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Original Novel Pochikun Presents



Bye〜snow〜


8.想いと…記憶と…幸せと…
  私を包んでいたもの。あたたかい翼…

by ポチくん





“ただ、人ではない…それだけで…”
“哀しさが込み上げてくる…この場所にいるだけで…”
“人よりも人らしいそのモノ達。束になった人形達が、もう動かない体で俺を眺めていた”
“その眼差しは遠い俺を見ていた。軋む俺の体が、その視線を拒んだ”




私の知らない場所。
私の知らない記憶。
人って…一体なんなんだろう。
叶わないと分かっている夢。
全ては現実なの?
それとも…虚構なの?

カオス。
自分が一途に突っ切ってきたことは、それは全て現実という何者かの手のひらの上で踊っていたに過ぎないから。
だから、その向こうはカオス。
私が目指していたものは、その向こうにあった。
どこまで行ったら私の目指しているものがあるのか…分からない。
宇宙まで行ったらあるのかな?
それとも、宇宙の果て?それも越えなければないの…?
それはカオス。
未来という名の、この世の中で最大のカオス。





…コンコン

扉をノックする音。
私のカオス。
私の中の…ありふれた感情。
軽く二回ノックするだけの音。
癖のついたその響きは、今日のような雪の日にははっきりと見分けがつく。

麗奈
「…入って」

静かに…でもそれは怯えを知らず、常に優しさを持ったものの感情の現れだった。

真由美
「麗奈、久しぶりだわね」

麗奈
「ええ、久しぶり」

私はこの女が分からない。
私を捨てた…お父さんを殺したこの女が…

麗奈
「私を…捨てたの?」

真由美
「そうよ」

麗奈
「お父さんを…殺したの?」

真由美
「そうよ」

家が揺れた。
強い風が電線に触れては、音を立てていた。

真由美
「私が…あなたたちを捨てたのは…間違いないの」

麗奈
「ならどうして!」

麗奈
「どうして…」

私に…哀れみをくれるの?
どうして…また私を拾ったの?
どうして…私はこの言葉が言えないの…
どうして…どうしてなの…

麗奈
「私はあなたが憎いのよ…」

違う…
言えない…言えない…言えない…

私が考えるたびに、古傷が痛む。
先という先から黒く濁った何かが溢れてくる。
痛い…

麗奈
「…貴女が私たちを捨てなければ…こんなことにはならなかった」

麗奈
「お父さんは死ななかった…」

麗奈
「…私だってこんなにも苦しまなかった」

麗奈
「…けど、私たちを裏切って…そしてこうなった」

麗奈
「私だって…普通に生きたかった。でも、貴女のせいで出来なくなっていた…」

あなたがいたら幸せだったかもしれないのに…
私は…私が…ほんとうは…

真由美
「…でもね、私は麗奈たちを捨てたのよ」

どうしてそんなことを言うの…

真由美
「私は自分の夢があって…その夢を叶えるために、私は間違った選択をしてしまったわ…」

真由美
「三年前…そのことを聞いたとき、私は後悔して…」

真由美
「ですから、麗奈をもう一度…」

真由美
「身勝手かもしれないとは…分かっていました」

真由美
「私は…あの人に麗奈がいれば幸せになれるだろうって…そんな安易な考えを持ってしまって…」

真由美
「その時の判断だけで…私たちは別れて暮らすようになった」

麗奈
「…なら、なおさらどうして」

貴女は私を…

真由美
 「ごめんなさい…麗奈」

真由美
 「謝っても…許してくれないわね…」

真由美
 「私が今まで麗奈にやってきたことは…私の今までの罪なんですから…」

真由美
 「簡単に許されるようなことじゃないって…」

あの人が泣いていた。
強いと思っていたあの人が泣いていた。
…だけど、それはただの思い込みだったのかもしれない。
弱い自分が…哀しくて。
思い違いしていたのは…私?
よく分からない…
泣かないでよ…

苦しい…
痛みよりも、苦しみの方がずっと大きい…
心臓を締め付けられるような苦しさ。息苦しい。
私の周りには…何が足りないの?
それとも…私に足りないの…?

真由美
「それも…あと少し」

真由美
「麗奈が私を憎いなら…私はその憎さを取り除く義務があるって…思ってますから」

真由美
「それが…私の麗奈へのせめてもの罪滅ぼしになってくれれば…」





何度となく見た夢。
暗い道に、私が一人だけ立っていた。
細くて…長い。
道の脇は崖。ガードレールもついていない、脆くて危険な道。
手探りで前に進もうとする私。
いつ終わってもいいと思っていたけれど、今は良く分からない。
とりあえず、この先には何があるのか…
私は興味を持った。
この風は、暖かいの?それとも冷たいの?
だんだん分かってきたような気がする。
冷たいと感じていた風。
もしかして、暖かかったのかもしれない。
どうしてそう感じるのかは分からない。
でも、この先の見えない道の中で聞こえる声が私の中でわだかまりとなっているのは確かだと感じた。

ねぇ、貴女は何を考えてるの?
私は貴女が信用できない。
…よく分からないけど、そう思ってしまう。
つらいけれど…貴女の罪。
貴女は、私の母親なんだから…

(麗奈…)

(私は…あなたのことを忘れた日はなかった)

ずるい人…
私は貴女を想う記憶さえなかったのに、貴女は私を想うことができて羨ましい。

(私の中には、ずっと麗奈がいた…)

(何を感じ…何を想い…何を言おうとも)

(私の中には麗奈がいたのよ…)

そう…
私は嬉しいのか、それとも、つらいのか良く分からない。

(時間がないんですよ…)

時間がない?
それってどういうこと?

(麗奈は、私にとって大きな存在でありすぎたのよ)

(だから私は、今、後悔している…)

つらいのね…私も、貴女も

(私の業は、私が払います…)





“あの日から、夏は明るくなった”
“以前の夏を取り戻したような、いままでの空白を埋めるような、そんな夏がここにいた”
“俺と夏はいままで以上に親しくなった気がする”
“裏も表も一緒になった『ヒト』と『ヒト』との繋がりを、俺たちは手に入れたからかもしれない”
“そしてこの事実も、俺と夏の間ではもう無意味に均しい”
“そう思っていた”





お姉ちゃんの書いた小説。
思い出してみる。
夏という少女。
私にそっくりだけど、でも似てなかった。
元気だけど、哀しかった。
幸せだけど、つらかった。
表裏が一緒になって、凄く曖昧。
人であって…人でない存在。
お姉ちゃんのお話は、とても現実味があったけれど、それはありえないお話。
夢のようなお話…

私って、今夢の中にいるの?

怖い…
本当は、私はあの時に死んでいたのかもしれない。
ただそれに気づかないだけなのかもしれない。
明日になったら、もう誰しもが忘れていて…
私は、もといた世界に戻るのかもしれない…
夏は幸せになれなかったけれど…でも、それは夢からの目覚めだった。
本当の幸せは、夢の中では手に入れられない。
今生きているからこそ…幸せなんだ。

瑠璃ちゃん…そっか…

いつにない、大雪の日だった。
家の中は、気持ちが悪いほど静まり返っていた。
石油の切れたストーブは、その反射板が私の顔を写し、そして冷たい輝きを放っていた。





よく分からなかったけれど、私は家の外に出てみた。

麗奈
「さむっ…」

白を基調としたパジャマは、その薄さで私の体を直に劈いた。
手足が痺れる。
久々に吸った外の空気は、あまりにも乾ききっていた。
深く息を吸った私の肺の中に、痛い寒さが入り込む。
でも、その寒さがまた心地よかった。

玄関のドアが、ぎっ…と開いた。
冬になると、雪や寒さのせいでドアの接触が悪くなるから。だから、よく分かるの。

麗奈
「お姉ちゃん?」

そこに佇んでいた。


「…麗奈ちゃん、真由美さんがどこに行ったかしらない?」

麗奈
「…知らない」


「なら…よかったおー」

お姉ちゃんはちょっと落ち着いた気持ちになって、私を見つめた。


「麗奈ちゃん…来て」

それだけ、私に呟いた。まるで独り言のように。
私はお姉ちゃんの言うとおり、その場所へ行った。





私が、その場所を嫌った理由。
それは、そこにあった。
普段は閉じているはずの部屋、あの人の部屋だった。

自分の家とは思えない、そんな雰囲気さえも醸し出している不思議な部屋。
本の数は半端ではなかったけれど、きちんと整理されたこの部屋はあの人の性格を映し出しているような部屋だった。
私は、その扉をもう一度開いた。
今使ってたばかりのようなその机には、一つの原稿用紙の束があった。


「麗奈ちゃん…答えがそこにあるのかは、私には分からないけど…でも、これは麗奈ちゃんのためにも…真由美さんのためにもなると思ったから」

私は、その原稿用紙に手を伸ばしてみた。


「これは、真由美さんの…麗奈ちゃんへの思いなんだって、私は思うおー」


「私は、今までこんな温かい家庭にずっと包まれてきたから…」


「それを失って…私よりもずっと麗奈ちゃんのほうがつらいのって…分かる」


「でもね…真由美さんも、麗奈ちゃんのこと、本当に好きなんだって、そう思うおー…」

そこに書かれていた、あの人のペンネーム。
見覚えのある名前だった。
当たり前だった。
それは、私自身…そう。
あの人が、私を思っている証拠だった。
原稿用紙の最後にはこういう名前で綴っていた。





             元清水 麗奈





私の名前だった。
私の名前で、このお話は終わっていた。


「麗奈…ちゃん?」

もしか…して
背中に冷たい汗が流れていった。
嫌な予感。
最後の言葉。





         “私の業は私が払います”





それが意味するもの。

麗奈
「あ…あぁ…」

目の前が白く曇る。


「麗奈ちゃん、麗奈ちゃん!」

お姉ちゃんが私の体を揺らす。だけど、今の私はお姉ちゃんに触れられただけで足元に力が入らなくなっていた。

麗奈
「行かなきゃ…」

麗奈
「今すぐ行かなきゃ…」

どこへ?
あの人のところへ…
心地よい、あの場所へ…





私は走っていた。
いや、走っているとしては遅すぎるほどではあったけれども、私にはそれが精一杯の走りだった。
待ち合わせの場所は、あの橋の上だったから。
出会った場所も、別れる場所も…一緒だから。

あの人と出会った時間。
夕方遅くの時間。
きっとあの時も、こんなオレンジ色に染まった空だったんだなって、今思い出した気がする。
降る雪も、だいだい色に染まって…綺麗だったんだなって
三年前のあの日、この場所から。
空は晴れてるのに…雪だけがちらついてる…





麗奈
「まゆ…おかあさん!」

今だから言えた…





            “おかあさん”





           そんな簡単な五文字。






真由美
「麗奈…ごめんね…」

お母さんの体が、グラっと揺れた。
遠くには車の影。

真由美
「私が…私がいなければ」

麗奈
「ちが…っ!」



私が手を伸ばすのも…間に合わなかった…
お母さんの体と、私の右手が車にぶつかって…遠くまで飛んでいった。

麗奈
「おかあ…さん」

麗奈
「どうして…そんなに身勝手すぎるの…」


ひざが…立たない
おかあさん…
これじゃあ…これじゃあ、またあの時と一緒じゃないの…?




「麗奈ちゃん…」

周りには、私たちを取り囲む大勢のやじ馬と、駆けつけた救急車。
おかあさんはぐったりとして、動かなくなっていて…
周りには…赤い雪で染まっていて…

総人
「一緒に行こう…麗奈」

空が暗くなりかけていて…

麗奈
「どうして…どうして…」

兄さんが私の肩をつかんでくれる。

麗奈
「あっ…」

空には輝く一番星。
西の空に…綺麗に光っていた。
ずっと遠くにあるのに…手が届きそうで…
私は…何を願うのだろう
でもそれは…


「麗奈ちゃん…」

決まっていた

総人
「さぁ、早く…麗奈」

兄さんが私をせかす。お姉ちゃんも、救急車の外で私に訴えるような目で私を見ている。

総人
「麗奈…まだ躊躇ってるのか?真由美さんはな…」

兄さんの言葉が私に刺さる。お姉ちゃんの視線が私に刺さる。
私に犯したものは、私自身絶対に許せないものだけれど…でも、それはつぐなう事によってのみ私の中で晴らされるもの。
私は…また過ちを犯すかもしれない…
あの人が犯したように…私も同じように過ちを犯していたものなのかもしれない。
だけど、もう間違いたくなかった。
焦ることが、今の私を狂わせる最大の煩悩なのかもしれない。
だから…確かめたかった。
だから…こうしたかった。

総人
「麗奈…」


「麗奈ちゃん…」

二人はそうとだけ言うと、私の顔を見つめて軽く頷いた。
いや、私には頷いたように見えただけなのかもしれないけど、それは不思議とした確信となって私の中を襲ってくるのだった。
もう、苦しい思いをしたくない私の判断だった。
私は、家族の乗った救急車を静かに見送った。
私には…少し時間が欲しい。
まだ…許せるぎりぎりの時が来るまで…
私は、星の出ている空を背に一人歩き出した。


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