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Original Novel Pochikun Presents



Bye〜rain〜


2.え?俺って・・・変態?

by ポチくん





Jan 23 Tue






聡人
「いってきまーす。真由美さん」

麗奈
「いってきまーす」

遠くからパタパタと真由美さんが歩いてくる。

真由美
「あら?まだいたの?」

真由美さんはいつものように、俺たちの前に来てエプロンで手を拭きながら挨拶をする。

真由美
「遅刻するわよ」

真由美さんは見るからに楽しそうだ。

俺はまだ、休みボケでそれどころじゃないが・・・

俺はその言葉に、くるりと体をむき返す。

聡人
「俺は大丈夫ですよ」

ふふふ、と真由美さんは笑った。

真由美
「聡人さんじゃありませんよ」

分かっていますよ、と俺は麗奈のほうを見ると、麗奈はまだ窮屈そうに靴を履いている。

「おっと」とか「ぬ〜」とか言っている麗奈を見るとじれったくなってくる。

聡人
「お前、まだ靴もはいていないのに、『いってきまーす』なんて呑気な声で言ったのか?」

麗奈
「ぬ〜呑気じゃないよ〜」

聡人
「いつまでもそんなことしていると、また遅れるぞ」

麗奈
「あ、兄さん・・・ごめんなさい」

俺は、靴を履き終わった麗奈の右手を取り、すっと立ち上がる。

早くしないと、またあれだからな。

聡人
「謝っている暇があったら、さっさといくぞ」

麗奈
「わっ!待ってよ〜兄さ〜ん」

慌てたように、俺に手を引っ張られて麗奈も立ち上がった。

真由美
「いつもすいませんね、聡人さん」

俺は、妙に大きな音のするドアに手をかけ、

ガコン

聡人
「これくらい当然ですよ」

真由美
「また麗奈が転びそうになったら、お願いしますね」

ゆっくりドアが閉まっていき、もう一度大きな音を立てながらドアが閉まる。

ドアが閉まっても、まだ手を振っている真由美さんの姿が安易に想像できた。

そう思うだけで、なんだか気分が楽になってくるものがあった。

・・・







時計を見ると7:30になっていた。

しかし、麗奈を連れていると、この程度の距離でも8:40のチャイムには間に合わない。

要するに、急がなければならない状況に置かれているのだ。

麗奈
「雪・・・強くなってきたね」

聡人
「そりゃ、な。天気予報では大雪になるっていっていたからな」

麗奈は、そうなの?と言いた気な顔をしていた。

聡人
「しっかし、寒いな」

麗奈
「そりゃそうだよ。冬なんだもん」

しかし、麗奈の右手は異常に冷たい。まるで凍りついているみたいだった。それに、冬の寒さも加わって、俺は手を離したくなる。

というか、麗奈の手が凍っていた。

麗奈
「うわっ!」

ばふっ!

麗奈は左足から崩れるように転んでいた。

麗奈
「ぬ〜ちゃんと手、握っててって言ったのに〜」

聡人
「俺はしっかり握っていたぞ」

今も握っているとそう思い、俺は左手にもう一度力を入れる。

ぐにゅっとした感覚は、あたかも無機質な感触を与えてくる。

どういう訳かと、ふと俺の左手を見てみると、麗奈の右手が手首から抜けていた。

聡人
「ぬおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」

聡人
「て、手首が抜けた〜!」

麗奈
「な、なに?!今時驚くことでもないでしょ!」

・・・・・・

・・・・

・・

なんなんだ?この沈黙は。

麗奈
「ぬ〜沈黙してないで、右手返してよ〜」

総人
「へいへい・・・」

麗奈は、俺から自分の右手を奪うように取ると、ぐりぐりと左手ではめ込んでいた。

傍から見ると異常な光景だろう。

小さな子供が見ていたならば号泣ものである。

麗奈も俺も、とっさに辺りを気にし始める。

だれもいないことを確認すると俺たちはほっとしたのだった。

聡人
「手伝おうか」

麗奈
「ん?あ、もう大丈夫」

ぽんぽんと、左手で足の雪を払うと、すっと立ち上がる。

俺は、麗奈の鼓動を感じさせない右手をもう一度握りなおす。

麗奈
「ちゃんと手、握っていてね」

麗奈は右手で、俺がちゃんと握ってくれているか確かめ直す。

そしてまたカクンカクンとぎこちなく歩き始めた。

そう。

麗奈には、右手と左足がない。

まだそれには慣れていないのか、他人の行動から比べて数倍遅い。

おかげで、早起きを義務付けられているのだが・・・

はじめは、ただ気恥ずかしいだけだった。

それがこうして、麗奈と一緒に学校に行くのも慣れてきた。

俺はこれが大変だと言うことができなかった。

一番大変なのは、麗奈自身だと分かっていたから。

麗奈
「ぬ〜何考えてるの〜?さっきからぼーっとして」

しかし、一時間の登校時間の間、俺は『ぬ〜』というのを何回聞いているのだろうか。

ちなみに『ぬ〜』とは麗奈の口癖らしい。

一番恐ろしいのは、それを麗奈自信が自覚していないというところだ。

聡人
「よし、今度数えてみるか」

麗奈
「何を?」

ポン、と麗奈の頭に手を乗せる。

聡人
「新記録を目指せよ」

麗奈
「ぬ〜気になる〜」

学校につくまでの間、終始麗奈の頭の上には「?」マークが落ちていた。







久しぶりの学校だな・・・

冬休みが開けて初めての学校。

ひと月もすればこんなにも雰囲気が変わるものなのかと思う。

俺は指を長方形に重ねてそこからもう一度覗いてみる。

大きな学校が俺の指よりも小さい面積に収まる。


「よう!久しぶりだな、御住」

そこには、さっきと変わらない学校の姿があった。

しかしひと月もたっているのだから、学校の雰囲気を忘れただけなのかもしれない。

いや、雪のせいか?

縁取られた学校を見ながら、そう思った。


「お、麗奈ちゃんも久しぶり!」

麗奈
「お久しぶりです。関口さん」

でも、実際少しばかり変わっているところもあるようだ。

生徒達が休みの間に、所々で補修工事していたらしい箇所も見受けられる。

関口
「よう!御住」

こんなことをする間にも学校を建て直したほうが早いんじゃないかと、俺は疑問に思う。

関口
「無視するなよ〜」

麗奈
 「ほら、兄さん」

???

聡人
「さっきからおかしな声が聞こえているが・・・誰に話しかけているんだ」

関口
 「お前だよ」

即答だった

聡人
 「俺は御住なんて奴は知らんぞ」

関口
 「ばかか?」

麗奈
 「あら、兄さんがバカだってことは最初から承知な筈でしょ、関口さん」

寄って集って、俺をバカ扱いにしたいようだ。

関口
 「そうだったな。今ごろまた承知し直すなんてどうかしていたよ」

聡人
 「久しぶりに苗字で呼ばれたから困惑したのだ」

関口
 「おととい会っただろ」

聡人
 「そうだっけ」

関口
 「棒読みだぞ」

聡人
 「惇に構っている暇があったら、早く学校いかないと遅刻するぞ、ということだ」

時計を見たら8:30になっていた。ちなみに少し早い。

麗奈と一緒に来るようになって、遅刻は日常茶飯事になっていた。

しかし事情を知っていた学校側では、その咎めを俺は受けずに済んでいたのだった。

関口
 「昨日、学校サボったくせに何を言うんだ」

訳のわからないことを言っている。

聡人
 「始業式だろ?大体あれは自由参加だったはずだ」

関口
 「だったら誰もこね〜よ」

確かに。

麗奈
 「どういう事?兄さん」

麗奈が奇異の目でこっちを睨んでいる。

もしかして・・・と、いかにも言いそうな素振りを見せる。

聡人
 「惇、俺のいたいけな妹にウソを言っちゃいかん」

麗奈
 「む〜思いっきり棒読みよ」

麗奈は、呆れたように言い放つ。

確かに、おととい関口は『じゃあ、また明日な』と言っていたような気もする。

おとといの明日は・・・昨日?

関口がおかしなことを言っていると、そのときは思ったのだが・・・

聡人
 「ごめん、麗奈。今気がついた」

麗奈
 「もうしょうがないじゃない」

既にこれ以上俺を追及しても何も出てこないと判断したらしい。

そこはかとなく賢明だ。

既に麗奈の関心はこの主題から遠くかけ離れていた。

麗奈
 「あ、みっちーだ!先、行ってるね兄さん」

麗奈は嬉しそうにクラスメイトを見つけると、抱きつくように飛びつく。

みっちーと呼ばれたその女子生徒は驚きからか、手をパタパタさせている。

聡人
 「気つけろよ」

大丈夫よ、と言うと麗奈は校門に一足先に入っていった。

俺はその姿を最後まで見送った。

まったく、兄さんは心配だよ・・・

関口
「しっかし、御住も羨ましいよな〜あんないい子と一緒に暮らせるなんてよ〜」

聡人
 「惇は俺の苦労が分からないから、そう言えるんだ」

関口
 「でも、麗奈ちゃんならその苦労も吹き飛ぶさ」

俺と麗奈が一つ屋根の下で暮らしている、なんて知っているのはごく少数だ。

そんなことが全校に知れ渡ったらただじゃ済まないだろうからな(麗奈ファンクラブというものもあるらしい)。

外の雪は本降りに近づいていた。

俺たちが校門に入った頃、丁度予鈴が鳴った。

結局急がなければ遅刻か・・・







担任
「えー、今日は昨日行った通り、休み明けテストをやるからな」

・・・

初耳だ

担任
 「えー、カンニングは従来どおり、停学処分だからな。絶対しないように」

お決まりのセリフである。

いつから、従来どおりになったんだ?

ま、それくらいは俺にとって余裕の惨事である。

ここは通称『スリーピングシート』『カンニングシート』と呼ばれる。まさに俺にとってはうってつけの席だ。

更に、俺の席の隣にはクラストップ成績を誇る椎名瑞穂先生がついている。

伊達に眼鏡をかけているわけではない。

何回瑞穂には助けられたことか・・・

感謝せずにいられない。

俺は瑞穂のほうを振り向くと、手を合わせた。

瑞穂
 「また?昨日、学校サボるから悪いのよ」

瑞穂が呆れたように言い放つ。

聡人
 「サボらなくても同じ結果になっていただろう」

瑞穂
 「大体そんなことで威張るもんじゃないわよ・・・あ〜あ、これだから麗奈ちゃんが可哀想なのよ」

いちいち口うるさい奴である。

聡人
 「別に点数が下がるわけじゃないだろ」

瑞穂
 「しょうがないわね」

呆れたように瑞穂は承諾した。

さすがは瑞穂先生!

担任
 「えー、御住は一番前のこの関口の隣に来るように」

聡人
 「え・・・?」

クラス中からくすくすと笑い声が聞こえる。

瑞穂
 「自業自得ね」

俺は何の業をしたというのか.使い方が間違っているような気がした。

俺は仕方なく、机ごと一番前に持っていく。

俺は何もしていない良い子ちゃんなのに・・・

関口
 「よう、久しぶり」

聡人
 「うるせ〜」

よりによってこんなバカな奴が隣なんて・・・

聡人
 「あの席は、スチームが近くて熱いんでせいせいしたよ」

担任
 「じゃ、ずっとその席にするか」

聞こえていたらしい。

聡人
 「やめておきます」

そして恐怖の時間は始まった・・・







キーン・・・コーン・・・カーン・・・コーン・・・

聡人
 「お、終わった・・・」

最後の教科が終わり、俺はほっと肩をなで落とした。

関口
 「おまえの席から、ずっと鉛筆を転がす音が聞こえていたぞ」

聡人
 「書かないよりましだ」

関口
 「俺は今回自信があるぞ」

聡人
 「な、なにっ!」

いつもとんでもないことを言う奴だ。つくづくそう思う。

瑞穂
 「あら、関口くん頑張ったのね」

横から瑞穂が現れた。

いつからいたのだろうか。

聡人
 「それは結果が渡ってから言ってくれ」

瑞穂
 「関口くん頑張ってんだから、聡人くんもちゃんとやりなさいよ」

聡人
 「余計なお世話だ」

瑞穂はキッ、と目を細める。

ま、マズイ・・・

瑞穂
 「それじゃ、私の助けはもう要らないわね」

聡人
 「すいません。やっぱお世話は必要です」

瑞穂のおかげで俺はここまでやってこれたのだからな。

キーン・・・コーン・・・カーン・・・コーン・・・

関口
 「次の授業始まるぞ」

聡人
 「なに!まだ授業あるのか!」

瑞穂
 「あるわよ・・・残念ながらね」

・・・・・・

・・・・

・・







キーン・・・コーン・・・カーン・・・コーン・・・

間抜けなチャイムの音と同時に、最後の授業が終わった。

聡人
 「つ、疲れた・・・」

瑞穂
 「お疲れさん」

黒板の前の席から関口がとたとたと歩いてきた。

関口
 「なぁ、御住は放課後どうするんだ?なんか予定とかあるか?」

聡人
 「疲れたから、家に帰って寝る」

関口
 「そうかぁ・・・久しぶりにラーメン食っていこうとしたのに・・・」

関口
 「じゃ、瑞穂行くか?」

瑞穂
 「残念、私部活のみんなとパルスに行くから」

パルスとは女子学生に人気の軽食喫茶店である。男子学生が単独で乗り込むと痛い目に会う。

そんな勇気のある奴がいたら見てみたいものである。

関口
 「仕方ない、他のやつと行くか」

聡人
 「ああ、そうしてくれ」

俺は一人帰宅の路についた。







雪はもうかなりやんでいた。

校門をでると、すっかり夕方の雰囲気が醸し出されていた。

7時間授業が終わる頃にはいつもこんな時間になるのが悲しい。

しかし夕方の紅に染まる空と、まだ仄かにちらつく雪への光の反射が言葉では表現できないほど美しかった。

帰る途中、橋の上で不思議なものを見つけた。

あれは・・・

女の子?

しかも、橋から身を乗り出している。

・・・・・・

しばらく見ていると更に身を乗り出す。

腹筋でも鍛えているのだろうか・・・

・・・

・・・な訳ねーだろ!

はっと現実に返される。

俺は、無我夢中で走り出す。

あの子・・・あれじゃ、俺とおんなじになってしまうじゃないか

・・・間に合った

俺は、女の子の肩をガシッとつかんだ。

聡人
 「な、何をしてるんだ!」

そのまま、持ち上げて元の橋の上に立たせてやる。

女の子
 「う、うわっ!」

目を丸くして、驚いている。

その体は意外なほど軽かった。

女の子
 「な、なにするのよ!変態〜!」

バシッ!っと、女の子は俺の手を振り払った。

聡人
 「変態はないだろ!変態は!」

他人・・・と言うよりは、この女の子を自分のことのようにしか思えなかった。

そう思った俺は、無意識のうちに怒鳴っていた。

俺の中に哀しみが湧いてきた。

まるであの時のような・・・

全ての世界が凍りついた、あの瞬間のような・・・

ちょうどあの時のような空だったから。

聡人
 「お前・・・ここから飛び降りようとしていただろ」

女の子は俺を奇異の目で見ている。

なんか・・・

女の子
 「ははは・・・違うお〜」

女の子
 「私はただ、この橋の下の魚を見ていたんだよ〜」

聡人
 「は?」

女の子
 「だから、さ・か・な、を見ていたの」

"さかな"だけを、妙に強調する。

しかし・・・

聡人
 「バカか?俺は・・・」

女の子
 「そうだったらどうする?」

聡人
 「いや、どうもしないが・・・」

女の子は俺たちと同じ学校の制服を着ている。

同じ学校の生徒なのだろう。

しかも、肩についている校章が黄色だ。

ちなみに麗奈の1年が青、俺たちの2年が緑である。

ということは3年・・・?

絶対にそうは見えない顔だ。

下手をすりゃ、俺よりも下の学年にも見える。

聡人
 「大体、こんな時期に魚なんているのか?」

もっともな意見だ。

こんな極寒な時期に釣れるのといったら俺は公魚(ワカサギ)しか知らない。

女の子
 「釣れるお〜鮠(ハヤ)という魚がいるんだけど、今は『寒鮠』といって、今が旬なんだお〜」

聡人
 「へーそうなのか、知らんかった」

女の子
 「そうだお〜」

女の子
 「別名ウグイとも呼ばれるけどね〜」

意外に詳しいところを見ると、あながちウソではないようだ。

まったく、俺は心配性なんだからな・・・

聡人
 「いつもここで釣りをしているのか?」

女の子
 「ん?そうだお〜」

女の子
 「釣り好きは、いつでも頭は釣りのことでいっぱいだもん!」

聡人
 「そうなのか?」

女の子
 「だって、釣り好きの人には悪い人はいない、って言うでしょ」

それはモーニング娘。だ。

しかも話がかみ合っていない。

バカな奴に悪い奴はいない(持論)って言うけどな。

女の子
 「バカって誰のこと?」

聡人
 「俺のことです」

喋っていたようだ。

女の子
 「ふ〜ん」

まるで、天然記念物を見るような目だ。

女の子
 「あ、そろそろ帰んなきゃ!」

左腕を見て、女の子は言った。

聡人
 「ん、そうか、じゃあな」

腕時計してねぇじゃねーか。

女の子
 「ばいば〜い!」

まったく年上には見えない。

もしかして、飛び級で同い年?

・・・いや、勉強ができるようには見えないな。

しかしあまりにも見た目が幼すぎる。

ぶんぶんと両手を振りながら女の子は走って去っていった。

しかし、振り返りざまに見た彼女の目は、微かに残る日溜りから逸れていた。







聡人
 「ただいまー」

このセリフを言うのも久しぶりだ。

しかしここでの生活に慣れてきたのか、違和感はまったくなかった。

真由美
 「あら、お帰りなさい。もう夕飯できていますよ」

時計を見ると7:00を指していた。

そういえば、あの子と話していたときにはもう、辺りは真っ暗だった。

あの後に商店街へと引き返し、買い物をしてきたのだから当然の時刻なのかもしれない。

真由美
 「麗奈ももう、とっくに帰ってきていますよ」

聡人
 「そうですか」

真由美
 「遅いって、怒ってましたよ。麗奈」

玄関で真由美さんに出迎えられて、とりあえず急ぐことにした。

俺は、制服のままリビングへと向かう。

冬場の廊下は足元が凍るほど寒い。靴下をダイレクトに冷たさが伝わってくる。

麗奈
 「ぬ〜兄さん遅いよ〜」

リビングでは麗奈が、不満そうに頬を膨らましていた。

麗奈
 「もう、お腹すいたよ〜」

真由美
 「じゃ、食べましょうか」

3人でテーブルを囲んで『いただきます』と挨拶をする。

半年前の俺には考えられなかった温もりがそこにはあった。

俺たちは、他愛ない雑談にも一喜一憂することができた。

麗奈
 「兄さんがね〜今日ひどいんだよ〜」

やば・・・

突然、話を振るんじゃない!

麗奈
 「昨日休みだって言ったのに、学校あったんだって〜」

真由美
 「あら、そうなの?聡人さん」

聡人
 「まぁ、そうらしいですね」

俺は正直に答えた。

麗奈
 「それで、今日テストあったの朝初めて知ったんだよ〜」

聡人
 「あれって、全校一斉だったのか」

麗奈
 「そうだよ〜」

麗奈
 「おかげでテスト全然だったよ〜」

昨日行っていたとしてもテストの点数が上がるのか?と言おうとしたが、さすがに止めておいた。

麗奈の点数を見ていたら、1年前の俺を見ているようで恥ずかしかった。

・・・まあ、今も変わりはしないが。

真由美
 「麗奈もちゃんと勉強しないよ。そうすればいつテストがあっても大丈夫でしょ」

麗奈
 「ぬ〜・・・わたし、勉強苦手なんだよね〜」

麗奈は既にアンニュイモードだ。

真由美
 「聡人さんもね」

俺も既にアンニュイモードだ。

・・・

俺は訳もなく帰りに出会った少女の話をしてみた。

なぜか話したくなったからだ。

俺たちはしばらくその話題で盛り上がった。

いろいろ話しているうちに、真由美さんは「う〜ん」とか「もしかして」といった口調に変わっていった。

俺は、それがなぜなのかは全く分からなかった。







俺は風呂から上がると、しばらくテレビを見ていた。

別段何をするわけでもなく、ただ暇だったからだ。

だったら勉強でもしたらどうです?と、聞こえてきそうだが、とりあえずそれだけはやめておく。

夜も遅くなって、というかTVに飽きただけだが、さあ寝ようとしていた頃、

真由美
 「ちょっといいですか、聡人さん」

聡人
 「ん・・・あ、いいですよ、なんですか」

こんな時間に真由美さんが俺を呼び出すなんて珍しい。

俺は不意に落ち着かない気分になっていた。

真由美
 「実は明日、新しい家族が増えるんですよ」

聡人
 「え?」

真由美さんに言われた意外な一言に、俺は何のことだかさっぱり分からなかった。

聡人
 「どういう事ですか?」

俺はもう一度聞き返す。

真由美
 「だから、新しい家族が増えるんですよ」

聡人
 「そうですか・・・」

二回聞いても、よく事情を察することのできない俺は、ただ辟易するしかない。

それにしても・・・

あしたから?

聡人
 「それは突然ですね」

真由美
 「あら、"聡人"さんの時もそうだったのよ」

聡人
 「そうだったんですか・・・」

まだ、俺は状況を把握することができない。

つい半年前まではそれが当たり前のことだったのに、この古館家で暮らすことになってからはそのときの事を忘れかけていた。

ここの暮らしは、あそこの生活とはあまりにもかけ離れていたからだ。

白と黒のただのモノクロの世界とは。

聡人
 「麗奈はどう言ってるんですか」

俺のことよりも麗奈のほうが気がかりだった。

真由美
 「ええ、麗奈なら大丈夫だって喜んでいましたよ」

真由美
「総人さんと同じように麗奈も快く受け入れてくれますよ」

そうか・・・

麗奈は半年前に、俺を受け入れてくれたばかりだった。

真由美
 「麗奈も総人さんもいい子ですから、私にすぐに慣れてくれてよかったです」

聡人
 「そうでしたね」

とはいっても、俺の顔に動揺が走っていたということは真由美さんにとって見透かすように簡単だったようだ。

今の俺なら、だれでも分かるか。

そう自分でも自覚しているくらいだった。

・・・







目をつぶっていた。

新しい家族が増える・・・

半年前、孤児院で暮らしていた頃はそんなことは日常茶飯事だったはずだ。

しかしこの古館家で暮らすようになってからは、そのことに対して免疫抗体ができたようだった。

実際、古館家に俺が引き取られると決まったときもそんなに驚きもしなかった。

明らかに俺の顔に精気が無いことに、初め真由美さんが驚いていたのを、俺は覚えている。

半年前と比べて俺は変わってしまっていた。

いや、変わってくれていたというのが正しいのかもしれない。

だが、今はなぜ、そのときはそんな気持ちになっていたのかさえも分からない。

実は、俺がここに引き取られてすぐは麗奈もなかなか慣れてくれなかった。

しかしだんだん時間が経つにつれ、麗奈は心を俺に開いていってくれた。

・・・その表現は適切ではないのかもしれない。

何しろ、古館麗奈も以前古館家に引き取られた一人だったから・・・

あの仲のいい二人でさえも他人の頃があったと思うと、全身に鳥肌が立つような恐怖を感じる。

元清水麗奈が古館麗奈になれた日。

意外にも、俺たちはあの感覚を忘れていないのかもしれない。

そう自分に言い聞かせ、俺はもう一度モノクロのヴィジョンを取り戻したい。

そう願った。

・・・







眠りに落ちようとしていた・・・

聡人
 「岩崎杏・・・」

俺は、その名前を呟き返していた・・・

何度も何度も自分に言い聞かせるように。

俺は、そいつが好きになれなければいいと願った。



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