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Original Novel
Ore Presents



別れの詩


Overture




 皮膚が割け、肉に食い込み、血が吹き出る。
 傷口から全身に走る痛みが、体の自由を奪ってゆく。
 カクン──と足の力が抜け、俺の目の前に冷たいコンクリートが現れた。
「キミか……キミが邪魔をしていたのか」
 頭上から声が聞こえる。
 声自体の音は冷たい鉄のようだが、その中には怒りを始めとするどす黒い感情がはっきりと感じ取れる。
 例えるならば、凍える炎。
「私の楽しみをぶち壊したんだぞ、キミはそれを理解しているのか」
 声は続ける、しかし先ほどよりも声が遠い。
 意識というものが遠ざかるのではなく、俺の存在自体がこの世から遠ざかっていると直感した。
 俺は顔を上げた。
 それが相手を睨むためなのか、それとも強制的に俺という存在に終わりを与える者を一目見るためなのか、俺には解らなかった。
 もしかしたら、コンクリートとキスして死ぬよりいくらかマシだと、そう思ったのかもしれない。
「本来、私は男など殺したくもないのだが……この場合しかたないだろう」
 声を聞き取ることが難しくなってきている。
(終わる……終わるのか? ここで終わりなのか?)
 目の前が遠ざかってゆく。
 景色は固定されたままで、どんどん離れて小さくなって、俺の周りが闇に包まれて行く。光の届かない、何もない、絶対的な無の世界。  すなわち虚無。
「覚悟は良いかな? 橘光彦くん」
 笑った奴の顔と、振り上げた手に光る銀の閃光と、皮肉めいたその言葉と。
 それらを最後に、俺の視界は闇の彼方に吸い込まれるように消えた。
 翌日。
 ジョギング中の中年オヤジが、血まみれになった少年を発見したというニュースが全国的に放送された。
 少年は身体中を鋭い刃物のようなものでメッタ刺しにされ、死体はほとんど原形を留めていなかったそうだ。
 検死解剖の結果、死因は出血多量。
 傷はほとんどが急所から外れており、致命傷と考えられるのは下腹部に深く食い込んだ刺し傷のみ。
 感謝すべき点は、歯がきれいな状態で残っていたことであろうか。そのおかげで、少なくとも身元不明の死体にだけはならずに済んだのである。
 被害者の名は、橘光彦。
 まだ16歳の現役高校生である。
 現場の状態、残虐な手口等の酷似から、警察は現在発生している『女子高生連続暴行殺人事件』と同じ犯人の犯行とみて捜査を進めている。



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