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Original Novel Pochikun Presents



Bye〜snow〜


2.繰り返される日常

by ポチくん





兄さんはいつもこんなんだ。
朝、私が起こしに行って、そしていつもこう返事をする。

総人
「なんだよ…まだ早いだろ…」

ありふれているが、この返事を聞いたとき私は朝が来たと感じる。
兄さんはこのありきたりで変哲の無いセリフを毎回のように吐く。
私はこの返事に対してこう答える。

麗奈
「ぬ〜兄さん、朝ご飯もう食べちゃうよ」

カーテンの合間から、朝日が漏れる。



シャーッとカーテンを開けてやると、冬の東を向いた窓枠は黄色い光りを浴びて、私は一瞬目を紡ぐ。
その光は、私達を差せば差すほど冷たく、肌に突き刺さった。
だが、その光は柔らかく、そしてまだ微かに眠気を帯びた私の瞼を優しくこじ開けてくれる。
ゆっくりと明る過ぎる視界が開けてくる。



窓の外は痛いほどの白一色。
見飽きるほどのその景色だけれども、私はこの瞬間が好きだ。
景色を背にして、長く伸びた私の影に隠れた兄さんに呼びかける。

麗奈
「兄さん、お姉ちゃんはもうご飯食べてるんだから、早く起きてきてね」

総人
「ふああぁぁぁ…わかったよ…」

朝日を避けるように、兄さんは頭まで布団を被っている。
その布団の中から聞こえる声は、初めに答えた兄さんの声とは違って、気持ちいい声に変わっていた。
ついこの間変わったばっかりの、私の兄さんへの挨拶。






「あれ?総人はまだ寝てるの?」

麗奈
「兄さん?まだ寝てるよ…」

朝ご飯。リビングへ降りてきた私に、お姉ちゃんは首を傾げながら問い掛けてくる。
でも、お姉ちゃんは薄々分かってきているようだった。
これが今までの日常で、そしてこれからも繰り返される日常だということを。
お姉ちゃんの変化も、それが日常として成り立ったとき、それは今を感じているということになる。私も…お姉ちゃんも…

真由美
「あら、総人さんはまだ起きてきていないんですか?」


「そうみたいだお〜、総人ったらいつも早く起きてこないもん」

真由美
「うふふ、ならあなた達だけでも早く食べていなさい?準備にも時間かかるだろうから。総人さんには、私が急がせますから」


「あ、うん、そうすることにするお〜」

私達の親代わりをしてくれている、古館真由美。
すごく優しい…
いい人過ぎて、私にはちょっと痛かったりするの。
だから、私がドジったりしたとき優しくしてくれるのがすごく怖い。
特にこの時間、食事の時間なんかは私が箸を上手く扱えないから私は迷惑をかける。
だから私はこの時間が嫌い。



右手を失って…左足を失って…
私はどんなにみんなに迷惑をかけてきたんだろう。





麗奈
「兄さーん、待ってよーーー」

総人
「ほら、早くしないと遅刻するぞ!」


「んも〜〜〜総人は意地悪しないっ!」

総人
「杏も、こういう時にばかり年上面すんなって」


「え〜〜〜いいじゃない〜〜〜だって、年上なんだも〜〜〜ん♪」

兄さんが意地悪をして、私達をおいて勝手に走っていく。
私はまだうまく走れないから、だから兄さんは私をいじめる。
お姉ちゃんは私と一緒に、兄さんを遠く離れたところから呼びかける。
これって、すごく楽しい…

麗奈
「あ、わっ!」


「あ、麗奈ちゃん!」


ばふっ!

凍った道路は、作り物の左足には負担が多すぎる。
私は滑って、お姉ちゃんに抱えられていた。


総人
「麗奈も、気をつけろよ」

麗奈
「ごめんなさい」

総人
「謝っていないで、早く行くぞ」


「うん、いこ♪」

お姉ちゃんは一週間前に、お姉ちゃんになったばっかりなのに…
それまではアカの他人なのに。
知らない人同士。
いや、知っていたのかもしれない。でも、それだけなの。
だから、お姉ちゃんは今までになかった一種の“非日常”だった。

本当に?

いや、今までに何回もあった。だけど、それは“日常としての変化”に過ぎなかったから…
お姉ちゃんは“非日常”って、はっきり言える。
だって…お姉ちゃんは好きになれそうだから…
お姉ちゃんも、兄さんも優しいから…





朝の学校。
あまりお話って得意じゃないから、私は一人でいることが多いの。
この学校に入って、もう一年が経とうとしているのに、友達といえる友達は一人だけ。

柚姫
「麗奈ちゃん、おはよー」

入学式の日。私にはじめて声をかけてくれた。

麗奈
「あ、柚ちゃん、おはよ」

あの時は、兄さんは兄さんじゃなかったから、だから、学校で話をする人はいなかった。
あの時の私は今の私よりもずっとダメだった。
柚ちゃんは、私がつまんない子だって分かっているのに、私と一緒にいてくれる。
痛いことだって、分かっているけれど…
私って、こんな所にいたって、意味なんてないのに…





授業中の私。
ぼーっとして、授業なんて聞いてなくて、内容なんて分からなくて…
兄さんも、はじめは意外だと言っていた。
でも、これが本当の私…
全然…いい子なんかじゃない…
私って…悪い子…
柚姫
「ほら…麗奈ちゃん、当てられてるよ…」

麗奈
「え?」

柚姫
「ほら、ここ…三行目…」

麗奈
「え、え?!」
先生
「おい!聞いてるのか?!古館!」

麗奈
「あ、いえ…すいません」

先生
「ちっとは答えれるようになれよ。それじゃ、その後ろ」

うしろの子
 「はい、pick out the…」

私って…どうしてここにいるの?

麗奈
「ごめん…柚ちゃん…」

柚姫
「いいって、麗奈ちゃん」



だってね…






キ〜ン…コ〜ン…カ〜ン…コ〜ン…
鐘が、学校の終わりを告げる。

(今日も、終わりかぁ…)

本当は終わっていない。まだ、今日は半分も終わっていないのに…
なのに、終わったと感じさせるものは何なんだろう。
勉強道具を鞄につめて、みんなとサヨナラの挨拶をして、動かない左足を立てて…
私の今日が終わる。






「あ、麗奈ちゃん」

麗奈
「ん?あ、椎名さん」

後から、聞き入った声が聞こえる。
きゅっ、きゅっ、と聞こえる雪を踏む音がその人が私に近づいてくることを、まだ振り向けていない私に分からせてくれる。

瑞穂
「こんにちは、麗奈ちゃん」

麗奈
「こんにちはです、椎名さん」

椎名さんは兄さんの同級生。
頭が良くて、綺麗で、優しい…私の憧れの先輩…

瑞穂
「麗奈ちゃんは今帰り?」

麗奈
「ええ、そうですよ。別に…寄るところもありませんし」

瑞穂
「そっか、じゃぁ一緒に帰らない?」

麗奈
「え?いいんですか?」

瑞穂
「あはは、麗奈ちゃん変なこと言ってるわよ」

麗奈
「あ…そっか」

こうして椎名さんと一緒に学校から帰ることも、すでに日常茶飯事ではあるが、冷たく息の凍ったこの空間に椎名さんがいるだけで、その瞬間瞬間が不自然に感じてしまうのは何故だろう。

麗奈
「あ、それじゃあ…」

瑞穂
「うん、またね麗奈ちゃん」

麗奈
「はい、それでは」

瑞穂
「ばいばい、またね」

私は軽く会釈をして、いつもの交差点で椎名さんと別れた。
遠くに逆行を浴びた鋭い山並みが翳る頃、私はこの道をいつものように歩く。

(私も…いつかは)

(でもだめね…そんな勇気なんて、私に…ある訳ないのに)






真由美
「そうそう、明日はちゃんと帰りに寄って来てね」

私の目を見てそう言った。
夕食時、箸と格闘する私を気遣ってか、晩御飯はカレーを作ってくれた。
兄さんはカレーが好きで、既に二回おかわりをしている。
…お姉ちゃんはもっと凄いけどね

麗奈
「うん、分かってるよ」

ちょっと遅れ気味に、私は返事をした。


「よってくるって?」

麗奈
「定期検診だよ、明日はその日だから病院に行って来なきゃいけないんだー」


「そっか〜〜〜」

総人
「ん、どうだ?明日は一緒に行かないか?」

一緒?私と…
あ、そうか…

麗奈
「行くって、病院に?兄さんどっか悪いの?」

そんなんじゃない…

総人
「いやそういう訳じゃないが、久々に顔を出すのもいいかなって思ってな」

麗奈
「うん、そういえば久々かもしれないね」

分かっているけれども、でも私は何気ない素振りで言ってみせた。
白々しく…
嫌…という訳ではないんだけれども、だけどそんな気分にはなれなかった。
それは、あの子との記憶がそうさせているのかもしれない。
そして、その記憶が私の間を邪魔する…そう考えている自分がいる。
今の、この日常という空間を。

真由美
「久しく行ってないわね、麗奈や総人さんも」


「???」

麗奈
「お姉ちゃんも一緒に行こ」



“…ダメ”




「病院に?」

麗奈
「うん、病院に」


「う〜〜〜ん、何かあるの?」

総人
「行けば分かるさ」

お姉ちゃんと出会ってまだ一週間。
瑠璃ちゃんとは長い付き合いだけれども、近くにいないだけで…こんなにも遠く感じてしまうものなのだろうか。
これはお姉ちゃんのせいなのかもしれない。
あの子の代わりに、お姉ちゃんが私の中を冒していったから…
そして、瑠璃ちゃんの代わりがお姉ちゃんなんかじゃない…



だけど…





闇は嫌い。私に近いから。
孤独は嫌い。今までそうだったから。
人は嫌い。裏切るから。
夢は持ちたくない。叶わないことが分かっているから。
いつもいつもそう思う。
つらい人生は嫌い。

(麗奈はどうしてそう考えるの?)

考えちゃいけないの?
いいじゃない。
私は私。
いつもいつも私の中に入ってこないで。
貴女は私にとって邪魔な存在なの。

(そう思わないで…だから私は哀しいの)

そう、貴女はいつも自分のことしか考えていない。
自分が哀しくなけりゃ、それで幸せなのね。
だから、私を捨てたのね。

(違うわ…私を信じて)

笑わさないで…裏切った人をどうやって信じればいいの?

(麗奈…哀しいね)

哀しい…





麗奈
「…!っはぁ…はぁ…はぁ…」

まただ…
痛い…痛い…

麗奈
「あああっ…うううっ…」

痛いよぅ…助けて…誰か助けてよぅ…
足が痛い…腕が痛い…
失って、もうないはずの手足が痛い…
痛い…もういや…
泣くことしかできない…私が嫌…

麗奈
「ううっ…」


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