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Tactics ONE short story



夕焼けがみえるなら




by まろびー



 泣いてばかりいる日がずっと続いていた。
 心が痛み続けていた。
 何も考えたくない気がしている。
 光を失ったあの時よりも今回の方が酷いとはっきり自覚できている。
 体が半分無くなってしまったようだ。
 ・・・でも毎日は過ぎていく。
 あの人と過ごした僅かだけど私にとっては大切な日々が遠のいていく。

 ある日、ふと思った。それは寒さも少しゆらいだ日。
 なぜ、あの人は消えてしまったのだろう?
 なぜ、わたしだけがおぼえているのだろう?
 なぜ、みんなは忘れてしまったのだろう?

 今、又私は、あの人との思い出の場所にいる。
 そして親友の前で、ただ泣いている。

 ふと蘇る記憶。

 そういえば、あの日、あの人も泣いていたんだよね。
 息を切らせながら、階段を登ってきて、ここで初めて私を抱きしめてくれた時も・・・。
 
 ・・・・あの時、あの人は、どうして泣いていたんだっけ?

 「みさき。取り敢えずは帰ろ?今日は。遅くなるよ?」
 ゆきちゃんが話し掛けてきた。
 「ゆきちゃん」
 「ん?」
 「馬鹿な事とは思わないで聞いてね」
 「・・うん」
 「初めて、私が、ここであの人と出会った時、私が掃除をサボってここで昔子供の頃に見た夕焼けを思い出していたの。そこへあの人が上がって来て、今のゆきちゃんみたいに空の点数を言ったんだよね。そして、そのすぐ後に、ゆきちゃんも此処に来て、あの人に向かってボーっとした、川名みさきは居ないか?って聞いたんだよ」
 「・・・・・・・・・」
 「ゆきちゃんも・・間違いなくあの人とは逢っているの。その後も」
 「やっぱり、覚えがないよ・・・私」
 ゆきちゃんは戸惑っているのが分かる。長いつきあいだから。

 「澪ちゃんっているでしょう?」
 「あの、一年の演劇部の、口の聞けない子?」
 「うん。その澪ちゃんともあの人が会わせてくれたんだよ」
 「え?」
 「だって・・・考えてみてよ、ゆきちゃん。私見えないんだよ。澪ちゃんは口が聞けないんだよ。どうやって初めのコミュニケーションを取るの?
 あの人が、間に立って、通訳してくれたから私は澪ちゃんとも知り合いになれたんだよ。・・・誰かが間にいたからそんな難しい事が可能だったの」
 「みさき・・・」
 
 「・・・ごめんね、ゆきちゃん。先に帰ってて。私もすぐに下へ降りるから」
 少しすると、すぐに降りてくるのよ。私は下で待ってるからと言ってドアが閉まる音がした。

 あの人に私はなんて言ったんだっけ?

 私は思い出の記憶を遡る・・・。

 あの人は、ここのドアを開けて、みさきっ!!と叫んで私を呼んだ。
 私は、その時何て言った?
 ふと、蘇る。記憶の中のあの人のあの時の顔。
 泣きそうな、辛そうな、苦しそうな顔。
 どうして、あんな顔をしたの?
 私が何か、酷い事を言ってしまった?

   私はただ脅かそうとして
 私はただ・・・「誰?」と聞いて・・・・
 そして、あの人が一瞬あんな顔をして

 ・・・・・「誰?」・・・・と私に聞かれたあの人はだから、あんな辛そうな顔をして?

 私に、・・・・・私に?『忘れられた』と思ったから?
 『私まで』忘れたと思ったから・・?なの?
 
 私に縋って泣いているあの人の声が耳に残っている。
 あれは、私が覚えていたからこそ泣いていた涙なのでは?
 私が・・・既に、あの人を覚えている最後の人だったって事なのでは?

 ・・・あの人は、みんなが『自分』を忘れていくのがわかっていたの?・・・

 「みんなが忘れても、私だけには覚えて欲しかったの?」
 
 問いかけても誰も答えてはくれない。
 ただ風の音が聞こえる。少し暖かい春の風が。
 ・・・今だけは、どれだけ泣いても前が見えない自分が、あの人の顔さえ分からない自分が恨めしい。
 ・・・でも、私は、この手と、この体があの人を覚えている。
 声も思い出せる。みんな覚えている。
 私は自分の肩を抱き、体をすぼめた。
 少し、心が軽くなった様な気がする。
 何となく、わかった。
 もう、これ以上、深みにはまっても仕方がないのだ。
 あの人は、私にだけは自分の姿を見せてくれていたのだから。
 新しい想いが心の中で組み上がっていく・・・

 ・・・・だから、

 「大丈夫だよ。私だけは覚えているからね」

 そして明日は、とうとう、卒業式だ。あの人の。
 せめて、私だけは、あの人を送ってあげようと思う。
 心の中だけでも
 口に出せなくても
 たとえ、見えないと分かっていても。

 「70点って、ゆきちゃん言ってたっけ?」
 さっきの親友の言葉が蘇る。
 70点の空・・・それは、小さかった頃此処から見た、あの夕焼けの空の様に、切なく、悲しく、そして温かみのある空と一緒だろうか?
 そう思うと、空の光景が目の前に浮かんできた。
 そして私は肯くと、ドアの方へと歩く。まだ、涙は止まらない。それでも・・・
 そしてドアを開けて、振り返って呟いた。


 「明日も・・・70点だといいね」

 
 
         《夕焼けがみえるなら・完》


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