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Tactics ONE Short Side Story



NON-REFLECTED EYES


〜過去・川名みさき〜

by T.横島



 HRが終わったあとの校舎内を、友達を連れていの一番に駆けていく小さな影。それは止まることなく校庭を抜けて校門までたどり着いた。
 「みさきちゃん、そんなにあわてないでよ」
 学校の校門を出たところでようやく止まったみさきに息をついて声をかける。
 「でも、早く帰って行かないとお姉さんたち帰っちゃうから・・・。なっちゃん、大丈夫?」
 とりあえず疲れ果てた友達を心配しておく。強引に連れ去られた友達・杵島若菜は顔を上げて心配そうなみさきを見た。小学生にとっては長い距離を走ったのにも関わらず、息ひとつ切らさずに若菜を見ていた。 「みさきちゃんって走るの好きだね。全然かなわないよ。・・・もう大丈夫だよ、行こう」
 「うん。なっちゃんにも早く見せてあげたいからね。私のもうひとつの遊び場」
 そう言ってから笑顔で若菜の手を取ると、先ほどと同じように駆け足で引っ張っていく。
 「いやぁぁ――――――っ!! みさきちゃん、歩こうよー!」
 「私は平気だよ〜」
 2人の影が、終わりを告げたチャイムが鳴る学校から遠ざかっていった。

 みさきの家の目の前にある高等学校。校舎から出てくる生徒と逆流してみさきと若菜は昇降口に向かった。途中で知っている顔の女子生徒がみさきに声をかけ、そのたびにみさきは笑顔で答えた。
 昇降口を抜けて校舎に入り、階段をかけ昇る。
 「みさきちゃん、どこいくの」
 「んっとね、高いとこ」
 みさきの足は特殊教室の集まる3階へと向かう。自分のいる学校にはない、高校という場にある独特の備品が集まる場所。
 ひとつ扉を開けては見たことのないものがあふれている室内に感嘆の声を上げ、興味深さに次の扉を開けると課外授業の最中に出くわし、先生に怒られるというのを繰り返していた。
 そうこうしているうちにいつもの帰宅時間になった。遊びに夢中になっていたみさきが教室の時計を見てはじめて気づく。
 「あ、もうこんな時間。なっちゃん、そろそろ帰ろうか」
 声をかけたとき、みさきと若菜はひとつの扉の前にいた。教室のプレートには「社会科資料室」と書いてある。プレートを見上げながらみさきが呟く。
 「ここ、まだ入ってなかったね。どうしようか」
 「でも帰る時間がきてるから・・・明日にする?」
 「う〜ん。せっかく来たんだし、ちょっとだけ覗いて見よっ」
 みさきは若菜の手を引いて扉を開けた。外からの光でわずかながら室内の様子が見て取れる。縦に2つ並んだ棚に段ボールの類が乱雑に重ねてあった。
 「勉強で使うものかな、これ」
 好奇心旺盛のみさきが先陣を切って暗闇の中へ入っていく。少し広めの室内を上から下へと眺めていく。
 「みさきちゃん、ちょっと暗いよ、ここ。電気つけよう」
 扉に捕まったままで若菜がみさきに言う。室内にはカーテンがかかっているためか、奥の方には光が届かずほとんど真っ暗だった。
 「えっと、電気どこかな」
 わずかな光を頼りに、扉近くで若菜が電灯のスイッチを探す。
 「待って、なっちゃん。こっちでカーテン開けるから」
 扉とは反対方向に微かに見て取れたカーテンをみさきが開けようとする。しかしどこかに引っかかっているためか、いくら引いても開くことはなかった。
 「どこか引っかかってるのかな」
 手に持ったカーテンを綱代わりにして適当な棚に上ろうとする。
 その時、足にかけた棚の本が揺れてみさきがバランスを崩した。同時にみさきを支えていたカーテンが破れ、声を上げる間もなくそのまま床へと崩れ落ちる。棚に置かれたものがみさきの落下で崩れ、はでな音をたてて辺りに散らばった。
 「みさきちゃん、みさきちゃんっ!?」
 扉にいた若菜が、突然の事故に声をかけてみさきに寄ってきた。カーテンの破けた窓から光が入り、埃が舞う様が見て取れる。その中に、いくつもの段ボールや本に押しつぶされるような形でみさきが倒れていた。
 「みさきちゃんっ!? ねぇ、しっかりして!」
 倒れたままピクリとも動かないみさきに、涙声で必死に呼びかける。何度体を揺すってもみさきから返事はなかった。
 やがて、騒音と若菜の泣き声を聞きつけて先生と生徒が室内に入ってくる。側にいた若菜が生徒の手によってどかされ、白衣を着た教師がみさきを瓦礫の山から助け出した。
 「おい、キミ。大丈夫かっ!?」
 埃にまみれたみさきの頬を2,3度叩く。叩かれたことで微かながらみさきの意識が戻った。
 「・・・保険医の・・・・・・んで、あと救急・・・・・・を・・・」
 「み・・・・・・きちゃんっ!」
 「どう・・・・・・があったんで・・・・・・お・・・・・・教室にもど・・・」
 「・・・こっちで・・・・・・はや・・・」
 とぎれとぎれのみさきの意識の中に知らない人の言葉と周りを動き回る足音が入ってくる。そして聞き慣れたサイレンが遠くのほうから聴こえてきた。その音を聴きながら、みさきの意識は再び闇の中へと落ちていった。

 どのくらい時間が経っただろうか。それすら解らない状態でみさきは目を覚ました。心地の良いベットと体にかかる1枚の掛け布団、そして微かながら鼻にかかる薬品の臭い。
 「びょう・・・いん?」
 まだはっきりと覚めていない虚ろな目をこすりながら辺りを見回す。すでに陽が沈んでいるためか辺りは真っ暗だった。
 「あれ、ほう・・・たい?」
 目を擦ったときに手に触れた布。額を覆うように包帯が巻かれていた。徐々に記憶が戻ってくる。若菜と向かった放課後の高校、校舎内の探検、「社会科資料室」と書かれた重苦しい扉、光の入らない室内、崩れる棚と破けたカーテンの音。そして若菜の泣き声と大人たちの声。最後に聴いたサイレンの音。
 「そっか。救急車で運ばれたんだ」
 状況を把握して改めて室内を見回す。だが部屋が真っ暗なため、病院の一室ということしか解らなかった。
 その時、部屋の奥で母親と医者らしき人の話し声が微かに聞こえてきた。
 「みさきは、あの子は・・・・・・すか?」
 「・・・・・・らでも手は尽くしまし・・・・・・しかし・・・」
 母親が近くにいるという安堵感。みさきは声を上げて母親を呼んだ。
 「お母さん、そこにいるの?」
 やがて驚きの声が聞こえ、誰かがみさきのほうに近づいてくる足音がした。そして起きあがったみさきを包み込むように抱きしめる。
 「ああ、みさき。無事だったのね。よかった」
 「うん、大丈夫だよ」
 母親の安堵の声が側でする。かすかに涙声が混ざっていた。
 しかし今のみさきには母親の声と体にかかる手のぬくもりしか解らなかった。室内が、異様に暗かった。
 「ねぇ、お部屋暗いよ。お母さん、電気つけてよ」
 部屋の中を定まらぬ焦点で彷徨うみさきの瞳。その瞳を見ながら母親が驚愕の声を上げる。
 「み、みさきっ!?」
 「お父さんもそこにいるの? お部屋暗くて解らないよ。これじゃお母さんの顔も解らないよ」
 いつもの表情で語るみさきを見て、母親が泣き崩れるようにみさきに抱きついた。手にいっそうの力が込められる。
 「ねぇ、どうして暗いままなの? 意地悪しないで電気つけてよ。お父さん、お母さん」
 「みさきっ、みさきっっ!!」
 側で母親の声が再び大きくなり、やがて泣き声に変わっていった。遠くで父親のつらそうな声がする。この部屋の中にいる者で、みさきただ一人が、この状況を把握していなかった。
 部屋の電気ははじめから赤々とついていた。寝起きにとってはむしろ明るすぎるくらいに。その照らされた光景を、みさきだけが捉えることが出来なかった。
 「ねえ、お母さん。お父さん」
 みさきの呼びかけだけが、空しく室内に響いた。

 視神経損傷。後にみさきが知らされたこと。あの事故でみさきの視力は完全に失われた。
 十数年、みさきが生まれたときから映し出されていた映像は、破けたカーテンと隙間から入る光・・・あの事故の瞬間を最後にすべて真っ黒へと塗り替えられた。フィルムの終わった映画のように、ただカタカタと音をならすだけで、同じように川名みさきの瞳が映し出してきた十数年の映画も、唐突に暗闇の写るスクリーンへと変え、幕を閉じた・・・。



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