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Tactics ONE Short Side Story



Long Distance


〜長森瑞佳〜

by T.横島



 は〜っと手に息を吹きかける。
 「・・・寒い」
 しのぎの手段もそろそろ尽きていた。12月の冷たい風が静かに流れていく。
 すでに陽は落ちていた。この時期はこれくらいの時間になると空は一面、蒼い海へと姿を変えている。その海を、同じように色を変えたなだらかな雲がゆったりとした速さで優雅に泳いでいる。空を見上げればきれいだった。自然が作り出していながら未だ人の手がつけられることのない、地球の生まれたときそのままの光景。
 癒しの空・・・。蒼い海に浮かぶ月を見上げながら長森瑞佳はそんなことを思わずに入られなかった。今の自分の心を吸い込んでいってくれるような。
 頭上の時計がまた鐘を鳴らす。1回、2回、・・・・・・7回。瑞佳がここに来てからはこれで4度目だった。
 鐘が鳴り終わるのを待って再び時計塔に背を預けた。
 「もう2時間・・・。1時間早く来ていたから3時間、か・・・」
 ゆっくりと周りを見回す。来るはずの浩平の姿はどこにもなかった。代わりに、この一年に一度の日を楽しんでいる若いカップルたちが目に映った。手を繋ぐもの、腕を組むもの、それぞれに格好は違うがどの人も満面の笑みを浮かべていた。
 その笑みと色鮮やかに彩られた駅前の光景が、今の瑞佳をよりいっそう寂しいものへと変えていった。行き場のない右手が何度も宙を彷徨う。
 「知ってるでしょ。今日はクリスマスイヴなんだよ・・・」
 ぽつりと呟く言葉。周りの楽しそうな声たちにかき消されそうなか細い言葉だった。俯かせた顔が地面を見る。赤い煉瓦が敷き詰められた、模様を描く床が広がる。
 5分くらい、そのままじっと俯いていた。そして顔を上げる。
 「そうだ、電話っ」
 はっと気づいてから駆け出す。
 浩平の性格なら時間を持て余しているうちにいつの間にか眠ってしまった可能性も高い。だから待っていてもなかなか来ない。そう考えて瑞佳は近くの公衆電話へと走っていく。
 駅前に3つある公衆電話には全てに人が入っていた。瑞佳と同じように待ち合わせに遅れている相手へ電話をかけているのだろう、同じくらいの年の子が電話口に向かって懸命に何かを話していた。
 電話が空くまでの間、瑞佳は何度も時計塔を振り返った。行き違いになっているかも知れない浩平が来るの待ちわびて。もし来たらすぐさま駆け寄って「浩平、遅刻だよ」と笑顔で迎えられるように。
 時間が長く感じた。電話が空くのを待ちわび、浩平が来るのを待ちわび。過ぎる時をせかすように体が動く。
 先にきたのは電話のほうだった。右はじからやれやれといった様子の男の子が出てくる。間髪を入れず駆け込むように電話ボックスへ飛び込んだ。戸を閉めるのももどかしく、受話器を取りながらテレホンカードを入れる。そして頭の中にある浩平の家への電話番号を押していった。
 「家には・・・いるよね」
 起きていようが寝ていようがかまわなかった。浩平が居ることだけでも確認できれば、それだけで十分だった。
 プッシュ音からコール音へ。音が鳴り続ける間も時計塔へと目を向ける。薄黒いガラスと木々に遮られた時計塔をなんとか見ようと目を凝らす。
 耳に聞こえる機械音が、ただ悲しく鳴り響いた。

 「なんか、うまいものでも食いに行こうか」
 終業式が終わり、浩平と並んでとぼとぼと家へと向かう道のりだった。分かれ道が見えてきたところで浩平が瑞佳のほうを振り向き、そう提案を出した。
 ここ数日、瑞佳は浩平とまともな会話を交わしたことがなかった。なんとか声をかけようとしてもすぐにどこかへいなくなったり、わざと聞こえないふりをしたりとさんざんな結果に終わっていた。
 素っ気ない行動をとる浩平。瑞佳にとって嬉しかった浩平からの告白は、逆に二人の中に見えない亀裂を走らせその隙間を広げていった。朝の登校時の浩平の不在に始まり、ない用事を理由につけて瑞佳から距離をとる放課後まで、1日経つごとに少しずつ離れてゆく毎日だった。
 そんな瑞佳の空回りがようやく報われたかのように浩平が誘ってくれている。
 「うんっ」
 今までの暗い表情と一転したとびきりの笑顔を見せる。久しぶりに、笑ったような気がした。
 「ほら、今日で学校も終わって休みにはいるし・・・、その打ち上げみたいなものでな」
 照れたように笑う浩平。その浩平に答えるように、瑞佳は浩平との距離をそっと縮めた。あと一歩踏み出せばぶつかりそうになるくらいの距離で。そっと握ろうとした手をなんとかこらえながら肩を並べて歩いていく。
 はたから見れば本当に仲のいい恋人のように見えている。瑞佳は何気なく、あえて遠回しに浩平に伝えた。それに・・・。
 「それに、今日はクリスマスイヴだもんね」
 その言葉を聞いた浩平の顔が一瞬曇った。しかし、笑顔の瑞佳がそれに気づくことはなかった。
 いつもの分かれ道。ここで瑞佳と浩平の家への道は分かれる。
 鞄を右手に持ち替えて浩平が手を挙げる。
 「じゃ、夕方の5時、駅前の時計塔の前な」
 「うんっ、ちゃんと来てね」
 先に浩平が背を向けて歩き出す。いつもと同じ速さで。その浩平の姿が見えなくなるまで瑞佳はその場に立ち続けた。
 浩平と別れてから家に着いた瑞佳はそのまま自分の部屋へと駆け込んだ。そして洋服ダンスの中からありったけの服をとりだしてベッドに並べ、姿見の前に立つ。試着をするように一枚一枚服を重ねていった。少し憧れがあった、デートをするときの服の吟味。服を重ねた自分が姿見に映る度に瑞佳は何度も悩み、笑みを浮かべた。
 「ズボンかな。ううん、やっぱりスカート。あとセーターと・・・。・・・スーツのほうがいいかな。色はどうしよう。浩平、どんな色が好きだったっけ・・・」
 ベッドとカーペットに並んだ服を見る。今まで自分が買ってきた服。いつもならすぐ決まるはずの服さえ決まらない。部屋の端にちょこんと座って服だらけの部屋を眺める。
 「だってデートだもん。それにクリスマスイヴだもん。・・・ちゃんとしたの選ばなくちゃ。困ったな、どうしよう・・・」
 結局、1時間以上も費やした服選びが終わり、その後洗面所に立って軽く化粧をする。いつもの自分をさらに女の子らしく見せるために。
 一通りの準備が終わったところで時間を見る。猫が文字盤を抱えた愛用の置き時計。
 「まだ時間がある。・・・浩平、迎えに行こうかな」
 窓から浩平の家の方角を見る。そろそろ陽が沈みかける時間。赤からオレンジへのグラデーションを作る空が瑞佳の顔にかかる。
 「でも、約束したし。5時に駅前の時計塔って・・・」
 窓とカーテンを閉めて、小さな小物入れを手に取り瑞佳は部屋を出た。玄関に降りてきて真新しい靴を履く。小さく声をかけて家を後にした。
 夕日が背に当たる。寒い冬のちょっとした暖房機が後押しするように瑞佳の歩を進める。いつも通っている通学の道も、今日通ったこの道も、今は姿を変えて瑞佳を迎えている。周りの光景が瑞佳と浩平を祝福してくれている。そんな風に見えた。
 陽がかかる駅前の時計塔。瑞佳がその前に着いたとき、それを知らせるように鐘が鳴る。4回、時計の針は4時を射していた。
 「やっぱり、早すぎたかな」
 鐘が鳴り終わってから瑞佳は時計塔の前に立った。浩平が来るのを待ちながら・・・。これからの始まる想い出を深く刻み込もうと・・・。
 それから3回の鐘が鳴り、耳に入る音は電話から流れる機械音へと変わる。

 コール音が続いていた。一定の間隔で。
 「浩平・・・、浩平・・・」
 瑞佳が受話器を握りしめる。何かにすがるように、唯一の欠片を取り落とさぬように・・・。
 「どうしていないの・・・? どうしてでないの・・・? 浩平・・・浩平・・・・・・こう・・・へい・・・・・・」
 受話器を握る左手に雫が落ちる。頬を伝わる雫を拭うこともなく、ただ一途に名前を呼び続ける。待っている人を、最愛の男の子を・・・。
 小さな箱の中で、瑞佳は声もなく泣いていた。


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