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Tactics ONE short story



輝く世紀へ




by laughcat




どこをどう通ったのかは覚えていない。今、自分が歩いている道さえよく判らなかった。
その人に声を掛けられるまでは、
「翔君?」
顔を上げると、そこには長森さんがいた。
気が付けは陽はだいぶ傾いている様で、空は朱くなっていた。
「翔君、一人なの?」
「ええ」
俺がそう答えると、何やら心配気な目で俺の様子を覗っている。
ははっ。いつまで経っても、心配されるのは苦手だ。今まで、散々心配を掛けて来たと言うのに、
「フラレちゃいましたよ」
俺は自嘲的に言った。
「彼女が好きだったのは、駆だったんです。俺じゃなく」
「駆?」
「俺の弟です。双子の…3年前に死にました。交通事故って事になっていますけど…」
俺の口からそんな言葉まで吐き出された。でも構わない。この際だ、開き直る為に、開き直ろう。
「長森さん。心臓移植って知ってます?死んだ直後か脳死状態の人から心臓を取り出して、病気の人の体に入れるんです。僕のここには、駆の心臓が入ってるんです」
俺はそう言いながら、自分の右手を自分の鳩尾に当てた。
ドクッ。ドクッ。
そこに感じる鼓動。それは本来あるべき場所ではない。
「僕は生まれ付き心臓が弱くて、12、3歳くらいまでしか生きられないと言われていました。でも、僕はまだ生きています。駆が…身代わりになって死んだから…僕は…駆を見殺しにして生きてるんです」
「…」
「何で僕なんでしょうね?本来なら、ここにいるのは駆で、僕はこの世にいない筈なのに、僕はここにいて、駆がここにはいない。何でこんな事になっているんでしょうね?」
「…私は」
今まで黙っていた長森さんが口を開いた。
「私は、翔君でよかったと思うよ。ここにいるのが翔君で、翔君と出会えて良かったと思うよ」
気休めみたいな台詞だ。
「私だけじゃないよ。繭だって、美亜だって、きっと翔君でよかったと思っているよ」
気休めの言葉でしかない筈なのに…
「別れはね。誰にとっても辛いんだよ。でも、別れが辛ければ辛いほど、そこには良い思い出があるからなんだよ。今一緒にいられる人と、いつかは別れなければならないから、その人がかけがえのない人になるの。だから…」
長森さんはそこで一呼吸置いて
「自分が死ねば良かったなんて思っちゃダメ。今、翔君は生きていて、翔君の事をかけがえなく思っている人達がいて、翔君にとってもかけがえのない娘がいて、だからどんなに辛くても、そんな風に思っちゃダメなんだよ」
今やっと思い出した。
『泣いちゃダメなんだよ』
あの日、出会った人のことを
『辛くても、泣いちゃダメなんだよ』
あの日、泣いていたように見えた人を
長森さん。あなたも誰かを亡くしたんですか?かけがえのない人との、辛い別れを経験したんですか?
でも、俺はそれを訊かない。
『それでいいんじゃない?』
そう、それでいいんだ。
今ある姿こそ、あるべき姿なのだから。
一つだけ、確認しておければ
「長森さん。今、幸せですか?」
「幸せだよ」
ただ、にっこりと微笑みかえす彼女は、力強くて、魅力的で、
「長森さんの彼氏が羨ましいです」
思わず冷やかすように言ってしまう。
「うん。ちょっと困った人なんだけどね」
そう言うと彼女は悪戯っぽく笑った。

(キミの思いは届いたようだね)
僕の思い?
(彼が再び歩き出せるのも、君が思いを残していったおかげなんだよ)
あれは僕の力じゃない。
(キミの力だよ。キミが残したからこそ、彼の力になるんだ)
僕の力?
(そろそろ行こうか?)
どこへです?
(新しい世紀が来るんだよ。彼が新しいスタートを切ったように、君も新たなスタートを切る頃だ)
ここを離れるんですか?
(彼にはまた会えるさ。キミの思いがあれば、思いが届いた時、奇跡は起きるのだから)
わかりました。行きましょう。新しい世紀へ。

玄関をくぐる時、母さんが台所に立っているのが判った。
「ただいま」
「おかえり…」
当たり前の筈のやり取りが、ひどく新鮮に感じる。
仕方ない事だ。『ただいま』を言ったのは何年ぶりだろう。
吹き出しそうになりながら、俺はリビングのソファーに体を預け、テレビを点ける。
特に観たい番組がある訳でもないので、チャンネルはそのまま、丁度、バラエティーの時間だった。
「母さん」
何気に呼んでみる。
「なあに?」
用事があって呼んだ訳じゃなかったので、急遽用事を考える。
「晩飯、何?」
「もう少し待ってて」
この際、論点がずれていることなんか関係ない。3年間、失われていたものがそこにはあった。
すぐそこにあって、手を出そうとしなかっただけだった。
これからは違うんだ。そうこれから…
「母さん」
もう一度呼ぶ
「何?」
「俺さ…サッカーやろうと思う」
「サッカーを?」
「そう、サッカーを。いいだろ?」
「あなたがやりたいって言うのなら構わないけど、先生に相談してからにしなさい。今度の火曜日だから」
「うん、わかってる」


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