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Tactics ONE Short Side Story



金曜日


〜上月澪〜

by T.横島



 放課後の廊下をとたとたと走る小さい影。頭の大きなリボンを揺らし、胸にスケッチブックを抱いて上月澪は別校舎へと向かっていた。向かう先は演劇部部室。今日から舞台に向けての本格的な練習が始まる。
 階段を上ってたどり着いた部室。ドアを開け、中に入ろうとしたところで澪は足を止める。部長の深山雪見がそこに立っていた。
 「上月さん、遅いわよ。時間厳守、って言ってあるでしょう」
 いきなりのお説教に、しゅん、とうなだれる澪。胸に抱えたスケッチブックを開いてさらさらと書き込み、それを相手に見えるように出す。
 『先生に呼ばれてたの』
 そしてぺこぺこと頭を下げる。
 「・・・わかった。今度は誰か部員に言付けをしておいてね。さ、時間ないんだから急いで準備して」
 うん、と笑顔でうなずいて部室に入っていく。
 部室の隅の棚に荷物を置いて部屋を見回す。少し大きめに作られた部室の中では、あちこちで部員がせわしなく動いている。
 「上月さん、こっちこっち」
 部員に促されてそちらへと向かう。衣装の並んだクローゼットハンガーの前にはすでに着付けを終わらせた舞台役者が集まっていた。
 「えっと、上月さんの衣装は・・・、これね」
 そう言って差し出されたものは、数日前買いに行った澪の舞台衣装だった。部員の手を借りて衣装を着る。ワインレッドのブラウス、真っ白なスーツ、胸元に赤色のリボンを巻いた澪が姿見の鏡に映し出された。子供っぽさをもった澪を大人らしく見せる衣装。
 いろいろなポーズを取って鏡の中の自分を面白そうに見る。その時に鏡の澪の後ろにみさきが見えた。今日は手伝いに来ているらしい。振り返りそちらへと駆けていく。
 部屋の真ん中で周りを見ていたみさきの服の袖をぐいぐいと引っ張る。気づいたみさきが振り返ったところで少し居住まいを正し、その場でくるっと回る。そして満面の笑みを浮かべ『どう?』という表情で問いかけた。
 「えっと・・・・・・」
 すぐに返事は返ってこなかった。少し困った顔をしたみさきが澪の目に映る。
 そこへ雪見がやってきた。初めて見る舞台衣装の澪を一通り眺めてから感想を出す。
 「上月さん、似合っているわよ。・・・ふぅ〜ん、なんか違う人みたいね」
 それを受けてみさきも答える。
 「澪ちゃん、かわいいよ。お姫様みたいだよ」
 2人の言葉を聞いてまた澪が笑った。そしてみさきの周りを嬉しそうにくるくる回る。
 「それじゃ役者の人、集合して下さい。本番の仮稽古、はじめます」
 部室に作られた立ち稽古の場から、脚本を持った部員が全員に呼びかける。
 「仮稽古だけど本番だと思ってね。落ち着いてやるのよ、上月さん」
 「澪ちゃん、がんばってね」
 2人の先輩の言葉に、こくっと頷いた。そして、みさきに後押しされて澪は仮舞台のほうへと駆けていった。
 「澪ちゃん、がんばれ〜」
 もう一度みさきの声。走りながら振り返り、その声めがけて小さな体をめいっぱい使って大きく手を振った。


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