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Original Novel
Ore Presents



あの日見た海







「早すぎたかなァ」
僕はそう呟きながら誰もいない教室の自分の席についた。
時計を見ると8時5分。いくら早い奴でもあと5分はかかるだろう。
「あー、退屈だ」
窓からは朝日がうざったいくらい入ってきていて、10月とはいえはっきり言って暑い。
僕の席は窓から2列目だからよけいにだろう。
暑さがいい加減嫌になった僕は、カーテンを力任せに閉めた後、机の上に突っ伏した。
ほんとは今日、僕は学校に来ちゃ行けない。
理由はいたって簡単で、先生に来るなと言われたからだ。
対教師暴力。
先生たちが、口をそろえて言った言葉を思い出す。
怪我をさせるつもりはなかった。ただ、抵抗したかったのだ。現実や、今の自分や、もちろん先生の行動にも……。
そんな事を考えていると、クラスメイトの一人が教室に入ってきた。
「あれ? 謹慎中じゃなかったっけ」
そう言って、友人の小村が僕の方に歩み寄ってくる。
「ちょっと、用事があってな」
僕はそう良いながら、カバンの中から2冊のノートを取り出す。
名義は「小村 大輔」、彼のノートだ。
「ほいっ、返したぜ、サンキューな」
「これ返すためだけにわざわざ来たわけ?」
「あと、みんなの顔見にな」
口元だけでにやりと笑う。最近素直に笑えなくなってきたと思う。
小村は小村で、そんな僕を見て苦笑している。
なんとなく気が楽になった。

取り留めのない話しが続く。おもに僕が学校にいなかった間の話しだ。
途中から、登校してきた別の友達も加わって、僕の席の周りはだんだんと賑やかになっていく。
なんとなくそれがうれしかった。
でも、やっぱり、そんな時間をぶち壊すように、スピーカーから本鈴のチャイムが鳴り響いた。
ふいに僕は、強烈な居心地の悪さを感じた。車酔いで吐きそうになるのに少し似ていて、でも全然違う気持ち悪い……そんな感じ。
先生が教室に入ってきた。
みんなが席に戻っていく。
先生の視線と僕の視線とが重なり、先生が口を開く。
「なんでお前が登校してきてるんだ? 謹慎処分を受けているはずだろう」
「……用事が、あったから……」
「お前は停学中なんだぞっ! 許可無しに外を出歩くなっ!」
どす黒い感情が湧く。すべてを飲み込むように、僕の心の中に虚無が広がる。
僕は必死に燻る炎を押さえつけながら、やっとのことで言葉を発した。
ひどく冷たくて、やけに響く──
「……解りました、出て行けば良いんでしょう」
そんな言葉だ。
「なんだ、その反抗的な口の利き方はっ! おい、待て、聞いているのかっ!」
僕は先生の言葉が終わらないうちに、席を立って廊下に出た。
教室の中からざわめきと先生の毒づく声が聞こえる。
そのすべてに背を向けて、僕は靴箱のある方へゆっくりと歩いて行った。
途中、何人かの友達とすれ違ったが、立ち止まりもせず、「よう」とだけ言って別れる。
靴箱について、靴を履き替え、校舎から外に出る。
遅刻してきた生徒と反対の方向に歩き出す。
(なんか、荒んできたかな、最近……)
校門を抜けて、行きに通った道を今度は逆向きに帰っていく。
別の道で帰ろうとか寄り道しようとは、不思議と思わなかった。

十分ほど歩いて、いつもの駅について、いつもどおり電車を待つ。
小さな駅なので、急行が止まらない。普通車はさっき出たところらしく、
 次の普通車が来るまで少々時間があった。
考えはまとまらない。
これからどうすれば良いのかも、はっきり言って解らない
気分も優れず、胃のあたりがムカつきっぱなしだ。
「……最低だ……」
髪をかきあげながら、独白する。
お決まりのベルのあと、ホームにアナウンスが入る。
<みなさま、まもなく2番線を電車が通過いたします、足元の白線までお下がりください>
急行が線路の向こうに見える。
いっそのこと飛び降りてやろうかとか、そんなことを考える。
(僕が死んだら友達は泣くだろうか?)
泣く女の子が多いと良いなァとか考えがずれてるうちに、目の前を電車が走り抜けていく。
(死んでも、どうにもならんやねェ)
ククッ──と苦笑いをしながら、風で乱れた髪を整える。
横にいたオヤジが突然、思い出したようにたばこを取り出した。
たばこの煙は、どうも好かない。
嫌な気分になった僕は、ホーム端の屋根のない位置に移動する。
空が見えた。
馬鹿みたいに、青一色が目立つ。
流れてきた雲がなんとなく綿菓子みたいで、ちょっとおかしかった。
(なんか、久しぶりかなァ、こーいうの)
なぜか無性に目尻が痛い。
顔がくしゃくしゃになるとか、そーいうことが一切なくて、ただ無表情に空を眺めたそのままで、僕の顔に一筋の涙がこぼれた。

急行がもう1本通過して、普通車が来た。
僕はなぜかこの夏のことを思い出した。
きっと、今と同じ気分だったからだ。
毎日のようにバイトに出て、「何の為にお金を溜めてるんだい」とバイトの先輩に言われて、それに対して「バイクの免許でもとろうかなって」とウソをついた時と同じ……気持ち。
つらくて、かなしくて、むなしくて、さびしくて、どうしようもなくて。
目の前はぐちゃぐちゃで、10年後の未来より今夜のおかずがきになって、
何が正しくて何が間違ってるか、そんなの解んなくて。
プレッシャーに押しつぶされそうで、焦って、あがいて、でも報われなくて。
(……海が、見たいな……)
突然、そんな言葉が頭を過ぎった。
そういえば高校に入ってからは忙しくて、ろくに旅行もしていない。
2年になってからは特にだ。
電車がホームに止まり、静かに扉が開く。
ホームにいた人が電車に乗り込んでいく。
発車のベルが鳴る。
僕は、ホームの出口の方向へ全力で駆け出した。
(たしか、反対側のホームから終着駅まで行けば海が見えるはずだ)
小さいとき、母親に連れていってもらった砂浜が僕の脳裏に現れる。
自然と顔がほころんでいるのに気付く。
「よしっ!」
僕はそう口走りながら反対側のホームを目指す。
(今後のことは、海についたら決める。まずは……海だっ!)
それで良いんだと、そう思う。
僕の頭の中では、あの日見た、晴れた日のキラキラ光る水平線が、
 どこまでも広がっていた。


あの日見た海・了

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