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Tactics ONE short story



輝く世紀へ




by laughcat




あの椅子は父さんが造った物だ。あのテーブルも
椅子は4脚しかなかった。テーブルも本来4人用の物だから
僕が死んでから椅子が余るようになった。
最初は1脚、やがてそれは2脚になった。
(お父さんの単身赴任だね)
そう、でも父さんが帰って来ると1脚に戻ってしまう。
(だからお父さんは椅子を造るのかい?)
そうなんだ。椅子はいつでも余っているんだ。

≪5月10日≫
自慢にはならないが、俺は朝食を欠かしたことがない。と言っても薬を飲む都合が有っての事だから、健康的な生活習慣という意味では十分に意義のある事だ。
始業の1時間前に起きて朝食を摂り、薬を飲んだ後、血圧を測ってから家を出る。
学校までは歩いて10分ちょっとだから、朝はいつも余裕がある。
「翔君」
突然後ろから声を掛けられる。振り向いてみれば宮前さんがいた。
「おはよう。宮前さんもこれから学校?」
「ええ、今日は1本早い電車で来たから」
「あれ、宮前さんって電車通学なの?」
「ええ、家が天六だから」
「小学校はこっちだったんだよね?」
「あ、そっか、翔君は知らなかったのよねぇ。私、5年生の時に転校したの」
「そうだったのか…」
初めて会った時に彼女は5年ぶりだと言っていた。その意味が始めて判った。5年間、駆の事を忘れずにいた彼女。5年前どんな気持ちで駆と別れたのだろう?
「明日からこの時間にしようかなー」
ふと、彼女がそう呟くのが聞えた。
「え?」
「いつもの時間だとー、歩いてぎりぎりなのよ」
「でも、間に合わない事はないんだろ?」
「それは、そうなんだけどねー」
その時、商店街の入り口を横切った。もちろんこんな時間から開いているのはコンビニくらいしかなく。夕方の活気と比べると寂しげな風景だ。
「昔と比べると変ったのよねー」
宮前さんは商店街の方を覗き込みながらそう言った。
宮前さんは最近のこの街を知らない。俺は昔のこの街を知らない。
宮前さんと俺との記憶の中で共通項目はいくつあるのだろう?
この親近感を覚える彼女が、ごく最近までは見ず知らずの他人であったのだ。
親近感?いや、親近感というよりも錯覚だ。旧知の仲であったかのような錯覚だ。
「私、そろそろ行くね」
彼女はそう言って通りの向こう側へ渡った。

「今日こそは『山葉堂』だからね」
商店街の入り口で渡辺が宣言した。昨日の遺恨を残さない為なのか、根に持たない時は根に持たない方なのだが
「好きにしてくれ」
今日はあえて反論するつもりはない。それよりも気になる事があった。
「梢ちゃんと約束してるの?」
渡辺に訊かれて少し焦った。
「別にそう言うわけじゃないって」
「だって小林君そっちの方ばかり見ていたよ」
渡辺が指した方向には宮前さんの学校がある。
「それより『山葉堂』にするんだろ?早く行った方がいいんじゃないか?」
俺はそう言って商店街の方に進もうとしたが、椎名が正面に立って両手で押えた。
「なんだよ」
「しょうは待ってるの」
「は?」
「みゅっ。さきにならんでるから、しょうはここで待ってるの」
「ああ、それいいね。私と繭で先に行っているから、梢ちゃんが来たら連れて来てよ」
「なんだよ?それ」
「梢ちゃんだったら、きっと『山葉堂』のワッフル喜ぶよ」
そう言うと渡辺と椎名は商店街の奥の方へ消えていった。
一人取り残されて俺は何をする訳でもなく、宮前さんが来るであろう方向に目を向けていた。
その時には10分は待つ事を覚悟していたが、渡辺達が消えてから2、3分で彼女は現れた。
いや、彼女だけではない。
彼女をを見付ける直前に、俺はその交差点に見知った人物が立っている事に気付いていた。
「翔君。今日は一人なの?」
梢ちゃんもすぐに俺を見付けて、声を掛けてきた。
「いや、渡辺と椎名は先に行っていて、俺は梢ちゃんのお迎えに残された。」
俺は真っ先に自分の境遇を説明する。
「え?待っててくれたの」
彼女は驚いたように言って、少しうつむいてしまった。
「いや、いくらも待っていないんだ。入れ違いも同然。ただ、行き先が『山葉堂』なんで渡辺達は先に行って並んでるよ。」
「わあ、あそこはいつも並ぶんだよねー。じゃあ行きましょう。繭ちゃん達を待たせちゃ悪いもの」
梢ちゃんはそう行って先を急ごうとしたが、俺は慌てて彼女を引き止めた。
「ちょっと待って。そこに知り合いがいるんだ。挨拶してから行こう」
俺はそう言って交差点の一角に向う。
「こんにちは。長森さん」
さっき見付けた人物。それは長森さんだった。
「やっぱり小林君だったんだ。」
長森さんも俺に気付いていたらしい。
「一人で立ってなにしてるのかな?って思ってたら、知らない女の子と落ち合ってるんで、人違いかと思ったよ」
「あ、ちょっと待ってください」
俺は長森さんを制して、梢ちゃんの方を向き、長森さんを紹介する事にした。
「この人はうちの学校のOBで長森さん。で、彼女が宮前さん。」
「はじめましてぇ。宮前梢です」
「私は長森瑞佳。よろしくね」
自己紹介が終ると、何故か長森さんは俺の方を見てにこにこしている。
「小林君も、かわいい子がいっぱいいて大変だね。」
「長森さんまでそういう事を言うぅぅ」
嫌な予感はあった。でも長森さんまでもがこんな事を言って来るとは思わなかった。
しかも梢ちゃんは否定もせずに面白そうに笑っているだけ。
「宮前さんも笑ってないで、何とか言ってよ」
「えー。だって私、翔君の本命教えてもらってないよー」
「それより、長森さんこそこんな所でどうしたんですか?」
収拾が付きそうも無いので、強制的に話題を変える。
「私?ちょっと待ち合わせ」
「待ち合わせ?ひょっとしてデートですか?」
さっきのノリが抜けきれていないのか、梢ちゃんはいたずらっぽく訊いた。
「エヘヘッ」
一方の長森さんは、照れたような笑みを浮かべるだけで、あえて否定はしない。
うーん。どっちとも取れる反応だな。
「邪魔しちゃ悪いから、私達はもう行きますね」
「そうだな。そろそろ行かないと、渡辺が機嫌悪くするからな。それじゃあ、長森さん。椎名に伝えとく事とかありますか?」
「繭?特には無いけど、元気にしてる?」
「今頃『山葉堂』の前で待っているはずです」
俺がそう言うのを最後に長森さんと別れて、『山葉堂』に向った。


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