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Original Novel Pochikun Presents



ハルカ


『セールシングタブー』

by ポチくん





「…青い空が見える……たくさんの人がいる…」
「……誰かと話している…」
二人の男は、その女の傍でうわ言をじっと聞いている。
「……その誰かとは、誰だ?」
「……」
「……誰だろう…」
「ほら、君はもっと時間を遡る…その誰かの顔がはっきりと見えてくる…」
片方の男が、なにやらブツブツと言葉を呟いている。
パチッ!
男が指を擦り合わせるように鳴らすと、女はうっすらと目を開いていった。
「…見えてきたね。その人は…誰だ」
「見える…女の人……」
「女性…名前は?」
「ハルカ…」
「ハルカ…?苗字は?」
「…」
「ほら…思い出せるだろう?」
「…分からない……ううん…多分知らない」
「知らない…なら、特徴は?」
「…金髪…そして後ろで留めた髪……多分ポニーテール…」
「……すらっとしていて…綺麗な人……でも目が恐い……」
「…恐ろしい目……でも…哀しい目…」
その女は、言葉を呟いている間全身がガタガタと振るえている。
手術台の上のような硬いベッド。
仰向けに寝かされて、女の目の上では小さな棒が振り回されている。
眠りかけているように薄開きになっている女の目。
その目はどこか危うげで、この世を見ていない気がする。
「他には、ないのかい?」
「………」
それっきり、女は黙ってしまった。
「もう、君は何も知らないんだね?」
「………」
女は、静に首を縦に振った。
「そうか…」
男は、そう言うと目をもう一人の男に向けた。
「もう、これ以上は無理かと思いますが」
「そうか…なら、いつものようにしておけ」
「分かりました…」
簡単に会話を交わし、男はまた女の目の前に小さな棒を振りかざした。
「いいかい?君は『ある言葉』を聞いたらこれを開いて…いいね」
そう言うと、男は女に小さな紙袋を手渡した。
「これはね、君への大切なお守りだ。絶対に肌身から離しちゃいけない…」
女は静に頷いた。

「心拍数低下!!!呼吸ありません!!!」
「脈拍もかなり低下しています!!!どうしますか先生?!」
今日もまた『いつもと同じ』ような患者が運ばれてきた。
口の中からはピーナッツ臭…
間違いない。青酸カリだ。
私は、左手で彼女の口内を調べた。
「胃の洗浄を行う!早く手術室へ!」
「はい!」
でも、この運ばれてきた『女』がこれから生き延びていく可能性は無いだろう…
そう…いつものように。
「先生、血圧が下がってます!」
「よし、君は万が一に備えて電気マッサージ器を用意してくれ!そして、そこの君は私の手術道具を用意して!」
「はい!」
迅速に作業が行われていく。
どうやら、今回新入りで入った看護婦は優秀のようだ。
そう時間も経たない間に準備が整った。
「では、始めます。メス!」
「はい!」
「タンポン!」
………

「ふぅ…」
心電図は一つの線を示していた。
「先生…」
「君達は後の始末を頼む。あと、家族にきちんと報告しておくように。いいね」
「…はい」
患者は死んだ。
そう、いつものように。
世界中、全ての生物は死ぬ。
この女は…それが少し早かっただけ…
私は、そう思っている。
コンコン…
(ん?誰だ?)
「はい、入っていいよ」
私には…疚しいところなどない…
決して…ない。

…筈だ。

「失礼します」
病院特有の白い扉が開いていく。
最近その扉の立付けを良くしたから、あの嫌な金属音はもうしない。
「君か…」
そこに立っていたのは、さっき手術に同行していた看護婦だった。
「先生、少しよろしいでしょうか」
ここに来る前から評判が良く、どんな仕事でも卒なくこなすことは聞いていたが…
どうやら、噂は本当だったようだ。
「少しだけならいいですよ」
私は、今亡くなった患者のカルテを書いていた。
右手に持っていた鉛筆を休め、回転椅子を彼女のほうに向けた。
(なかなか可愛い子…じゃないか)
さっきは状況からしてこうやって見ることは出来なかったが、改めてみてみると見えないことも見えてくるものだ。
(安倉冬美…か)
「先生…あれでよろしかったのでしょうか…」
「っ!あ、あれで…とは?」
まさか…
「ご家族の方には、自ら亡くなった可能性がある…と、お伝えいたしました」
ふぅ…そのことか。
万が一にも、ばれる心配はない。
ない…筈だ。
「そうだな。患者を救うのが私たちの仕事だが、それと友に真実を伝える義務も我々にはあるんだ」
「君は…正しいことをしたんだ。心配することはないよ」
そう…心配はない。
「先生…でも、私は恐い」
今にも泣き出しそうな彼女…その姿はさっきまでいた彼女とは別物で、脆く儚く見える。
「先生…」
俯く彼女の姿。
金色のヘアーを赤いカチューシャで留めていた。
その彼女は、その年相応に見えない幼さが見え隠れしていた。
硬い物質ほど壊れやすいのと同じように、強い人間ほど…脆いものはない。
今の彼女は、そんな感じだった。
「心配…ないよ」
「わたしは、人を救うために看護婦になりました。でも…先生、私たちは本当に人を救っているのでしょうか」
「ああ、人はいつか必ず死ぬ。でも、人は死ぬことを喜ばない。だから、少しでもその生きることを手助けしていくことが、我々に課せられた仕事なのだよ」
「でも、先生…私は、人であると共に女なんです…」
「安倉くん…」
彼女は…私を誘っている…
「私は…このまま死にたくないんです…」
っ?!
突然の、彼女からのキス…
甘い女の香りが、彼女から伝わってくる。
「せんせ…」
「安倉くん…いいのかい?」
「…はい、でもわたし初めてなんです……」
「……そうか、わかった」
私は、彼女の期待に答える。
きりっと上がった彼女の目尻は、力強さと共に、なにか儚げな印象を受ける。
完全に育ちきっていないかのような胸のふくらみ。
「わたし…恐い」
「大丈夫だよ…」
彼女の下着の中に手を滑らせてみる…確かに、まだ男の経験はないようだ。
なら…
「先生…わたし、さっき恐い人と会いました」
「そうかい…どんな人だった?」
私は、彼女の二つの膨らみを布の上から弄る。
「女の人…なにか、言いたそうだった…」
「言いたそうだった?」
「患者さんでもなさそうでした…でも『私の名前を言えば分かる』そうとだけ言いました」
「…名前?」
「はい…そして、彼女はメモ用紙に書きました」
「ハルカ…って」
「?!」
「確か、先ほど亡くなったご家族の方は『ハルカ』と呟きながら、なにか手にしていた薬を飲み始めた…と言ってました」
「先生…ハルカって何なんですか?」
ハルカ…
まさか…なぜ、こんな所に?
いや、そんな訳がない。
くそっ!
確か彼女はさっきといっていたな…
私は…
とっさに、私は白衣のポケットの中にあるカプセルを二つに割った。
「先生?」
「…いや、なんでもない」
カプセルの中身を、自分の手に擦り込んだ。
「安倉くん…」
私は、彼女の頬を優しく触るようにして、今擦り込んだ手を鼻に近づける。
「先生…」
彼女の目が落ちてくる。
しばらく、そうしていた。
彼女の意識が落ちるまで…

…私は、病院の中を全て調べた。
しかし、ハルカという人物はどこにも見当たらなかった。
もう…帰ったか。
くそっ!こんなことさえなければ…
私は、急いで医局へ戻った。
ドアノブに手をかけた。
ひんやりと伝わってくる、金属の感触。
重量感のあるノブをゆっくり回し、静に押し開ける。
音もなく、扉が開かれていく。
(ほっ…)
まだ、眠っているようだ。
ゆっくりと、彼女の体をベッドへ横たえる。
(彼女を…するのか?)
(本当に…)
私が今までしてきたことはなんだったのか。
どうして…今になって躊躇う?
どうせ、泡のように湧いてくる命だ…

カチャッ…

「先生、今度はこの女かい?」
「ああ、そうだ…」
さっき、連絡を入れておいた。
こいつが、何故ハルカという人物に興味を持っているかは私には知らない。
だが、私には関係のない事だ。
そうしているだけで、私には無尽蔵に金が入ってくる。
それがあれば…私には何もいらない。
「なら、早速やってくれ」
俺は、ここにいるスーツ姿の男に言われるがままにする。
『いつものように』私は小さな棒をとりだす。
「この棒が見えるかい?」
私は、彼女の目の上に棒を振りかざす。
彼女は、うっすらと目をこじ開ける。
「君は、時間を遡る…ついさっきまでだ…」
「…さ、さっき……」
「そう、君は誰かとあったはずだ…」
「誰か…金色の髪の女性……」
「髪を後ろで結んでいた…」
「そうだ…君は彼女のことを何か知っているか?」
「その女性は…わたし、知ってる……」
「そうだ、何か知ってることがあったら私に教えてくれないか」
「女性は…殺し屋……」
「殺し屋…」
私は、あの男に目を配った。
「そろそろ聞き出せ…この女は何か知っている」
何か…知ってる。
それを聞き出せば、彼女はこの世から消える。
でも仕方ない。
私は…罪な男だ。
「彼女のコードネーム…そうだ、名前は思い出せるか?」
「名前…確か…」
「ハルカ、じゃないか?」
「ハルカ…?!」
?!
ど、どういうことだ?
確か、彼女は私の催眠に…
「あ〜あ、結構早く解けちゃったわね」
「き、君は…?!」
「おい、先生解けているじゃないか!」
「わ、私にもさっぱり…」
「うるさい男達ね…」
解けたというのか…完璧だったはずなのに…
「わたしのことを探ってどうするわけ?」
「わたし…?」
「まさか…」
金髪で…目が釣りあがってて…そうか!
「き、君が…ハルカ」
「そうよ。やっと気がついた?」
「せんせい、もう一回催眠をかけろ!」
「無茶言わないで下さい…どうやって催眠が解けたのかさえも分からないのに?!」
「頭悪いわね…催眠術は解けるための暗号があるのよ」
「暗号…そうか!」
「君は、その暗号を『ハルカ』に…」
「やっと分かった?」
く、くそっ!
「こうなったら、先生、こんな女俺がやっちゃいますよ」
「…バカな男」
男は、彼女に襲い掛かった…筈だった。
「さようなら…」
パスッ!
彼女がそういった瞬間、男はその場に倒れた。
その男が倒れていって、男に隠れていた彼女の姿が見えてくる。
そこに見えた彼女の手には…
パスッ!
「っ?!」
足に強い衝撃が走る。
その衝撃があった部分が、熱くく燃えるような感触がする。
そして、力が入らなくなっていった。
「き、君は…何故?!」
「ごめんなさい?わたしも仕事なの」
「し……しごと…だって…」
「ついでに、あの男は誰だか知ってるの?先生」
「……しらない………」
「分からないかしら…国家の飼い犬よ…」
「…?!」
ま、まさか…
「はい、おしゃべりはここまでよ」
彼女が黒い穴の空いた筒を、私に向ける。
「ま、待ってくれ…」
「なにか、喋り足りないかしら?私は早く仕事を終わらせたいんだけど」
彼女の目は、恐ろしく冷たく輝いていた。
だけど、あまりにも儚げだった。
「何故…私がと……気がついたのか……」
「簡単な話ね…」
「………簡単」
「あなたのあの患者の口内を調べた時、あなたの手は左手だった。でも、カルテを書いている時には右手を使っていた」
「………」
「あなたは、あの時左手であの患者『あの時』本当に殺した…そうでしょう」
「……そうだ」
「私は間違った…君は優秀だった。今も…ね」
「…ありがとう」
「何か言い残すことは?」
「………」
「ないのね?」
「…君の名前は?」
「わたしは、ハルカ…」
「死神よ」

それが、私のこの世で聞いた最期の言葉だった。


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