に飲む薬とかは?」
「それについては何も。飲みあわせの問題があるので、出された薬以外は飲まない方が良いと」
「そう?じゃあしばらく休んでいていいわ。次の教科は?」
「英語です。先生には友達から話が行くと思います」
「わかったわ。ここ、閉めるわね」
そう言うと、ベットを囲むカーテンが閉められた。

三限目には授業に復帰したが、食欲までは回復せず、昼飯の誘いは断った。そのせいかどうかは判らないが、今日も一人で帰ることになった。渡辺と椎名は俺に声を掛けずにさっさと帰ってしまったのだ。
それでも真っ直ぐ帰る気にはならない。俺は商店街をぶらつく事にした。
昼飯を抜いたせいで少し小腹が空いている。取り合えず腹ごしらえだな。
『小吉』の人気メニューは、やはりキムチラーメン。キムチと相うようにチャーシューの代りにカルビ焼きが何枚か乗っている。
キムチの追加はフリーなので、大抵の客は各テーブルに置かれた容器から、キムチを取って上乗せしている。キムチライスにする者もよく見る。入れ過ぎて自爆する客の話も時々聞く。
今日は軽く済ませるつもりなのでキムチの追加はやめておいた。
店を出て、このあと何処に行こうか思案していると、反対側の歩道に見覚えのある人物が歩いているのが見えた。
宮前梢。
声を掛けるべきかどうか躊躇していると、向こうが俺を見つけて手を振ってきた。
彼女は一番近い横断歩道を渡ってこちら側に走ってきた。
「こんにちは。えーと翔君の方だよね」
「うん」
思わず愛想の無い返事になってしまう。仕方の無い事だとは思うが、この子は昔の駆しか知らないのだ。
「駆君も同じ学校なの?」
「いいや」
「あ、そうなんだ。駆君はサッカー続けてる?」
「いいや」
「辞めちゃったの?じゃあ翔君はサッカーやるの?」
「…あの、宮前さん」
俺はいたたまれなかった。彼女にこの真実を話すことはあまりにも残酷だ。でも、いつかは知らなきゃならない事でもある。
「駆は…もう、いないんだ」
「え?」
「ごめん、最初に話しておくべきだった。駆は二年前に交通事故で」
「そう…だったんだ…」
呆然とした彼女の顔が、俺の罪悪感を掻き立てる。
言葉が続かない。
お互い無言のまま、日の傾きかけた街角で立ち尽くすだけ。
「ごめんなさい。辛い事思い出させちゃった」
先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。俺の無言の意味を、そう取り違えたらしい。
「いや、謝るのは俺の方だよ。今日まで黙っていたんだから」
「そんな事ないよ。翔君は悪くない」
嬉しかった。そして自分の卑怯さが嫌になった。
「ありがとう。でも、謝りたいんだ。そうしないとまた自分を騙してしまうから…だから、ごめん。それから、逢えて良かったよ」


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