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Ryo Original Story



real world


by




 現実逃避。
 今の僕の状況を示すのに、これほど適した言葉はないだろう。と言うよりも、これ以外に適当な言葉が思いつかない。
 それほどまでに、今の状況は僕には辛すぎた。目の前の現実を認識したくない。認識したら逃れなくなりそうだったから…。
 頭の中で、様々な想像が駆け巡る。そのどれもが絶望的で、そのどれもから現実逃避したかった。
『みんなに優しくて、とてもいい子だったのに…』(39歳・主婦)
『おはなしたこと? あるよ。すごくいいお兄ちゃんだったよ』(9歳・小学生)
『そういえば、時々怖い目をしていたのを見たことがあるわ』(28歳・OL)
『あいつとは、友人だったけど…。まさか、こんなことになるなんて思わなかったです。ええ、友人思いのいいやつでした』(19歳・大学生)
『あんなやつは、人間のクズだ! 生かしといても同じことを繰り返すだけだ! さっさと殺しちまえ!』(57歳・会社員)
 なんだか、人生の終幕に向かって、エンドロールを見ている気分だ。もしくは、死刑囚に対する街頭インタビューだろうか。どちらにしろ、事態は好転の兆しを見せることはない。全ては、目の前に鎮座、もとい倒れている『モノ』をどうにかしないことには、何も変化は起こらないだろう。変化しないということは、絶望的なままということ。
 とりあえず、事を起こす前に、今一度現状を整理してみよう。整理するほど情報もないのだが、そうでもしないと、今の自分を受け入れることが出来ない。
 事件の発端は3分前。そう、たったの3分前。一つの呼び鈴が、僕を奈落の底に突き落としたのだった。


「宅急便で〜す!」
 春休みの午後の暑い時間。
 部屋で雑誌を読んでいたら、突然呼び鈴が鳴った。
 僕は1Kのマンションに一人暮らしをしている学生なので、宅急便なんてものが送られてくることは滅多になかった。時折、実家の両親から仕送りと称して、賞味期限が近い食材や、邪魔になった不要物などが送られてくるが、それはまだ一週間ほど前に来たばかりだったので、何が送られてきたのか想像がつかない。
 昔あった、宅急便の振りをして室内に侵入し、金品を奪うという手口の強盗を思いだし、少しビクつきながら、雑誌を閉じ玄関へと向かう。玄関のドアを開けると、そこには恐らく『普通』の宅配員が立っていた。しかし、見たことのない宅急便の会社だった。
「笹村さんのお宅ですよね? ここに、サインか印鑑をお願いします」
「あ〜、じゃあサインでいいですか?」
 「いいですよ」と言って宅配員の人がペンを差し出してくれる。僕はそれを受け取ると、受け取り欄にフルネームでサインした。した後に気付いたのだが、差出人の欄には聞いたことのない会社の名前が書かれていた。
「はい、確かに。じゃあ、これが品になります。よいしょっと」
 そんな掛け声をと共に、僕の目の前に長さ150センチはあろうかという大きな箱が姿を現す。何が入っているのかわからないが、とても重そうだ。僕は宅配員の人を手伝いながら、そのダンボールを部屋の中まで運んでもらう。何やら酷く丁寧に運ぶように促されたが、なぜだろう。荷物は二人で持っても重かったのだが、宅配員の人はどうやってここまで持ってきたのだろう。そんなことを聞いてみると、運転席でもう一人待っているとのことだった。
 僕は、冷蔵庫に入っていた缶コーヒーを二本渡してあげ、「お疲れさまです」と言って玄関まで見送る。部屋に戻ると、八畳しかない僕の部屋の真ん中を占拠するように、宅急便の品が置かれていた。
 会社の名前を再度見てみるが、やはり記憶にない。パソコンをしているときに、何か懸賞に応募しただろうかと思ったが、思い出すことができなかった。
 箱の表面には、ナマモノ、取り扱い注意の札が張ってあり、厳重に封がしてあった。箱の上部と下部に小さな穴がいくつか開いていたが、ナマモノだからかなぁ?って勝手に解釈していた。
 ここで、封を開けなければ、僕の平凡で、それいでて幸せで、無理矢理自分自身を忙しくして、バイトや遊びで必死に時間を潰して幸せだと思っている人生は、そのまま流れていたことだろう。結局、最初から正面を向かずに、人生を見つめずに、知らず知らずのうちにしていた現実逃避が、本当に自覚を持った現実逃避になっただけのことかもしれないけど…。そんな難しく考えて、やっぱり納得はできないなぁって自嘲しても何も変わらない。僕は、色々考えながらもその封を開けたんだ。
 何だろう…。大きな魚か何かかな? なんて都合のいいことを考えながら、ゆっくりと開封していく。半分ほど開けたところで、中から息継ぎのようなものが聞こえた。
 瞬間、僕の頭の中で様々な要素が重なり合い、一つの答えを導き出す。それは、考えたくないことで、そんなことがあるはずないと勝手に決め付けて、僕は大急ぎで封を開けた。
「すぅ。すぅ。すぅ」
 予感は現実に成り上がり、悪夢は正夢に成り上がり、僕は犯罪者に成り下がった。
 開かれた箱の中。そこには、小学校低学年と思わしき少女が横たわっていた。


 と、見つめなおして見たところで、やっぱり自体は好転しない。むしろ、再確認した結果、さらに重く僕に現実が圧し掛かってくるだけだった。
 これ以上、現実逃避を続けても、自体は変わらない。それならば、せめて現実を受け入れよう。今をしっかりと見つめれば、何かが変わるかもしれない。お願いだから、変わってくれ…。あぁ、久々に本気で泣きそう。
 なんでこんなことになってしまったのか、ゆっくりと考え直すことは無駄ではないはずだ。そうだと思う、そうに決まってる、そうであってほしい、切に…。
 最初に、この『少女』はなぜ僕に送られてきたんだろう。懸賞をNETで送ったことは何度かあるけど、“本物の小学生差し上げます!”なんて、怪しい物に応募した記憶はない。自分に過度のロリコン傾向(少しはあると認めよう。少しはね…)があって、知らない内に応募していたってんなら、話は別だけど。その場合は、ホントに死のう…。
 でも、とりあえずそんなことは無いと仮定して、先に進めよう。ならば、なぜ僕に贈られて来たのか…。わからない、箱に記載されている会社の名前も聞いたことないし…。
 会社の名前? そうか、会社の名前がわかっているんだから、NETで調べてみればいいんだ。今の時代、HPを持っていない会社は少ないし、もし持っていないくても、検索に一つくらい引っかかるはずだ。
 そう思い、早速パソコンを立ち上げる。椅子に座って待っていると、数十秒の時間を置いて、見慣れたデスクトップが姿見せる。僕はすぐさまIEを立ち上げ、記載されていた会社の名前を打ち込む。
 何々…会社の名前はエカフ株式会社っと。よし、検索。
 該当件数はありません。
 無慈悲にも、検索はヒットしなかった。これで更にどこから贈られてきたのかわからない。このエフカ株式会社ってのは株式で成り立っているはずだから、合法な会社だと思ったんだけど…。まぁ、こんなモノを贈ってきといて、合法も何もあったもんじゃないか。
 まず、一つ目の手詰まり。NETでヒットしないってことは、周りの目を欺くためのダミー会社なのかもしれない。そうなると、クーリングオフを利用し、送り返すってのは不可能だろう。そういえば、さっきの宅急便の会社も見たことなかったし、もしかしたらあの宅急便も非合法の会社なのかもしれない。“裏の荷物お運びします”みたいなキャッチコピーを売りにして、商売をしているのかもしれない。今更ながらに考えれば、普通の宅急便会社がこんなモノを送ってくるはずないじゃないか。
 あ〜、今気づいたけど、そのための上下の穴か…。なるほど、呼吸穴ね。中身は人です。生きてます。って、大々的に最初から示してあったのに、それに気付かないなんて…。ホント、物凄い自己嫌悪に陥ってきた。
 ダメだ、ダメだ。こんなことを考えていても事態は好転しない。今は少しでも早くこの状況を打破しないと、マジで犯罪者になってしまう。世間的にはロリコンのレッテルを貼られ、ペドのレッテルを貼られ、犯罪者のレッテルを貼られ、どんなことを言っても、幼女誘拐監禁の罪でブタ箱行きを免れない。それだけは避けないといけない。ただでさえ、彼女いない暦19年、趣味は恋愛アドベンチャーで、パソコンの壁紙やシステムボイスがゲームのキャラクターで、どうしようもない童貞やろうなのに、その上ロリコンの犯罪者なんて、夢も希望もないじゃないか。
 本気で、今の状況を何とかしないとという気持ちになってきた。このままではお先真っ暗、めでたく社会の掃き溜めに一直線だ。今こそ背けていた部分に目を向けるときだ。しっかりと現実を受け入れる時だ。
 パソコンの画面を一度スタンバイにして、ゆっくりと後ろを振り返る。そこには、相変わらず、すぅすぅと可愛らしい呼吸を繰り返す、一人の少女が横たわっている。
 僕は、椅子から立ち上がると、少女の入っている箱に近づき、傍らに座り込む。見つめていると、顔の造形がしっかりとわかってくる。結構可愛い。むしろ、すごく可愛い。このまま成長すれば、中学生や高校生の頃には、その辺のアイドルより数段可愛くなっているんじゃないだろうか。
 少し、今のうちに唾をつけておこうかという恐ろしい思考が頭を過ぎる。即座に打ち消したけど、僕がロリコン説がかなり有力になってきた気がした。
 パソコンのゲームとかをやっていると、小さい頃に手なずけた女の子が、大きくなった頃にお兄ちゃんってしたってきたりして…。いやいや、むしろ今のこの状態の善悪がわかっていない少女を弄ぶ楽しみも…。
 危険な思考に傾いている頭を、強く自分自身で殴りつけて、落ち着かせる。こういう時、恋愛をしていない童貞オタクというのは救いがないと嫌悪し、自分とシンクロさせ落ち込む。なんだか、酷くネガティブになってきた。
 しかし、実際問題どうしようもないような気がする。贈ってきた会社は存在せず、だからと言って責任を放棄して、どこかに放り出すわけにもいかない。僕は嘘が得意じゃないから、警察に連れて行ったところで、何処で保護したなどと聞かれたら答えることは出来ないだろうし、正直に話したところで警察が信じてくれるとは思えない。結局、やっぱりブタ箱行きだ。
 そうなるくらいだったら、今のこの状況を受け入れて、この少女に自主的に僕と居るように、僕に依存するようにしてやったほうがいいんじゃないだろうか。そうすれば、僕たちは家族だ。なんの問題もなくなる。世間的に家族ではなくても、問題はないはずだ。同棲している男女だと考えれば、問題はないはずだ。そうだ、それしかない!
 完璧な現実逃避だが、それ以外に案が浮かばない。むしろ、浮かばせていないと自覚していて、それでいてその選択を受け入れる。
 となると、問題は方法だ。この子を今の内から手なずけて、純粋無垢な清純派ヒロインとして育てようか…。でも、それはこの子が起きてから考えればいい。大人しいこだったらそれでいいけど、強気な子だったら、男言葉の子にしていくのも楽しいだろう。もし言うことを聞かなかったり、逃げようとしたら、その時は仕方ない。あまり好ましい方法じゃないけど、ちょっと痛い目を見てもらって…。
 あぁ、やっぱり僕はロリコンだったのかもしれない。ペドだったのかもしれない。お母さんごめんなさい。毎月仕送りして貰って大学に行ってるのに、あなたの息子は犯罪者になろうとしています。しかも幼児誘拐と性犯罪です。幼児誘拐は成り行きだけど、もう一つには自ら足を踏み込もうとしています。早まる僕を許してください。でも、もう耐えられそうにありません。
 現実逃避は良くない。今の現実をしっかりと受け入れて、それでいて最良の策を進めていかないといけない。大丈夫、僕は間違ってない。犯罪者になろうと、世間的にゴミ扱いされようと、この選択は間違っていないはずだ。
 僕は少女を起こさないように静かに立ち上がり、箱の周りをうろつく。今まで顔しか見ていなかったけど、よく見てみるとスタイルもいい。足や手はスラっと伸びていて、白い肌が目を引く。流石に胸などは発達していないが、僕は巨乳という存在が嫌いだから、その点も問題ない。身長は130センチほどだろうか? 箱の上下にほとんど隙間がないから、恐らくその程度だと思う。体重はわからないけど、さっき持った感じでは重たいという感じではないだろう。
 服装は青いワンピース。肩から伸びる衣類は一つだったので、ブラジャーはまだしていないのだろう。少し少女に近づいてみたが、服の色が濃かったので、透けて見えることはなかった。
 足の方に回ったとき、少し開かれた足の間から白い、穢れを知らない白さをしたパンツが見えた。ホントに僕はダメ人間になってしまったらしい。普通ならそこで背ける視線を、そのまま食い入ってしまったのだから。
 あぁ、もう駄目だ。純粋な少女を僕は汚そうとしている。人生の脱落者への道を、駆け抜けようとしている。お母さん、お父さん、あなた達の息子はダメ人間です。だけど、あなた達に否はありません。僕が勝手にしたことです。あまり、自分を責めないで…。
 僕は、ロリコンは、ペドは、犯罪者は、人生の脱落者は、ダメ人間は、少女への距離を一歩づつ、しかし確実に縮めていった。おかしくなり、逆に頭がさえているようだ。とても哲学的に、状況を分析し考えている。足は止まらずに、少女に近づいているけど…。
 僕等が存在するところの三次元世界においては、時間は常に正のベクトルをおびており、すなわち、エントロピーの増大は不可逆をもって全てを蝕んでいく。つまり、始めにおいて純なる者も時と共にその純なる性質を変化、或いは劣化させていくのである。人は曙光に美を見出す。それは汚れ無き陽を喜んでいるから。
 ならば、それならば、小学生に魂の輝きを見出したとして、何の問題があろうか。むしろ、それが神の徒として、正しい姿なのではあるまいか。未発達な体躯も、現世の汚れに染まっていない、そう…天使の如く純粋な生命の発露なのだ! そうに決まっている! それこそが新世界だ、この世界は間違っているんだ! ビバ、ツルペタ! ビバ、小学生! 俺の世界こそがreal
world!
 宅急便が届いてから、十分たらず。人間というのは、こうも簡単に、壊れてしまうものなのかとそんな他人事のようなことを考えている。最期まで結局、現実逃避をしているのかもしれない。それでも、今の自分を止めることは出来ない。止める要素は何もない。
 ピ〜ンポ〜ン
 突如、呼び鈴が部屋の中に鳴り響いた。
 僕は、奇行を一時的に停止させる。誰かが外にいるときに、ことを行うわけにはいかない。周りに声を聞かれてはいけない。周りに存在を知られてはいけない。それにはまだ早い。この事実をまだ知られるわけにはいかない。
 僕はしっかりと立ち衣服の乱れを直すと、玄関へと歩いていく。途中にある、キッチンと部屋の間にあるドアを閉めることも忘れない。
「はいは〜い、今開けます!」
 少し小走りに、玄関へと近づいてく。
 扉を開けると、目の前には大学の友人が立っていた。
「よぉ、今何してるんだ? 暇だったら遊ばないか?」
「あ〜、悪い。今は少し忙しいんだ」
「何だ? 誰か来てるのか?」
「いや…だ、誰も来てないよ」
 鋭いヤツだ。僕の嘘が下手なだけかもしれないけど…。しかし、今コイツを部屋に入れるわけにはいかない。僕は決意したんだ。あの少女と共に生きると。
「そうか。疑って悪いな。いや、ちょっとお邪魔してるかと思ったんだが…」
 そう言って、ニヤニヤと笑う。何を言っているのかしっかりと理解できない。何もかも全てが露見していて、自分の愚行が、自分の奇行が周知の事実として知れ渡っているような違和感を感じる。
 ガチャ
 嫌な予感がし、背後を振り返ると、少女が扉を開けて立っていた。
 終わった…。全てが一瞬のうちに崩れ去っていく。僕がロリコンで、ペドで、幼児誘拐の犯罪者で、人生の脱落者に、何もしていないのに、何もしていないのに成り下がってしまった瞬間だった。
 絶望に満ちた表情で、とても生きている人間とは思えない表情で、友人が立っているであろう方向を、今僕が背中を向けている方向を振り返った。
 そこには、予想に反して友人と一緒に宅配員の人が立っている。そして、その手には『ドッキリ』の言葉が書かれた板を持って立っている。
 現実逃避はよくない。だけど、現実が今の僕には辛すぎた。
 しっかりと、認識することが出来ない。自分自身の思考を制御することが出来ない。頭の中はぐちゃぐちゃになっていて、何もかもが質の悪い悪夢のように感じられる。しかし、悪夢は正夢に成り上がるとさっき学習したばかりだった。
 ようするに僕はすっかりと騙されてしまったのだ。
「いや〜、今さ実家から弟と妹が遊びに来ててさ。それでお前のこと話してたら、まぁこんな感じの展開になっちまって。今日さエイプリルフールだろ? だから、ちょっと悪乗りっていうのかな。悪い、さすがにやりすぎたかもしれない」
 頭は次第に冷静になっていく。僕は幼児誘拐の犯罪者ではないのだ。ロリコンでペドなのかもしれないけど…。だけど、全ての奇行を少女に見られていたかと思うと、恥ずかしくて顔から火が吹き出そうだ。
 でも、所詮これはドッキリ。世間の人はこのことを知らない。友人も僕の奇行を、僕の思考を知らない。僕は健全なままで、清いままで、童貞のままで、まだこの世界で生きていてよさそうだった。
「また今度なんか奢るからさ許してくれよ。おい、聖帰るぞ。こっち来い」
 パタパタと僕の横を少女が走り去っていく。その背中に手を伸ばしそうになって、必死に自分を押さえつける。顔はどうなってしまっているのだろ。泣いているのかもしれない。笑ってはいないだろう。自分のことなのに、他人のことであるかのように判断が出来ない。
「じゃあな、笹村」
 ゆっくりと扉が閉められる。閉まりきる前に、微かに開いた隙間から、少女の声が聞こえてきた。
「あのお兄ちゃん、なんかハァハァいいながらちかづいてきてこわかった!」
 大声で、近所に響き渡る大声で、少女は高らかと悪気もなく、罪悪感もなく、ただ自然に、それが必然であるように、そう叫んだ。
 僕は、その場にへたり込み泣いた。ただ、ひたすらに泣いた。





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