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Tactics ONE Short Side Story



PROMISE END


〜過去・上月澪〜

by T.横島



 キィーーーーーー
 小さな公園でブランコが揺れる。錆の入った金属同士がこすれ、独特の音を鳴らす。一陣の風が吹き、木々に茂った緑の葉が音を立てて揺れた。その揺れと、青い空に輝く陽光の光が地面にきれいな模様を描いた。
 キィーーーーーー
 再びブランコが揺れる。その上にちょこんと座る女の子・上月澪。周りに誰もいない公園で、ただ一人、ブランコに身を任せて揺れていた。ゆっくりと動く影を、俯いたままの無表情で見つめる。
 そんな静かな空間に足音が入ってきた。それは徐々に澪のほうへと近づいてくる。
 「・・・よっ。お前なにやってるんだ?」
 澪の前で止まるそれは同時に声を投げかけてきた。視界に入った小さな靴と、自分に向けられたであろう知らない人の声にゆっくりと顔を上げる。同じくらいの年の、澪より少し背の高い男の子。
 「ひとりで遊んでるのか? 友達は?」
 唐突に投げられる質問に澪はただ黙って男の子の顔を見ていた。と、その子の手がゆっくりと澪のほうにのび、ほっぺたを左右に引っ張った。しばらく横にのばして手を離す。引っ張られていた頬がじんじんと痛んだ。
 しばらく様子を見てから男の子が口を開く。
 「からかいがいのないやつだなぁ・・・。こんなことされて、悔しくないか?」
 頬の痛みのほうが大きくて、何とも答えられずに男の子の顔を見る。少しむっとした表情が見て取れた。
 すると今度はブランコに近づいてきて鎖を掴み、ぐるぐるとひねりを加えていった。それと一緒にブランコに座っている澪もくるくると回る。巻き付いていく鎖がキリキリと音を立てた。
 「こ、これくらい回せばいいだろう」
 澪はゆっくりと自分の頭上を見上げる。交わった鎖がいくつもの螺旋を作り、その上にそれを支えている男の子の手があった。
 「いいか。今、オレが手を離せばブランコがさっきと反対の方向に勢いよく回転するんだ。びっくりするぞっ」
 頭上の鎖と得意げな男の子の顔を交互に見る。
 「本当に離すぞ」
 じっと見つめる。そして男の子の勢いをつけた声と同時に、ブランコが先ほどと逆方向にぐるぐると回りだした。何度か回転してからその反動でブランコが左右に揺れてゆっくりと止まる。元の状態に戻ってから男の子と再び向き合った。疲れたのか肩で息をしている。
 「ど、どうだびっくりしたろ。・・・こ、こわかっただろ」
 男の子の言葉を待ってから澪はブランコの左右を見る。特に何かが転がっている、という訳でもなかった。
 「ううっ、お前、僕のことが嫌いだろっ!」
 澪の行動に泣きそうな顔で男の子が指をさしてきた。少し眼に涙がたまっていた。その表情がふと我に返ったように元に戻った。
 「・・・でも、おまえ本当に喋れないのか?」
 今までの澪の行動からそう推測したらしい。確かめるように男の子が澪に顔を近づけてじっと見る。俯けば頭が当たるくらいの距離まで近づいていた。しばらくその状態が続く。
 「・・・本当みたいだな。だから、そんな愛想わるくなるんだな」
 そういってから男の子が澪のそばを離れた。そしてブランコの脇に置いてあるスケッチブックを持ってきて澪に差し出した。
 「・・・これ、お前に貸してやる」
 買ってきたばかりのような、汚れひとつついていないスケッチブック。
 「図工の時間に、絵を描くのに使うからって、さっきお母さんに買ってもらったんだ。だから、本当はダメなんだ。・・・これがないと、たぶん、お母さんに怒られるけど・・・でも、お前に貸す」
 澪はぶんぶんと首を左右に振った。
 「いいから、うけとれ」
 半ば強引に澪の胸にスケッチブックを押しつける。仕方なく澪は渡されたスケッチブックを両手で抱える。
 「これで自己紹介できるよな。・・・ぼくは、浩平だ」
 改まって男の子が言う。半ばのけぞった、少し自信満々に名前を名乗った。
 男の子と手元のスケッチブックを交互に見てから、澪はゆっくりとスケッチブックを開いた。そして真っ白な紙に手を置いたところで動きを止める。
 「・・・なにやってんだ?」
 不思議な行動をとった澪に男の子が不審な眼で問いかける。澪はその紙の上で弧を描くように手を動かした。
 「もしかして、書く物持ってないのか?」
 気づいてくれたことに、こくっと微かに頷いた。
 「・・・まったく、世話がやけるやつだな。ほら、このクレヨンやるから。・・・でも、一本だけだぞ」
 次に差し出されたクレヨンの箱。開いた箱の中には10を超える色が右から左へとグラデーションを描くように並べられている。その色たちにしばらくの間、澪は見入った。
 「なにじっと眺めてるんだよ。ほら、好きなの選べ」
 クレヨンの箱がさらに近づく。微かに頷いてから小さな手を伸ばし、その中の一本を取る。巻かれた紙に「あお」と書かれたクレヨン。
 「青が好きなのか?」
 青色のクレヨンを持ったまま、今度ははっきり頷く。
 「よし、本当はおれもお気に入りだけど特別にやる。ついでに、この使い道が分からない白もやる」
 男の子は白色のクレヨンを手にとって澪に渡そうとする。「一本だけ」という言葉があったためか、澪は遠慮を表すように首を左右に振った。
 「白はいらないのか? 贅沢なやつだな。・・・まあいいや、じゃあ自己紹介だ」
 頷いて閉じたスケッチブックをもう一度広げる。そして真っ白な紙に青色のクレヨンで文字を書いた。
 『澪』
 くねくねと曲がった字が紙いっぱいに広がる。はじめて書いたように思える自分の名前。
 「・・・な、なんてよむんだ?」
 驚いて男の子が聞く。読めない漢字を書いてしまったためか目の前で試行錯誤する姿があった。それを見て澪が口を開いた。「み」・「お」と、2回。しかしその口から言葉は出てこなかった。
 男の子も澪の様子を知ってか、それ以上聞こうとはしなかった。
 「・・・まあいいや。とにかくこれで自己紹介も終わったわけだ」
 そして澪がにっこりと笑う。小さな口元が少しだけ微笑みを表した。
 「お、もしかして今笑ってるのか?」
 澪の表情に男の子が驚いて一歩近づいた。その時、遠くから男の子を呼ぶ声が聞こえた。公園の入り口で手を振る母親。
 「・・あっ、わるいな、お母さんが呼んでるから。じゃあな」
 解ったという意味を含めて2回頷く。
 「・・・あ、そうだ」
 立ち去りかけた男の子が澪の元に戻ってくる。
 「いいかっ、そのスケッチブックは貸すだけだからなっ。今度絶対に返せよっ」
 一度スケッチブックを見てから少し考え込む。そしてクレヨンで書き込む。
 『いっしゅうかん』
 男の子が読めるように今度はひらがなで書く。
 「・・・1週間で返してくれるのか?」
 こくっ、と頷く。
 「だったら、1週間後にここで待っているから」
 男の子が自分の真下の地面を指した。
 「いいか、約束だぞっ。それまでそのスケッチブック、大切にしろよっ」
 もう一度念を押してから男の子はその場を離れ、公園の入り口にいる母親の元へと帰っていった。
 それを見送ってから澪はスケッチブックを見た。先ほど書いたページを逆にめくる。一番最初に書かれた1ページ目の文字、『澪』。ついさっき自分で書いた字。スケッチブックを閉じて、澪はそれを抱きしめた。

 『いっしゅうかん』
 先週書いた文字。そして今日が約束の、一週間後。
 初対面の男の子から渡されたスケッチブックとクレヨン、そしてお菓子を持って澪は家を出た。雲が広がる空の下を公園へと走っていった。
 公園に着くと1週間前にいたブランコの前へと向かう。男の子に言われた場所。しかしブランコには別の子が座っていたので、澪は少し離れた場所で待つことになった。繰り返される出逢いを期待してスケッチブックを抱えたまま澪が微笑んだ。

 1時間が経った。いまだ男の子は姿を現さない。
 2時間。それでも澪はその場に立ちつくしていた。公園から人影が去り、どんよりと曇った雲が空に散らばってきた。
 澪の頬に一筋の雫が落ちてきた。空を見上げると澪の頭上で黒い雲が覆っていた。やがてその雫は数を増して雨へと変わっていく。その雨の中で、澪はスケッチブックが濡れないようにしっかりと胸に抱えた。冷たい雨が少しずつ澪の体に落ちていった。
 それから数時間が過ぎた。いまだ降り続ける雨と、その中で立ちつくす澪。濡れた髪を2,3度振ってから公園を見回す。公園の中には澪一人しかいなかった。他には誰もいない。頬を流れる雨とともに、澪の眼から涙がこぼれた。それは雨と一緒に地面に落ちる。
 スケッチブックを胸にしっかりと抱え、冷たい雨に打たれながら・・・澪は泣いた。雨の音にかき消されてしまうくらいの小さな声で。公園の中で、ただ一人。
 しばらくしてから水を跳ねる音が聞こえてきた。顔を上げた澪が見た人物は待ち望んでいた男の子ではなく、心配そうな表情の母親。傘をさして澪に近づいてくる。その母親に、澪は抱きついた。小さな体と手で。そして感情を表に出して、母親の胸で泣いた。事情を察することの出来ない母親が屈んで澪の背中に手を回す。そして澪をゆっくりと抱きしめた。
 ビニール袋に入ったスケッチブックが、水たまりの出来た地面へと水音を立てて落ちた。

 あれから数日が過ぎた。その後も公園へと足をのばしてもあの男の子は現れなかった。
 「いいか、約束だぞっ。それまでそのスケッチブック、大切にしろよっ」
 そう最後に言い残した男の子の声と言葉だけが、いつまでも澪の中に残り続けた。


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