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Tactics ONE Short Side Story



recollection




by T.横島



 青い空に陽光が輝く、静かで穏やかな日だった。緑の葉っぱを茂らせた木々が葉を揺らし、木漏れ陽を地面に作る。その下で静かにブランコが揺れていた。
 小さな公園の入り口。散歩帰りで、母親と手を繋いで歩いている浩平がいた。
 「かわいそうな子・・・」
 浩平の母親が足を止めて公園を見る。
 「えっ?」
 「あの子は、お話ができないのよ・・・」
 浩平の問いに静かに答える。
 それを聞いて浩平も公園を見た。公園の木々に囲まれたブランコの上に、ちょこんと行儀良く女の子が座っていた。遠くからでも解る、ただ無表情な顔で。
 浩平は母親の手をほどいて女の子のいるブランコへと駆けていった。
 「・・・よっ。お前なにやってるんだ?」
 駆け寄った浩平の声に女の子が気づき、ゆっくりと顔を上げる。
 「ひとりで遊んでるのか? 友達は?」
 問いかけに、女の子は無表情で浩平の顔を見る。ただ見つめるだけで、待っていても答えは返ってこなかった。
 浩平は両手を伸ばして女の子のほっぺたを左右に引っ張った。口が横に開く。しばらく経ってからゆっくりと手を離した。先ほどと変わらない顔が浩平の目の前にいた。
 「からかいがいのないやつだなぁ・・・。こんなことされて、悔しくないのか?」
 また答えは返ってこなかった。無意味に時間が過ぎる。
 表情の変わらない女の子に浩平は再び行動に出た。女の子の座っているブランコの鎖を掴んで、右回りにぐるぐるとひねりを加える。「ほえっ」とした表情のまま、女の子がくるくると回っていた。
 「こ、これくらい回せばいいだろう」
 女の子の頭の上には交わった鎖がいくつもの螺旋を作っていた。
 「いいか。今、オレが手を離せばブランコがさっきと反対の方向に勢いよく回転するんだ。びっくりするぞっ」
 相変わらずの無表情が浩平の目に映る。
 「本当に離すぞ」
 脅しをかけても変わることはなかった。それを不快に思ってか、浩平は掴んでいた鎖を勢いをつけて逆回りに回した。ひねった分だけ元に戻ろうとするブランコがぐるぐると回転する。何度か回転したあと、反動でブランコが左右に揺れてから止まった。
 「ど、どうだびっくりしたろ。・・・こ、こわかっただろ」
 疲れた浩平とは対象に、何をやっても変わらない表情の女の子がブランコに座っている。
 「ううっ、お前、僕のことが嫌いだろっ!」
 泣きそうな顔で浩平が女の子を指さす。そこでふと我に返る。
 「・・・でも、おまえ本当に喋れないのか?」
 表情が変わらないだけでなく、声を発することもなかった女の子。その顔を浩平はじっと見る。
 「・・・本当みたいだな。だから、そんな愛想わるくなるんだな」
 そう言ってから、浩平はブランコの脇に置いたスケッチブックを持ってきた。
 「・・・これ、お前に貸してやる」
 差し出されたものを不思議そうな顔で見る女の子。
 「図工の時間に、絵を描くのに使うからって、さっきお母さんに買ってもらったんだ。だから、本当はダメなんだ。・・・これがないと、たぶん、お母さんに怒られるけど・・・でも、お前に貸す」
 女の子がぶんぶんと首を左右に振る。
 「いいから、うけとれ」
 半ば強引に女の子の胸にスケッチブックを押しつけた。
 「これで自己紹介できるよな。・・・ぼくは、浩平だ」
 女の子は無表情な瞳で、半ばのけぞった浩平と手渡されたスケッチブックを交互に見る。やがて、そのスケッチブックをゆっくりと開いた。そこで手が止まり、そのままの体勢で動かなくなる。
 「・・・なにやってんだ?」
 動き始めてすぐに止まった女の子を浩平が不審に思う。
 「もしかして、書く物持ってないのか?」
 その問いに微かに頷いた・・・ように浩平には見えた。
 「・・・まったく、世話がやけるやつだな。ほら、このクレヨンやるから。・・・でも、一本だけだぞ」
 次に差し出されたクレヨンの箱を、少し前に乗り出して右から左へゆっくりと眺める。
 「なにじっと眺めてるんだよ。ほら、好きなの選べ」
 クレヨンの箱をさらに女の子に近づける。また微かに頷いてから小さな手を伸ばし、一本のクレヨンを手に取る。巻かれた紙に「あお」と書かれたクレヨン。
 「青が好きなのか?」
 今度ははっきりと頷いた。
 「よし、本当はおれもお気に入りだけど特別にやる。ついでに、この使い道が分からない白もやる」
 白のクレヨンを手にとって女の子に渡そうとする。すると、ふるふると首を振った。
 「白はいらないのか? 贅沢なやつだな。・・・まあいいや、じゃあ自己紹介だ」
 頷いてスケッチブックを広げる。そして真っ白な紙に文字を書く。
 『澪』
 くねくね曲がった字で紙いっぱいに書かれた文字にはそう書いてあった。
 「・・・な、なんてよむんだ?」
 浩平にとっては今まで見たことのない字だった。それ以前に漢字で書かれるとも思っていなかった。すると女の子の口が微かに動いた。2回、しかし言葉は出てこなかった。
 「・・・まあいいや。とにかくこれで自己紹介も終わったわけだ」
 そこで今まで無表情だった女の子の表情が少しだけ和らいだ。口元が小さく微笑む。
 「お、もしかして今笑ってるのか?」
 その時、遠くから浩平を呼ぶ声が聞こえた。公園の入り口で成りゆきを見守っていた浩平の母親の声。
 「・・あっ、わるいな、お母さんが呼んでるから。じゃあな」
 こくこくと頷く。
 「・・・あ、そうだ」
 立ち去りかけた浩平が女の子の元に戻る。
 「いいかっ、そのスケッチブックは貸すだけだからなっ。今度絶対に返せよっ」
 一度頷いてから開いたままのスケッチブックに何かを書き込む。
 『いっしゅうかん』
 今度はひらがなで書かれていた。
 「・・・一週間で返してくれるのか?」
 こくっ、と頷く。
 「だったら、一週間後にここで待っているから」
 浩平が公園の地面を指す。そしてもう一度女の子が頷いた。
 「いいか、約束だぞっ。それまでそのスケッチブック、大切にしろよっ」
 念を押してから浩平はその場を離れ、母親の元へと戻っていった。

 それから1週間後・・・。
 約束のその日、浩平は真っ黒い服に身を包んだ大人達の中にいた。花が飾られた狭い部屋と、立ち上る線香の煙の中に。そしてその中心には、笑顔にあふれた遠き日の浩平の父親がモノクロの写真となって台に飾られていた。
 浩平は、父親との最後の別れの場にいた。

 それから何日かして、浩平は友達から公園で毎日泣いている女の子の噂を訊いた。雨の日も傘をささずに、小さな体で胸に本らしき物を抱え、ただひとり立ちつくして泣いている女の子の話を。
 その後、浩平はその女の子に会いに行くことさえ、その公園に近づくことさえなかった。


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