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Original Novel Pochikun Presents



Bye〜snow〜


7.一人ぼっち・・・

by ポチくん





夜…
空は黒く、暗い輝きのない世界だった。
その空からは白い冷たそうなものが舞っては地面に落ちていた。
つもるんだろうな…
だから、人が作りしものは…必ずほころぶ…
今日も雪の降る寒い日になるんだろうな…
そう、出来事はいつも唐突で、時と場所を選ばないから。

…コンコン

(誰…)

…コンコン

「開けてくれ、麗奈」

兄さん?
…コンコン

「入れてくれ、麗奈」

背中に悪寒を感じた。
それはある種の感覚だったけれども、私には不思議な確信さえも感じさせた。

麗奈
「開いてるから」

「分かった。入るぞ」

私が、私以外の人に見られるのはいつの日以来だろう。
私は、兄さんの目にはどのように写ってるんだろうか?
前よりも、ずっと醜くなってるんだろうか。
でも、私は問わなかった。いや、問えなかった。
それは、自分を知るのが怖いからかもしれない。
でも、兄さんは言った。

総人
「久しぶり。変わってないね、麗奈」

ありったけの慰めの言葉なのだろうか。
でも、兄さんはそのためにここに来たのではないという事くらいは、私にも分かっていた。

麗奈
「なにしに来たの?兄さん」

私は冷たい素振で言った。そうすることしかできなかった。
心臓が高鳴った。
激しく…速く…
一回の鼓動が、一体どこからどこまでなんだろう。

兄さん…
それは現実として受け止めたくない、あからさまな拒絶の色。

やめて・・
それ以上近づかないで…

総人
「今日な…」

麗奈
「やめ…」

総人
「今日の朝にな…」

麗奈
「言わ…」

総人
「瑠璃が死んだって…」

麗奈
「…や…」





          麗奈おねえちゃん…





ドックン




麗奈
「いや…いやいや…」

総人
「麗奈、現実を現実として受け止めろ」

ドックン…ドックン…

麗奈
「いやだよぉ…」

総人
「麗奈!」

麗奈
「瑠璃ちゃんも…私を一人ぼっちにする…」

麗奈
「どうして…どうしてなの!」

静かな部屋に、私の声が木霊する。
外では、雪が降り始めてきていた。





 ずっと病院の壁と天井を見つめて…いつか…なのに…





麗奈
「結局、私はずっと一人ぼっちなの…」

総人
「麗奈…俺はお前を一人ぼっちにしたか?」

総人
「した…」

私の想い…
それは卑怯かもしれない。
でも…

麗奈
「したよ…」

麗奈
「兄さんは…私を裏切った」

総人
「いつ…」

麗奈
「今も…」

麗奈
「兄さんは…」

私の…気持ち
ずっと…ずっと…

麗奈
「兄さんは…お姉ちゃんのことが好きなんでしょう…家族としてでなく…一人の女性として…」

総人
「…!」

じっと…耐えるように…
私は今まで過ごしてきた…

麗奈
「黙らないで!」

麗奈
「私ね…ずっと兄さんのこと好きだったんだよ…はじめて出会った日から…」





「兄さんはとても無愛想だったけれど、でも嬉しかった…」





「これから仲良くしてね。二人とも」

明日から家族が増えるといわれて、次の日だった。
そこには知らない人が一人いた。
私は、人と付き合うのが苦手だったから、だから…
でも兄さんはそんなことなかった。

「学校に行くんだろ?だったら早く用意しろよ」

初めてかけられた言葉。
でも、兄さんは優しかった。
私が転びそうになったら助けてくれた…
私が失敗したら庇ってくれた…
それは凄くさり気なくて、無愛想だったけれど
私は兄さんのことが好きになっていった



「でもね、お姉ちゃんが来てから、心は私に向くことはなくなっていた」

「お姉ちゃんもいい人すぎるから…私は認めざるを得なくなっていた…」

「なんだけど…なんだけどね…できなかった」

「どうして兄さんは私に気づいてくれないの?」

「私…兄さんのことが好きなのに…」

「こんなにも…好きなのに…」

「兄さんは裏切り者なのよ…」

私…バカだから

総人
「麗奈…」

兄さん…痛いよ…
苦しいよ…
切ないよぉ…

総人
「瑠璃は最期に、麗奈が姉さんになってくれて嬉しかったって言ってた」

総人
「消え入るその声で…家族がいてくれて嬉しいって言ってた」

総人
「俺は、麗奈が可愛い妹だと思っているから…」

その言葉を聞いて、私は不思議と気持ちが落ち着いていた。
兄さんは兄さんだから…

麗奈
「見て…」

私は、右腕を捲り上げて兄さんの目の前に差し出した。

麗奈
「まだ痛むんだよ…毎日毎日…」

麗奈
「痛くて…苦しくて…切なくて…悲しくて…」

麗奈
「こうしたのはあの人だから…私はあの人を許せないんだよ…」





物心ついた頃から、私はお父さんと二人だった。
私は、いつもお父さんに

「そうしてお母さんはいないの?」

って言ってた。
いつもその度にお父さんは

「お母さんは、麗奈がもっと小さい頃に死んじゃったんだよ」

そう言ってた。
私は、その言葉に疑いもしなかった。
お父さんは、小さな会社の社長で、私は不自由なく暮らしてた。

…あの日まで
その日、私はお父さんと一緒に出かけたの。

「麗奈、そろそろ準備しておきなさい」

そっか、久々にお父さんがお休みだからって、今日は遊びに行くんだっけ
まだ準備もしてなかったよ

「麗奈、まだできてないのか?」

「ぬ〜、お父さん、昨日準備するの忘れたんだよー」

「まったく、麗奈はドジだからなぁ」

「ぬ〜、それ言わないでよー」

「簡単に準備できたら、もう行くぞ。途中で買っていけばいいからな」

「え?お父さん買ってくれるの?」

「ああ、たまにはそれもいいからな」

「やったぁ〜!じゃあ、早速いこうよ!」

どこに行くかは、教えてもらえなかった。
聞いても「お楽しみだ」と言うだけだった。
私はそのとき、その日が平日だって事をすっかり忘れていた。



「ねぇ、お父さん…どこまで行くの?」

「あと少しだ…」

昼から走っていた車は、いつしか夕方を過ぎ、夜になっていた。
初めて走る場所。
誰もいない場所だった。
暗い…ライトが照らす道が狭い。

「ねぇ、お父さん」

「…」

お父さんはこれ以降、返事をしなかった。
しばらく走って、お父さんが久々に声を出した。

「麗奈…」

お父さんはもう、声を出さないものと思っていた。
そして、そのお父さんの声はあまりにも久々な声にも聞こえた。



「麗奈…父さんと一緒に行くか」

「お父さん?どこに行くの?」

「…家には、もう戻れないんだ」

「ど、どういうこと?お父さん?」

全然分からなかった訳じゃない。
ちょっと…分かっていたような気がするけど…
分かっていない気もして…
でも、信じられなかった。

「お母さんがな…麗奈や父さんを捨てなかったら…あるいは…」

どういうこと…?
もやもやした感じ…

「お母さん?捨てた?」

それからしばらく、車は走った。
でも、時の感覚はもうなくなっていた。
どのくらい走ってきたの?
1時間?6時間?それとも1日中?
…分からない

「お父さん?お母さんって?」

「お母さんは死んだんじゃなかったの?」

お父さんに聞いた、そのセリフ。
今まで、このことを何度聞いてきたのだろう。
そのあとのお父さんの言葉はいつも決まっていた。
お母さんは死んだんだって…

おとうさん?

「お母さんはな…俺たちを捨てたんだよ」

いつもと違った父さんの言葉。

「お母さんは死んだんじゃなかったの?お母さんは生きてるの?」

「お母さんって…私を…捨てたの?」

写真さえも残っていない、お母さんの姿。
酷く曖昧で…悲しいほど残酷で…

「父さんはな…もう一人ぼっちになっちゃったんだよ」

「お母さんは…自分のために…俺たちを見捨てたんだ…」

「お母さんが?」

「自分の夢を叶えるため…そう言って…お母さんは父さんや麗奈を置いて…それをかなえることの出来ない環境から逃げ出したんだ…」

「それから一度も…お母さんから連絡はない」

「麗奈…」

記憶にさえ残っていないお母さんは、私の中ではお父さんから語られるのみの昔話に過ぎなかった。
だけど、それはとても卑猥な言葉に聞こえて…
私は、それを聞くたびにお母さんに対する憎しみしか湧いてこなかった。



車が止まっていた。
いつから止まっていたのだろう…
ライトを消した夜空は、あまりにも綺麗すぎる…
こんな…
空が白く、道を作っていた。
天の川って…はじめて見た…
あの穢れた街は…星さえも見れなかったから…
空が生きているって…はじめて知ったなぁ…
こんな…こんな…
ずっと私たちを見下ろしていたのかなぁ…

「い、いたいよぉ…」

「麗奈…」

「おとう…さん」

お父さんが私の体をきつく抱く。
その頬には涙が流れていたのかもしれない。
でも、私がお父さんの顔を見ることは…もうなかった。

「麗奈…父さんと一緒に死んでくれ」

「えっ?」



車が動き出す。
ゆっくりゆっくり加速していって…
お父さんの私を抱く力が強くなっていって…
正面を向いているはずなのになぜか空が見えて…
体がふわっと宙に浮いて…
一瞬だけ、波の音が聞こえた。
そして、ぐしゃっといったような何かが壊れる音。
夢の中のような感覚。

「れ…な……………・・ぁ」

誰の声だったんだろう。
ぬるぬるしたような液体でうがいをしているような声…

私が…消える
気持ちいい…
ずっと…宙に浮いてるみたい…

私…死ぬの?
死ぬって…こんなに気持ちがいいことなの?
ずっとこんな感覚なら…私死んでもいいのかもしれない…

あれ?死んだらこの世界からいなくなっちゃうの?
それってやだなぁ…
…やっぱり私、死にたくないのかなぁ
 死んだら友達とも遊べなくなっちゃうんだもんなぁ…

そっか…明日は遊園地に行く約束してたんだっけ…
友達だけで、はじめて行く遊園地…
私はお母さんがいなかったから…お父さんと二人で行くだけの遊園地だったから…
楽しみにしてたのになぁ…

これから家に帰ったら、お父さんに晩ごはん作らなきゃ…
今日はせっかくのお父さんのお休みなのに、お父さん、遊びにつれてきてくられたから…
今日はお父さんの好きなハンバーグにしよう…
そっか…たまねぎ買ってこなくちゃ…

私…看護婦になりたいなぁ…
退院していく患者さんを見送って…
私も泣いちゃうのかなぁ…

…でも
もうできないのかぁ…
やっぱり私死にたくないよぉ…
こんなところで死ぬなんてイヤだよぉ…
まだ生きて…やりたいこといっぱいあるのに…
まだ叶えられないこといっぱいあるのに…
死んじゃったらなにもできなくなるんだよね…

私生きたいよぉ…
死ぬなんてイヤだよぉ…
イヤだよぉ…




…あれ?
明るい…
眩しい…
太陽?

カーテン開けなきゃ…
一生懸命右手を差し出してみるけど、動かない…
どうやって右手って動かすんだっけ?
こうだっけ?
動いて…
動けっ…
…だめだ
どうしても動かない。

「あっ!目を覚ましたんですね!」



あれ?ここってどこだっけ?
お父さんは?
ここって…病院?
私…よく分からない

「目を覚ましたんだね」

今度は白衣を着た、中年の男の人。
その横には看護婦さん。

「あれ?ここ病院?お父さんは?」

「何も憶えていないのかい?」

「憶えてるって?どういうこと?」

「君は、生きているだけでも不思議な体なんだよ」

「生きているのが不思議?じゃあ私は生きてるのね」

「ああ、かろうじて生きているみたいだよ」

「かろうじて?」

「右手を動かしてみなさい」

「右手?さっきから動かないの」

「それじゃあ、両足を立ててみなさい」

「両足?」

私は膝を立ててみる。
うまく立たせることはできなかったけれど、どうにか膝が立った。
でも…右足だけ。

「うまくいかないよ」

「だろうね…」

「だろうねって…どういうこと?」

白衣を着た男の人は、私の布団を捲り上げた。

「えっ?」

「これって…どういうこと?」

「見ての通りだよ」

「見ての通りっていったって…これって…」

「君の右手と左足はもう使い物にならなかったんだ。切り落とすしかなかったんだよ」

「えっ?…って…」

「仕方なかったんだよ」

「で、でも…」

そのとき、私の右手と左足が痛み出した。
ずきずきっと…何かに刺されているような感覚。

「痛いよ…どうして?」

「そういうものなんだよ」

私が問い掛けるたびに、冷たくあしらわれる。

「良く分かんないよ…夢…なの?」

「夢なんかじゃない」

「夢じゃないって…現実ってこと?」

「そうだ」

「いや…それじゃあ、私はここに運ばれてきたの?」

「そうだ」

「いや…」

「いや…いやいや…」

「そんなのいやだよぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」



お父さんは一人ぼっちになって寂しいと言ってたのに…
今度は私が一人ぼっちだよ…
寂しいよぉ…

お母さんが私を捨てなければ…私はこんなことにならなかったのに…
お父さんも…私も幸せだったのに…

痛いよぉ…
苦しいよぉ…
切ないよぉ…
悲しいよぉ…
悔しいよぉ…

私のこの手足の痛みは、私の…お母さんに対する恨みの痛み。
憎しみの痛みなんだって…
私が失ったものは体だけじゃないから…
だから…





総人
「麗奈…どうしても許してやれないのか…」

麗奈
「うん…まだ、私はあの人を許せる自信がないから…」

総人
「いつか…いつか許してやれる日が来るのか」

麗奈
「分からない…約束はできないよ…」

総人
「そっか…」

麗奈
「ごめんなさい…兄さん」

総人
「俺は、麗奈や真由美さんのことが好きだから…だから…」

麗奈
「兄さんは、優しすぎるんだね…」

総人
「そんなことはないさ…」

麗奈
「…そぅ」

私って…一体誰なの?
体が熱い…
心を捨てて…幸せを捨てて…
今度は一体何を捨てるのだろう。


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