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Tactics ONE Short Side Story



Days Frozen


〜七瀬留美〜

by T.横島



 風が舞った。
 砂埃と落ち葉を巻き上げて空をくるくると泳ぐ。そのままそれらを共にして宛のない方向へと流れていった。小さく声を発しながら通りすぎていく。
 風が舞った。
 見上げる先にある、新緑を迎える葉が触れ合いながら音を鳴らす。その中の一枚の葉が音もなく枝から落ちて頬をかすめ、地面に落ちる。その葉を風が舞い上がらせ、同時に長いスカートがゆっくりとなびいた。ささえることもなく、風に任せて、ただ揺れる。
 『ドレスを送ったんだ』
 電話口から機械を通して発せられる、愛しい人の声。ただそれも、記憶の声でしかない。
 「届いたわよ、ちゃんと・・・」
 誰にともなく、七瀬留美はその答えを空に語りかける。響くこともなく、空へと吸い込まれていく。
 『きっと似合うと思うよ』
 「あんたが見なくちゃ、似合うかなんて解からないじゃない」
 『嬉しくないのか、七瀬?』
 「嬉しいわよ。こんなの、今まで着たこともなかったんだから」
 目の前の樹に咲く葉たちより少しばかり淡い、エメラルドの色が広がるドレス。ウェディングドレスに似ながらもシンプルに作られた生地が一面に伸びる。
 『ダンスフロア予約した。今日、夕方・・・5時から・・・』
 「夕方・・・5時・・・」
 園内に設けられた時計は4時少しを回ったところ。
 『高台の公園。わかるよな?』
 「知ってるわよ。学校行くときに、時間がないときに近道っていっていつも通っていたじゃない」
 ここには思い出がある。ただ学校へ行くときに通ったというだけの思い出だけではない。クリスマスの日、月明かりとそれを反射する噴水の光をライトバックにして、ぎこちないながらも踊った小さなダンスフロア。暗闇の中の木々が歌うように二人を祝福して揺れていた。
 『じゃあ、待ってるからな』
 受話器を置く音が電話口でする。その後に鳴る、無機質な機械音。
 現実が・・・返ってくる。

 待つだけの日々が続く。
 変わるのは過ぎ行く時間、そしてその流れの上に置かれる淡々とした日常。それだけだった。
 空が晴れ、雲に覆われ、灰色の空から雨が降り、時には雪となって舞い落ち、大きく風が舞って、小さな雷鳴が街に響きわたる。
 過ぎ行く時間。通りすぎるのだけはあっという間だった。
 照りつける空を見上げながら、静かな教室の中で留美は小さくため息をついた。昼休みでにぎわう人の声の中で、自分ひとりだけがどこかに置き去りにされたような錯覚さえ覚える。
 ふと、教室の中でひとりの生徒と何気なく目が合う。その娘は留美と目が合った後、そっと顔を背けて黒板のほうをじっと見ていた。
 『あの娘・・・確か』
 教室のほぼ中央に座る、長いみつあみとおおきな瞳が印象的な娘。里村茜。2学年の時に留美が転校してきてから同じクラスでもある。もう半年近くも経つが未だに話しをしたことはなかった。だが、どこかに親近感がわく。教室の中央で佇む今の姿が、どこか・・・今の留美と似ている。
 ずいぶん前に今の自分と似たような茜がいた事を思い出した。雨が降る日、登校途中の草むらの中で茜が傘を手に、俯いた表情でそこに立っていたこと。あのあとも、雨が降る日にだけそれを見かけている。その姿と、今の待ちつづける留美の姿がどこかで重なり合った。
 ふと時計を見る。授業開始まではまだ時間があった。
 何かに引かれるように留美は席を立つ。だが、そこで動きが止まった。
 「どうしたの、七瀬」
 いつのまにか隣に広瀬が立っていた。不安そうな表情を留美に向けている。
 「ううん、なんでもない」
 「そう、それならいいけど。なんか最近、じっと思いつめたような顔ばっかりだから」
 「そ、そう?」
 「鏡見てないの? わかるわよ、誰が見たって」
 そんなことにまで気がつかない。いつも見ている鏡の中の自分はあの時のまま止まっているはずだから。そのせいか周りにはそんな風に見えているのかもしれない。
 「あと、その髪型」
 「これ?」
 首の後で縛った髪を手で触る。
 「前の、2年のときにしていたあの髪型。あっちのほうが男の子に受けていたのに。もう戻さないの?」
 「うん、こっちのほうがなんかすっきりしているから」
 意識せずに出た言葉だった。確かにあのときに比べれば少し感覚が違う。
 『けど・・・そうでもない』
 触れた髪からそっと手を離す。髪がゆっくり背に落ちた。
 この髪型に変わったのもあの日からだった。あのドレスが送られてきた後、それを着た自分が姿見の前に移ったときどうも髪型に違和感があった。いっそのことと思い、両につけていたお下げをはずして首の後でまとめる今の髪型になった。大人びた自分、また新たな一歩を踏み出す思い出として。
 しかし、あれからその一歩はそのままになっている。踏み出せず、後戻りもせず、行き場のない空中で踊っていた。そのせいか、この髪型も止まったままになっている。
 「何があったか知らないけど、元気出しなさいよ。いつもの七瀬じゃないと張り合いがないから」
 「うん、ありがとう」
 留美の背をぽんと叩いて広瀬が席へ戻る。その姿を見送ったあと再び茜のほうへ目を移した。
 「あれ、いない・・・」
 広瀬と話しているうちに茜が席を立ってしまったらしく、視線の先には誰もいなかった。
 結局、茜が戻ってきたのは昼休み終了のチャイムと同時だった。放課後も1人先に帰ってしまったため、気になっていたことは何一つ聞けなかった。
 教科書を机の上で束ねて鞄の中にいれる。今日も学校が終わった。留美はため息をつく。
 帰り際、留美のところにやってきた友達の誘いも断って家へと帰る。その中にいた瑞佳も心配そうに声をかけてくれた。何故か、心が痛む。
 家へ帰った後、制服と鞄を投げ出して洋服ダンスにかけられたドレスを取り出す。少し色が落ちかけている。さすがに長いこと着ていればそれも仕方がないと思った。ドレスに手を通す時間が長く感じる。
 出掛け前に机に置かれた写真立てを見る。ずいぶん前に撮った、あの公園での二人っきりの写真。まだ新緑が芽生える前の、冬の足跡が残る頃だった。正面に向かって笑っている留美に対し、隣でカメラ目線から外れて空を見上げている浩平。唯一の、二人だけが写っている写真。
 「今日は・・・いるよね、折原」
 答えない語りかけ。写真の浩平は空を見上げていた。
 「いってきます」
 ドレスの裾をひるがえして部屋を出た。

 進む刻の中で、留美の時間だけが凍っていた。あの日のまま変わることもなく。
 今日もこの樹の下で待ちつづける。出来ることは他に何一つとしてない、ただ、ここに居ることだけ。
 「桜、散っちゃったな」
 公園の入り口近くにきれいに咲いていた桜の樹も、今では緑色の葉がそよぐ樹へと色を変えている。まだ残っているわずかながらの花びらも地の上を小さく舞い踊るだけだった。
 周りが一望できるこの公園の中で、留美の姿はひときわ目立っていた。今日もこの公園に訪れる人々の噂が絶えない。いつかは止むであろうと、留美もなるべく気しないでいた。ただ黙って、移り変わる空と木々を見上げる。
 刻の流れが静かに進む。
 針を打つ時計の音。噴水が吐き出す水の彫刻。風が奏でる草の音。公園で遊ぶ子供の声。すべてがゆっくりと刻まれる。
 いつのまにか葉にはオレンジ色のかげりができていた。樹に背を向け、空へと目を向けると、西の向こうで太陽が雲に隠れていた。影が斜めに伸びる。
 「そろそろ、帰ろうかな」
 眩しい太陽を伏せかけた目でじっと見つめる。瞳の先にある太陽はゆっくりと角度を傾けて地平線の彼方へ沈んでいく。それが消えて、光がなくなるまで照り輝く太陽を見ていた。
 「明日は、来るよね。・・・・・・浩平」
 陽の落ちた空へ願いを飛ばす。
 小さく砂を蹴って公園の入り口へと向かう。足元から音もなく風が空へと舞い上がる。背を向けた蒼い空ではぽっかりと月が浮かんでいた。



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