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Tactics ONE short story



輝く世紀へ




by laughcat




宮前が転校してから1年たった頃
僕のところに一通の手紙が届いた。
差出人は宮前梢。
女の子らしい封筒に入った、
女の子らしい便箋に書かれた手紙。
手紙には色々な事が書かれていた。
新しい学校の事。
新しく出来た友達の事。
締めくくりに『また会う日を楽しみにしてます。』と書かれていて
でも
その頃には、
宮前がいない事をさみしく思わなくなっていて
別れる時「さみしくなるな」って言ったのに
さみしいと思わなくなっていて
返事は書かなかったんだ。

≪5月9日≫
「時間なんてものは始めっから無いんだから、ここは基礎を重点的にやるべきだ」
本当に草野みたいなのがサッカー部ではないと言うのは不思議な話だ。熱血漢と言うのか、ことサッカーのことになると夢中になる。
サッカー部の練習ならともかく体育祭前の授業でこんな練習をするようなクラスが他にあるだろうか?
しかもメンバーの半分は草野に触発されたのか、乗り気でいるから困り者だ。大体一番迷惑を被るのは俺である。
「なかなかいいドリブルだな。」
「お前に誉められても嬉しくねえ」
「そう言うな。お前は今回の中心戦力なんだから」
「どいつもこいつも当てにしやがって、もう少しいたわる事を考えろよ」
体育の授業はそんな感じ。体育の授業が終ると、今度は椎名に捕まる。もちろん渡辺も同行してだ。
「小林君。体育の授業平気だった?」
昨日の今日だからこいつらが心配するのも無理はない。草野も無理を強いいていると言う訳ではないのだが、こいつらの半分くらいの思いやりが有ればと思うくらいだ。
いや、それでも草野のあの癖までは変えられないだろう。
「心配するな。無理はしないから」
「でも、昨日だっていきなりだったし」
「みゅぅ」
「薬を飲み続けてれば、そう大事になる事はないんだ。大丈夫。その辺は上手くやるさ」
俺はそう言って、椎名の肩をポンと叩いた。

それで安心したのか、今日は一緒に帰ることになった。
商店街の入り口付近で、何処に行くか話し合って(表向きそう言う事にしておこう)いる時、大通りのほうから宮前さんがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「こんにちは。翔君」
いつから気付いていたのか、彼女の方が俺より先に挨拶をしてきた。
「こんにちは。今帰り?」
「ええ」
彼女は渡辺達の事を気にしている様子でそう答えた。
「あ、紹介するよ。こっちが渡辺で、これが椎名。両方とも俺のクラスメートだ」
「人の事をこれとか言わないでよ!」
渡辺がそう抗議するが、椎名の方はそんな事を気にせずに、宮前さんにお辞儀をして
「椎名繭」
と言って宮前さんに向かって右手を差し出した。
「彼女は宮前梢さん。えーと…」
宮前さんと俺の関係って説明しようとすると結構複雑なんだよな。
「小林君とは小学校の時同級生だったんですぅ」
宮前さんは椎名の差し出した手を握りながらそう言った。
事実とは少し異なるが、簡潔に説明するなら、こう言うのもありだろう。
いや、嘘は付いていないな…
彼女が小学生の時に『小林』という同級生がいた事は紛れも無い事実だ。
ドックン。
心臓が一度だけ大きく打ったような気がした。
イケナイ!
頭の隅で何かが警告を発する。
そう、昨日の今日だ。椎名や渡辺にまた心配掛けるような事になってはいけない。
即座に思考を停止して、気持ちをスイッチするべく宮前さんを見る。
「俺達これから美味いコーヒーを出す店に行くんだけど、もし良かったら一緒にどう?」
「ちょっと小林君。勝手に決めないでよ。」
「いいじゃん。『さんぱうろ』で、それとも他に当てがあるのか?」
「今日は『山葉堂』にしようと思ってたのに」
「30分は確実だろ。今からなら40分かもしれないぞ」
「あのー、いいんですか?ご一緒して」
俺と渡辺のやり取りの間を、遠慮がちに宮前さんが口を挟む。
「あはは、それは構いませんよ。人は多い方が楽しいし」
渡辺が取って付けたように返す。一応、宮前さんの事を迷惑がっている訳ではない事だけは確かなのだが
「じゃあ決まりだな」
俺がそう言うと、椎名が宮前さんの手を引いて歩き出した。

商店街の外れ、少し駅寄りのところにある喫茶店『さんぱうろ』はコーヒーが美味い事でも知られているが、より良心的な事に、おかわりは何杯してもいいのだ。
つまるところ『コーヒー飲み放題500円』である。
「…それで私も手伝って拾ってたら、いきなり目の前に小銭の載った手のひらが差し出されて『向こうの方にも転がってた』って」
4人掛けのテーブル席に着いて、今、渡辺が話しているのは、俺と渡辺&椎名との因果にまつわる話だ。
「それを受け取って、お礼をしなきゃって思ったんだけど、もういなくなっていてね。でもお昼休みが終って教室に戻ったら、その人が座っているのよ。あ、それに気付いたのは私じゃなくて繭だったんだけど、それで改めてお礼をしようと思ってね。帰りに『さくらんぼ』に誘ったのが始まりって事になるかしら」
「『さくらんぼ』に誘う事からして間違いだった気もするがな。それを目ざとく察して、翌日改めてって事で、連れて行かれたところが『山葉堂』だろ、次が…」
「翔君も随分いい思いしたのねー」
「冗談でも、そう言わないでよ。おかげで変な噂が立つわ、一部で目の敵にされるわで」
「ふーん。それでどっちが本命なの?」
「宮前さんっ!」
本来ならテーブルを叩いているところだが、それだけは寸前で堪えた。

玄関を開けた時にテレビが付いている事に気が付いた。
だからと言って何かが違う訳でもない。
俺は普段と同じように自室に鞄を置くと、台所に入って、既に用意されている晩飯を食い始める。
リビングと続き間のダイニングキッチン。
ダイニングテーブルの周りに置かれた6脚の椅子。でも俺が使うのは一つしかない。
俺はいつもと同じくリビングに背を向けるところに座っている。
リビングには誰がいるのか?
わかっている。でも、そんな事はどうでもいい事だ。
俺はいつもと同じく一人で晩飯を食うのだから。


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