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Original Novel Pochikun Presents



Bye〜rain〜


13.ねえさん

by ポチくん





Feb 3 SAT




朝の目覚めは、いつしか重いものに変わっていた。

昨日の夜までに降っていた雪は、もうやんでいた。

学校に行く時間・・・

いつもと同じ時間が流れ始めた。

聡人
 「おはよう・・・杏」


 「おはようっ!・・・・?」

聡人
 「何か俺の顔についているか?」


 「ううん。聡人・・・今日、学校休んだらどう?」

聡人
 「なぜ?」


 「顔色・・・悪いよ」

聡人
 「そう・・・なのか?」

そういえば、さっきから頭も重い気がする。

そして、麗奈も起きてきたようだ。

そして麗奈が真っ先に行った言葉・・・

麗奈
 「兄さん・・・学校休んだら?」

起きてきたらまずは、おはようだろ。

いつからお前の挨拶は、学校休んだらになったんだ?

このまま行くと、真由美さんにまで同じことを言われそうだった。


 「ねぇ、学校休んだ方がいいよ」

麗奈
 「私もそう思う」

聡人
 「そうか・・・」

確かに、今の体調は良いとは言いがたい。

しかし、それは俺にとって微弱な変化であり、気づかなければ気にならない程度だった。

そんなに悪いのだろうか・・・

俺は、真由美さんにまで気を使わせるのが悪いので、麗奈と杏にこの場は任せて部屋に戻ることにした。







部屋に戻って鏡を覗き込む。

それはいつもからすれば、異常なまで顔がやつれていることが、手にとるようにわかった。

今まで病気なんてしたときがなかったから、それでだろう。

ガチャ・・・

真由美
 「風邪のときはちゃんと栄養を取らないと直りませんよ」

聡人
 「すみません」

盆の上には、お粥と薬、それに水が用意されていた。

真由美
 「そんなに悪くないと思いますから、ちゃんと寝ていてください」

聡人
 「分かりました」

俺は、真由美さんの持ってきたお粥に手をつけた。

さっぱりして薄味のところが、体調の悪い今の状況にはちょうど良かった。

真由美
 「何かありましたら、いつでも呼んでくださいね」

そう言うと、真由美さんは盆の裏に隠してあった氷枕を俺の頭の下に置いた。

聡人
 「はい」

そして俺は寝ることにした。

・・・







次に目覚めたとき、時計は12時を指していた。

ううん・・・

さっきよりは体調も幾分いいようだ。

「あれ?起きちゃった?」

俺の枕もとから声がする。

聡人
 「なんでこんな所にいるんだ?」

「だって、心配だったんだもん」

聡人
 「って言ったって、学校があるだろう」

「三年生は、もう進路が決まったら本当は学校にこなくていいんだよ」

聡人
 「そうだったのか?」

「うん・・・だから、わたし早く学校上がってきたの」

聡人
 「そうか・・・悪いな・・・杏」


 「おあいこだよ、これで」

聡人
 「そうだな」


 「ちょっと待ってね、枕取り替えるから」

聡人
 「いや、体調も良くなってきたんだ。俺がとってくるよ」


 「病人はおとなしく言うことを聞くのっ!」

聡人
 「へいへい」

・・・







杏はそう言うと、走りながら氷枕の替わりを持ってきた。


 「どう?調子は」

ああ、さっきよりも随分楽だ。

ここ暫く病気を知らない俺は、どのくらいが悪い体調なのか図る術を知らなかった。

もしかしたら、さっきまでのが凄く体調が悪いということだったのかもしれない。

聡人
 「ありがとう」


 「これくらいは当たり前だよ」

聡人
 「こうしていると、昔のことを思い出すよ」


 「そうなんだ・・・」

聡人
 「ああ、俺がこうして熱を上げると、いつも姉さんが看てくれた」

・・・







俺には、両親がいなかった。

身の回りにいる家族は姉さんだけ。

姉さんは優しかった。

姉さんは、俺の母親代わりだった。

俺たちは二人で、あの孤児院に入っていた。

でも、寂しくなかった。

姉さんがいた。

それだけで、俺は何とか乗り越えることができた。

「ほら、聡人ったらいつもそんなに服を汚して・・・」

そう言って、俺を叱ってくれたりもした。

「病人は寝てなきゃダメでしょ」

「分かってるって、でももう大丈夫だよ」

「病気は治りかけがいっちばん大切なんだから、だからおとなしくしてなさい」

「ちぇっ」

「まったく聡人ったら、いつもこうなんだから」

そう言いながら、姉さんは小さく笑っていた。

姉さんが俺にのせてくれた氷嚢は、十分すぎるほど冷たかった。

姉さんは、俺の病気が治るまでずっと俺の側にいてくれた。

そして直ったらいつものように

「また、遊んでおいで、思いっきり、遊んでおいで」

「また、病気になったら看てあげるから」

そう言って、俺を見送ってくれた。

でも、それは束の間の夢だった。

その変化に気づいたのは四年ほど前だった。

姉さんがしきりに足の痛みを訴えていた。

その前から、体調がおかしくなっていたのは分かっていた。

でも、こんなにも顕著に表れたのは初めてだった。

俺は、それからずっと姉さんの傍にいたことは覚えていた。

「っつ!」

姉さんが言葉を詰まらせるように痛みを堪えているのが分かる。

「姉さん・・・大丈夫?」

「うん・・・でも、大丈夫って言ったらウソかなぁ・・・」

はあはあ、と肩で息をしていた。

病院のベッドの上・・・

蒸し返るような外なのに、ここはクーラーが効いて涼しかった。

姉さんはいつも苦しそうにしていた。

「また、遊んでおいで・・・思いっきり、遊んでおいで・・・」

「また、病気になったら・・・看てあげるから・・・」

姉さんが、そう言った。

「姉さん、また遊ぼうよ、一緒に」

「もちろんよ、でも、病気が治ったらね」

俺は分かっていた。

もう姉さんは元気にならないんだと・・・

ある日、姉さんはしきりに足の痛みを訴えた。

病院の先生は、部屋の隅で相談をしていた。

そして、注射をされた姉さんは眠ったまま部屋を出された。

「姉さんを、どこに連れていくの?」

「お姉ちゃんを元気にしたければ、こうするしかないんだよ」

そういって、姉さんは端にある部屋に入れられた。

暫く時が流れた。

姉さんはまだ出てこない。

ひっきりなしにその部屋に出入りする医師たち・・・

その手袋は、朱い色でいっぱいになっていた。

姉さんが出てきた。

どういうわけか、姉さんの両足がなくなっていた。

どういうこと?

そういえば、さっきあの先生が言っていた。

『お姉ちゃんを元気にしたければ、こうするしかないんだよ』

それから毎晩、姉さんはしきりに足の痛みを訴えた。

「ううっ・・・」

でもその痛みに、姉さんは必死に堪えていた。

足なんて・・・もうないのに・・・

「姉さん、大丈夫?」

「うん、平気だよ」

「平気?」

「へーき!」

「そう?へーき?」

「へーきのへーきだよっ!」

「へーきのへーきかぁ!」

「うん!へーきのへーきのへーきだよっ!」

「へーきのへーきのへーきかぁ!」

「へーきのへーきのへーきの・・・・」

姉さんは、俺を両手で抱きしめた。

「姉さん・・・痛いよ・・・」

窓の外は、もう雪がちらついていた。

そんな時、姉さんがまた痛みを訴えた。

今度は手の先・・・

もう、姉さんは手の先が真っ黒に変色しかかっていた。

病院の先生たちは、また少し相談をすると、姉さんを前入った部屋と同じ所に連れて行った。

姉さんがまたそこから出てきたときには、もう両手もなくなっていた。

「聡人、ずっとここにいてね・・・」

姉さんがはじめて吐いた弱音だった。

「姉さんね、聡人を抱きたいけど、もうできないみたい・・・」

姉さんが泣いていた。

はじめて見た姉さんの涙だった。

「うっ・・・ううっ・・・」

それから先は、もう長くなかった。

この地にも春はやってくる。

寒い白い世界を抜けると、この白い部屋の外にも色とりどりの草や、花が咲き乱れる。

俺は楽しみだった。

春の日。

この部屋からも、桜の木がいっぱい見える。

そうしたら、姉さんは元気になるだろうか?

夏の日。

七夕のお祭りを姉さんと一緒に見に行く・・・

幻想的なこの世界に、姉さんはまた喜んでくれるだろうか。

秋の日。

山の尾根を彩る赤い木々・・・

そして今は冬・・・

白と黒の世界。

幻想的な世界。

そして、それしかない世界。

姉さんはしきりに部屋が暑いと訴えていた。

「ねえ聡人・・・暖房つけてる?」

「ううん?さっき消したけど」

姉さんがさっきから暑いと言っていた。だから、俺は暖房を消したのだ。

身も凍るような部屋の中。

姉さんは、薄い毛布一枚を羽織って、それでも暑いと言っていた。

「聡人、姉さんがいなくても、しっかりやっていくんだよ」

「姉さん、何言ってるんだ」

「姉さんのこと・・・忘れないでね・・・」

「姉さんは元気になる・・・そう言ってたじゃないか・・・」

「姉さんはうそつきだったの?」

「ごめんね・・・姉さん、うそついてたみたい」

「聡人・・・こっちにきて・・・」

俺は姉さんに近づいた。

「聡人・・・ごめんね・・・ごめんね・・・」

俺の体が少し温かいものに覆われていくのが分かる。

人の暖かさ・・・

姉さんの温もり・・・

でも、姉さんはそこに置かれているだけだった。

俺はそんな姉さんを抱いた。

姉さんの代わりに抱いた。

「姉さん、何でも言ってよ・・・なんでもするから」

「じゃ、そこのカーテンと窓を開けて・・・」

寒い夜風なんて、もう気にならなかった。

そういえば、今日は雪祭りの日だ・・・

今年は珍しく、雪の降る中の花火だった。

空を舞う雪に、花火の色が反射している。

「ああ・・・きれい・・・」

「そうだね・・・姉さん・・・」

「ずっと、こうしていたいね・・・」

「うん、そうだね・・・」

花火の音が聞こえる。

花火の色が見える。

そして雪が舞っている。

「姉さん、なにかしたいことない?」

「何でも言っていいよ・・・何でも叶えてあげるから」

「そういえば・・・姉さん聡人におれいを言ってなかったね」

「いいんだよ。これくらい普通だから」

「姉さんがお礼を言いたいのっ!」

「黙って聞きなさい!」

「はいはい」

「それではっ!」

「聡人・・・ありがとう・・・」

「こっちこそ、姉さん・・・」

花火が終わった。

姉さんの息が荒くなっていた。

「姉さん、今、一番叶えて欲しい願い事って、本当は何?」

「・・・もう、ないわよ」

「うそだっ!本当はあるくせに・・・姉さんったら・・・」

「本当に何でもいいの?」

「うん、何でもいいさ」

「それじゃぁね・・・姉さんは・・・」

ねえさんは・・・

「姉さん・・・もう少し生きたかった・・・」

「こんなお願い・・・いじわるかなぁ・・・」

「ぜんぜん・・・いじわるじゃないよ・・・」

「姉さんは、これからいっしょに俺と生きるんだ・・・ずっと」

「そうだね・・・一緒に生きるんだね・・・」

「でもね・・・今は、少しのお別れ・・・」

「でも、また会えるからね・・・」

「うん・・・そうだね・・・」

「だから、聡人は泣いちゃダメだゾッ!」

「うん・・・そうだね・・・」

「でも、もう一度会ったときに、聡人は姉さんの顔覚えてるかしら・・・」

「覚えてるに決まってるだろ・・・」

「あはは・・・そうだね・・・」

「姉さんも、聡人のこと忘れないよ・・・」

「忘れたら、俺もさすがに怒るかもな・・・」

「そう・・・だね・・・」

「そう・・・だね・・・」

「そう・・・だね・・・・・・・・・・・・」

姉さんの声がだんだん弱っていくのが分かった。

これから、誰の記憶にも姉さんが残ることはないだろう。

でも、姉さんはたしかに生きていたんだ・・・

姉さんは、こんなにも温かかったんだ・・・

姉さんは・・・ねえさんは・・・

「そろそろお別れみたい・・・」

「姉さんが、約束・・・破ってるじゃないか・・・」

「泣かないって・・・言ったのに・・・」

「ごめんね・・・聡人・・・」

「じゃ、またね・・・そうと・・・」

「またね・・・姉さん・・・」

それっきり、姉さんは動かなくなってしまった。

顔には微笑を浮かべて・・・

そして俺も、姉さんとの約束を破った。

二人きりの夜・・・

俺以外の誰にも見取られることなく・・・

姉さんは遠くに行ってしまった・・・

俺は、だんだん冷たくなっていく姉さんの?を・・・

俺を抱くことのできない姉さんの代わりに抱いて・・・

泣いた。

儚かった。

人の夢は何でこんなにも儚いんだろう・・・

じゃ、夢なんて持たなければ、人は人のままでいられるのだろうか・・・

儚いと・・・思わなくてもいいのだろうか・・・

いやだな・・・そんなの・・・

雪は、暫くやみそうになかった。

なあ、姉さんは幸せだった?

姉さんは、生きていて嬉しかった?

こんな俺が弟でよかった?

・・・







聡人
 「なあ、杏・・・」


 「何?聡人・・・」

聡人
 「杏のこと・・・姉さんって、呼んでいいかな・・・」

暫く、何もない沈黙があった。

そして


 「だめだよ・・・」

聡人
 「杏は、そう言われたくないのか?」

聡人
 「言ってたじゃないか・・・姉さんって・・・言われたいって・・・」


 「だめだよ・・・」


 「わたしは、聡人のお姉ちゃんじゃないよ・・・」


 「わたし・・・聡人のこと・・・」


 「聡人のこと・・・」


 「聡人のこと・・・弟だって・・・思わないもん・・・」

俺はその言葉を聞いたとき、初めて分かった。

聡人
 「ごめんな・・・杏・・・俺も杏のこと、姉さんだって・・・思わない・・・」

聡人
 「俺にとって、杏は杏だから・・・」

聡人
 「杏に、俺のことを弟だって思われるのが怖い・・・」


 「わたしも、聡人にお姉ちゃんって思われるのが怖い・・・」


 「だって、わたし・・・」


 「わたし・・・」

わたし・・・


 「こんなにも、聡人のこと好きになっちゃったんだもん」

杏・・・

杏が俺に唇に唇をつける。

一瞬だったが、それはもっと長い時間のように思えた。

聡人
 「ばかっ!風邪がうつるぞ!」


 「構わないよ・・・」

もう一度、今度は俺から杏とキスをする。

聡人
 「杏・・・」

俺は、好きになってしまった人の名前を言葉にする。


 「ごめんね・・・わたしがこんなにばかで・・・」

聡人
 「いいんだよ・・・杏はそのままで・・・」


 「それって、もしかして酷いこと言ってない?」

聡人
 「そうかもな」


 「んもう、聡人のばかっ!」

そう言って、杏は俺にじゃれついてくる。

聡人
 「杏」


 「明日まで、風邪直しておくことっ!」


 「せっかくの日曜日なんだから・・・」

聡人
 「ああ、分かったよ・・・」

聡人
 「そういえば、来週は雪祭りだな・・・」


 「そうだね・・・」

聡人
 「一緒に・・・雪祭り・・・行くか?」


 「うん・・・」

俺はあの日以来、雪祭りに行ってなかった。

あの日は、嫌なことがあったから・・・

でも、今なら行けるかもしれない・・・

杏と一緒なら・・・



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