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Tactics ONE Short Side Story



Constancy illusion


〜折原浩平〜

by T.横島



 赤い光を放っていた太陽が雲の中にゆっくりと姿を消す。
 いままで陽が通っていたところは、グラデーションのように色を変えていく。
 白から黒。
 光から影、に。
 晴れ渡ったそらは太陽のきまぐれで少しばかりの夕時を創り出していた。
 その眼下で広がる、一面に敷き詰められた水のカーペット。どこまでもつづくそれは世界の果ても映し出していた。
 目線の先で横一線に描かれた空と陸の境界線。
 その向こうには何があるのか、子供ごころの好奇心はそう呼びかける。
 足跡のない砂浜でその光景をじっと眺める。
 雲と海は絶え間なく流れていた。 


 煙のような黒い雲が空を駆け抜けていく。
 夕日で赤く染まった空の海を泳ぎながら。
 あえてこの風景を表現するなら、燃え上がる空、そして流れる煙。
 落ちてゆく陽の光を補うように、街のあちこちで緑色の光が灯りだす。
 小さな窓から照らし出される光はその周りの世界をよりいっそう孤独の世界へと変えていった。
 遠い果てからでもそれはわかる。
 けれど、ここはそれ以上に孤独な場所かもしれない。
 近づいてゆけないから、明るい場所へ身を置くことができないから。
 ・・・ころころころ
 何かが転がる。
 体を上げ、街を背にしてその音へと向かった。


 光の筋が水面に浮かび上がる。
 黒い海に波紋に揺れた光が広がっていた。
 その光に浮かび出されるかすかな風景。長い間、雨風に削られた石たちがそここらに散らばっている。それだけの・・・寂しい世界だった。
 あの太陽があのまま沈んでいったら、いまある唯一の光が消えたら、この世界はどうなるんだろう。
 目に映る闇。
 光を求めて、僕はどこへ歩き出すんだろう。
 風景の中に水を打つ音がこだまし、目の前を雫が横切った。


 見上げた先には青と白が不規則に絡み合った風景が浮かんでいた。
 刻の流れとともにたえず姿形を変えていく。
 それを運ぶ風たちは優しく頬を撫でて体を通りぬけていった。
 同時に、ここにはない匂いも運んでくる。
 緑が広がる草原の、草の匂い。
 そこに見えなくとも風景だけがぱっと広がった。
 そして風はその場から離れていった。また違う場所へ向かうために。
 自分たちが辿り着く場所を捜しながら。

 体が浮上するような感覚がした。
 次に目を開けたとき、今まで上にあった空が自分の足元に広がっていた。
 あのときと違う海。
 でもここにあるのは海じゃない。雲が浮かんだ、青い空。
 この下にはさっきまでいた風景が広がっている・・・はずだった。 
 だけどその風景は決して映ることのない世界。
 だからこの下にある風景を知ることはできない。

 さらに雲が遠くなる。
 何かに引かれるように宙へと舞い上がっていった。
 ゆっくりと、ただゆっくりと。
 満たされないこころが空とともに広がっている。

 『・・・次はどこへ行くの?』
 隣で誰かが囁いた。


 陽の影に覆われた海岸、
 夕陽が映し出す赤い空に囲まれた街、
 一筋の残り陽だけが照らす水の世界、
 見上げた空から見下ろす空へ青白い世界がどこまでも広がっていた。
 訪れた世界がフラッシュバックで返ってくる。
 最後の収束のように、雲のなかで赤い光を放つ太陽が現れた。
 夕陽のように翳り、赤い世界を空いっぱいに広げる。
 雲も赤い光に染められていた。呼応するように太陽に答え、色を更に広げてゆく。
 その陽を見つめていた。瞬きもせず、ただ一途に。
 不意に視界が歪む。世界がぐらりと揺れ、波紋が広がった。
 泣いていた。
 瞼に滲んだいくつもの涙が今見える世界を揺らしている。
 それでも、その世界を見つづけた。涙を拭うこともなく・・・



 ・・・意識が戻る。
 折原浩平が立っていたのは通学路の帰り道。いつも通る並木道で立ち止まっていた。
 隣を走る道路に備え付けられた歩行者用の信号が点滅をはじめて赤い色に切り替わろうとしていた。その切り替わりを待つ車が列をなして待ち構えている。
 やがて信号は替わり、車がエンジンをふかして一斉に走り出す。
 その車を追うように顔を上げた浩平の目に空が映った。赤に彩られた空、雲の中に沈んでいく夕陽が浮かんでいた。
 数秒前と同じ、あの風景が現実として目の前に広がっていた。
 歩行者用の信号機に再び青色の光が灯る。信号待ちの人たちがゆっくりと歩道に足を進めた。
 それに弾かれるように浩平は走り出した。歩を進める人の間をぬって歩道を駆けぬける。通りすがりの人と肩がぶつかり、よろけながらも走り続ける。後から罵声が飛んできた。
 そのまま足は商店街を越えて高台の公園へと向かった。
 階段を上りきったところで近くのベンチに崩れ落ちた。足が震え、心臓が太鼓のように鼓動を打ちつづける。口からは荒い息が何度も漏れた。
 何かから逃げ出していた。
 それが何であるか、浩平自身にもわからない。
 ただ、先ほど見た風景が何かを予感させていた。記憶の片隅で掘り起こされる虚像が今の浩平に警告をしつづけている。
 答えのない予感は浩平に不安と絶望をかりたてる。
 『・・・だれか』
 浩平は再び走りだした。行き先は自分でも分からない。
 後から迫りつづけている「何か」に浩平は逃げつづけていた。
 ソラでは赤い陽が傾き、線のポケットへ沈んでいこうとしていた。黒い雲に見え隠れしながら、あざけ笑うように光が揺れつづける。



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